21_03_2日目③/前途不安なバラマキ道中
さて、今度こそ出発する時刻。
今日もマルカが案内役として来てくれた。
「おはようございます、セラサリスさん」
彼女が真っ先に挨拶するのは、母のように慕うセラサリス。
「いい朝、お散歩日和」
「はい、本日も私が、誠心誠意ご案内いたします」
「セラサリスは留守番だけどね」
「……えっ?」
勝手に虚を突かれるマルカ。
この教会に保護を受けたという体裁のセラサリスが、俺たちと一緒に来るはずがない。
「不測の事態とかに備えて、リーンベル教会で待機してもらうって話、テレーゼさんから聞いてない?」
「いえ……はい、聞いていた、いました……」
悄然となったマルカの頭を、セラサリスがよしよしと撫でて慰めている。
再会できて、内心かなり浮かれてたんだろうなあ。
なお、保護が始まったとはいえ、従者という貴族の身内(の役回り)であることは変わらない。
警護という名目で、護衛役のローテアド部隊員からも、ガストンさんとブリュノさんの2名をリーンベル教会に残すことに。
「何かあったら、すぐに通信機で連絡しろ。火急のときは、お前らの判断で動いていいぞ」
「承知しやした」
「変なのが来たら、ふん縛ってやりますよ」
もちろんこれは冗談で、勝手に何かするという意味ではない。
本当の緊急事態を見極められ、なおかつ即応できる人たちだからこその会話だ。
と、マルカからこんな情報が。
「〝変なの〟ならば、すでに来ている。入るとき、教会の入口を見張っている人間を確認した」
『感知してるわ。朝からご苦労様よね』
シルヴィも気づいていたらしい。
昨日とは別の人間が、教会建物ではなく出入りする人間をじっと観察しているという。
『貴族様御一行が出発するのを待ってるのよ。尾行したいんだか、リーンベルを探りたいんだかは知らないけど』
直接的な嫌がらせってのではないにせよ、警戒だけは怠れない。
「お待たせしましたわね、マルカ」
そこに、よそ行きの準備を整えてきたアイシャさんもやってきた。
今日は彼女も着いてきてくれるそうだ。
街の構造を直接説明しておきたいほか、見ておいてほしいものもあるらしい。
「お留守番、お任せ」
見送ってくれるセラサリス。
本来彼女は、外回りの俺たちと、リーンベルに残るはずのアイシャさんとの連絡役だったんだけど、今回は単に待機してもらう形になる。
『〝変なの〟のことも考えると、連絡役より陽動役って意味合いが強くなりそうね』
*
というわけで、昨日に続いて教会巡り。
マルカの案内で大通りをぞろぞろと進んでいき、街の中心部へと向かっていく。
さっきの〝変なの〟はこちらに着いてこなかったから、リーンベル教会を探る目的だったようだ。
まあ、セラサリスたちがいるから、まずいことにはならないだろう。
俺は俺の演技に集中、集中。
「さて、本日はどのような場所を廻るのかね?」
「午前中に訪ねる予定の教会は、いわゆる〝5大派閥〟に所属する聖職者が管理するところがメインです」
歴史や外観とかじゃなくて、まず管理者のことを説明か。
「かなり重要な訪問先、だったりする?」
「もちろんですわ。入国翌日という早期に多額の寄付をしておくことで、いざという時の味方になっていただきませんと」
避難民たちを出国させるにせよ、このまま匿い続けるにせよ、俺たちとリーンベル教会だけでやるのは無理がある。
事は、政治的かつ外交的な大問題。
可能なら聖教国内で協力者を確保したいし、少なくとも敵には回らないでほしい。
昨日のブラックウッド枢機卿を頼るってのも手だけど、彼と彼の派閥だけでは、力が少し弱いとのことだ。
「ブラックウッド派は、少し寝かせておくべきですわね。ジューダス=イスカリオットを入国させるだけでも、各方面に相当な働きかけをしていましたもの。これ以上となれば、色々なところから目をつけられてしまいますわ」
最悪の場合、せっかく得られた入国許可が、今からでも取り消されかねない。
また、ブラックウッド派も自分たちの立場を危ぶんでまでは協力してくれないだろうと、アイシャさんは言う。
「とにかく、まずはお金をばらまいて……か」
偽貴族として教会を訪問するのは、入国理由を巡礼としたからだけじゃない。
多額の寄付や寄贈によって、権威者の協力や賛同を取り付けることが真の目的なのである。
***
<2日目、午前>
午前中に回った教会はすべて、枢機卿の地位にある人が管理者を務めていた。
皆さん、かなりのお歳を召されていて、いずれも大きな派閥の重鎮なのだそう。
だからなのか、どの教会も、最初に一番偉い枢機卿と挨拶を交わした後は、別の司教さんが案内を引き継ぐ流れが取られていた。
司教の皆さん、大御所から案内を任されるだけあって、説明が上手い上手い。
そんな彼らに、俺は貴族風のオーバー・リアクションを返して褒め称え、案内が完了したところで、感銘を受けた証にと金品を手渡す。
こんなことを繰り返した。
繰り返したの、だが。
「……なんかさ、思ってたより反応薄くない?」
披露した純金の彫刻に対して、枢機卿たちは特に驚いてくれるでもなく、さも当たり前のように手元に収めてしまうのだ。
その後で、寄附金品台帳が広げられ、それに事務的なサインを求めてくる。
高級な寄贈の品に対して、あまりに素っ気なさ過ぎない?
「まあ、こんなものですわよ。5大派閥の重鎮ともなれば、すでに莫大な財産をお持ちですもの」
「警戒もされていますね。寄付金が毒にもなることを、重々承知しているのでしょう。とはいえ、受け取りを拒みはしませんでしたから、『信仰心を認め入国を歓迎する』という意思表示はいただけたと思ってよろしいかと」
枢機卿とは、いわば、聖教会という組織の中で、酸いも甘いも噛みしめ続けた歴戦の猛者。
賄賂を受け取るのみならず、渡したことも相当な回数あるのだろう。
実体験を通して、その行為の重みと危険性を理解している人間なのだ。
「簡単には靡いてくれない人たち、か。先行き不安だなあ……」
逆に、通りを歩いている時は、無警戒で近づいてくる人が多かった。
その欲望から、教会という武器を使って寄付金を得ようとする司教。
信仰心の高さから、助言者の体裁で近づいてくる司教。
俺が物珍しいとみえて、話をしたがるシスターや一般住民……などなどだ。
そして、それとは正反対に、近づいてこない人間というのも、多かった。
「尾行されてるな」
『ええ。下手くそが3人もいるわ』
4軒目の教会を出たほとんど直後、ケヴィンさんが気配に気づき、シルヴィが詳細を告げた。
『人体構造はスキャンしたわ。後でご尊顔を拝ませてあげる』
「スキャンって、どうやって?」
第17セカンダリ・ベースから、何かしらの道具を持ってくるとは聞いていた。
けど、貴族の演技をマスターするのに一杯一杯だった俺は、その辺りに全然関われていなかった。
そんな俺よりも先に、ケヴィンさんが心当たりを口にした。
「もしや、ロランとブレーズに背負わせた、あれか?」
俺も、気にはなっていた。
ランソン隊の若手ふたりが、大きめの背嚢を朝からずっと背負っていたのだ。
よく鞣されて光沢のある革の背嚢で、もちろん、偽装のために金ピカな装飾がもりだくさん。
あれの中に、ネオンとシルヴィが用意したレーダー装置が入っているらしい。
『携帯式BF波レーダー【ホルス・アイ】。クレアヴォイアンスを兵士1人で運搬できるサイズまで小型化した優れものよ』
照射範囲は狭いけどね、とシルヴィ。
ゴルゴーンやライトクユーサーに搭載されているものよりも、性能面では劣るらしい。
「あの……お聞きしたいのですが、この背嚢、僕とブレーズのふたり分あるのは?」
『壊れたりしたときの予備と、別行動の必要が生じたとき用よ』
「毎日担ぐってことすか? そこそこ重いっすよ」
『落とさないでよね。ここじゃ修理が効かないんだから』
もっとも、ちょっとくらいの衝撃で壊れたりするほど、柔な装備ではないそうだ。
「うへぇ……せめて、明日は誰か交代してもらえないっすかね?」
「重背嚢行軍訓練だと思えブレーズ。慣れてんだろ」
「あれを連想するから嫌なんすよ……」
「あ、ローテアドにもあるんだ。こういう訓練」
重背嚢行軍訓練。
携行装備品と同じ重量の背嚢を背負って歩く訓練である。
「サバイバル任務だと結構色々持ってくからな。普段から装備重量に体を慣らして……っと、あんまりこんな会話してねえほうがいいか」
会話を切ったケヴィンさん。
大きな通りに差し掛かり、人が多くなってきた。
そろそろ、貴族の子弟にあるまじき言動は慎まねば。




