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21_05_2日目⑤/慈愛の音色

<2日目 夕方>


 そんなこんなで夕方まで、色んなところを駆け足で回った。

 通例の寄付寄進(あいさつ)を可能な限り手短に済まし、それでも()り寄ってくる聖職者たちは、アイシャさんとマルカが適当なところで打ち切って次に進む。

 途中から、かなり効率化ができていたと思う。

 そのおかげか、大きなミスなく本日のノルマは達成し、夕暮れが始まるギリギリくらいに、お宿(リーンベル)への帰路につけていた。


「よく務めきったじゃねえか司令官殿。もはや強行軍だったぜ」

「もうヘトヘトだよ……日暮れがタイム・リミットじゃなかったら、ボロが出てたって……」


 夕方まではびっちりスケジュールが埋まっていたけど、夜間は完全にフリーだった。

 各教会の管理者たちは、訪問の約束をあの手この手で先んじて結ぼうとしてきたそうけど、夜は一様に都合が悪いと主張したのだ。

 いろんな理由をつけていたって話だけど、だいたいわかる。

 夜間に降ってくる宵瘴(ナーレ)が怖いのだ。


『結構見かけたわよね、空に(おび)えてる感じの人』

「いたいた。お祈り中にもちらちら空ばかり見上げてたシスターさんとかね」

宵瘴の驟雨(ナーレ・セロイエ)の正式期間が始まりましたもの。皆さん、それはそれはおっかなびっくり日々をお過ごしになっていますわ」


 次の新月までの3週間は、聖教徒にとって()み日の期間。

 恵みのはずの空を怖がる日常が、この国でも幕を開けている。



 さて、こんな話をしているうちに、リーンベル教会が見えてきた。

 昨日と同様、夕陽に焼かれた尖頭の屋根が近づいてくる。

 同時に、別のものも目に入った。


「あれ? リーンベルから誰か出てくる?」


 いや、『誰か』なんて数じゃなかった。

 外構の門からぞろぞろぞろぞろ、結構な人数が外に出ていく。

 多くは街の住人たちで、中には、他教会の司教やシスターさんも混じっている。

 その列は、どうやら礼拝堂から繋がっているらしかった。


「今日って、何か(つど)いみたいなのがあったの?」

「いえいえー。うちの教会に、そんな予定はないですねー」


 人が寄り付くような教会ではないと、アイシャさんはきっぱり断言。

 じゃあ、あの人の群れは何なのか?



「ただいま戻りましたー」

「えっと、帰りました、アイアトン司教」

「おお、お疲れさんじゃのう」


 出迎えてくれたアイアトン司教に、先程の光景について聞いてみた。


「えっと、今の人たちって?」

「うむ、さっきまでな、セラサリス嬢にパイプオルガンを弾いてもらっておったんじゃ」

聴衆(オーディエンス)、いっぱい」


 笑顔で報告するセラサリス。

 一緒に残っていたガストンさんとブリュノさんも、清々(すがすが)しい笑みを浮かべている。


「俺らが送風装置(ふいご)を動かしたんですぜ」

「ありゃあ、いいトレーニングになるぞ。ブレーズとロランもやってみろ」


 ふたりとも、いい汗をかいたとニコニコ顔。


「勘弁してください……」

「重い背嚢(はいのう)のせいで、とっくにクタクタっす……」


 対照に、若手ふたりは汗に(まみ)れてヘトヘト顔。


「仮にも警護役が、うつつを抜かしてんじゃねえよ……」


 そしてケヴィンさんは、頭を抱えて鬼の顔。

 持ち場を離れた別働隊(ふたりぐみ)を、どう叱ってくれようと悩んでいる。

 これを、アイアトン司教が「まあまあ」と取りなした。


「ふたりを責めんでやっとくれ。実は(わし)が頼んだんじゃよ。地下の避難民たちのために」

「地下の人たちの?」


 聞けば、アイシャさんが地下水路を勝手に改修した際、パイプオルガンの予備パイプなどを加工して、地下壕の音を拾える仕組みを作り上げてあったのだという。


(わし)にも断りなく取り付けよったんじゃが、意外にも便利でのう」

「話し声はあまり聞き取れませんけれど、大きな音はわかりますから、異常の検知につかえますの」

『たいしたものね。まだ伝声管なんて発明されていないでしょうに』


 前文明にも似たような装置が使われていた時代があったという。

 けれど、その装置が現れたのは、今の現文明よりも技術水準が発展してからだったそうだ。


「で、じゃな。こいつは礼拝堂の音を地下に届けもするんじゃ。普段は(ふた)をしとるから、あちらに聞こえることはないんじゃが……」


 蓋を開ければ、礼拝堂内の大きな音は……例えば、パイプオルガンの奏でる音などは、地下にも聞こえるようになるという。


「そんで、避難民の(おさ)たちのところに行って、『聖教会の中でも特に慈愛に満ちたお方が来られた』と説明したんじゃ。『今すぐに力になれない代わりにと言って、祈りを込めてオルガンを奏でてくれとる』と伝えたら、皆熱心に聞き入ってくれたわい」

「演奏、好評」


 疲れを知らないアンドロイドのセラサリス。

 ふいごを動かすふたりの体力も相まって、十数曲を披露したそうだ。


「セラサリスには、前文明の楽曲の有名どころを100曲ほどインストールしています。現文明の宗教音楽を分析し、雰囲気の似通った曲を集めましたので、多くの聖教徒に好まれたことでしょう」


 実際、避難民は実に心穏やかな顔つきであったとアイアトン司教。

 演奏の間だけでも、彼らが不安やストレスから解放されていたのなら、それは確かにやる意義があった。


「ただのう。何ぶん古い教会だもんで、壁の防音にやや難があってなあ」


 オルガンの音は外までしっかり()れていて、それを耳にした街の人が、教会の中を(のぞ)きにきた。

 初めは数人程度が入ってきただけで、用事があったのかすぐに出ていった。

 ところが、彼らは行く先々で、誰かにこのことを話したらしい。

 「可憐な少女がパイプオルガンを奏でていた」という口コミはあっという間に広がって、ぽつりぽつりと訪問者が増え、いつのまにか、礼拝堂が満席になっていたそうである。


「まったくのう、いつもは誰も寄り付かんくせに、こういうときだけ珍しがってからに」

「刺激の少ない街ですもの。皆さん、イベント事には敏感ですわ。特に、今は宵瘴の驟雨(ナーレ・セロイエ)のために、野外での娯楽が限られていますし」

「ああ、確かに。みんな、暗くなる前にいそいそと帰ってたね」


 住人たちも、やっぱり宵瘴(ナーレ)の降る夜が怖いのだ。


「今頃は家で、夜空を見上げて震えているか、早々に(とこ)に就いていることでしょう」


 あー、でも、気持ちはちょっと判るかも。


「疲れたし、俺もさっさとベッドに入りたいよ」


 宵瘴(ナーレ)が気になる人にとっては、少し早めの就寝タイム。

 そして、


「司令官、残念ですがお休みになれるのはまだ先です」

「そうですわ。今日の本番はこれからですわよ」


 そして当然、気にしない人たちにとっては、格好の暗躍タイム。


 ……前から思ってたけど、このふたりって、結構性格似てるよね?




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