19_19_識者を集めて悪巧み 上
<ヴィリンテル聖教国潜入まで、あと8日>
「てことでイザベラ、商会の伝手とかで、ヴィリンテルに入れたりできない?」
『ほんっとうにあんたたちは、毎回無茶を言ってくれるねえ』
ヴィリンテルへの入国を本気で検討し始めた俺たち。
街に戻って、ライトクユーサーの回収も完了した後で、情報通の帝国商人に連絡した。
『確かにさ、フレッチャー商会は聖教会のお偉いさんとのパイプをいくつも持ってるよ。教会も最近は奢侈に走ってるとこばっかりだからね。贅を尽くした調度品が、毎日のように大きな教会に納入されてるんだ』
特に都会の教会は、競い合うかのように高級な品を買い揃えてくれる、商会のお得意さんなのだそう。
『けど、あたしは商会のそういうコネを使える立場じゃないんだ。前に話したろ?』
これはつまり、妹さんに家督を奪われた関係だろう。
「イザベラ独自のパイプはないの?」
『そう簡単に作れりゃ苦労しないよ。むしろ、そっちにゃ神殿騎士様がふたりも付いてるんだろ。手引きしてもらう訳にはいかないのかい?』
第一声で無茶だと断じた割に、イザベラは積極的に今回の話に乗ってくる。
簡単には作れない教会とのパイプを、この機に乗じて……とでも、強かに目論んでいそうな感じだ。
ただ、この強かなイザベラの熱意は、声を殺して彼女を見定めていた、ある人の心を動かすことに成功したようである。
『手引きはできませんが、上に話を持っていくくらいであれば、どうにか』
『おや、そこにいるのかい?』
「いや、テレーゼさんも通信機越し。今はもうヴィリンテルに戻ってる」
実はテレーゼさんにも、この秘密会談にこっそり参加してもらっていた。
テクトータに持たせた、あの指輪型通信機を使っているのだ。
まずは俺とイザベラの会話を聞いていてもらい、協力者として信用できないと感じるようなら、この件には関わらせないとも伝えてあった。
しかし、テレーゼさんはイザベラを、必要な人材だと判断してくれてた。
『はじめまして。テレーゼ=モーリアックと申します』
『噂の神殿騎士様だね? 聞いてるだろうけど、あたしはイザベラ=フレッチャー。以後、よしなに頼むよ』
イザベラも、自分が試されていたことには気づいたはず。
けれど、そこには全く触れることなく、彼女は話を先に進めた。
『それで、具体的には? 誰となら内密に話ができる? 個人の名前が出しにくいなら、派閥名でもいいからさ』
……いや、流石に一気に踏み込み過ぎだろ?
「普通、もうちょっと段階踏まない?」
『そんなのは時間の無駄だよ。最低限でも信用が生まれたなら、腹を割って話したほうが早いじゃないか。あんたたちだって、そこそこ切迫してんじゃないのかい?』
まあ、早めに手を打っておきたいの確かだ。
ヴィリンテルの状況はわからないけど、テレーゼさんもこの会談に加わる際には、協力者を確保しておきたそうな感じだった。
かと言って、国の内部で誰が結びついてるなんて政治的情報、そうポンポンと出していいはずもない。
軽々に教えてよいものか迷っている様子のテレーゼさんに、ネオンがひとつ助言を与えた。
「彼女の手綱は我々が握っています。不穏な行動を取った瞬間に、即座に処分可能です」
『おっかないことを、さらっと言わないでほしいもんだね。こちとら商人だよ? 取引で信用信頼を損なう真似をするはずないだろ』
(……よく言うよ)
脅されてとはいえ、スパイ活動なんていう祖国への反逆行為をやっているのを棚に上げ、イザベラは、『で、どうなんだい?』となおも迫った。
テレーゼさんも、意を決した。
『マッケン枢機卿の派閥にならば、わたくし個人でも幾分かは顔が利きます。他に、ジェイムズ派とブラックウッド派にも、多少は……』
『いわゆる5大派閥は無しか。でも……ブラックウッド派、ねえ……』
テレーゼさんから挙がった名のひとつに、イザベラは食いついた。
『可能性があるとしたら、貴族子弟のグランド・ツアーだね』
グランド・ツアー。
貴族や地主階級といった上流階級の家の子どもが、従者や家庭教師を引き連れて諸外国を巡る遊学の旅のことだ。
いずれは家を継ぐ嫡男に、若いうちに大陸の文化先進各国を歴訪させ、見聞を広げさせるのと同時に社交マナーを学ばせる。
滞在は数年に渡ることもあり、これがグランド・ツアーと呼ばれる所以だ。
「でも、偽の貴族を名乗りなんてしたら、すぐにばれない?」
『イーゴル地方の〝小貴族の群生地〟の出ってことにすればいいのさ。ほら、あそこはひとつの地方をちっこい領土に細切れにして、何人もの歴史の浅い貴族に治めさせてるだろ』
小貴族の群生地。
ラクドレリス帝国の東の辺境、イーゴル地方の一部の呼び名……というか悪口。
公式の地名は勇武勲者領という。
帝国領地のなかではヴィリンテルにも割合近く、そう広くないエリアの中に、なんと50を超える数の領主貴族がひしめいている地域である。
『あそこの連中は、国内ですら知名度ほぼゼロの無名貴族。適当な家名を拝借して名乗っておけば、国外じゃ確認なんてほぼできないさ』
「そりゃあ、小貴族の群生地なんて名前で揶揄されるくらいには、小規模領地が乱立してる場所だけど……」
小規模とはいえ、一国の貴族の名を騙る。
そんなことをして、帝国にも聖教国にも、本当にバレないものか。
『バレっこないよ。顔も知らない遠く離れた貴族とのやりとりなんて、堅苦しい文書を互いに発信し合うしかない。その文書を偽造できればいいだけさ。得意だろ、おたくらはそういうの』
……できそうではある。
いや、ネオンなら間違いなくできるだろう。
『そも、偽装は完璧じゃなくてもいいのさ。あそこの貴族は特権のない名誉称号でしかないからね。戦功への恩賞として国が爵位をバーゲン・セールしたってだけ。実質は小さな領地を与えられただけの地主階級さ。ちょっとくらい書類や演技が雑なほうが、かえって真実味が増すだろうね』
あとは、ヴィリンテル側が出すほうの書類が本物の貴族に届かないよう、どこかのタイミングで窃取すればいいだけだとイザベラ。
これも、テレーゼさんやアイシャさんの協力があればできそうだ。
「でも、真実味っていうなら、あそこの貴族がヴィリンテルに行きたがる動機とかはどうするのさ?」
イーゴル地方は、先の大戦の功罪渦巻く土地である。
元々は、地方全体をひとりの領主が統治する、辺境にしてはそこそこ発展していた土地だった。
が、先の南方大陸との大戦争、あれに出陣した領主と子息たちが、ことごとく戦死したり敵前逃亡の汚名を被ったりして、当時の皇帝の怒りを買った。
それはもう、盛大に。
おかげでお家は、戦争の真っ只中にもかかわらずお取り潰し。
そして反対に、優秀な戦果をあげた人間に対しては、皇帝は功績を高く評価した。
多くの武功者に爵位を与え、イーゴル地方の一部分を切り分けるようにして領地を分配。
結果、後世に〝小貴族の群生地〟などと呼ばれてしまう雑多な領地の集合地帯が出来上がったのである。
『その動機ってやつがミソなんだよ。連中は金も歴史もないからさ、みんな家柄の向上に躍起になってるんだ。それも子息を使ってね』
「自分の子どもを?」
『そうさ。帝都に送って高爵位の貴族に取り入らせたり、良家との縁談を結ぼうと画策したり、あの手この手だよ』
そういう話は、俺も聞いたことがある。
小貴族の群生地の領主は、所詮は成り上がり。
貴族社会に馴染めないまま没落し、隣の領地に併合されたケースも多くあったと聞く。
家名を向上させずに落ちぶれてしまえば、栄華が水泡に帰してしまうのが貴族の世界。
彼らも必死なのだ。
「じゃあ、その一貫で、こぞってグランド・ツアーにも行かせてるって?」
『ああ、そうさ。息子が東の国々から知見とコネを持ち帰れたなら、古い貴族とも対等になれるはずだって、淡い期待を抱いてね』
暗に効果は薄いと語るイザベラ。
とはいえ、その慣習は利用できそうだ。
『それに、イーゴル地方はナギフェタ国のだいたい南方に位置してる。神殿騎士様がラスティオ村の奴らを逃がす道中、あの辺境地帯を通過したってことにもできるんじゃないかい?』
『確かに、あの辺りを通る可能性もありましたが……』
だろう、とイザベラ。
出来過ぎなくらい、お膳立てが整っている。
けれどまだ、問題がひとつ残ってる。
「でも、ヴィリンテルって、そういう類の入国を認めてないんじゃないの?」
『言ったろ、今は教会も奢侈に走る時代だって』
あれ?
たいした問題じゃないのか、コレ?
俺が首を傾げるより早く、テレーゼさんから答えが出された。
『つまり、寄付金でしょうか?』
『正解だよ。寄進の額は信心深さの尺度のひとつ。多額のお金を教会に落としてくれる貴族様には、特例として入国を認めたことが、何年か前にあったんだろ?』
「え? そうなの?」
これは初耳。
思わず聞き返した俺に、イザベラではなくテレーゼさんが教えてくれた。
『本当です。確かにあの件は、ブラックウッド枢機卿による教皇府への強い働きかけで実現したと伝え聞いています』
この話に、ネオンがすかさず食いついた。
「その貴族は何のために……いえ、どのくらいの期間ヴィリンテルに?」
『滞在は、せいぜい2週間ほどだったかと。国内の由緒ある教会を巡礼することが目的だったそうです』
『要するに箔付けだよ。他の人間にできないことができるってのは、貴族にとってステータスだからね。聖教の総本山で教会巡りなんて、いかにもじゃないか』
同じように、俺たちの入国もグランド・ツアーという形で話を持っていくことができれば。
先例があるのであれば、それに倣うことができるなら。
しかし、テレーゼさんの反応は芳しくなかった。
『あの件は、ブラックウッド派とかなり深い繋がりのある貴族だからこそ成立したものなのです。ブラックウッド卿の派閥が結成された当初から、親子2代に渡って教会献金を続けていたそうですから』
何年、何十年とお金を寄付して、ようやくってレベルのコネ。
それだけじゃなく、その派閥の教皇府への働きかけも、結実するまで、結構な時間がかかっていたという。
「じゃあ、俺たちがその派閥を頼っても、入国は難しい?」
『はい。いえ、ですが、あるいは……』
何かを思案し、言い淀んだテレーゼさん。
イザベラは、これを脈ありと睨んだらしかった。
『当てがないわけじゃなさそうだね。それなら、そこにいるバケモノどもの力をふんだんに使えばいいさ。一見すると権柄づくな奴らだけど、実は徹底して打算的だから、明確なメリットを示せるなら協力を惜しまないはずだよ』
「否定はいたしません。我々の実利とテレーゼたちの目的が合致するならば、その達成に尽力いたしましょう」
『そうね。今の話の方向で進めてみたらいいんじゃない? 適役がいることだし、ね』
そう言うと、ドローンがふわふわと飛んできて、俺の頭の上に着地した。
「って、俺が貴族のフリするのかよっ!?」
『そりゃあそうでしょ。今までも散々やってきてるじゃない。〝地下軍事組織の司令官役〟とか、〝隠れ独立国家の行政長役〟とか、〝いたいけな幼女を娶った現人神役〟とか」
最後のやつはちょっと待て。
「直近ですと、〝大陸で最もメジャーな宗教の広告塔の恋人役〟もございますね」
『ネオン殿っ!?』
テレーゼさんから叫び声。
イザベラからは、溜め息が聞こえてきた。
『ほんと、打算で色々やってるんだねえ、あんたも』
おうともよ。
『それに実際、あんたたちなら難しいことじゃないだろ。必要な〝小道具〟くらい、あたしが仕入れてやるからさ』
大船に乗ったつもりでいなよ、と不敵に笑うイザベラ。
『ありがたいお話ですが、なぜ、それほどまでにわたくしたちに便宜を?』
テレーゼさんの疑問は当然。
疑いたくなるくらい、やけにサービスがいい。
それも、俺たちに、というより、テレーゼさんに対して便宜を図っている様子だ。
さっきも俺たちの攻略法みたいなものを、あからさまに教授してたし。
『断っておくけど、後で料金を請求、なんてセコいことは言わないよ』
『お金が目的ではないと? 商人にしては気前が良すぎませんか?』
『なあに、その代わり――』
「あ、やっぱり何か企んでる」
思わず声に出したところ、イザベラは憤慨し始めた。
『失礼だね。あたしはあんたたちと違って脅迫めいたことをするつもりはないのさ。これはただの先行投資。要するに、〝今後ともご贔屓に〟ってやつだよ』
気前の良さは、後の商機を掴むため。
神殿騎士に貸しをつくり、商いのパイプを築く足掛かりにできれば、今回はそれでよしということだろう。
「心配は無用ですテレーゼ。万一嘘なら我々が阻止しますし、徹底的に自分の立場を思い知らせますので」
『ほら、これだよ……』
まあ、妙な悪事を企てることなんて、最初っからできないんだけどね、イザベラは。
今回の話にでてきた「グランド・ツアー」。
現実の歴史においては、イギリスの貴族子弟などの遊学の旅を指す言葉でした。
16世紀ごろに始まり、17世紀後半から18世紀にかけて流行。
イタリアやフランスを数年間にわたって旅行し、たいていは家庭教師が付き添いました。
旅行者が見たり持ち帰ったりしたものが、当時のイギリスの文化に大きな影響を与えたと言われています。




