4_06_交渉の肝は演技力
「それで、ネオン。ファフリーヤは?」
「部族の代表たちに婚姻の事実を報告しました。その後、族長会議が開催された模様です」
いや、事実なんて無根も無根だけどな。
「反対意見は?」
「多少揉めていますが、基本的には抑えこまれています。我々の庇護を失っては生きていけないと、彼らもわかっていますから」
「弱みにつけ込んだみたいな言い方はよしてくれ……」
がっくりと項垂れる俺。
対してネオンは、いつも通りの無機質な表情で、この後の展開を予見する。
「正式な婚姻は、新国家の樹立後ですね。関連法規を総て整備し終えて、ようやく法的にも結婚と言えますから」
「何につけても、国作りのほうが先決ってことだろ」
ちゃんとした法治国家を作ってこそ、他国と対等に戦争が始められる。
たとえ一方的な蹂躙になったとしても、大義名分がそこには生まれるのである。
「で、そのために、か」
「はい。そのために、です」
***
俺とネオンは、居住区画から離れた場所に設置した仮設建物にやってきていた。
ここは、捕虜の拘留施設。
昨日拘束したフレッチャー商会会長の娘、イザベラ=フレッチャーが、中に押し込まれている。
彼女は、商会が国から受託している奴隷船貿易に関わりつつ、奴隷の一部を私的に集め、金鉱採掘事業を独自に進めていた。
「入るぞ、イザベラ――うわっ!?」
厳重なドア・ロックを解除した途端、俺の目の前に人影が飛び出してきた。
手錠をかけられ、目には涙をたっぷりと湛えたイザベラが、縋りつくように倒れこんできたのである
「ああ! 勇敢なるベイル=アロウナイト様! わたくしイザベラは、此度のことを海よりも深く反省いたしました! このような空間に独りきりなど耐えられません。どうか、貴方様の寛大なるご慈悲によって、憐れみを――」
……なんだろう、オペラ歌劇でも見ている気分にさせられた。
彼女の言動は、あまりに芝居臭すぎる。
「こいつ、元気そうだな」
「脳波上では感情の昂ぶりが認められますが、意図的に作り出しているようですね」
手の込んだ演技だということが、ネオンの分析によっても断定された。
意識的に感極まって涙まで流せるだなんて、商人よりも演劇役者になったほうが大成するんじゃないのか、この女。
「貴方様の高邁奇偉なる精神と、聡明叡智なるご慧眼をもってすれば、わたくしをお生かしくださることの意義につきまして、高次の政治的戦略的ご判断をいただけますものと――」
「どうする? なんか、話す気がどんどん失くなってくるんだけど」
「もうしばらく閉じ込めておきましょうか」
長々しい台詞を無視して、拘束の継続を検討し始める俺たち。
あまりにぞんざいな扱いに、泣き腫らしていたはずのイザベラの目が、どんどん吊り上がっていく。
こちらの作戦通りだ。
「クソ野郎どもが! このあたしが下手に出てやってれば――」
「なんだ、反抗的だな。取引次第では自由にしてやろうと思ってたのにな」
「仕方ありません、他の人材を探しましょう。秘密裏に動いてくれる優秀な商人……帝都で探せば、見つけられないこともありません」
「――へ?」
イザベラが食いつきかけたことを確認して、俺たちは踵を返した。
「無駄足だったな。こいつ、どうするか?」
「やはり、西大陸の民に差し出しましょう。煮て食うなり、焼いて食うなり、好きにさせればよろしいかと」
拘置所から去ろうとする俺たちの背後から、悲痛な絶叫が轟いた。
「おりますわ! ここに! めっちゃくちゃ優秀な商人が!」




