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21_04_2日目④/神秘の貯蔵庫

<2日目、午後>


 その後も、いくつかの教会や聖堂などを巡った。

 お昼時には、ブラックウッド派の偉い人が管理している名高い聖堂で昼食をご馳走になりつつ、高い鐘楼の塔がある教会や、天井一面が宗教画のフレスコ画で飾られた聖堂などを見て回った。


 この国に到着した時、テレーゼさんが話していたオミナヘコル礼拝堂も、今日の訪問地のひとつだった。

 来訪必須の場所として早々と挙げられただけあって、歴史がとんでもなく長い。

 おかげで説明がもりだくさん。


 アイシャさんが言葉巧みに切り上げてくれたけど、ものすっごく時間を取られた。

 話の節々で貴族風のオーバーなリアクションを返し続けてきたおかげで、俺の表情筋もそろそろ限界だ。


「ピックアップしてくれた34ヵ所、色んな意味で回りきれないかも……」

『泣き言はいいけど、背筋はちゃんと伸ばしときなさいよ。周りの目があるんだから』


 今歩いている街区は、けっこう人が多い。

 体面だけは整えねばと周囲に気を払い、そこでふと、ある人たちに目を引かれた。


「あれ、あの人たちって……」


 資材の山を運搬している、作業着姿の男の集団。

 これまで見てきた住人たちとはどこか違って、なんていうか、少しガサツな感じのする人たちだ。


「あの方たちは、教会の補修工事に携わっている大工職人さんたちですわね。先々週に入国された職人団で、ゾグバルグ連邦のほか、クロンシャ公国などから呼び寄せたと伺っていますわ」

「え? 彼らも外からの入国者なの?」


 実はいた、俺たち以外の外国人。

 それもそのはず、聖教国内の教会ともなれば、建てる際には偉人レベルの芸術家が必ず関わっている。

 そんな建物を補修するとなれば、専門知識を持った建築家や大工職人が必要になる。

 ほかにも、植栽(しょくさい)剪定(せんてい)する庭師さんやら、定期的にヴィリンテルに入国させている職人団は多いという。

 もちろん、職人なら誰でもいいってことはなく、各国の聖教会支部の審査を受けて選定されねばならないそうだ。


「審査って、やっぱり厳しいの?」

「もちろんですわ。補修作業も大変ですのよ。ヴィリンテルの歴史と威信を濃縮した建造物ばかりですもの。責任も重大ですわ」

「そういえばお父様。この国の建物は、お金も時間もかかっていそうな、一風変わったものばかりですよね。これまでお伺いした教会も、才能ある画家の方が描いたという壁画や天井画が必ずありました」

「本音はもちろん権威の誇示だよ。建前としては、祈りの場は世俗とかけはなれていなければならない……ってことになるのかな?」

「〝祈る〟というのは精神(こころ)への作用ですもの。祈りのために日常とは異なる世界(くうかん)を用意するのが教会の役目ですわ」


 なので、どこの教会も礼拝堂も、信徒の心を打つであろう彫刻や宗教画を(しつら)えて、厳かな雰囲気を作り上げている。


「〝本音〟のほうに追加いたしますと、やっぱりお金ですわね。設計を複雑にすればするだけ、資金がたくさん動きますもの。高名な芸術家を携わせたり、珍しい高級資材を使用すれば、色んな方の(ふところ)(うるお)いますわね」


 関係者にこうも()()けに言われたら、苦笑いするしかない。


『変わった建物といえば、あれなんかもそうね』


 シルヴィが、とある建物に言及した。


『びっくりしたわよ。まさか、BF波が弾かれる建築物があるなんて』

「弾かれる?」

『あれよ。二時方向にある貯水池、その真ん中の小島の上の、神殿みたいな四角い建物。あれだけホルス・アイで内部構造が調べられないの』


 その建造物は、水の上に建っていた。

 街の中に、唐突に現れた泉……いや、溜め池かな?

 その中央にある離れ小島に、窓のない四角い石造りの、背の高い建物が建っている。


「あれって――」


 驚いたのは、壁の全体に施された、精緻なまでの壁面彫刻。

 いくつもの浮き彫り細工(レリーフ)の彫刻が、メレアリアス神話を描いているのだ。


「あれって、外のコルンテセラの囲壁(いへき)と同じ……」


 この位置から見えるのは、海を創ったとされる恵みの雨、空を覆い尽くす大翼の竜、人々を導く天上からの光、などなど。

 おそらくは、外周に沿って見回ることで、神話のストーリーを時系列順に体験できるようになっているのだ。

 また、それらの上部には、月の満ち欠けを表しているらしき複数の円形の彫刻も設置されている。


「お父様、囲壁と同様ということは」

「うん、そういうこと……だよな」


 コルンテセラの囲壁の彫刻、あれは、宗教的な抑止概念だ。

 神の国を戦争に巻き込ませないための、非物理的な防衛力。

 それと同じ装飾が施されているからには、あれが重要な建造物であることが疑いようもない。


「建物の周りに張られた溜め池が【イシェンの水鉢(みずばち)】ですわ。この名を聞けば、もうお判りになるのではなくて?」

「イシェンの水鉢? え、じゃあ、あの建物が!?」


 俺の反応に満足したらしく、アイシャさんは満面の笑顔を浮かべた。


「あれこそが、聖教会の(いしずえ)のひとつ、【秘蹟殿(ひせきでん)】。本当でしたら、()()にでも、あなた方に入っていただきたかった建物ですわ」


 秘蹟殿。

 この大陸の人間で、その名を知らない人間はいない。

 聖教国の神秘を溜め込んだ保管所にして、俗人禁制の開かずの宝物庫。


「へえ、あれがそうなんすね」

「ほお、あんな形してんだな」


 護衛に(ふん)したローテアドの部隊員たちでさえ、仕事(にんむ)を忘れて見入っていた。

 ケヴィンさんの咳払いが響き、彼らは慌ててビシッと直立不動の姿勢に戻る。

 その一方、ファフリーヤとアンリエッタは不思議そうな顔。

 さすがに今は説明できないから、ふたりには後で教えてあげよう。


「えっと、あの小島って、人が渡れるの?」

「反対側に、橋が1本だけかかっていますわ。通行はできませんけれど」


 少し回り込んでいくと、こちらと小島とを繋ぐ連絡橋がかけられていた。

 その橋の先に秘蹟殿が、大きな石扉を構え(そび)えている。

 重そうな石の扉はピタリと固く閉ざされていて、動かすためには何人かの人手が必要になるのだとアイシャさんは言う。


「あの橋以外に、小島に繋がる道は無いようですね」

「ええ。唯一の出入り口ですわ」


 橋の入口には鉄柵のゲートが設けられており、警衛の任を帯びた神兵が4人がかりで立哨している。

 通りざまに軽く会釈してみたけれど、彼らはニコリとも返してくれなかった。

 余計な動作を禁じられているのだろう。

 かなり厳重な警備体制を義務付けられているらしい。


「でも、シルヴィ。BF波が弾かれるってどういうこと?」


 よもや、ホルス・アイの故障ってわけじゃあるまいし。


『ちょっと変なのよね。地上階(・・・)は、1階より上は透過スキャンできるんだけど……』

「驚きましたわ。そこまでわかってしまうのですね」

『ええ。地下に続く構造なのと、かなり地面の下深くまで掘られてるってことはね』


 地上の建屋は、実はフェイク。

 もちろん建屋自体も、歴史的価値や宗教的価値が非常に高いのだけれど、本当に大切なのはその地下部分であるとアイシャさんは言う。


「じゃあ、その地下室だけが?」

『そう。地下部分の輪郭は掴めるのに、内部の構造がまったく見えないのよ。サテライト・ベースを探索したときみたいな感じって言えば伝わるかしら?』


 外側の装甲がBF波を遮断してる……とかだったっけ?

 だとすると、地下室ってのも、なにか特殊な壁材でできてるのかな?


『上の建屋のほうも、ちょっと問題ね』

「一切の隙間がありませんね。意図的に計算された設計です。用意してきた小型ドローンでも、入り込めそうにありません』


 さて、どうやって入り込もうかという話になりそうだったところ、アイシャさんがこれを制止した。


「私の言い方が良くありませんでしたわね。あくまで、正式な方法で(・・・・・・)入っていただき(・・・・・・・)たかった(・・・・)、という意味ですの。許可申請は徹底的に却下されてしまいましたので、ひと通り外から眺めてくだされば、もうスルーして構いませんわよ」


 入殿はできないけど、かといって、ここを見に来ないのも巡礼者として極めて不自然、ということだったようだ。

 こちらを見張っている人間がいる現状、妙な勘繰(かんぐ)りをされないためにも慎重に動かないと。




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