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19_25_金色(こんじき)のトロイの木馬

「ようこそおいで下さいました、ジューダス様」

「うむ、久しぶりだね、騎士テレーゼ。もう体調はいいのかい?」

「はい、おかげさまで。その節は、大変にお世話になりました」


 巨大なサザリの門の前。

 馬車から降りたジューダス(おれ)に対し、(うやうや)しく頭を下げるテレーゼさん。

 それを見た門の衛兵たちも、慌てて深々とお辞儀をする。

 入国に制限があるためだろう、来客、特に貴族への対応に慣れていないようだ。


「馬車は、ひとまずあちらにお停めください。入国後に、正式な停留場まで誘導……いえ、我々でお運びいたします。ヴィリンテル国内では、移動は徒歩に限定されますので」

「わかっているとも。歴史の深い舗道を車輪で傷つけない配慮なのだろう? 私も、光輝ある伝統の街並みをゆっくりと眺めたい。ぜひとも歩かせてくれたまえ」


 誘導してくれる衛兵たちに従って、ケヴィンさんが馬を操るフリをしながら、実際はシルヴィが馬車を動かし、所定の位置へと送っていく。

 衛兵たちが離れた途端、テレーゼさんがくすくすと笑い出した。


「役の作り込みは、完璧ですね」


 これには俺も、苦笑しか出てこない。


「お陰様でね。道中で帝国兵にも遭遇したけど、疑われずに通ってこれたよ」


 再会の挨拶代わりに、ふたりで笑い合った。



 テレーゼさんたちの長期不在は、国外任務中の事故による遭難……ということに落着させた(・・・)そうである。

 そして、遭難中の神兵部隊を偶然にも見つけて保護したのが、鹿狩りで山に入っていたイスカリオット家の小倅(こせがれ)、つまりジューダス(おれ)だった……という筋書きを加えた。

 手厚い保護と献身的な看病を受けたお礼に、ジューダス=イスカリオットを特に敬虔(けいけん)な信徒であるとして、例外的に入国を認めてはもらえないか。

 そんなふうに、テレーゼさんは例の枢機卿に働きかけたのだ。


「テレーゼさんも大変だったでしょ? 戻ってからたった10日足らずで、ここまで()ぎつけるなんて」


 教会内の手続きのみならず、その前段階、お偉方への根回しだって一筋縄ではいかなかったろうに。

 しかし、テレーゼさんは首をふるふると横に振る。


「ブラックウッド枢機卿の懐柔は、そう難しいものではありませんでした。頂いていた〝手土産〟が、抜群の効果を発揮いたしましたから」


***


〜日付は(さかのぼ)り、ヴィリンテル潜入の6日前〜


「帝国貴族のイスカリオット家だと? 聞かぬ名だな。一体どこの者だ?」


 豪華な家具調度ばかりが並ぶ部屋の中、ふんぞり返った老齢の男性が、傲然(ごうぜん)と疑問を口にする。


「帝国東部のイーゴル地方、その中の、ヴィックスヒルという土地を治める領主です。ブラックウッド卿」


 そんなブラックウッド枢機卿に、懇切丁寧な説明を行うテレーゼ。

 対照的な(かしこ)まった態度を取っている彼女だが、そんなことでこの老人の歓心(かんしん)を引けるはずもない。


「イーゴル……ああ、〝小貴族の群生地(シュレッド・テナント)〟の有象無象か。ふん、適当な礼状でも送っておけばよかろう。(わし)の名が必要というなら、まあ、使ってもよろしい」


 話はそれだけか? と、尊大な態度を見せ続けるブラックウッド枢機卿。

 至って予想通りの展開だった。

 テレーゼは、用意していた木製のトランクを卓上へと置くと、おもむろにそれを開封した。

 中からは、キラリと光。


「ややっ!? こ、これ、は……」


 その光に当てられたように、ふてぶてしかった老人の目つきが一瞬で変わった。

 トランクの中には、純金でできた騎馬像が、まばゆい輝きを放って入っていた。


「イスカリオット家の御当主様よりご寄贈いただいた品物です。『信徒のために危険な任務に従事する貴君らに感動した』とおっしゃられ、『換金し、神兵の活動費用に充てるがよい』と、半ば強引に手渡されまして」


 あまりに真剣だったので、お断りすれば逆に問題になると思ったと、テレーゼは純金彫刻を受け取った理由を説明する。

 しかし、ブラックウッドからの返事は無い。

 彼は、テレーゼの声が聞こえているのかいないのか、金色(こんじき)に輝く小像を食い入るように凝視していた。


「詳しい由縁は存じ上げませんが、フレッチャー商会のイザベラ嬢から購入されたものと伺っております」

「仕入れはイザベラ=フレッチャー……となると、やはり、これは……」


 純金の像の隅々までを、()めつ(すが)めつ、ジロジロ見つめる枢機卿。

 テレーゼは少しの間をつくり、彼を適度な興奮状態に置かせてから、ここぞとばかりに(あお)りにかかった。


「イスカリオット様は『手頃な値段の芸術品』だとおっしゃっていたのですが、もしや、過分に高価なお品物だったのでしょうか?」


 ブラックウッド枢機卿は、はっとしてテレーゼに向き直り、ゴホンと咳払(せきばら)い。


「これは小耳に(はさ)んだ話なのだが、かの商会のイザベラ嬢は、少し前から、流行りの芸術家の手による彫刻作品を帝国貴族に卸し始めたとのことでな。純金製にして造りが緻密細密を極めるということで、詳しい額は私にもわからぬのだが、多くの貴族から注文が寄せられ、今では入荷の追いつかぬ人気商品なのだとか」


 小耳というにはずいぶんとお詳しいことで……という皮肉を、テレーゼは心の中でだけ唱えた。


「あまりに入手が困難なので、貴族間では個人取引も起こるほど……なかには卸値(おろしね)の数倍の高値がつくほど希少価値(プレミア)化したことまであると――」

「それはいけません! 助けて頂いたうえに高額の施しを受けたなどとあっては、神の剣たる神殿騎士の名折れです。直ちにイスカリオット様にお返ししなくては!」


 わざとらしい台詞回し。しかし効果は覿面(てきめん)だった。

 ブラックウッド枢機卿は、実にわかりやすく(あせ)り出し、早口に(まく)し立てた。


「い、いや! 先方のお気持ちを無碍(むげ)にすることもあるまい。どうだろう騎士テレーゼよ。私の知己(ちき)に、この手の美術品の売買を生業(なりわい)とする者がおる。私直々の口利きとあれば、良い値を提示してくださるだろう。せっかくのご好意だ、やはり、神兵のための……いや、ひいては聖教会のための資金に、という先方のご意志を尊重するのが、ここでの最良であると私には思えるのだが」


 息を切らしての力説に、テレーゼはあっさり賛同の意を示す。

 ここまで来れば、後の流れも手のひらの上。


「ところで枢機卿。そのイスカリオット家について、もうひとつお話ししておきたいことがございます」


 含みのある切り出し方に、ブラックウッド枢機卿は、ずいっと身を乗り出した。


「お屋敷に滞在させていただいた(おり)、食事の席にてヴィリンテル国内の様子をお話ししましたところ、イスカリオット家のご子息様がいたく興味を示されまして。来月から予定されているグランド・ツアーの日程を早めて、ぜひとも第一国目に聖教国を探訪したいと……いえ、もちろん明確な約束まではしておりません。しかし、社交辞令とはとても思えない熱の込もりようでして。お世話になった手前、わたくしとしては、可能であればご子息の入国を許可していただきたく、これから関係各所に掛けあってみようと……はい、この話はまだ、他の誰にもしておりませんが……」


***


「〝金のなる木〟を手に入れようと、たいそうな便宜を図ってくださいました」


 これに、アイシャさんによる教皇府への事前の働きかけも加わって、手続きは実にスムーズに推移。

 急な日程にも関わらず、異例の速さで入国許可が降りたのだ。


「まさに甘遇優待(かんぐうゆうたい)だね」


 お金の力、バンザイ。


「ただし、万事がこちらの思い通りというわけではございません。入国の条件として、滞在の限度は1週間。なおかつ、来訪者の安全保証という建前のもと、神兵を見張りにつけるというのが、上層部との落とし所になりました」

「うん、わかってる。短い期間で、アイシャさんの抱える問題にケリをつける必要がある……ってことだよね」


 ただ、神兵が見張役って状況は、俺たちにとって好都合。

 というより、そうなるようにテレーゼさんが誘導したのだ。

 これによって、自然な流れで出迎え役にはテレーゼさんが適任だと判断されたし、この後も神兵の人たちが交代で、案内役兼警護役と言う名目の監視を行うことが決まっている。

 もちろん、実際は全員がこちら側の協力者だ。


「国内では、貴族の演技のみならず、敬虔(けいけん)な信徒としても振る舞っていただくことになりますが」

「そっちは大丈夫。俺も一応はメレアリア聖教の信者ではあるし、爺ちゃんに教会の人の知り合いが多かったから」


 それに、俺たちならではの解決方法も用意してきている。

 ちょっとくらいのボロがでても、まあ、どうにかなるというか、どうにかしてしまうというか。

 ……と。



「ジューダス様ぁ! 入国の手続きをしてほしいそうですぜ!」


 馬車を指定された位置に止めたケヴィンさんが、大きな声で俺のことを呼ぶ。

 たしか、正式な書面にサインをする必要があるんだっけか。

 すぐに向かおうとしたところ、テレーゼさんからこんな注釈が。


「ここの門衛たちは全員神兵です。が、彼らはあなたが偽の貴族であることを知りません。通常通りの入国審査を行う義務がございますので――」

「わかってる。神兵が便宜を図ってたなんて後で言われたら、入国許可が取り消されかねないよね」


 特例の訪問で目立ってしまう以上、何事も慎重にやらなければ。

 そも、この国にいる間は誰にも不審感を持たれてはいけないのだから、ここで(つまづ)いていたら話にならない。


「では、こちらの書類にサインを」

「うむ」


 偉そうに(うなず)いてから、渡されたペンで名前を記入。

 かなり上質な紙らしく、色が白くて、インクの黒がよく映える。

 高価な用紙にすることで、偽造を防いでいるのだろうか。

 右上部分には、『事前申請承認済み』と朱色のインクで記されている。

 他に俺が書くべきところは……入国理由って(らん)があるから、ここもかな?


「理由欄には〝巡礼のため〟と手短にお書きください」

「ふむ……この下の、入国立会者欄というのは?」

「その箇所は、こちらで記入いたします」


 言われたとおりに書いて、受付の門衛さんに書類を返す。

 書類はチェックを受けてから、立会者であるテレーゼさんへと手渡され、その場で彼女が自分の名前を書き記した。

 さすがは聖教会の総本山。

 コネで許可取りができているのに、厳正な手続きを踏まねばならない。


(なんにせよ、ひとまずこれで門を通れる……あれ?)


 一安心したのも束の間、停めていた馬車のところにも門衛の神兵さんたちが集まっていた。


「恐れ入りますが、武器類は門でお預かりする規則でして」

「だ、そうですぜ。ジューダス様」


 神の国のなかに、武器の持ち込みは許されない。

 護衛の私兵(ケヴィンさん)たちが持つ銃は、ここですべて回収されることになる。


「うむ、協力してあげなさい、兵長。手早く済むようにな」

「かしこまりやした」


 が、ここでちょっと予定外なことが。

 ケヴィンさんたち私兵役が、打ち合わせになかった行動を取り始めたのだ。


「総員! 整列!」


 私兵長が号令を掛けるや、彼らは観兵式(かんぺいしき)凱旋式(がいせんしき)に参列する兵士が如くの、一糸乱(いっしみだ)れぬ集団行動を披露し出した。

 規律正しく一列に並び、足をザッ、ザッ、と高々と上げて行進し、衛兵さんの近くにピタリ整列。

 そこからひとりひとり、きびきびとした動作で順々に前に歩み出ては、装備していた燧石(マスケット)銃を手に取り、持ち替え、路上に整然と置き並べては、また隊列に戻っていく。


(ちょっ!? 打ち合わせにないだろそんなの!)


 成り上がり貴族のお抱え私兵が、それも、田舎臭い言動丸出しの荒くれ連中が、正規の軍隊顔負けの集団行動。

 門衛さんたちはポカンと面食らって立ち尽くし、俺は動揺が表に出ないよう必死に顔色を取り(つくろ)った。

 そうこうするうち、最後の一人が銃を置き終え、私兵長(ケヴィンさん)が一歩前に出た。


手前共(てまえども)が持ってきたのはこれで全部でさぁ。さあ、ご確認を、門衛殿」


 ニヤリと笑うケヴィンさんと、もはやドン引きしている門衛さん。


「は、はい。その、馬車の中も……」


 ここでも積荷の臨検である。


「見せてあげなさい、兵長」

「かしこまりやした。よぉし、野郎ども! 積んできた荷を全て外に出せ!」

「い、いえいえ! そこまでしていただく必要は! 手短に拝見させていただければ!」


 ついには門衛さんが焦りだした。

 特例の入国許可者である貴族子弟(ジューダス)に機嫌を損ねられては、それを呼び寄せたお偉いさんの機嫌をも損ねかねない。

 何より、検査に時間をかければかけるだけ、そのお偉いさんが待ちぼうけることにもなってしまう。

 さっきも田舎者じみた私兵たちの集団行動(パフォーマンス)によって、時間がずいぶん削られたのだから。


(ひょっとして、これを狙った? ……いや、ないか)


 ともあれ、臨検はとてもスムーズに済み、もちろん何も見つからなかった。



「開門!」


 囲壁の向こうで、太い鎖がガラガラ巻き上げられる音。

 それに合わせて、巨大な石の門扉がゆっくり、力強く動き出す。

 その音に(まぎ)れて、小声で文句を言っておく。


「変なアドリブ入れないでよ。俺もいっぱいいっぱいなんだから」

「貴族のフリで威光を見せるんだろ? なら、護衛役も派手にサポートしてやらねえとな」


 衛兵さんはドン引きしてたけど、そのおかげで不審感も抱かれなかったはず。

 ……いや、ほんとうに〝おかげ〟だろうか?



 サザリの門が開門した。

 いよいよ、ヴィリンテル聖教国への第一歩目が踏み出されるのだ。

 入国のため、再び馬車に乗り込もうとする俺たちに、テレーゼさんが深々と頭を下げた。


「神の国、ヴィリンテル聖教国へ、ようこそお越しくださいました。ジューダス様」




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