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19_18_踏み出すべき一歩

<Side:ハイネリア>


『まったく、騎士使いが荒いシスターも居たものです』

『ああ、あと、この不思議な指輪はテレーゼに預けておきますわ』

通信機(ゆびわ)を、わたくしにですか?』

『盗み聞きをされていない保証もありませんもの。それにテレーゼだって、未来の旦那様とお話しをしたいでしょうし――』

『アイシャ!』



『確かに抜け目ないわね。このシスターさんは』

「さすがというか、ばっちり見抜かれたね」


 本当に盗み聞きしていた俺たち。

 いや、半分は(・・・)不可抗力なんだけど。


「司令官のお言葉をお借りするなら、やはり彼女は『疑う側の人間』なのでしょう。道具の利便性に惑わされず、リスクを正確に理解しています」


 それはつまり、彼女が未知の技術や概念について、適切に受け入れられる能力を有していることに他ならない。


「なんて言うか、ファフリーヤやテレーゼさんに通ずるところがある人だね」

「加えて、性質は軍略家ですね。帝国軍の動きを先読みし、テレーゼたちの進行速度も計算し、完璧なタイミングで進路変更の指示を与えて彼女らをターク平原まで逃走させた。戦場をゲーム盤のように俯瞰(ふかん)でき、戦況を数手先まで見通す能力がなければできない芸当です」


 彼女の使っていた伝書鳩は、前文明の通信機と違って大幅なタイムラグがある。

 届けられる情報が最新ではありえない以上、未来だけでなく、まずは現在を予測しなければならない。

 帝国軍の部隊の所在が伝書鳩で送られてきても、それは過去のもの。

 まずは現在の所在地を割り出し、そのうえで、いつまでにどういうふうに動くのか、進路を寸分違わずを正確に見極めなければ、正しい指示を送れないのだ。


『とんでもないことやってるわよね。テレーゼたちに指示書が渡る時間も計算して鳩を放ってたのよ』

「そうか、そこも勘定してないと、指示の伝達が成立しないのか」


 敵の進路の予測に加え、テレーゼさんたちの進行状況、鳩の到着にかかる時間、指示書を運ぶ協力者の行動……などなど。

 そういったことを全てひっくるめて考えられる人じゃないと、不可能な芸当なのである。


「なんの冗談でシスターなどやっているのでしょうね」


 戦略AI(ネオン)をして、ここまで言わしめるとは。

 シスター・アイシャさん、やっぱり、只者(ただもの)じゃなさそうだ。



『馬車がヴィリンテル聖教国に入ったわよ。入国ゲートを無事に潜って、これからゲートが閉じられるとこ。帝国兵も近くにはいないわ』

「うん、さすがにあの【サザリの門】を破ることはできないはずだから。帝国も」

「ひとまず作戦は一段落です。お疲れ様でした、司令官」


 まだ作戦は、完遂には至ってない。

 敵地に送った味方(ライトクユーサー)が帰投するまでは、油断も予断も許されない。

 けれど、テレーゼさんたち神兵部隊を帰還させる目的は果たしきった。


「いや、果たしきったとは、まだ言えないか」


 そう、終わっていない。

 作戦が、という意味だけじゃなく、この一件は、まだ何も解決していないのだ。

 それを象徴するように、昨日と、それにたった今、アイシャさんから気になる言葉がいくつか聞かれた。


 そのひとつめが、『聖遺物』。


『聖遺物って、メレアリア聖教における宗教宝物なんでしょ?』

「うん。3大神秘って呼ばれるシロモノ。最上聖典である降神史書(メレアリアス)……あ、メレアリアス神話のことなんだけど、それの次点って言ったら、伝わるかな」


 テレーゼさんからも簡単に説明があったけど、聖教会にとって、とにかく重大な〝劇物〟なのだ。


「伝わるも何も、そもそも知ってたんじゃねえのかコイツラは? お前さんや俺らの記憶を読んでんだろ?」


 ケヴィンさんから鋭いご意見。

 まあ、信仰心の度合いからすると、俺たちよりも、テレーゼさんたちの記憶のほうが正確な情報源って気もするけど。

 ……ていうか、ケヴィンさんはどうするんだろ?


「提督さんに、どこまで報告するの?」

「見てわかれ。絶賛困り果ててるとこだ」


だよねえ。


「ったく、よりにもよって聖遺物ときやがった。部下にだって、どこまで話していいものか」


 頭を抱えるケヴィンさん。

 ものがものだ。

 軍事的にどうこうってだけじゃなく、高度に政治的な話にもなってくる。


「下手を打ちゃあ、モーパッサン提督(たぬきじじい)でさえ立場を危めかねねえ。おまけに、『今の時勢』と不穏なことまで言ってやがった」


 そう、ふたつめが『今の時節』。

 さっき、最後に司教の人が言ってた台詞だ。


「帝国兵がヴィリンテル周辺をうろついてる……ってだけじゃなさそうだよね?」

「それ以上の含みがあったように聞こえました。ヴィリンテル聖教国の内々の事情か、あるいは――」


 あのシスターさんの抱えているヤマが、俺たちの想像する以上に根が深いものなのか。


***


<Side:ヴィリンテル聖教国>


 サザリの門を抜けた馬車は、細い裏路地を進んでいた。

 歴史ある宗教国家、ヴィリンテル聖教国。

 道路に敷かれた石畳(いしだたみ)にさえ歴史的価値があるとして、大通りを馬車で通行をすることは禁じられている。


「よくこんな明け方に、サザリの門の通行許可を得られましたね」


 馬車の中、テレーゼはアイシャに状況を尋ねた。

 馭者席(ぎょしゃせき)で馬を操るアイアトン司教には、今この会話は聞こえない。


「帝国の兵がうろついていることは、上層部(うえ)の方々しか知りませんもの」


 アイシャはさらりと、とんでもない事実を口にし、彼女らを驚かせた。


「住民には知らせていないのですか?」

「今に始まったことではありませんでしょう? 帝国軍の〝嫌がらせ〟は。わざわざ民衆の不安を(あお)らずともよいと、神兵にも指示があったようですわ」


 バジェシラ海が聖域に指定されて以降、ラクドレリス帝国による示威行為(いやがらせ)は、数年おきに繰り返されてきた。

 しかし。


「しかし、あの部隊展開は、嫌がらせの域を越えていますよ」

「マルカの言うとおりです。国内にしても、夜間にこうまで火を灯しての警戒態勢を敷いているではありませんか。こんな事態、今までありえなかったことでしょう?」


 テレーゼは、馬車の窓から外をうかがった。

 路地にはたくさんの燭台が置かれ、燃え残った松明(たいまつ)の火が(くすぶ)っている。

 夜通し(とも)されていたのだろう。

 それも、こんな裏通りにも、だ。


「そうですわね。今回はちょっとばかり、普段と勝手が違いますわ。いえ、帝国軍の目的が違うと言い換えるべきかもしれませんわね」

「もしや、ラスティオ村の民たちの引き渡しを要求して? そのことで、ヴィリンテルに圧力を?」

「いえ、マルカ。それだけではないはずです」


 テレーゼの鋭い指摘に、アイシャは、ふふっ、と笑みを浮かべた。


「さすがはテレーゼ。相変わらず読みが的確ですわね」

「さきほどアイアトン司教様が〝時勢〟とおっしゃっていましたね。やはり何か、政治上外交上の問題が?」

「色々とお話しする前に、ひとつ確認しておきたいのですけれど――」


 アイシャが何かを言いかけたとき、馬車が停まった。

 外からアイアトン司教の声が、テレーゼに向けて()けられた。


「聖戦庁に着いたぞい。騎士長どのがお待ちかねじゃぞ」


 馬車は、神兵全体を統括する官庁、聖戦庁の庁舎の裏手に到着していた。

 路地から見える小さな裏口のドアのところには、大柄な男性の姿があった。

 彼女らが良く見知った人物、神殿騎士を束ねるリーダー、ドライデン騎士長その人である。


「騎士長自ら出迎えに……」


 事態は急を要している。

 テレーゼもマルカも、一瞬でそう理解した。


「アイシャ、ひとまず我々は、ドライデン騎士長に――」

「例の彼ら、帝国と敵対関係にあるとおっしゃっていましたわね? 〝敵の情報〟という対価を支払うとしたら、どのくらい深い協力が望めますかしら?」


***


<Side:ハイネリア>


『ライトクユーサーの迷彩偽装、完了したわよ』


 日が暮れるまで、ライトクユーサーはこの林の中に隠しておく。

 そのために、搭載してきた2体のアミュレットを動員。

 車体に木の枝や土をかけてもらって、その上から蔓草(つるくさ)などを覆い被せ、周囲の風景に同化させたのだ。

 鉄の車両が、みるみる泥と草の塊になっていく様子を、俺たちはハイネリアからモニター越しに眺めていた。


「かなり念入りにやるんだね」

『明らかに人工物ってわかっちゃう外郭線(アウトライン)は消しておかないとね。なかなか馬鹿にならないのよ、人間のパターン認識能力って』


 だからこそ迷彩偽装が有効になるんだけど、とシルヴィ。


「そういえば、頭から布を被るだけでも敵にばれにくくなるって習ったな。首から肩にかけての輪郭(ライン)が見えなければ、人だと思われにくいって」


 隠密作戦時、敵に発見されないためには、パッと見では人だとわからない姿勢や格好が、まずは重要になる。


「俺らも隠密任務じゃよくやるぜ。首の両側、脇、股間。こういう〝人間の形〟が判る隙間を潰しておくと、それだけで敵から認識されづらくなる」


 ケヴィンさんたちローテアド海軍の部隊員も、体中を草で覆ったりとか、トコトンやって人を人でなくすらしい。

 ……表現が怖いな。



 さて、そんなこんなで、夜まではライトクユーサーを動かせない。

 もうバジェシラ海に留まっている意味がないので、俺たちも街へ戻ることに。


「さすがに、陽が出てるうちにライトクユーサーを帰って来させるのは無理だよね?」

「あの林も含め、行きに走行してきた草原も樹海も、完全にディグティア・エネルギーの供給エリア外です。いたずらにリスクを負う必要はありません」


 リスクというのは、あくまで発見される怖れのこと。

 強行突破は当然できる。

 けれど、それをやると、前文明の軍事兵器の存在が明るみになってしまう。

 なので、行きにばらまいた大量のセンサー・ドローン(アレイウォスプ)も、エネルギー節約のために木の茂みとか岩陰とかに隠れさせ、更には表面の色合いを変え、周囲の景色に擬態させて、休止モードに入らせたそうだ。


「ライトクユーサーを動かすのは、再び陽が落ちてからです。アレイウォスプを回収しながら、明日の夜明けまでにバジェシラ海へと戻らせます」


 そこをまたハイネリアで迎えに行き、第17セカンダリ・ベースに帰投させ次第、整備点検をする予定だという。


「また一晩で戻れるんだ。結構距離あるよね、ヴィリンテルからバジェシラ海って」


 直線距離でも、およそ320キロメートル。

 しかも、樹海の大峡谷地帯(キャニオン・ゾーン)まで突っ切ったことを考えたら、走行難度は実測距離以上に高かったはずだ。


「相変わらず度肝を抜かれるぜ。哨戒中の帝国兵どもに一度も見つからずにこれだからな。馬車よりでかい乗用兵器だぞ」


 ケヴィンさんはスピードよりも、隠密性能のほうに脅威を覚えているらしい。

 まあ、速度だけなら航空兵器とかのほうがずっと速いし、そう考えるとインパクトは少し弱い……のかな?


「あ、ところでさ。あのアレイウォスプたちって、このまま配置しっぱなしにはできないの?」


 今いる地点で索敵(サーチ)を続けてくれたら、帝国軍の哨戒兵の動きが手に取るようにわかるはず。

 しかし。


「するべきではありません。アレイウォスプにはナノマシン技術を応用した高度な隠匿機能が備わっていますが、偶発的に発見されるリスクをゼロにはできません。DGTIA(ディグティア)エネルギーを供給できない以上、可及的速やかな回収を前提とした作戦を展開するのが、現状の我々のベストです」


 表面の色や模様を変えていても、注視されたら人工物だと露呈してしまう。

 稼働エネルギーが切れて、逃げも隠れもできなくなったところを見つかって拾われてしまうようなことは、絶対に避けなければならないとネオンは言う。


「うーん、そっか。そうだよな……」


 煮えきらない返事をした俺の顔を、セラサリスが覗き込んだ。


「ご主人様、心残り?」

「……うん。やっぱりさ、帝国軍が絡んでるってなると、どうしても気になって」


 周辺エリアだけじゃなく、できることならヴィリンテルの内部の様子も……なんて思っちゃうのは、高望みが過ぎるか。


「情報を得ておきたいところではありますが、あの国の中に偵察用ドローンを派遣するのは難しいでしょう。やはりDGTIA(ディグティア)エネルギーの供給エリアの遥か遠方ですし、加えて、今は宵瘴の驟雨(ナーレ・セロイエ)という、飛行ドローンの発見リスクが高まる時期でもあります」


 アレイウォスプみたいなドローンは他にもあるそうだけど、適切に運用するには、やっぱりエネルギーの供給がネックになる。

 無人機は使えない。

 だとしたら……


「俺たち自身がヴィリンテルに入るのって、難しいかな?」

「直接潜入を、ということでしょうか?」


 突飛な発想だったようで、珍しくネオンに聞き返された。

 でも、行くことだけなら不可能じゃないってのが、今回の作戦で証明されたのだ。

 しかし、


「つってもよ、中に入るとなりゃあ、話は別だろ」


 ネオンではなく、ケヴィンさんから指摘が入った。


「ヴィリンテルが入国制限を設けてんのは、お前さんも知ってるな? 聖教の総本山だけあって、入国条件はかなり厳しいと聞くぜ」


 そう。

 あの国には、外部の人間はおいそれとは入れない。


「でも、もしも内部の人間の協力が望めるなら、どうかな?」


 それも、入国許可の可否判断に影響を与えられる、権威ある人の協力が望めるのなら……


「しかし、テレーゼたち神殿騎士には、そのような裁量権限は無いようですね」

「むむ……」


 一番協力を取り付けやすいのは、やっぱりテレーゼさんたちだ。

 アイシャさんが抱える問題を解決する手助け……ということにすれば、それが建前だとわかったうえで、情報くらいは流してくれるんじゃないかという期待がある。


 けれど、神殿騎士は政治的行政的な権限を有していない。

 彼女たちの記憶を読んだ限りでも、内部政治においては神兵が組織としてうまく立ち回ることに専念せざるを得ず、とても外部の者に便宜を図れる立場にない。

 シスターであるアイシャさんだって同様だ。

 さっき馬車の馭者席(ぎょしゃせき)にいた司教さん――アイアトン司教って人も、教会組織内での地位は、低くはないけど高くもないっていう、どうにも微妙な感じっぽい。


「うーん、手詰まり、かぁ……」


 この手のことで、他に頼れそうな人、ってなると……


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