20_12_幕間:傲然たる集い
時刻は少し遡る
この日の夕刻。
レミールザ宮殿と呼ばれる歴史ある大宮殿の中に、二十余名の聖職者たちが集っていた。
場所は、かつて第一回目の天黎会議が執り行われた大会議場……ではなく、それとは別の、しかし手狭ではない会議室。
そこで、ある会合が開かれていた。
「皆様、お集まりですな? では、これより定例会を開催いたします。本日の議題は――」
彼らは副教皇派と呼ばれる聖職者派閥。
これは、その定例幹部会の集まりである。
部屋の中央、大きな木製の円卓の席に、派閥の重鎮である枢機卿や司教が輪になって座り、様々な議題を取り上げていた。
定例会は終盤に差し掛かり、その最後の議題として、進行役から本日の出来事が俎上に載せられた。
「ところで、皆様はお聞き及びですかな? 例の特例入国者が、サザリの門を潜ったそうで」
「入国だと? ……ああ、思い出したわ。どこぞの貴族が来訪するなどと知らせがあったが、なんだ、本日であったか」
「あの門も、ずいぶんと軽くなってしまいましたな」
「まったくもって。ブラックウッド派による貴族子弟の招聘は二度目。それも、今回は新興貴族とは」
「新興? どこの国の者だ?」
反応したのは、顔に何本もの深い皺を刻んだ、この会合で最も年老いた聖職者。
着用している法衣の色は、この場で唯一、濃い藍色。
「ラクドレリス帝国だと聞いております、副教皇様」
昼の空色たる教皇の法衣の対、夜の空色を表す法衣を身に纏う者。
すなわち、陰ながら教皇を支えるべき存在にして、この集団の筆頭者。
リルバーン副教皇、その人である。
「何でも、イーゴル地方は小貴族の群生地に根を下ろす貴族であるとか」
「小貴族の群生地だと? 本当に生まれたてではないか。ブラックウッドもよく動いたものだ」
その名のとおり副教皇は、ヴィリンテル聖教国の第2席。
入国申請があった旨も、当然、あらかじめ耳に入っていた。
が、「また誰ぞが金を得る算段なぞしておる」くらいの認識で、仔細を知ろうという気もなかった。
『新興貴族』という言葉が耳をかすめなければ、ここでも聞き流していただろう。
「赤子貴族にしては羽振りが良いようですな。到着早々、通りがかっただけの教会に金品を惜しげなくばら撒いたという話ですぞ」
「ふん、貧相な家名に箔を付けるべく、必死も必死というわけか」
気だるげに吐き捨てるリルバーン副教皇。
どうでもよくなったとばかりに目をつぶり、椅子の背もたれに深く腰を預けた。
トップが興味を失ったことで、話題は自然、貴族本人ではないところにシフトした。
「これは由々しき問題ですぞ。財力に物を言わせた入国が恒常化などすれば、ヴィリンテルの品位低下と言わざるを得ない」
「信仰に篤い人物ではあるのだろう。表面上はな。ブラックウッド派も、その建前だけは崩すまい」
「だが、格下貴族であることは誰の目からも明らかだ。何をしでかすか、知れたものではない」
「品性は金では買えませぬからな。猿は人間になれぬが道理」
「あまりに続くようなら、委員会で全体に釘を刺しておくべきでしょう。寄進さえ見込めれば……などと追随する者が出てはよろしくない」
否定的な意見が出揃ったのを見計らったか、ひとりの枢機卿が話の矛先を動かした。
「喫緊の問題は、その貴族子弟の宿泊先ですな。聞けば、あのリーンベル教会だという話ですぞ」
この声に、副教皇の目が再び開き、ギラリと発言者を瞥見した。
「……ほう。渦中の教会に、か」
齢を重ねたからこそ出せる、威圧感ある鋭い眼光。
発言者はこれを追い風と捉え、より深い話へと踏み込んだ。
「あの教会が匿っていると噂の難民集団、そろそろケリをつけねばなりませぬな」
「〝避難民〟、ですぞカロック卿。 我が国は他国の紛争に肩入れなどできようもないのですからな」
「言葉遊び……などと卑下できんのが癪なところか。養いきれぬ無毛の羊は、さっさと放逐するべきであろう?」
「意趣返しも結構ですが、我々が諍い合うことこそ、彼奴らの利ですぞ」
「ですが、どこに隠しているものやら。臨時監査の名目で、巡礼省にあそこの旧宿舎を臨検させてはみましたが、ねずみ一匹出てこなかったと」
「まったくもって面倒なことをしてくれたものだ、アイアトンめ。帝国兵がこの聖教国の周囲をうろつくなど、あってはならん事態だ」
飛び交う言葉は次第に熱を帯び、しかし、その流れを嫌った小心な出席者の一部が、議題を元に戻そうと試みた。
「しかして、妙な話ではありませんかな? 入国はブラックウッド派の伝手だというのに、入り浸るのが無派閥のリーンベル教会とは」
「このタイミング、その貴族とやらもグルなのでは?」
「だが、帝国の貴族なのだろう? 皇帝の寝首を狙う逆臣……というのも、面白い話ではあろうがね」
なおも切れ味鋭い言葉が乱れ飛ぶ。
ひとたび加熱した議場は、そう簡単には冷めようとしない。
「反対に、帝国が潜り込ませた間諜という節はないのだろうな? ブラックウッド枢機卿が、我が国を売ったとしたら?」
「ブラックウッドに猛毒を呷る度胸はあるまい。俗欲こそあれ、だいそれた悪事に手を染められる器は持たぬ男よ。貴族の身元は神兵どもが保証しているとも聞く」
「神兵……特に神殿騎士の何名かはリーンベルと蜜月の関係だったはず。帝国の間者とみるのは無理があろう。何かしらの裏はあるにせよ、な」
とはいえ、その熱を長々と持続させられるほど、彼らの掴む情報は多くない。
今の彼らにできるのは、結局のところ、愚痴に近しい意見を応酬するだけで、対策案を出せる状況ではなかった。
……あくまでも、〝今〟は。
「やはり、早急に証拠を集めるべきでは? 理由をつけて教会全体の強制臨検に持ち込めば、何かしらが見つかりましょう」
「だが、今やればブラックウッド派のメンツを潰すことになるぞ」
「あるいは、ブラックウッド派の一部も裏で繋がっているのでは?」
「それはどうかね。連中は頭目同様、欲に塗れた愚鈍の衆。リスクを冒して弱者救済など……ましてや、国際紛争の火種とあらば」
延々と続く出口なき冷罵の議論。
その終結を図ったのか、ひとりの司教が、これまで一言も発していなかった重鎮に、おもねるように水を向けた。
「その……ジーラン枢機卿は、どう思われますか?」
それまでの白熱が、嘘のように静まり返った。
場の全員が声をひそめ、長い白銀の髪の枢機卿へと注目している。
視線を受けて、初老の枢機卿は重い雰囲気を纏わせながら、静かに口を開いた。
「ブラックウッドは、利用されたと見るべきであろう。かのリーンベル教会は、行き過ぎた人道支援によって内側に敵を作りすぎた。防塁を築いておかねば、行動を起こせぬほどに」
あくまで推論として出された言葉は、その重みから、これまでの話の総括の意味を帯び、議題の結論となるべく囃し立てられた。
「その防塁が、あの貴族という読みですかな?」
「とすれば、近々に何かしらの動きがあると?」
「その機を見逃さねば、尻尾を掴めるやもしれませぬな」
「〝目〟はすでに付けております。この神の国において、勝手が許される道理はございません」
彼らの方針は定まった。
リルバーン副教皇がつまらなげに「ふん、朗報を期待しよう」と述べたのを散会の合図とし、聖職者たちは席を立つ。
そのままに、レミールザ宮殿を後にした。
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一番最後に外に出たジーラン枢機卿は、しばらく歩いてから振り返り、歴史ある宮殿の屋根を見上げてから、ぽつりと呟いた。
「……ダニエルめ。またも厄介事を引き入れおって」




