4_05_王族という名の説得力
「なあ、どういうことだ、コレ?」
ファフリーヤの背中がかなり小さくなってから、俺はようやく自我を取り戻し、ネオンを問いただした。
「昨日、ファフリーヤが司令官の妻になりたいと主張していたので、その話は言葉が通じるようになってからと説明してありました」
昨日って……ファフリーヤとは、昨日出会ったばかりのはずなんだけど?
「ですから、ファフリーヤは昨日からずっとあの調子でしたよ」
「まさかと思うけど、あの子はゴルゴーンの中で、俺にずっと求婚してたのか?」
「呼び方は『お父様』でしたが、『お嫁さんにしてください』という意味の言葉を何度も言っていましたね」
『アンタもタイミングよく、その度に頭を撫でてたわ。実は言葉がわかってるんじゃないかってくらいに』
いや、展開が早過ぎるだろ。
普通はもうちょっと、好意とか、恋愛とか、踏むべき階段がいくつかあるはずじゃないか。
「好意には違いないでしょう?」
「なんか、こう、もっと無邪気な感じを想像してた」
『キモいわよ、ロリコン』
雰囲気で、毒を吐かれているってことだけはわかる。
「言葉の意味は知らないけど、誤解だとだけ言っておくぞ」
『あら、意味がわかるってことは自覚があるのね』
くそう、何を言っても悪い方向にしか捉えてもらえない。
「ご安心ください司令官。シルヴィはからかっているだけです。司令官の性的趣向はファースト・コンタクトの時点で完璧に調べあげ、データベース化されていますから」
その言葉が、フォローのようで実は別方向からの致命の一撃だっていうことも、今ならなんとなくわかるからな?
「第一、司令官の性癖を忠実に再現したのが、私の今のボディです。お忘れですか?」
ぐ……忘れてたけど、そうだった。
というか、当然シルヴィだって知ってるんだよな、このことは。
『知ってたけど、人間の好みなんてあっさり変わったりするものじゃない』
「俺は! あの子を手篭めにするつもりなんてないからな!」
大声で宣言するも、ネオンとシルヴィは静かに受け流した。
「手篭めにするしないは司令官の自由ですが、この展開は悪くありません」
『そうね。小国とはいえ、その指導者と婚姻関係にあるなら、王族を名乗っても問題ないし』
小国の、指導者?
「なあ、もしかして……」
「先程は伝えそびれてしまいましたが、亡くなったファフリーヤの父親は、連合国家イダーファの王でした」
……つまり、ファフリーヤは亡国の王女様ってこと!?
「てことは、俺、王族相手に無茶苦茶不敬なことしちゃってた……?」
彼女が王族だとしたら、俺の接し方は色々アウトだったはずだ。
頭をなでたり、膝に載せたり、抱き上げたり……
思い起こせば、部族の代表者たちが怖い目をしていたのも、俺が無礼な態度をとっていたからだったんじゃ……
「西大陸の王族は、こちらの大陸の王族とはまた少し立場が違います。どちらかといえば、領主貴族に性質が近いかと」
充分アウトだよ!
「結婚すればセーフなのでは?」
どんな超絶理論だ。
「だいだい、どう見てもファフリーヤは結婚できる歳じゃないだろ!」
「先月10歳になったばかりだそうです。しかし、西大陸では女性は8歳から嫁入り可能だそうですよ」
『向こうでは、いかに幼い妻を迎えられるかっていうのが、王族の一種のステータスになってるらしいわ』
ただの外道じゃねえか!
「外道かどうかは、その国の宗教観や定める法律などで解釈が変わってきます。我々の新国家も、立法次第では合法的に幼女を嫁入りさせることも――』
「俺を、小児性愛の変態貴族と一緒にしないでくれ!」
そもそも法律ってのは、高い倫理感にもとづいて制定されるものだろうが。
「シルヴィ、暴走気味のネオンに言ってやってくれよ」
叫び疲れてしまった俺は、シルヴィに援護射撃を求めた。
しかし。
『いいんじゃない? この文明って、政略結婚でそういう変態に嫁がされるなんてことがザラにあるんでしょ? それを考えたら、父親みたいに慕ってる人間が良人になるって、かなり恵まれてるわよ』
逆に俺が、背中から撃たれてしまった。
「まさかと思うけど、ふたりは俺とファフリーヤを本気で結婚させる気でいるのか?」
「そのまさかです」
『さっき言ったでしょ。王族を名乗れるようになれば、新国家の樹立に説得力を持たせられるって』
こいつら、しれっと言いやがって。
『西大陸の民たちだって、自国の女王が現人神と結婚できるなら、反対なんてないはずでしょ』
「神から国の復興が約束されたようなものです。少々程度の反対意見は呑み込まざるをえないでしょう」
ネオンとシルヴィって、好戦的だったり戦略的だったりと、思考や性格が結構似通っている。
意見の対立が起こらないうえ、ふたりがかりで言い包めてくるんだから、非常に質が悪い。
「今後のことを考えても意義があります。この地の戦争難民が合流してくれば、奴隷だった西大陸の民を差別する者も出てくるでしょう。ですが、国王の身内であるとなれば、表立っての誹謗中傷を防ぐことにも繋がります」
『民たちに言うことを聞いてもらうにしても、ファフリーヤが身内ならやりやすくなるわね』
うん、だめだ。
反論なんてこれっぽっちも浮かばない。
「……わかったよ。どうせ一度は死んだ身だ。政略結婚のひとつやふたつ、いくらでも受け入れてやる」
やけっぱちの俺に、ネオンはほんの一瞬だけ、静かに、確かに微笑んだ。
「ご安心ください。司令官の意に背く方針は打ち立てませんし、ファフリーヤに辛い思いもさせません」
「わかってる。そこはネオンを信頼してるよ」




