20_04_1日目④/信徒の視線からうかがう、聖教会の奴隷労働力に対する一般解釈
<1日目、昼過ぎ>
さて、とにもかくにも、これで入国に関するセレモニーは全部終わった。
このあとは、また誰かが案内が来てくれるって聞いている、けど……
「……誰も来ないね」
「予定になかった昼食会が、案内者のスケジュールにも影響したのかもしれませんね」
とりあえずは、少し待ってみようということに。
「ネオンから見て、この国ってどう?」
「現時点では、良くも悪くも成熟した大宗教の中枢国家、という評価です。まだ総括できるほどの情報量を得られておりませんが、信仰が清廉さと欲深さの両面に作用し、本来相対するはずの概念に高次の調和を生んでいます」
清廉さと欲深さが調和、か。
割としっくり来る言い方かも。
『いかにも〝権力を持っちゃった宗教家〟って感じの人が多かったけど、信仰を軽んじてるってことでもないのよね。不自然なお金の移動を信仰心のあらわれだって感激しちゃうシスターさんもいたし、やっぱり、世間一般とはズレのある世界なんでしょうね』
……まあ、身も蓋もない言い方をしたら、こうなるよね。
「あーっと、そうだ、セラサリスはどう? 確か、ずっと昔はこの場所で仕事をしてたんだったよね?」
遥か大昔、セラサリスが〝現役〟だった時代には、ここに国際的な重要組織が置かれていた。
当時、その場所を警護する重大な任を帯びていた彼女は、
「街並み、独創的」
……ニコニコと笑っているから、教会だらけの街が気に入った、のかな?
懐かしい場所に帰ってきたって感じは、特にしてないみたい。
「うん、そっか……えっと、ファフリーヤはどうだった? 異教の宗教国家ってことで、色々言いにくいかもだけど」
いい印象は持てていないだろう……そう思いながら聞いた問いに、彼女は以外な言葉を返してきた。
「それが、不思議なんです、お父様。貴族の従者ということで、やはり奇異の目では見られてはいたのですが、異教徒に対する忌避や嫌悪といった感情は、ほとんど向けられていなかったように思えたんです」
遠慮や謙遜はしてない様子。
同じ従者役のアンリエッタも、ファフリーヤに同調した。
「ファフリーヤ様と同じ所感です。この国に入るまでは、一番最初に会ったときのマルカの目、あれを向けられることを覚悟していました。初対面だというのに、拭いようのない怒りと憎しみで満たされた、あの視線。ですが、ああいった憎悪の心が、先程の人たちからは全く感じられません」
「……その節は、大変申し訳なかった」
噂をすれば、というやつだった。
話をしていた俺たちのもとに、マルカが現れた。
ものすっごく、気まずげな顔で。
「あら、もしかしてあなたなの?」
「ああ。ここからは、私が案内役を務めさせていただく」
***
午後の案内者と合流したことで、再び街へと出立した俺たち。
宿泊先のリーンベル教会でアイシャさんと落ち合う予定だけど、その前に、いくつかの教会を巡る必要があるそうだ。
忙しなくて済まないと、マルカが謝りながら言う。
「今日のうちに立ち寄っていただきたい教会が、他にもあるのだ」
なんでも、さっきのブラックウッド枢機卿の他にも、俺たちの入国許可のために動いてくれた偉い人が何人かいるそうだ。
というより、ブラックウッド派が働きかけて動かした、他派閥の枢機卿なんだとか。
そういう人たちが管理する教会も、初日に訪問しておかなければ波が立つ。
「神殿騎士の仕事はいいの?」
「テレーゼからも聞いていると思うが、先日までの我々の不在は、〝困難な任務に従事した結果の遭難〟という扱いになった。これを受け、しばらく養生しているようにとのお達しが、ドライデン騎士長より直々に出されたのだ」
〝遭難組〟の8人は、今は通常の職務を免除されていて、代わりにお客様の案内役兼警護役として、今回はマルカが遣わされた、とのことである。
「従って、我々もいつでも動員可能な戦力ないし盾として数えてくれて構わない。呼んでくれれば、すぐに推参つかまつる」
俺たちが無茶をやっても、彼女らが庇い立てして責任を取ってくれる、という意味なのだろう。
当然、限度はあるだろうけど、かなりの覚悟が伝わってくる。
彼女らが抱える問題が大きいことの裏返し……かもしれないけど、これは純粋にありがたい。
「ありがとうマルカ。心強いよ」
「……騎士テレーゼ以外は、だがな」
「ん? テレーゼさん以外?」
そういえば、さっきブラックウッド枢機卿に呼ばれた後は、そのまま姿を見ていない。
「騎士テレーゼは、帰国直後から根回しのため色々と奔走していたのだが、それが尾を引いてしまっていて……」
「ひょっとして、俺たちが大通りでお金をばら撒いたから?」
「ヴィリンテルは小さい国だ。うわさ話はすぐに広まる。それが儲け話であるならば、駆け巡るのに半刻も要さない」
羽振りの良いジューダスとのパイプ役になってもらおうと、テレーゼさんには、各方面から呼び出しがかかったとのことである。
「いい耳してるね、聖職者って」
「もともと、特例入国者であるあなた方に対しては、有力派閥が目を光らせていたのだ」
『ジロジロ見てるのは何人かいたわね。門に入ってすぐのあたりからよ』
シルヴィによれば、単独で物陰に隠れてこちらを窺っていた輩が、複数人いたそうだ。
「彼らが一斉に情報を〝巣〟に持ち帰り、結果、各陣営が我先にと動き出したのだろう」
テレーゼさんは、そういう連中が変な行動に出てしまわぬよう、対処に走り回っているという。
「悪いことをお願いしちゃったかな」
作戦を提案した側として、配慮が足りてなかったかも……
「いえ、あなた方が気にすることはない。我々は神殿騎士。その職責を全うしているのみだ。機会を与えてもらった以上、恩義こそあれ悪いなどとは一切思わない。これは騎士テレーゼの言葉と受け取ってくれて構わない」
毅然とした口調で語るマルカ。
曇りない真っ直ぐな瞳が、俺を見る。
「なお、後日、ドライデン騎士長が改めてお礼を申し上げたいそうだ」
建前上はジューダスが彼女らを救助したことになっているから、正式に謝礼する必要があると言う。
「後日ってのは、いつ頃?」
「『ご都合の良いときに』、とのことだ」
「あ、そういうことか」
「ああ」
俺たちの滞在期間は1週間。
破格の待遇ではあるけれど、こっそり動くことを考えたら、とても長いとは言えない日数だ。
昼間は教会巡りもしなきゃだから、活動時間は更に制限される。
おまけに、特例入国の貴族ってことで、人の目が衆人環視のごとくに光っている。
この状況を、つまり、色々な制限がかかることを見越したドライデン騎士長は、俺たちが自由に動き回れる時間を確保してくれたのだ。
その前のマルカの発言といい、テレーゼさんが奔走してくれていることといい、神兵は組織として俺たちをバックアップしてくれるつもりでいる。
うん、本当に心強い。
「それと、先ほどのファフリーヤ王女の疑問なのですが――」
「マルカさん。〝王女〟は不要ですよ」
ファフリーヤからの小声の指摘に、慌てて口をつぐむマルカ。
「っ、申し訳ありま……いや、すまない」
一応、今は近くに人はいない。
けど、あらかじめ注意しておかないと、ポロッと言っちゃいそうだよね。マルカって。
「こほん。理由は説明できなくもない。周知のとおり、このヴィリンテルに入国できるのは、大陸屈指と呼ぶべき高い信仰心の持ち主に限られる」
気を取り直して説明再開。
大陸屈指の信仰心を財力で買った俺は、ちょっと複雑な心境でこれを聞く。
「その人物が連れている従者とあらば、たとえ身分が奴隷であろうと、当然に唯一神を崇める聖教徒であるはず……と、この国の司教やシスターたちは考える」
「宗旨替えをしていると、判断されるということですか?」
もちろん、頑固で過激な物の見方をする人間もいるようだけど、メレアリア聖教に宗旨替えしていることが事前にわかってさえいれば、街道で表立って声をあげることまではしないそう。
「信仰が共通していれば、異国の民族を毛嫌いすることもないのですね。わたくしとしては、それも少し意外でした」
ファフリーヤの言うように、人種が異なるということは、それだけで差別思想が芽生えてる要因になりがちだ。
「こちらも理由はあるのだが……その、聞いていて気分のよいものでは――」
「いえ、ぜひともお教え下さい」
マルカはためらい、ちらりとアンリエッタに目配せした。
アンリエッタは無言で小さく頷くことで、「王女の意のままに」と示した。
「このことには、奴隷事業の社会浸透が関わってくる。ラクドレリス帝国ほどの規模ではないが、ヴィリンテルも……いや、厳密にはゾグバルグ連邦国がと言うべきだが、奴隷売買に着手している。というより、大陸で唯一公式に奴隷船貿易事業をしているラクドレリス帝国から、正式に奴隷を買い付けている」
生活の中で奴隷を……つまりは、西大陸の人種を見かける機会はそれなりに多い。
ヴィリンテルにおいても、他国からの物資の運搬要員として奴隷が使われているのを見かけることはよくあるという。
だから、この国の住民たちにも一定の〝慣れ〟があると、マルカは言う。
が、これにファフリーヤはますます首をかしげた。
「異民族で、それも奴隷の身分ともなれば、余計に差別に繋がりそうに思えますが?」
「それについても……その、理由はあるのですが……」
言葉を濁したマルカ。
まあ、彼女の立場と信条からしたら、声に出しにくい事柄であるのは間違いない。
なので、ここは俺から助け舟。
「うーん、そうでもないんじゃないかな」
「お父様?」
「これはさ、身勝手極まりない俺たち側の理屈だけど、重労働に従事させるための人材ってのは、どんな国でも貴重なんだ」
誰もやりたがらないキツイ仕事は、高い報酬で人手を集めるか、それができないなら、誰かに強制的にやらせるしかない。
その誰かというのは、もちろん奴隷だ。
国家を発展、あるいは維持していくために、奴隷という便利な労働力は、もはや必要不可欠な存在なのである。
「熱心な信徒ってのは、幼少期のうちから親や神父さんによって労働の尊さを教わってる。街の発展、国の発展のために必要な仕事であるなら、その重要さを色眼鏡なしに理解してくれる人たちってことだ。更に踏み込んで考えると、その重要な労働に従事する人間に対しても、一定の理解を示してくれるって論理が存在することになる」
「ですが、メレアリア聖教は異教徒を外敵と位置づけているはずです。現に、出会った頃のマルカさんは――」
「う……それは……」
これもまた、マルカが答えにくそうな質問である。
「いわゆるさ、ダブル・スタンダードってやつなんだよ」
だから、もう少しだけ助け舟。
この辺りの事情についても、身勝手極まりない理屈が存在するのである。
「こちらの大陸で働いている異教徒の奴隷に対しては、奴隷になった時点で異教の神から見放されてるって考え方をしてしまうんだ。いわば、無宗教状態の奴隷に、聖教の神がお慈悲で仕事を与えてるってことにして、大衆の理解を得ているんだよ」
大きな国であればあるほど、奴隷労働力は手放せない。
だから、国家や宗教家は詭弁を弄してまで奴隷制度を維持しようとし、大衆も上から目線でそれを容認する。
これは、自分たちの社会を上手く回すための方便だ。
ただし、万人に受け入れられる方便ではなく、現にケヴィンさんは、否定的な見方をしているようである。
「要するに、『救ってやってる』っつう腐れ理論だ。異教徒を邪神から解放してやって、おまけにこの大陸で生きる術を与えてやったと、なんとも都合のいい解釈をしてやがる」
『声が大きいわよ』
シルヴィが無線で注意する。
それもそのはず。
聖職者たちの間にも、この〝都合のいい解釈〟に納得せず、中には奴隷の国外追放を声高に唱える潔癖過剰な派閥もできていると聞く。
「では、ひょっとすると、マルカさんも?」
「……その、私は、だな。ずっと教会の中で育ったゆえ、多角的な物の見方というのが、あまり得意ではなくて、だな」
このしどろもどろさを見るに、マルカ、もともとは奴隷反対派だったんだろうなあ。
それも、結構過激な物言いをするタイプの。
ただ、これらの身勝手極まりない理屈のおかげ……と言ってしまうとアレだけど、
「わたくしたちには好都合、ですよね? お父様」
ファフリーヤやアンリエッタを連れ歩いても、トラブルに発展することはない。
悪徳貴族のイメージさえも寄付や寄贈でどうにかなったし、世の中、本当に都合よくできてるもんだ。




