4_07_切り札は脅迫の後に
「あなたには、ふたつの仕事をしていただきます」
心を折られて消沈しているイザベラに、ネオンは要求をつらつらと突きつけていく。
「ひとつ目は、金鉱から産出された金の換金」
戦争を起こそうという以上、この文明の通貨による軍資金は必要不可欠だ。
だから俺たちは、採掘した金鉱石を、イザベラを隠れ蓑にして売却しようと考えている。
「あの金鉱の、金ですわね……」
力なく、独り言のようにつぶやくイザベラ。
幾重にも屈辱と敗北感を味わったことで、目が胡乱になっている。
「厳密には、我々が加工した金製品の売却先を見つけること」
「製品、の、売却……ですって?」
だが、イザベラの様子に変化が見えた。
俺たちに怯えて定まらなかったはずの瞳が、急速に焦点を合わせていく。
「加工、と申しますと、金を延べ棒に変えたものを、ということでしょうか?」
「いいえ」
ネオンは、イザベラの変化を意に介さずに……というより、むしろ好ましいものとして話を進めた。
「過程で金塊も作成しますが、販売するのはそれではありません。あなたに販路を築いてほしいのは、純金製の彫刻です。それも、余所には類を見ないほどの、卓越した精密技術でつくられた金彫刻を」
留置場の扉が開き、1体のアミュレット兵が入ってきた。
手には、大きなトランク・ケースのようなものを抱えている。
警戒して身を屈めたイザベラの前に、アミュレット兵はケースを置いた。
ネオンの瞳が赤く輝くと同時に、ケースは自動的に開閉した。
「ちょっと、これ……」
驚くイザベラ、ケースの中を身を乗り出して覗き込む。
入っていたのは、グレーカラーの精密な小さい彫刻が、計30個。
手のひら大のそれは、目の前にいるアミュレット兵を模した……いや、そっくりそのまま縮めたかのような、精密な模型だった。
これらは、配給品の食器類の作成にも使った、携帯型三次元積層造形装置とやらで作ったものだ。
「もちろんこれは金ではありません。特殊なセラミック……いえ、あなたに言っても判りませんね。我々の技術力を示すために、別の素材で代用し、急造したものです」
「なんて精巧な……しかも、寸分の狂いもなく大量生産を……」
イザベラは、さっきまでとは目の色を変えて、ケースの中身を手にとって確認していた。
「鋳造や切り出しじゃない……いや、こいつは、手作業じゃないね?」
いつしか口調も、素の状態に戻っている。
「その通りです。職人はおろか、人間の手を一切介しておりません。『疲れる』という概念を持たない仕掛けによる高速複製技術、とでもお考えください」
イザベラは、ネオンの言葉を数秒かけて呑み込むと、真剣な顔で質問を飛ばしてきた。
「これを100個製造するのにかかる時間と、その際に出る不良品の割合は?」
「町に運んだ設備であれば、1時間あたり62個の生産が可能です。ですが――」
「希少価値を維持するためには、そこまでの大量生産はいらないね」
ネオンの言葉を先読みしてしまったイザベラに、俺は驚きを禁じ得なかった。
彼女は、この事業の要点を、明らかに理解しきっていた。
「形は自由に変えられます。不良品もほぼありません。1万個生産してもひとつ出るか出ないかです」
「こんな魔法じみた芸当が、材質を金に替えても可能だって、そう言うんだね?」
「よほど品質の悪い金が素材でなければ。少なくとも、あの金鉱から採れる金であれば、全く問題ありません」
イザベラは少しのあいだ瞑目し、深く黙考した。
そして。
「いいよ。この仕事、このイザベラ=フレッチャーが引き受けた」
目を開いたとき、彼女は不敵に笑っていた。
「ただし、実際に金で作られた正規品を見てからだ。最低でも20個。その全ての出来栄えに問題がないようなら、販路を開拓してやる。この条件が飲めないようなら、あたしはどれだけ脅されても、おたくらの金を換金しない」
物を仕入れ、売る人間としての矜持だろう。
自信に満ちた商人の目つきが、俺とネオンを強く見据えた。
「ええ、結構です。信念ある商人を雇えて、こちらとしても喜ばしい限りです」
これで交渉成立だと、ネオンは彼女の手錠を解錠する。
「ふう。ようやく、自由の身になれたよ」
解放された腕をぶらぶらさせるイザベラは、憑き物が落ちたように晴れやかな顔をしている。
それは決して、手錠が外れたからだけではないようだった。
「では、ふたつめのほうもよろしくお願いしますね」
「ん? ふたつめ?」
が、しかし。
続くネオンの言葉を聞いて、きょとんと固まった。
「言ったはずです。あなたには、ふたつの仕事をしていただくと」
そう。
彼女には、もうひとつ仕事が残っている。
静かに脅迫するようなネオンの気配を悟ったのか、イザベラの総身に冷や汗が流れた。
「あのぉ、あまりに無理なことは、そのぉ、お断りさせていただけたら、なんて……」
「別に無理など申しません。ただ、金の売却益を使って、物資の調達をしていただきたいだけです。足がつかないように」
これは絶対なにかある。
そう直覚したイザベラの顔が真っ青になった。
だが、ネオンの向ける冷たい瞳は、彼女に一切の拒否を許さなかった。
「大いに働いていただきますよ、イザベラ=フレッチャー」




