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20_03_1日目③/道化師の本懐

<1日目、正午>


 ブラックウッド枢機卿の教会に到着した俺たちは、多くの人たちから熱烈な歓迎を受けた。

 全員、ブラックウッド派という聖職者派閥に所属する司教と、その関係者であるそうだ。


 一通り挨拶をし終えたあとで、俺とネオン、それにテレーゼさんは、一旦、応接室のようなところに通された。

 家具類が古風な様式で統一された、優美な雰囲気の部屋だった。

 従者役の面々は別室待機だ。


 すぐにひとりのシスターさんがティーセットの乗ったカートを押して現れた。

 紅茶が出され、おいしそうな焼き菓子もテーブルの上に並べられていく。


「10分ほどでブラックウッド枢機卿が参りますので、少々お待ちくださいませ」


 シスターさんが一礼して去っていったあとで、俺はようやく、ホッとひと息つくことができた。


「あー、プレッシャーすごかったぁ……」


 ソファにしなだれかかる俺。

 貴族にあるまじきだらしなさだけど、今だけは見逃してほしい。


「先方は積極的に歓迎の意をアピールしていますね。この焼き菓子も、庶民では味わえない高級品とお見受けします」

「派閥を上げておもてなしをする方針だと聞いています。スケジュールが埋まっていた方も何人かいたそうですが、ブラックウッド卿たっての要請で、急遽キャンセルなされたとか」


 予定を変更してまでジューダスの対応を優先。

 相当な熱の入れようだ。


「ひょっとして、俺たちの泊まる宿とかも、ブラックウッド派の人たちが用意してくれてたり?」

「いえ、あなた方の宿泊場所は、アイシャのいるリーンベル教会に決まりました。あそこには、かつて巡礼宿として使われていた宿泊所がございますので」

「巡礼宿? ってことは、外部の人向けの宿だったんだ」

「入国制限が厳格化される前の名残です。このため、裏通りのひとつが馬車専用の通路となっていまして、リーンベルまで繋がっているのです。あなた方の乗ってきた馬車も、夕方までに神兵(われわれ)が運送いたします」


 それは助かる。

 あの馬車、色々と仕込んできてるから。


「でも、よく反対されなかったね。賓客(ひんきゃく)を奪われたとか言われなかった?」

「いえ、表立っては。ジューダス様ご本人たっての希望ですので、ブラックウッド派も、そう強いことは言えません」

ジューダス(おれ)が希望?」

「わたくしがリーンベル教会の話をした際に、いたく興味を示された、ということにしてあります」


 なんでも、リーンベル教会は特別有名ってわけじゃないけど、礼拝堂にとても古いパイプオルガンが設置されていたりと、そこそこの規模で、そこそこにはヴィリンテルの歴史の一端を請け負ってきた教会ではあるという。

 で、その歴史上、かつて巡礼者たちの宿泊施設として開放されていた時代があったのだと、テレーゼさんは粛々(しゅくしゅく)と語った。


「当時……まだ入国制限が緩かった時代です。巡礼者たちは遠方から何日もかけて、危険を冒して聖地ヴィリンテルを目指してきました。そんな彼らの旅の疲れを()やしたのが、リーンベルに併設された巡礼宿だったのです」


 今は入国規制が厳しくなって、巡礼の風習もなくなってしまった。

 しかし、巡礼宿として使われていた建物は、歴史遺産として当時のまま保存されているという。


「ジューダス様も、これから東の各国を巡る旅(グランド・ツアー)に出られる身。かつての巡礼者の並々ならぬ覚悟の旅路の終着点たるリーンベルに宿泊することで、身を引き締めて、今後の各国遊学に臨む所存であると、そのような説明を」

「なんて殊勝(しゅしょう)な貴族なんだ」


 こんなことを言われたら、そりゃあ、反対意見なんて出したくても出せない。


「ちなみにオルガンに関しては、別の教会を改修する折に、強引に引き取らされたとうかがっています。宿泊所にしても、歴史の古い教会は、どこも併設を拒んだという経緯がありまして……」

「あ、貧乏くじを引かされてたんだ……」


 ずいぶんと力の弱い教会らしい。

 ……アイシャさん、水面下ですっごく色々動いてるみたいだけど、大丈夫なんだろうか?


「まあでも、その結果、ジューダス(おれ)が自分で宿泊先に選んだってことにできるなら」

「ええ。話として不自然ではありませんし、長い時を経て()が福に転じたということでしょう」


 それでもブラックウッド枢機卿は、ジューダスを晩餐(ばんさん)に招くなどしての歓待をいくつか画策していたそうだ。

 ところが、テレーゼさんから『イスカリオット家の皆様は大変な美食家であり、我々が頂いた食事もとても上品でランクが高いものであった』という話を聞いてしまい、悩んだ末に計画を白紙撤回したそうである。


「よく引き下がったね。国外から高級食材の取り寄せくらいはできるんじゃないの?」

「もちろん可能です。ですが、それを高いレベルで調理できる人間を呼び寄せようにも、ご存知の通り、入国許可はおいそれとは出ませんから」


 なるほど、内部の人間にとってもネックになるのか、入国の制限は。


「〝金のなる木〟に機嫌を損ねられても困るでしょう?」

「そうだね。寄付金の額を弾んであげるとしようか」


 動きやすさは金で買える。

 まったくもって、いい国である。


 ・

 ・

 ・


「いやー、緊張した緊張した」


 ブラックウッド枢機卿との面会は、つつがなく終わった。

 テレーゼさんは枢機卿に呼ばれていなくなり、俺はこの後の教会巡礼の準備のために、ひとまず別室で待機。

 そこで従者役のみんなとも合流した。

 最初に通された応接室ほどじゃないけれど、ここにも豪華な調度品が並んでいる。

 俺たち以外には誰もいないので、ここなら演技しなくて大丈夫だ。


「お疲れさまでした、お父様。お話しはいかがでしたか?」


 テクトータを胸に抱いたファフリーヤが、真っ先に俺を(ねぎら)ってくれる


「ありがとうファフリーヤ。とりあえず、致命的なミスはしてない……と思う」


 面会自体はすぐに終わった。

 当たり(さわ)りなく挨拶を済ませ、ついでに、持参してきた純金彫刻も寄贈という形で手渡した。

 先にテレーゼさんを通して流した物とは、また違った造形の作品である。

 黄金の輝きを放つ芸術品に、先方もホクホク顔。

 これで通過儀礼は終了……かと思ったら。


「まさか、昼食をご馳走(ちそう)になるとは思わなかったよ」

「テレーゼも知らされていなかったようですね。晩餐(ばんさん)の宴を断念するかわり、歓待の仕方を工夫する方策を取ったのでしょう」


 テーブルの上に並んでいたのは、(ぜい)を凝らした食事ではなく、巡礼者が伝統的に食してきたという質素な料理。

 ただ、食材は極めて上質だったっぽい。

 こちらは入国の許可を取ってもらった立場なうえに、その建前は「巡礼のため」。

 断る術はありっこなかった。


「おまけにあの人、しゃべるしゃべる……」

『お話し大好きなおじいちゃんだったわね』

「あやうく、偽物だってばれるところだったよ」


 あの枢機卿、自分の経歴を自慢気に長々語ったかと思えば、こちらのこともあれやこれやと聞いてくる。

 お開きになるまでかなりの時間がかかったけれど、隣に座ってくれたテレーゼさんのフォローを多いに受けて、どうにかこうにか乗り切った。


「ネオンも、サポートしてくれて助かったよ」

「恐れ入ります。ですが、司令官ならば、私がこっそり助言せずとも乗り切れたはずですよ」

「いやいや、俺だけじゃ確実にボロが出てたって」


 俺があの場を乗り切れたのには、大きな理由があった。

 左耳につけている金ピカのイヤリング、これが実は通信機なのだ。

 いつものヘッドセットを着けていない代わりの品で、音が俺の鼓膜だけに届き、周囲には一切聞こえない優れもの。

 俺が適切な応答に困った時には、ネオンがすぐさま助言してくれていて、その通りにしゃべっていたのである。


「明後日にも昼食会を開くって言ってたね……夜の宴会は本当に諦めてたみたいだけど」

「あちらとしても〝金のなる木〟を歓待しないわけにいかないのでしょう。そこで、中途半端に贅沢に走るならばと、伝統という言葉に(すが)る発想に至り、結果があの料理だったものと思われます」


 今回持参した純金製彫刻は、ブラックウッド枢機卿が管理する教会への正式な寄贈品として、寄附金品台帳にも記録した。

 前にテレーゼさんを通して渡したものは、あくまで『神兵のために』という名目だったけど、これで明確に枢機卿との間に関係性――お金による繋がりが生まれたことになる。


『そんなものを(じか)に貰っておきながら、何も返さないのも体裁が悪いじゃない』

「枢機卿としてのメンツに関わりますし、特に、今後もイスカリオット家との関係を続けたいと思っているでしょうから、なおのことです」


 全ては思惑……いや、俗欲と権威欲か。


「偉い人って大変だよなあ。色んな意味で」


 若干の皮肉を込めたこの言葉に、


「お父様、偉いと言えば、先程の聖職者の方は〝枢機卿〟という立場なのですよね?」


 ファフリーヤが違う角度から焦点を当ててきた。

 彼女の耳にも、俺のとは違う形のイヤリングが光っている。

 通信機能だけではなく、翻訳機能も備えたもので、これのおかげでファフリーヤも周りの会話が理解できている。


「そして、道すがらにお会いしてきた方々は〝司教〟と呼ばれていました。枢機卿のほうが司教よりも地位が上……で、合っていますか?」

「うん、そう。枢機卿っていうのは、教皇様、副教皇様に次ぐ、いわば3番目に偉い聖職者階級のひとりだね」


 ただし、ひとりだけしかいない教皇、副教皇とは違って、枢機卿の職位を授かった人間というのは、複数人存在する。

 その数、実に97名。

 メレアリア聖教会のナンバー・スリーにして、なんと100人近い数にも昇る。

 理由は、各国の聖教会支部を取り仕切るため。

 大陸じゅうの国々に、数人単位で派遣されることから、この人数が必要になるのだ。

 そして、ここヴィリンテル聖教国内においては、各種の評議会や委員会の要職、更には各行政省庁の長官職と次官職に就くことになり、聖教会全体の運営方針を決議する立場と責任を与えられる。


 現在、ヴィリンテル国内には24名の枢機卿が何らかの大役についているそうで、ブラックウッド枢機卿もその一員。

 かなり偉い人、なのである。


「俺も枢機卿って見るのは初めてだったんだけど、薄紅色の法衣なんだね」


聖職者の職位は、着用する法衣の色によっても表される。

大通りで話しかけてきた司教たちは、いずれも黄色い法衣だった。

そして、さっきまで面会していたブラックウッド枢機卿は、薄めの紅色。


「テレーゼの記憶によりますと、司教以上の役職の者には、法衣に空の色を割り振っているようです」


 枢機卿の薄紅色は、夜明け前の薄明から、だんだん朝日が顔を出しつつある時間帯の空の色味であるるらしい。

 一方の司教の黄色は、日が沈む直前の黄昏を表しているそうだ。

 一度、夜の暗闇という苦難を乗り越えてからでなければ、上の階級である枢機卿にはなれないってことなんだろうか。


「それに比べて、俺の服は、なあ……」


 着ている服に目を落とす。

 高級素材と宝飾品をふんだんに使って仕立てた、趣味最悪なデザインの礼服。

 優雅さも過ぎれば下品になることの、いい見本だ。

 一応、前文明の特殊な裏地素材で補強もしてるから、防御力は抜群なんだけど……


「よく考えれば酷い作戦だよね。悪趣味さが際立(きわだ)っていれば成功ってさ」

「まったくだぜ。こんな道化役を、よくもやらせやがってよ」


 俺のぼやきに同調してくるケヴィンさん。

 というより、噛みついてくるケヴィンさん。


「護衛の衣装はまだマシじゃん。ちゃんとした軍服がモチーフなんだから」


 純金アクセサリーに目をつぶれば、むしろ見栄えはかなりいい。


「そのモチーフが問題だってんだ。ラクドレリス帝国軍のを模倣(もほう)してんだろ?」

「仕方ないじゃん。軍人上がりの帝国貴族って設定なんだから」


 これについては、俺も思うところが無いわけじゃない。

 ただ、全体の色味や細かい部分のデザインは変えてあるから、帝国軍の軍服とは明確に区別化がされている。

 というより、区別しないと帝国の法律にもひっかかり、偽貴族だとばれる原因になりかねない。


「だいたいさ、それを言うなら自分たちだって、前に敵対国(ベルトン)の軍服を着て――」

「ありゃあ任務だ。ちゃんとしたな」

「では、問題ありませんね」


 不毛なやり取りを見かねたように、ネオンが口を挟んだ。


「本件も、モーパッサン提督の許諾を得ている(れき)とした任務です」

「俺らである必要がねえだろうが」

「本件は偽装工作の意味合いが強い任務ではありますが、状況によっては戦闘行動も辞しません。動員するメンバーは、戦術戦略と特殊工作に長けた一流の軍人である必要がございます」


 真正面からこう言われ、ケヴィンさんは二の句を無くした。


「ですって、ケヴィン。認められてるわよ」

「……貧乏くじを引かされただけだろうが」


 まんざらでもなさそうなケヴィンさん。

 というか、まあ、さっきは門衛さんの前でノリノリで集団行動を取ってたし、本当は結構乗り気なのだ。

 だから、急にこんな素振りを見せたのは、たぶん……


「ファフリーヤも、変な役回りにしちゃってごめんな」


 変どころか、あまりに酷い作戦だ。

 入国のためとはいえ、奴隷として捕らえられた経験を持つファフリーヤに、奴隷従者の役をやらせている。

 おまけに、彼女にとっては異教徒である聖教信徒のふりもしてもらっていることになる。


「構いません。奴隷のふりも、聖教徒のふりも、それで救われる命があるのでしたら」


 きっぱり言い切るファフリーヤ。

 俺に遠慮しているのではない。

 この潜入作戦が、帝国の情報を入手することのみならず、ラスティオ村の民たちの安寧に繋がることを理解しているのだ。


「おまえは平気か、アンリエッタ?」


 ケヴィンさんに問われたアンリエッタは、彼にニコリと笑いかけてから、ファフリーヤの前に(ひざまづ)く。


「ファフリーヤ様のご決断に従います。新国家の王妃としてのお役目、このアンリエッタも、微力ながら尽力いたします」


 そして立ち上がり、ケヴィンさんのほうを見向くと、


「なにより私には、奴隷じゃないって証明してくれた〝家族〟がいるから」


 もう一度微笑みながら、こんな言葉を彼に贈った。


「ありがと、ケヴィン」

「……なんのことだ?」


 そう。

 あんなにノリノリだったケヴィンさんが、ここにきて態度を(ひるがえ)したのは、きっと、アンリエッタを気遣ってのこと。

 異教の国に赴く以上、間違いなく、彼女は嫌な思いをすることになる。

 現に、大通りではアンリエッタが、差別的な発言を浴びせられることにもなった。

 それでも、アンリエッタもファフリーヤも、嫌な役を快く引き受けてくれている。


「でもさ、実際にやってみて辛いようなら――」

「お父様、心配してくださるのは嬉しいのですが、それで(ほころ)びが生じてしまっては元も子もありません」


 役割をまっとうするべく、彼女たちは強い決意を示している。

 これ以上聞くことは、ふたりへの侮辱だ。


「それに、奴隷と呼ばれるには違和感のある、とても良質で高価な衣装を着させて頂いていますから」


 微笑みながら、スカートの裾をつまんで優雅に一礼して見せたファフリーヤ。

 この豪華な衣装は、ジューダス=イスカリオットの変人ぶりを際立たせる演出であると同時に、彼女たちの精神的負担を減らす措置でもあった。


 ふたりとも、両方の意図を理解してくれている。




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