20_01_1日目①/偽物貴族と神の国
<滞在1日目、午前>
「ふむ、これが神のおわす国、ヴィリンテル聖教国の第一景。そして、この私、ジューダス=イスカリオットが刻む、記念すべき第一歩目であるか」
さて、長くなったけど、ようやく話がここに戻ってきた。
10日間のあれやこれやを経て、ヴィリンテルへの潜入を果たした俺は、貴族の演技で第一声。
サザリの門を入ってすぐの【西シェリエンテ広場】で馬車を降りた。
舗装された石畳の広場の中、物見高い人々の好奇の視線が、珍妙な貴族に集まってくる。
「誰だあれは? 入国許可を得ているようだが……どこの派閥との繋がりだ?」
「若い貴族のようだが……しかし、なんだね、あのキンキラな服飾は」
「金色のアクセサリーがそこかしこに……もしや、すべてが純金で?」
「なんと品位に欠ける……あれで正装のつもりなのでしょうか?」
正確には、馬車から降りる前、サザリの門を潜ってきた瞬間から、俺たちは注目の的になっていた。
通常、西側のサザリの門から馬車は入ってこないのだ。
もちろん、ヴィリンテルにも食料などの物資は定期的に運ばれてくる。
けれど、ゾグバルグからの交易品を届ける貨物馬車は、ラトグンド街道と繋がる東のサザリの門を通るから、西側の門が馬車のために開けられることはまずないのである。
「見ろ、奴隷のメイドたちにも、金のアクセサリーを身に着けさせてるぞ」
「護衛の私兵の服にもだ。金色の装飾が、あんなにもキラキラと」
そんな西門から馬車が入り、金ピカづくしの貴族の一団が現れた。
おまけに、それを出迎えたのは聖教の広告塔、象徴武力の神殿騎士。
「改めまして、ようこそヴィリンテル聖教国へ、ジューダス様。聖教会を……そして神殿騎士を代表し、歓迎申し上げます」
「うむ、苦しゅうない、テレーゼ」
そして、極めつけとばかり、
「では、家庭教師の方も、ご一緒に」
「ジューダス様の家庭教師を務めるネオンと申します。1週間よろしくお願い致します」
最後に馬車から佳麗な美女が降りてきて、群衆の度肝を抜く。
「なんと麗しい……あの女性も従者なのか?」
「家庭教師ということは、あれではありますまいか? 貴族が子弟を遊学の旅に出させるという」
「グランド・ツアーか。しかし、このヴィリンテルに入国できる家柄には、とても……」
「どなたかと深い結びつきがあるのでしょうな。以前にも――」
当て推量を重ねる住人たちは、これが貴族のグランド・ツアーだと勝手に理解してくれた。
偽装の初手はまんまと成功。
ネオンがパーソナル・ボディを妙齢の容姿に変えてきたのは、大正解だったようだ。
*
「では、ジューダス様。ここからは徒歩で」
「うむ」
テレーゼさんに案内されながら、石畳の広場をぞろぞろと歩いていく。
怪しげな金ピカ集団が街を練り歩く姿に、やはり人々の視線は釘付けだ。
と、ネオンからこんな提言が。
「彼らは遠巻きに見ているだけで、声が聞こえる距離まで近づいてくる者はありません。普段の言葉遣いに戻しても問題はないでしょう」
危なくなったらネオンかシルヴィが合図してくれるとのこと。
ということで、堅苦しい演技から、ひとまずだけど解放された。
「あー、肩が凝った」
見られているから立ち居振る舞いは崩せないけど、言葉遣いの強制がなくなっただけでも、かなり楽だ。
「ファフリーヤも、大変じゃない? 従者の礼儀作法」
「大丈夫ですお父様、畏まった場には慣れていますから」
ニコニコの笑顔で答えるファフリーヤ。
彼女は来訪の目印になってくれたテクトータを胸に抱いている。
リーンベル教会に着くまでは、テクトータの世話はファフリーヤに一任。
褐色の少女が鷹を抱いて微笑んでいる様は、身贔屓なしに、なかなか絵になっていると思う。
「そういえばお父様、このように貴族を歩かせることは、不敬にはあたらないのですか?」
不思議そうに尋ねてくるファフリーヤ。
確かに、さっきの門衛さんたちの慇懃丁寧な対応を受けた後だと、落差があるようにも受け取れる。
実際、乗ってきた馬車を取り上げられているわけだし、横柄な貴族だったら怒り出してもおかしくない。
ただしそれは、ここがヴィリンテルでなかったら、の話だ。
「まあ、散歩は貴族の趣味みたいなものだし、それに、この西シェリエンテ広場自体が、ひとつの宗教建築物だからね。石畳の一部に、遠方から取り寄せた珍しい石を敷いてるから、馬車で踏み荒らしちゃうわけにはいかないんだ」
「お父様は、この国が初めてではないのですか?」
「いや、もちろんこれが初めてだよ。だけど、この大陸の人間だったら、子どものうちに名前くらいは聞かされるからさ」
聖教会は各国各地で、子どもに宗教教育を施している。
月に4、5回、教会で学校を開いて、神父様が小さい子たちに神話や聖教史などを語るのである。
参加は別に義務ではない。
けれど、都市部の街から地方の村まで例外なく開かれる教会学校は、多くの子どもがメレアリア聖教の教義に親しみ、倫理観念を養う情操教育の機会となっている。
そんなことを、歩きながらファフリーヤに説明した。
「俺はあまり参加してこなかったけど、それでも、色々と聞かされたよ。サザリの門を入ってすぐのこの広場とか、重要な【天黎会議】って会議が開催された古い宮殿とか」
ざっくりとした俺の話を、隣のテレーゼさんが補足してくれた。
「レミールザ宮殿ですね。ここからでは見えませんが、とても大きな建物ですよ。会議場をいくつも備えていて、今も各委員会の定例会や派閥会合などで使用されています。また、教会の尖塔屋根とは違い平屋根で、小塔が設置されていることも特徴ですね」
聖教の象徴なんていわれる神殿騎士だけあって、国内の宗教建築にかなり詳しそうだ。
「また、隣接するラゴレメリ聖堂も有名で、国外の信徒に伝わる特徴としましては、ドーム屋根の中央に空いた大きな天窓が有名でしょうか。円周状の内壁には12の壁龕が設けられており、その窪みの中に、かつて聖者に認定された偉人たちの彫刻が飾られています。日の傾きとともに天窓から溢れる光がひとりずつを照らしていく、という趣向がとられています」
この大聖堂の話も、確かに聞いたことがある。
「聖堂の地下には納骨室があり、代々の教皇様の遺骨が納められた石棺が保管されています。もっとも、その納骨室には教皇府の限られた職員しか入ることができません。そして、ラゴレメリ聖堂から2区画離れたオミナヘコル礼拝堂には――」
テレーゼさん、やけに詳細な解説を加えてくる。
本当に勉学の旅に来たみたいだ。
きょとんとした俺の目に気づいた彼女は、一旦説明を止めて、今の話の意図を明かした。
「理由はふたつ。ひとつは、この場での会話内容として不自然ではないこと。ここから先は多くの教会が並ぶ大通り。必然として、本国の聖職者たちの目に晒されます」
この入国は、表向きはグランド・ツアー。
巡礼と勉学が目的だ。
聖教会の偉い人たちに遭遇する可能性も高い以上、不興を買わない立ち回りが必要ってことになる。
「そしてもうひとつ。今お話しした聖堂や教会は、巡礼者として入国した以上、最低限訪問しなければならない場所、としても覚えておいていただきたく」
偽装とばれないための措置。
つまり必要知識であると彼女は言う。
「歴史背景や芸術的価値、更には管理する聖職者の所属派閥なども鑑み、34ヵ所をピックアップしましたので――」
「そ、そんなに!?」
ニコリと頷くテレーゼさん。
教会名がたっぷり書かれたリストを手渡してきた。
すでに、この中の半数くらいから来訪許可をもらっているという。
また、派閥間の軋轢などで事前許可が得られなかったところも、外観だけでも見ておくべき、とのことだ。
「でも、全部巡ろうとしたら、かなりのハード・スケジュールじゃない?」
その建物に入ってすぐに「よし、次の場所」とはいくまい。
けれど、滞在期間は1週間しかない。
やるべきことが別にあるんだし、とても全ては回れないはず。
「そうですね。達成すれば、とても信心深い熱心な聖教徒として、疑いを挟まれる余地はなくなることでしょう」
……あれ?
もしかしてこれ、政治的な事情とか絡んでる?
にこやかな顔を続けるテレーゼさん、その表情の裏側から、何かが透けて見えてきそうだ。
「……ふむ、そうなると、最初はどちらに行くべきかな?」
諦めを原動力に、腹を括って演技再開。
うだうだ言っている暇があるなら、さっさとノルマ達成に動いたほうが効率的だ。
「いえ。まずは便宜を図ってくださったブラックウッド枢機卿のもとに、ご挨拶へ」
……そっか、そういうのもあるんだっけ。
達成、かなり厳しいんじゃない?
ホントにやるの?




