21_09_ラクドレリス帝国群雄譚Ⅴ/神に牙むく
〜ラクドレリス帝国南部、ラスカー山地付近の帝国の軍事拠点にて〜
「つーまーんーなーいー!」
メリッサは部屋でむくれていた。
顔いっぱいに不機嫌を貼り付けて、イライラを包み隠さず放出している。
「うっせえぞメリッサ。ガキみたいな声あげんじゃねえ」
「だってぇ、この砦に到着してから、もうずうっと待機、待機、待機じゃないー。山脈調査はどうなっちゃったのよー」
「しゃあねえだろ。手配してたはずの物資が来ねえっつうんだからよ」
「……手続きが済んでることと、現場の準備ができてることは別」
部屋の中には、デリック、ラッド、メリッサの3名。
彼らの任務は停滞していた。
予定していた糧食などの支援物資が何故か届かず、調査を始められないでいたのだ。
「だからって、もう10日以上も待機なんだよ? おっかしくない? ここの人らもすっごく余所余所しいしさー」
「ちっこい砦の待遇がクソなのは、もはや諦めるしかねえよ」
言葉汚く言い捨てるデリック。
メリッサほどには態度に出していないものの、彼もフラストレーションを募らせていた。
「むー。ラッドー、なにか暇潰せることなーいー?」
「……あの戦略ゲームは?」
「飽きちゃったー。みんな弱すぎなんだもんー」
待機の間、あまりに暇を持て余した彼らは、デリックの持参したボードゲームをやり尽くしていた。
戦績は、ほぼメリッサの一人勝ち。
「おめーが異常なんだろが! 確率っつう概念をことごとく度外視しやがってよぉ」
「これは、と、く、べ、つ、って言うんですー」
「……ふたりとも、うるさい」
どんどん険悪さが増していく室内。
そこに、ディアドラが戻ってきた。
「3人とも、荷物をまとめろ。出発だ」
メリッサと、それにデリックが飛び上がった。
「やったぁ! 待ってましたー!」
「お、ようやく来やがったか!」
ようやく鬱憤を晴らせると、ふたりは欣喜雀躍の思いで準備に取りかかろうとする。
が、ディアドラが続けた言葉は、舞い上がった彼らを再び地べたに叩き落とした。
「現時刻をもって、この拠点での待機は解除される。我々は……そうだな、東に進むことになる」
「あ? 行くのは南だろ? 命令は山越えだっただろが」
「変更になったそうだ。近隣部隊に召集命令が掛けられた都合で、私たちを受け入れている余裕がなくなったらしい」
「招集だあ? ここの拠点の連中もか?」
訝しげな目をしたデリックに、ディアドラは事実を淡々と告げた。
「そうだ。大規模な軍事作戦がヴァーチ・ステップで展開されることになり、その影響で、我々への支援物資の目処が立たなくなった」
「はあっ!? んだよそりゃあ」
「ひっどーい! 待機させるだけさせて結局ナシって、なくなーい?」
憤慨するデリックとメリッサ。
イライラがついに爆発し、断じて任務続行だと息巻いた。
「行っちまおうぜ。こっちは皇子と皇女のご命令だ、上も拒否れねえだろ。支援なんざなくたって、俺らにゃ何の問題もねえよ」
「さんせー、さんせー。成果さえ持ち帰ったらいいんでしょー」
言うが早いか、デリックはさっさと荷物をまとめ始めた。
本当に調査を強行するつもりでいる。
ディアドラはそんな彼に、冷淡な視線を投げかけた。
「同期のよしみで、忠告くらいはしてもいいが?」
「それだったら、お前は残りな、ディアドラ。俺たちだけでも充分だ。なあ、ラッド」
「ラッドも行くよね? 行きたいよねー?」
「……どっちでも。ディアドラが行かないなら、別に」
「はっ、そうかい。そりゃあ残念だな。手柄は俺とメリッサだけのもんだ」
「ほう、メリッサもデリックと行くのか?」
「もっちろん。やるかやらないかだったら、断然やる派だもん、あたし」
全員から明確な回答を引き出し終えたディアドラは、ひそかに口角を吊り上げた。
「そうか、それは残念だな。実は我々にも同様の招集命令が掛かったのだが、向かえるのは私とラッドだけのようだ」
「は?」
「へ?」
「内容は?」
目が点になるデリックとメリッサ。
ラッドだけが冷静に、命令の中身を確認した。
「〝兎狩り〟だ。獲物を探して、追走、捕縛する」
「標的の、頭数は?」
「まだ情報は来ていない。が、上はかなりの大仕掛けが必要と踏んだらしい。狙撃手の腕の見せ所だな」
「まかせて。狩りは得意」
静かに自信を漲らせるラッド。
その様子に、ディアドラも小さく笑みを零す。
「ちょっとー、先に言ってよディアドラ。あたしも着いていくったら。あ、デリックは山でも川でも越えてればー」
「おま、寝返んのが早すぎだろ!」
手のひらをあっという間に返したメリッサに、デリックが愕然と咆哮した。
「えー、だって、『皇子と皇女のご命令』なんでしょー?」
「実に忠義に厚い兵士だな。感動を禁じ得ない」
ディアドラも意趣返しとばかり、澄まし顔で突き放す。
この虐遇をデリックは、不敵に笑い飛ばした。
「バカ言うなよ。山登りより、狩りのほうが楽しいに決まってる。あいつだって、ゴツゴツの山肌で荷物運びより、獲物を存分に追い回したいだろうしな」




