19_20_識者を集めて悪巧み 下
・
・
・
以降は、意見がどんどん、止め処ない水のように湧き出てきた。
『では、ブラックウッド派への工作は――』
「その方策でよろしいかと。こちらも直ちに準備に取り掛かります。他に用立てる物としまして――」
『ああ、それはあたしが用意しとくよ。足が付かないように――』
「あれ? となると、貴族役だけじゃなくて、付き人とか護衛とかも――」
『そうなるわね。まあ、護衛役も適任がいるじゃない。頼めばどうせ乗ってくれるわよ。それと――』
「現地での活動拠点として、人の目が届きにくい場所を――」
『アイシャに相談して、どうにか調整してみます。あとは――』
入国方法の骨子が定まったことで、細かい肉付けもするすると決まっていく。
「あとは、偽貴族とは行動を別にする人間を……そうですね、リーンベル教会あたりに置いておくことができれば」
グランド・ツアーという体裁を取る以上、俺はヴィリンテル滞在中、教会を巡ったり司教の人たちと会ったりと、行動を制限される時間が多くなってしまう。
付き人役、護衛役も、当然同伴することになる。
でも、その間にも色々と動きが取れる人間がいたほうがいい。
アイシャさんとも連携が取りやすければ、なおよい。
「けどさ、そうなると……」
『入国は貴族様ご一行と一緒。だけど入った後は貴族と別行動……ってことになるわね』
「さすがに怪しまれるよね?」
それに、いくら貴族の縁者といっても、聖教国内で勝手に動くのは許されまい。
いや、それは貴族本人にしたって同じことだ。
「特例入国が認められたとしても、監視の目は付いてしまうでしょう。もちろん、各種のドローンを荷物に偽装して持ち込みますが……」
「あ、そうか。シルヴィにドローンで動いてもらえば解決じゃない?」
なにも人じゃなくても、アレイウォスプみたいな小型ドローンを使えば、動きたい放題できるはず。
『そりゃあ、必要に応じてドローンを指揮するわよ。けど、ドローンじゃ現地の人間と接触できないでしょ』
「むむ」
確かに、そういう役割をこなせる人材も配置しておきたいところだ。
悩んでいると、イザベラからこんな提言が。
『教会に誰か潜り込ませたいなら、〝保護〟を求めて受け入れてもらう、ってあたりが現実的だろうね』
「〝保護〟か……それなら確かに、別行動でも不審には思われないかも」
ここで言う保護とは、身寄りのない幼い子供や、弱い立場に置かれた女性などに、教会が住み込みで仕事を与える扶助制度のことを指す。
受入教会が弱者を危難から守る盾となり、同時に働く場ともなることで、保護対象者が将来的には自立して生きていけるよう計らう……という意味も持っている。
貴族一行として入国しつつも、なんらかの事情によって保護が必要だとして、リーンベル教会に受け入れてもらえば……
「あれ? でもさ、ヴィリンテル国内の教会って、保護受け入れなんてやってるの?」
聖教の総本山、ヴィリンテル聖教国。
国土面積は至って狭小でありながら、その中には、数多の教会や聖堂が所狭しと居並んでいる。
建造された時代はまちまちで、けれど、そのどれもが芸術的な宗教装飾を施された、豪華絢爛な教会建築。
通常の教会や宗教施設とは違う、いわば歴史遺産なのだ。
おまけに、限られた人間しか入れない宗教特区でもあるわけで。
『どうなのさ、神殿騎士様?』
『わかりません。制度自体はいかなる教会にも適用される決まりですが、本国における受け入れ実績はないはずです』
むむむ、やっぱりか。
『そも、本国に居住が認められているのは、高い信仰心を認められた者だけですから……』
ヴィリンテルに居住権を持つ住人は、現在、およそ7000人。
その全員が、聖教において高い地位に就いているか、信仰心の証明と同義的な実績を認められた一角の人物、あるいは、その家族や一族たち。
必然、暮らしに困るような人間ではない。
つまり、保護という制度が活かされるような事案が、ヴィリンテルの中ではそもそも発生しなかったのだ。
『しかし、今ならば逆に――』
通信機の向こうで、何やら思案するテレーゼさん。
『いえ、これはまだ申し上げることができない事項なのですが、アイシャの協力があれば……合法的な保護対象だという言い訳が立つよう、細工や根回しが済んでいるはずなのです』
根回しが、済んでる?
ネオンの顔を伺うも、彼女は無言で首を横に振る。
ネオンが知らないということは、こっちにいた頃のテレーゼさんの記憶にはなかったということ。
ヴィリンテルに帰還した後で、アイシャさんに何か新情報を知らされたのだろう。
とにかく、なんらかの方法でねじ込むことは可能なはずだと、テレーゼさんは確信をもって断言している。
「じゃあ……誰を入れる?」
まずは消去法。
俺は貴族役をしなくちゃならないから却下。
ケヴィンさんたちローテアドの部隊員も却下。
屈強すぎて、とても保護なんて柄じゃない。
つまり、男性陣は軒並み却下。
残るは女性陣、なんだけど……
『言っとくけど、異教徒は論外だよ。別に信心深くある必要なんてないけど、異教の神様に跪いてたんじゃ、叩きだされるのがオチだからね』
ごもっとも。
加えて、教会が「保護すべき対象」と認めるだけの事情があるかってのも、重要なポイントになる。
その事情というのは……
『例えば、心に傷を負っていて、集団生活に支障がでてる人間とかだね』
『悲しいことですが、凄惨な過去の体験から、人との関わりが持てなくなってしまった方々は多くいます』
同じ事柄についての説明が、かたやサバサバと、かたや本当に悲しげに語られる。
『原因は種々ありますが……』
感情が込み上げたのか、声を詰まらせてしまうテレーゼさん。
彼女の説明を、イザベラが冷然と引き継いだ。
『メジャーどころは子どもなら虐待や育児放棄、女なら強姦や夫からの暴力とかだね』
「いや、メジャーって」
『内々の打ち合わせで、言葉を選んでたって仕方ないだろ』
感傷は時間の無駄だとばかり。
こういうところも商人気質と呼べるのかもしれない。
「じゃあさ、ラスティオ村の誰かにお願いする、とか?」
自分で言って、これはないなとすぐに思った。
「あの村人たちは、良くも悪くも嘘がつけない人間です。偽装工作は不向きかと」
まったくもって、ごもっとも。
「うーん、どうしたものかなぁ……」
悩んでいたら、ドアが3回ノックされた。
入ってきたのはセラサリス。
ティーポットなどを乗せたトレイを運んできた。
「紅茶、淹れ直し」
「お、頼むよセラサリス」
慣れた手つきでポットを傾けるセラサリス。
カップに紅茶が注がれて、部屋には馥郁とした香りが。
一口飲むと、優しい味わいと温かさが広がって、ほっと心が安らいだ。
(ひょっとして、議論が行き詰まってたのを察してくれたのかな)
お礼を言うと、セラサリスはにっこりと、花のような笑顔を向けてくる。
紅茶以上に癒やされたかも。
「該当する人間がいない以上、なりきるしかありませんね」
紅茶を飲みつつ議論は続く。
適任者を探すのではなく、俺が偽貴族に扮するのと同様、誰かが演技するということ。
「演技って、どんな感じになるのかな?」
『そうだねえ……具体的な症状を挙げるなら、男の声を聞くだけで体が動かなくなるだとか、言葉がうまく喋れなくなったとか――』
言葉が、うまく喋れない……?
『ん? どしたんだい?』
返事も忘れ、俺の視線は、ある人物へと向いていく。
目線の先で、お仕着せ服のアンドロイドはにっこり笑い、両手を胸の前でぎゅっと握った。
「任務、了解。教会、潜入」
***




