21_05_2日目⑤/慈愛の音色
<2日目 夕方>
そんなこんなで夕方まで、色んなところを駆け足で回った。
通例の寄付寄進を可能な限り手短に済まし、それでも擦り寄ってくる聖職者たちは、アイシャさんとマルカが適当なところで打ち切って次に進む。
途中から、かなり効率化ができていたと思う。
そのおかげか、大きなミスなく本日のノルマは達成し、夕暮れが始まるギリギリくらいに、お宿への帰路につけていた。
「よく務めきったじゃねえか司令官殿。もはや強行軍だったぜ」
「もうヘトヘトだよ……日暮れがタイム・リミットじゃなかったら、ボロが出てたって……」
夕方まではびっちりスケジュールが埋まっていたけど、夜間は完全にフリーだった。
各教会の管理者たちは、訪問の約束をあの手この手で先んじて結ぼうとしてきたそうけど、夜は一様に都合が悪いと主張したのだ。
いろんな理由をつけていたって話だけど、だいたいわかる。
夜間に降ってくる宵瘴が怖いのだ。
『結構見かけたわよね、空に怯えてる感じの人』
「いたいた。お祈り中にもちらちら空ばかり見上げてたシスターさんとかね」
「宵瘴の驟雨の正式期間が始まりましたもの。皆さん、それはそれはおっかなびっくり日々をお過ごしになっていますわ」
次の新月までの3週間は、聖教徒にとって忌み日の期間。
恵みのはずの空を怖がる日常が、この国でも幕を開けている。
*
さて、こんな話をしているうちに、リーンベル教会が見えてきた。
昨日と同様、夕陽に焼かれた尖頭の屋根が近づいてくる。
同時に、別のものも目に入った。
「あれ? リーンベルから誰か出てくる?」
いや、『誰か』なんて数じゃなかった。
外構の門からぞろぞろぞろぞろ、結構な人数が外に出ていく。
多くは街の住人たちで、中には、他教会の司教やシスターさんも混じっている。
その列は、どうやら礼拝堂から繋がっているらしかった。
「今日って、何か集いみたいなのがあったの?」
「いえいえー。うちの教会に、そんな予定はないですねー」
人が寄り付くような教会ではないと、アイシャさんはきっぱり断言。
じゃあ、あの人の群れは何なのか?
*
「ただいま戻りましたー」
「えっと、帰りました、アイアトン司教」
「おお、お疲れさんじゃのう」
出迎えてくれたアイアトン司教に、先程の光景について聞いてみた。
「えっと、今の人たちって?」
「うむ、さっきまでな、セラサリス嬢にパイプオルガンを弾いてもらっておったんじゃ」
「聴衆、いっぱい」
笑顔で報告するセラサリス。
一緒に残っていたガストンさんとブリュノさんも、清々しい笑みを浮かべている。
「俺らが送風装置を動かしたんですぜ」
「ありゃあ、いいトレーニングになるぞ。ブレーズとロランもやってみろ」
ふたりとも、いい汗をかいたとニコニコ顔。
「勘弁してください……」
「重い背嚢のせいで、とっくにクタクタっす……」
対照に、若手ふたりは汗に塗れてヘトヘト顔。
「仮にも警護役が、うつつを抜かしてんじゃねえよ……」
そしてケヴィンさんは、頭を抱えて鬼の顔。
持ち場を離れた別働隊を、どう叱ってくれようと悩んでいる。
これを、アイアトン司教が「まあまあ」と取りなした。
「ふたりを責めんでやっとくれ。実は儂が頼んだんじゃよ。地下の避難民たちのために」
「地下の人たちの?」
聞けば、アイシャさんが地下水路を勝手に改修した際、パイプオルガンの予備パイプなどを加工して、地下壕の音を拾える仕組みを作り上げてあったのだという。
「儂にも断りなく取り付けよったんじゃが、意外にも便利でのう」
「話し声はあまり聞き取れませんけれど、大きな音はわかりますから、異常の検知につかえますの」
『たいしたものね。まだ伝声管なんて発明されていないでしょうに』
前文明にも似たような装置が使われていた時代があったという。
けれど、その装置が現れたのは、今の現文明よりも技術水準が発展してからだったそうだ。
「で、じゃな。こいつは礼拝堂の音を地下に届けもするんじゃ。普段は蓋をしとるから、あちらに聞こえることはないんじゃが……」
蓋を開ければ、礼拝堂内の大きな音は……例えば、パイプオルガンの奏でる音などは、地下にも聞こえるようになるという。
「そんで、避難民の長たちのところに行って、『聖教会の中でも特に慈愛に満ちたお方が来られた』と説明したんじゃ。『今すぐに力になれない代わりにと言って、祈りを込めてオルガンを奏でてくれとる』と伝えたら、皆熱心に聞き入ってくれたわい」
「演奏、好評」
疲れを知らないアンドロイドのセラサリス。
ふいごを動かすふたりの体力も相まって、十数曲を披露したそうだ。
「セラサリスには、前文明の楽曲の有名どころを100曲ほどインストールしています。現文明の宗教音楽を分析し、雰囲気の似通った曲を集めましたので、多くの聖教徒に好まれたことでしょう」
実際、避難民は実に心穏やかな顔つきであったとアイアトン司教。
演奏の間だけでも、彼らが不安やストレスから解放されていたのなら、それは確かにやる意義があった。
「ただのう。何ぶん古い教会だもんで、壁の防音にやや難があってなあ」
オルガンの音は外までしっかり漏れていて、それを耳にした街の人が、教会の中を覗きにきた。
初めは数人程度が入ってきただけで、用事があったのかすぐに出ていった。
ところが、彼らは行く先々で、誰かにこのことを話したらしい。
「可憐な少女がパイプオルガンを奏でていた」という口コミはあっという間に広がって、ぽつりぽつりと訪問者が増え、いつのまにか、礼拝堂が満席になっていたそうである。
「まったくのう、いつもは誰も寄り付かんくせに、こういうときだけ珍しがってからに」
「刺激の少ない街ですもの。皆さん、イベント事には敏感ですわ。特に、今は宵瘴の驟雨のために、野外での娯楽が限られていますし」
「ああ、確かに。みんな、暗くなる前にいそいそと帰ってたね」
住人たちも、やっぱり宵瘴の降る夜が怖いのだ。
「今頃は家で、夜空を見上げて震えているか、早々に床に就いていることでしょう」
あー、でも、気持ちはちょっと判るかも。
「疲れたし、俺もさっさとベッドに入りたいよ」
宵瘴が気になる人にとっては、少し早めの就寝タイム。
そして、
「司令官、残念ですがお休みになれるのはまだ先です」
「そうですわ。今日の本番はこれからですわよ」
そして当然、気にしない人たちにとっては、格好の暗躍タイム。
……前から思ってたけど、このふたりって、結構性格似てるよね?




