3_08_反抗の意思は全力でへし折れ
『ドローン全機、坑道内に配置したわよ』
「では、解放宣言の時間ですね」
敵の声すら聞かずに勝利した俺たちは、ゴルゴーンを盆地の中に進めて、無人飛翔体を金鉱の中に飛ばしていた。
鉱山内にいる500名近い奴隷たちに、一斉に状況を伝えるためだ。
『ルドーテ! アドル、エレ、パルフィサレ!』
ドローンから流れる音声。
ネオンが、彼らの言葉で坑道の外に出てくるように話している。
併せて、俺たちが味方であること。
敵は全員打ち倒したこと。
気絶した敵を拘束するため、人の形をした金属の兵士を坑道内に送ったこと。
また、ファフリーヤという少女を保護していることなどを、彼らの国の言葉で説明した。
彼らは困惑していたのか、当初、なかなか外に出ようとしなかった。
けれど、ドローンからファフリーヤ自身の声も聞かせたところ、立体映像上の緑色の光点が、一斉に移動を開始した。
やっぱり、身内の声が一番効果があるらしい。
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しばらくして、坑道の出口から1人の男が、それに続いて大勢の人間たちが現れた。
みな、一様に褐色の肌をしている。
多くは大柄な体躯の男性だったけど、女性や子供も、それなりの割合でいるようだ。
「ファフリーヤ!」
穴から先陣をきって飛び出してきた年配の男が、ファフリーヤの名を叫んだ。
筋肉モリモリの、とてつもなく屈強な肉体が、土と汗に塗れている。
「サディード!」
ファフリーヤも、俺の背中の上で、手をブンブンと振って答えている。
もしかして、この子のお父さんだろうか。
背中から下ろすと、ファフリーヤは勢いよく彼の元へとかけていき、そのまま飛びついた。
「親子の再会、か」
抱擁を交わしながら、サディードと呼ばれた奴隷は男泣きに泣いている。
他の奴隷たちも、ふたりの周りに集まって我が事のように喜んでいた。
情に篤い民族なのだろう。
が、脇にいるネオンが、俺の見立てを訂正した。
「どうやら違うようですよ。彼らの話を総合するに、ふたりは主従関係にあるようです」
「主従?」
ファフリーヤを召し抱えているってことか?
あの男の人はひょっとしたら、故郷の国では偉い立場の人なのかもしれない。
「彼女は――」
『ネオン、コンテナ内の捕虜が起きたわよ』
ネオンの声を遮って、シルヴィからの報告が入った。
拘束していた5人の誰かが目を覚ましたらしい。
「わかりました。司令官と向かいます」
感動の涙を流している彼らを一旦そのままに、俺とネオンはゴルゴーンへと戻った。
***
「やい、クソ野郎ども! 今すぐあたしらを解放しな!」
意識が戻っていたのは、リーダー格の吊り目の女だった。
男勝りの度胸、というか、とにかく口が悪い。
後手に手錠をかけられていながらも、ふてぶてしく悪態ばかりついている。
俺は、この女をコンテナから外に出すと、こいつらから取り上げたマスケット銃を構えて、彼女を尋問した。
「フレッチャー商会会長の長女、イザベラ=フレッチャーだな」
もっとも、ネオンが脳波とやらを調べて、彼女の身元はだいたい判明している。
「はっ、あたしも有名になったもんだね」
吊り目の女、イザベラに、臆する様子は微塵もなかった。
堂々と仁王立ちして、こちらを睨みつけてくる。
「口は慎め。自分の立場を理解できているならな」
俺は、従軍学校仕込みの威圧口調で脅しをかける。
「こちらは、お前たちを一瞬で蹂躙できる戦力を有しているんだ」
「この馬鹿でかい鉄の棺桶のことかい? こんなクズ鉄に、いったい何ができるって言うんだか」
イザベラは態度を改めない。
というか、いくらなんでも強気すぎないか?
こいつ、もしかしてあっという間に気絶したから、ゴルゴーンの戦闘能力に気づいてないんじゃ……
「その棺桶に、あんたの私兵は全員倒されているんだぞ」
「全員だって? ハッ。あたしの部下がたったの4人だけだと思ったら、大間違いだよ」
鼻で笑うイザベラ。
やっぱりだ。
戦力差に気づいていないうえに、倒された人数も勘違いしている。
彼女は、今も金鉱には、100人を越える私兵がいるって思い込んでいるのだ。
「おまけに、あたしをこんなとこまでノコノコと連れてきて。このイザベラ様の号令ひとつで、とんでもない数の兵隊が――」
『敵兵の坑道からの運び出し、完了したわよ』
狙ったようなタイミングで、ゴルゴーンからシルヴィの声。
金鉱の出口付近に目を向けると、8体のアミュレット兵たちが、気絶している男たちを地べたに並べていた。
1列にきっちり10人ずつ、13列とあと4人。
穴の中にいた全134人が、ひと目でわかる丁寧な仕事だ。
「な、なによあれ?」
イザベラも、俺につられて、倒れている連中のほうに目を向けていた。
少し離れたところで自由になっている奴隷たちにも、ようやく気がついた模様である。
たくさんの兵隊たちが控えていると信じていた彼女は、事態が掴めず呆然としたあと、次第に小刻みに震えだした。
「覚えてなくても、考えたらわかるだろ。どうしてお前たちが5人揃って捕虜になってるかをさ」
トドメとばかりに、俺は心をへし折る一言を放った。
が、ネオンは、この程度では敵を許さなかった。
盆地の縁の上から、何かが土埃を上げて降りてきた。
「呼び寄せていたコンテナ群が届きました」
ネオンの報告に、俺は目を疑った。
「コンテナって……あれ、全部ゴルゴーンじゃないか」
金鉱の盆地の中に侵入してくる、全17機ものゴルゴーン。
後部には、それぞれ違う形のコンテナを装着している。
「過剰戦力過ぎないか?」
「奴隷たちの保護と金の発掘作業を見越して、色々と基地から輸送させましたので」
あんなとんでもない戦車を、ネオンは輸送用に17台も持ちだしたのだという。
いや、たぶん、許可したのは俺なんだけどさ。
と、それまで強気だったイザベラが、がっくりと地面に膝をついた。
「わ……」
わ?
「わたくしの命ばかりは、命ばかりはお助けくださいぃぃ」
「……はい?」
「金脈も奴隷も差し上げます。不足ならば、できうる限りの資金や物資も提供いたしますぅ!」
目から涙を大量にこぼして、イザベラが恥も外聞もない事を言っている。
「いや、変わり身が過ぎるだろ……」
「もしも怒りが収まらないなら、兵たちをぞんぶんに処刑して頂いて構いませんから!」
部下を切り捨てるとまで言っている。
もしや、助かりたくって、適当な嘘を言っているんじゃ?
本当は帝国有数の実業家の家に生まれたご令嬢だっていうし、駆け引きは得意なのかもしれない。
「嘘、とまでは言えません。必死の感情は脳波からも読み取れます」
『自分の命が助かるなら、ホントに全部やる気でいるわよ、この女」
ネオンとシルヴィによれば、本心からの助命嘆願であるらしい。
「も、もしも望まれるなら、わたくしの、は、初めてをあなたさまに捧げても……」
「ぶっ!?」
もはや無茶苦茶だぞこの女。
「お、おまえっ、女性がそういうことを簡単に口にするな!」
ひっ、と悲鳴を上げて、地面に顔を埋めるイザベラ。
「あ、今彼女、『この方向で籠絡すればいける』って思いましたね」
「め、滅相もございませんっ!」
企みを看破するネオン。
危ない危ない、油断しちゃいけないぞ。
『隙を見せるんじゃないわよバカ。娼婦にして一生犯し続けるくらい言ってやってもバチは当たらないわ』
「娼婦にするかどうかはともかく、大きな商会の縁者というのは利用価値がありますね。もっと念入りに心を折っておくべきかと」
AIたちの無慈悲で残忍な言葉に、今度こそイザベラは、がっくりと地面に額づいた。




