20_02_1日目②/聖職者、かくも語りき
西シェリエンテ広場から続く大通り。
多くの教会が立ち並ぶこの道が、ヴィリンテルの東西を繋ぐ本通りだ。
テレーゼさんが言う通り、黄色い法衣を着た聖職者や若い修道女さんも多く見受けられる。
広場の時と同じように、反応は上々。
ヒソヒソとこちらの様子を窺っては、金とコネで入国を果たした悪趣味貴族だと、勝手に思い込んでくれている。
「みんな、道化か珍獣を見てるみたいな好奇の目だね」
『他の目もあるわよ。あっちのシスターさんたちなんて、汚物でも見るみたいに蔑んだ視線を投げつけてきてるわ』
「信仰心をお金で買ったと思っているのでしょう。この巡礼も、貴族の贅沢の一種と見做しているようですね」
まあ、そこはあながち間違いじゃない。
こんな浪費家貴族を軽蔑するのは、むしろ健全とも言える。
と、そんな中、ひとりの司教が話しかけてきた。
「これはお珍しい、この国にお客人とは。どうでしょう? 長旅でお疲れかとお見受けしますが、私どもの教会でひと休みされていかれませんかな?」
予定外の接近者。
彼はどうやら、すぐ近くの教会の司教であるらしい。
物珍しい一団に、感興の赴くままに声を掛けてきたっぽい。
俺も挨拶を返しつつ、少し頭を悩ませる。
(うーん、立ち話くらいなら良いけど、中に入るのはな……)
入国目的を巡礼だとした都合上、教会訪問の機会が増えるのはありがたい。
だがしかし、便宜を図ってくれたブラックウッド枢機卿の教会を1つ目の訪問先にしないのはまずい。
かといって、この司教さんを無碍に追い払ってしまうのも、それはそれで角が立つ。
(周りの人たちみんなが聞き耳を立ててる。ここは少し、丁寧にやらないと)
と、話しているうち、司教はジューダスの従者をジロジロと眺めだした。
その対象は、主にアンリエッタとファフリーヤ。
奴隷の従者を引き連れているという部分が、彼の関心を引いたらしい。
そんな司教の前に、アンリエッタが一歩進み出た。
「はじめまして。ジューダス様にお仕えしております、アンリエッタと申します」
流暢にこちらの言語を話したアンリエッタに、司教は驚きの声を上げた。
「おお、あなたは帝国の公用語をしゃべれるので?」
「幼少の折に旦那様に認められ、フォリサル語をお教えいただきました」
澄まし顔でスラスラと嘘をしゃべるアンリエッタ。
彼女にも、事前に偽の経歴を覚え込んでもらっている。
「ほほう。ご貴族様は粋狂でございますなあ」
あからさまな発言でありながら、彼はほがらかな笑顔を浮かべていて、嫌味や差別の意図がまったく読み取れない。
読ませないのではなく、本心がそうなのだ。
(……こういう人、多いんだろうな、この国には)
奴隷に教育を施す事は、実はそこまで珍しくない。
単純な肉体労働の現場で使われる場合はともかく、貴族の家の使用人として働くならば、主の命令を理解できないなんてもってのほか。
言い方はかなり悪くなるけれど、〝便利な道具〟として購入した以上、役目をきちんと果たさせるための〝手入れ〟は、使う側の義務でもある。
だが、その論理は聖職者には通じないことも多い。
特に、彼のような司教の地位を得るほどに熱心な聖教徒は、『奴隷に』ではなく『異教徒に』教育を施す事に、違和感や嫌悪感を覚えてしまうことが少なくないのだ。
ただし、この司教さんは嫌悪ってほどの悪感情をもっているタイプではなさそうな感じだ。
それなら――
「家訓なのですよ。我がイスカリオット家の代々のね。『高貴なるイスカリオットに名を連ねる者、気品を常に重んじ、責務を満身で体現せよ』」
「ほほう! それはそれは素晴らしいですなぁ」
……お世辞も過ぎれば、小馬鹿にされてる気がしてくるぞ。
「もっとも、代々と言えば聞こえはいいが、イスカリオット家は先の大戦後に爵位を与えられた、まだ成り立ての新興貴族。しかし、『だからこそ古い貴族よりも貴族然とし、爵位に恥じぬよう振る舞わねばならん』……という理念を、家を起こした曽祖父が掲げたのだ。まったく、武人の負けん気が抜けきらぬ、泥臭い考え方とは思わぬか?」
「ふうむ……いや、ご立派な心がけにございますな」
「されば当然、『その使用人にも気品ある立ち居振る舞いが不可欠であり、そのためには教養が必要であると心得よ』と。故に、執事から小間使いにいたるまで、我が家はあらゆる使用人に対し、徹底した教育を施している。無論、奴隷の使用人も例外ではないのだ」
「なるほど、なるほど。貴族の社会も大変な世界なのでしょうなあ。私には想像も及びませぬ」
俺の話を傾聴した司教は、次のようなことを語り始めた。
自分の教会も、建てられてからそれなりの年数を経ているものの、聖教国の中では若輩の部類。
積み上げた歴史は古参の教会に遠く及ばず、しかして、果たすべき責務に変わりはなく、日々弱者救済のために祈り、行動を重ねている……
「素晴らしい!」
長くなりそうだったので、早々と打ち切った。
「あなたのように篤実な方の教会に寄付をしたとなれば、我が家名にも箔がつくというもの。ここで話しかけていただいたのも、神の思し召しだろう。先に済ませねばならぬ用があるため訪問はできぬが、その無礼への詫びも込めて――」
指をパチンと鳴らした。
「――この品を寄贈させてもらうとしよう」
俺の合図で、セラサリスが手荷物の中からある物を取り出し、眼前の司教に差し出した。
渡したものは、金色の光を放つ小さな彫像。
ブラックウッド枢機卿にも流した純金の騎馬像。
あれの別ポーズ版、種類違いの品だ。
「こ、これは、まさか、黄金……」
「長い旅路の殺風景を埋めようと思い持ってきていたのだが、私は道中で見飽きてしまってね。とはいえ、悪い品ではない」
開いた口が塞がらなくなった司教。
周囲からもどよめきの声が。
「む? もしや、このような贅沢品は教会の趣旨に反してしまうか? ならば、すぐにでも売って貨幣に換えてしまうといい。飾るのではなく活動費に充てるのであれば、支障はあるまい?」
「は、はい、いえ、滅相もない……」
相槌が支離滅裂、司教は錯乱しかけていた。
「換金に困ったならば連絡してくれたまえ。私の家は帝国のフレッチャー商会に伝手がある。なるべく高い値で買い取ってもらえるよう、口添えしておこうではないか」
では、これにて……と、純金の像を持ったまま立ち尽くす司教を放置し、貴族一行はこの場を後に。
こんな会話を、あえて人の耳目のある場所で言った意味。
聞いた人々はこう思っただろう。
(絵に書いた高慢ちきな貴族だな。しかし――)
(頭のおかしなボンボンめ。しかし――)
そう。〝しかし〟だ。
(あれは、寄付金を落とすぞ!)
聖職者たちの眼の色が変わった。
珍獣、あるいは汚物に向ける侮蔑の視線は、いまや、宝石の山を前にしたかのごとき垂涎の眼差しに。
かたや、シスターたちは今の会話を真に受けたらしく、心から俺に感心し、ガラリと評価を改めていた。
それどころか、そのうちの若い1人が、感に堪えないといった様子で俺に話しかけてきた。
「感激いたしました、ご貴族様! 恵まれぬ者のために、惜しげもなく私財を施しになられるだなんて! 貴族の方というのは、下々のための出費は出し渋り、私腹を肥やすことしか頭にない方ばかりだと思っていました!」
「う、うむ。高貴なる人間が、その義務を果たすのは当然のことだ」
内心でドン引きしてる俺。
貴族だと思ってる相手にここまで言い切る?
怖いもの知らず……いや、だからシスターやっている……てのは流石に偏見が過ぎるか。
まあ、俗物思考な聖職者たちに比べたら、清貧で清廉な信徒だよな、うん。
「これこれ、ご貴族様がお困りであろう」
そこに声をかけてきたのは、さきほどとは別の司教。
やけに長い白髭を生やした彼は、好々爺とした笑顔を貼り付け、わかりやすく擦り寄ってきた。
俺に絡んでいた若いシスターさんを他のシスターたちに回収させて、ちゃっかり自分が話し相手の座を奪った。
「勉強熱心でおられますなぁ。どうですかな? わたくしどものゼテラン教会にも、ぜひともご来訪を……ああ、もちろん、ご用向きが終わった後で、お時間があればということで」
確か、さっきのリストに名があった。
見学を認めていなかったはずの教会だ。
「ほう、聞いた名だな」
「おやおや、ご存知であられましたか。これはこれは光栄の極みで――」
「だが、その教会は残念なことに事前の訪問許可が下りなかったと聞き及んでいる。ありがたいお申し出だが、いかに司教様といえど、独断で決まり事を破ってしまえば不都合が生じるだろう」
司教は一瞬だけギョッとした顔になったが、すぐに取り繕い、
「それはとんでもない。信徒に門戸を開かぬ教会など、一体どこにございましょうか。おそらくは、なにかしらの手違い行き違いがあったのでしょう」
「では、ぜひともに伺わせていただくとしよう」
「お待ちしておりまする」
深々と頭を下げて、俺を見送った。
腹の裡では露骨にほくそ笑んでいることだろう。
そして、再び歩き出そうとした俺の行く手には、第二第三の俗物思考の司教たちが、揉み手をしながら待ち構えていた。
(あ、これ、全員を相手にしないといけないやつだ……)
こんな具合に、寄ってくる聖職者たちを適当にあしらいながらの珍道中が繰り広げられた。
適当に金品を寄付し、あるいは来訪を約束して手早く話を打ち切ったけれど、それでも相応の時間を取られることに。
ブラックウッド枢機卿の教会にようやく辿り着いたのは、入国から小一時間ほども経ってからになってしまった。




