19_22_入念な下準備
<ヴィリンテル聖教国潜入まで、あと7日>
ここからは、割とトントン拍子というか、目まぐるしい速さで物事が進行した。
●潜入準備その1 アイシャさんとの擦り合わせ
『グランド・ツアー……なるほど、妙案ですわね』
「アイシャさんから見て、なにかマズい点はない? 不審に思われそうなこととか」
『巡礼目的ということにすれば、動機を怪しまれることはまずありませんわ。ご存知のとおり、ヴィリンテル聖教国はメレアリア聖教の聖地にして総本山ですから』
「あ、そっか。昔は巡礼路の最終到達地だったんだっけ」
『はい。かつては多くの巡礼者たちが、長い旅路の果てに目指した終にして久遠の聖地。入国規制が厳格化されてからは巡礼する者は絶えてしまいましたが、巡礼自体が禁止されたのではありませんわ』
「問題は、俺たちにはヴィリンテルのお偉いさんとのパイプが無いこと。アイシャさんのほうで、なんとかできる?」
『そうですわねえ……時にベイルさん、一般個人の敬虔さや信心深さとは、どのように測られるのかご存じでして?』
「えーっと……教会の活動に参加してるとか、神話を暗記してるとか?」
『大衆向けのおためごかしは結構ですわ』
「いや、そんなこと言われても」
『目に見えない信仰心であっても、それを数値化するための尺度はいくつかございますの。そのうちで、最も簡便なものが何か、ベイルさんなら、ご想像がおつきになるのではありませんこと?』
「……だいたいわかった。用意すればいいんだね?」
『お察しが早くて、大変助かりますわ』
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●潜入準備その2 AIたちの能力強化
「あれ? ネオン、それにセラサリスも。何してるの?」
「私の新しいパーソナル・ボディのテストです。第17セカンダリ・ベースより先程取り寄せました。調整をセラサリスにも協力してもらっています」
「ああ、うん……? えっと、前よりも背が伸びた? 雰囲気もなんか、全体的に大人っぽくなったと言うか」
「年齢が少々上に見えるよう、外見上にいくつかの変更を加えました。貴族の家庭教師という役割を担う以上、教え子よりも年嵩でなければ怪しまれますので」
「そっか。確かに」
「他に、ヴィリンテル聖教国内での隠密行動を見据え、演算性能の大幅強化も図っています。現地に持ち込む各種ドローン群を一括制御可能なほか、ボディをセーフモードにすることなく、SRBSシミュレーターを使用可能です」
「あれ? ドローンの操縦って、シルヴィがしてるんじゃないの?」
『運用するのはアタシだけど、そのための演算領域を空けてもらう必要があるのよ。遠隔地だから、基地や兵器との並列化だと効率が悪いのよね』
「うん、よくわからないけど、わかった」
「代償としまして、エネルギーの時間あたり使用量が増加したほか、申し訳程度に備わっていた護衛能力を更に落とし込むことになりました。ですが、今はセラサリスという優秀なボディガードがいますから」
「ご主人様、警護、安心」
「ああ、セラサリスも頼りにしてるよ」
『現地では別行動の予定だけど、そこのあたりは、別枠の護衛役がいるしね』
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<ヴィリンテル聖教国潜入まで、あと6日>
●潜入準備その3 別枠の護衛役たち
「で、こっちの箱に入ってるのが上衣、あっちのが下衣だってさ。サイズはそれぞれ――」
「おい待て。なんだこの悪趣味全開な服は。これで軍服のつもりか?」
「こういうデザインがぴったりじゃない? 成り上がり貴族のお抱え私兵に扮するんだから。着衣は俺たちに一任してくれる約束だったよね?」
「だからっつっても、こりゃあ……まさか、全員分こんななのか?」
「もちろん。サイズもみんなの体格に合わせてるから。あ、アンリエッタだけは別の服だけど」
「……除け者扱いだと思われねえか? 拗ねちまいそうで怖いんだが」
「どうにかなるんじゃないかな。ファフリーヤとお揃いだしさ」
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●潜入準備その4 現地の暗躍者たち
「戻りましたよ、アイシャ」
「あらテレーゼ、早かったですわね」
「国外とはいえ、目と鼻の先でしたから。むしろ、国内の目を誤魔化すほうに骨が折れたくらいです」
「副教皇派ですわね。今回のことで、神兵や神殿騎士にまで目を光らせるようになりましたわ」
「あなたがそう仕向けたことは、ひとまず置いておきましょう」
「いささか誤解があるようですわね。それで、首尾はいかがでして?」
「指定された林の中に、この箱が置かれていました」
「あら、サイズはこんなものですのね。てっきり、もっと大きいのかと」
「外箱は小ぶりですが、中身のインパクトは相当のものですよ」
「あら、まあ、これは……あらあら」
「……悪い顔をしていますよ、アイシャ」
「ふふふ、まさしく敬虔さの象徴ですわね。これであれば、大抵の聖職者の心を動かすことができますわ」
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●潜入準備その5 演技指導
『はい、ストップ。口調がまた元にもどってるわよ。昨日も一通り教えたでしょ。もっと礼儀正しく、でも貴族っぽく鼻にかけた感じも忘れない』
「……それ、結構難しくない?」
『難しくてもやるの』
「顔が下がっています司令官。食事を口に運んだ後は、必ず顔を上げて優雅に笑みを浮かべてください」
「……この動作、本当に必要?」
「体裁を第一に考える貴族にとって、いかなるときも〝間〟が重要なのです」
「あ、お父様。椅子の背もたれに体を預けるのも厳禁だそうですよ。これはあくまで、従者が椅子を引くためのものですから」
「じゃあなんで〝背もたれ〟って名前なんだよ……」
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<ヴィリンテル聖教国潜入まで、あと5日>
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<ヴィリンテル聖教国潜入まで、あと4日>
『いい感じじゃない。とりあえず、違和感はなくなってきたわね』
「本当に? 自分では居心地悪さしかないんだけど」
「上辺は取り繕えたと言えそうです。多少の粗は、あくまで新興の貴族ということで見逃していただきましょう」
「見逃して、くれるといいなあ……」
『大丈夫よ。〝免罪符〟だってたくさん用意するんだから』
「後は潜入に必要な最後の品を、イザベラから受け取るだけです」
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<ヴィリンテル聖教国潜入まで、あと3日>
●潜入準備その5 イザベラの物品調達
『言われたとおりに、どうにか掻き集めたよ。馬車が5台に馬も10頭、これで最後でいいんだね?』
「うん。さすがはイザベラ。連絡してから5日しか経ってないのに」
『よく言うよ。いつもボロボロに脅してくれるくせに。で、こいつも同じやり方かい?』
「そう。服とか調度品とかと同じで、町や村から遠く離れた地点に置いといて。見られないように今晩中に回収に向かうから」
『難儀なもんだねえ。まさか、たかが宗教行事が原因で、あんたらお得意の空輸に支障が生じるだなんてさ』
「うん、でもまあ、目的地が人口密集地じゃなければ、どうにかなるから」
『集落から視認できる距離と角度を計ったうえで飛行ルートを決める……とかだったかい?』
「そう。後は離着陸を見られない場所に降りておいて、アミュレットたち陸上部隊に荷物を運んできてもらったり」
『あの鉄の兵隊かい? まあ、下手に空を飛ぶよりは目立たないんだろうけど、見つかりやしないだろうね?』
「大丈夫。人がいても、先にこっちが見つけて隠れられるからさ。ところで、馬と馬車の状態は?」
『馬は健康なやつを選ばせたよ。気性が荒いのも何頭かいるらしいけど、そこは構わないんだろ?』
「うん、ある程度どうにかできるらしいから。馬車のほうは?」
『型落ちの中古品だけど、ちゃんと動くし、要望どおりの大きさにはなってるよ。もっとも、貴族の一団に見せかけたいなら、大掛かりな改修が必須だよ?』
「わかってる。改造と塗装はこっちでやるよ。色々と仕込みたいし、意匠は服と揃えたいから」
『ま、最後とは言ったけど、現地で何か必要になったら言っておくれよ。すぐに用意できそうなら、手を尽くしてみるからさ』
「今回、本当に協力的だね」
『そりゃあそうさ、神殿騎士様にも、くれぐれもよろしく伝えておいてほしいからねえ』
「商人って抜け目ないねえ」
『信用ってのは命綱なんだよ、物を売って生きてる人間にとってはね』
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<ヴィリンテル潜入まで、あと2日>
「おお、本当に大きな馬車だ」
「内装の状態があまり良くありませんが、5日で仕入れたのであれば期待以上です」
『大きければなんだっていいわよ。さあ、ちゃっちゃと改造しちゃいましょう』
「お馬さん、暴れん坊」
「うわ、本当にじゃじゃ馬だ。馬車なんて曳けなくない?」
「問題ございません。相手が動物であれば許可される手法がいくつかございます」
「……さらっと怖いこと言ったよね?」
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かくして準備は整って、ヴィリンテル潜入まで、残すはあと1日。




