3_05_機械の兵隊
「本当だ、息してるよ」
倒れている5人組を回収するため、俺たちは奴らの傍まで近づいていた。
上部ハッチから外に出て、生きているのか目視で確認。
男が4人、女が1人。
全員が、無傷でちゃんと呼吸をしていた。
「バイタル・データにも問題は見られません。単に気絶しているだけです」
淡々とした声で、事務的に告げるネオン。
今のは、戦闘などとは呼べなかった。
こちらは傷つかず、相手も傷つけず、一方的に無力化する。
圧倒的な戦力差……いや、相手の武力を武力と見做してすらいない、超越的な戦力差だった。
「こいつら、どうするんだ?」
「脳波干渉試験を行い、集落の場所を突き止めます」
「集落?」
ネオンは、手のひらをくるりと上に向けると、そこに立体映像の地図を出現させた。
まるで魔法だ。
さっきからずっと、俺は魔法を見せつけられている。
「セカンダリ・ベースのスリープモード中、私は、周辺500キロメートルの地域を監視していました」
「ああ、そんなことを言ってたな」
「このターク平原地帯も、5年おきに現地調査を実施していました。最後の調査は3年と5ヶ月前です。その際には、平原内に人間の集落は確認されていませんでした」
俺はちらりと、寝そべっている5人の恰好を流し見た。
「でも、こいつらはかなりの軽装だ。つまり、近くにはこいつらが根城にしている場所がある。そういうことだろ?」
頷くネオン。
シルヴィが、意外そうな声で尋ねてきた。
『アンタ、こういう理解は早いのね』
「従軍学校時代に叩きこまれた知識だよ。こんな形で役に立つとは思わなかった」
本当だったら、兵士として……いや、やめよう。
叶わなかった夢どころか、今となっては裏切りの悪夢だ。
「じゃあ、こいつらを基地まで運ぶのか?」
「いえ、簡易試験ならゴルゴーンの設備で可能です。拘束してコンテナに収容しましょう。シルヴィ」
ネオンはシルヴィに合図する。
『了解よ。コンテナ解放、【アミュレット】部隊、ナンバー1から8まで出撃して』
グオン、という音とともに、ゴルゴーン後部に付いたコンテナが大きく開いた。
そして、中から規則正しい足音。
白い人型の鉄塊が、一糸乱れぬ動作で行進してくる。
「自律機動歩兵【アミュレット】。ゴルゴーンと同じく、DGTIAエネルギーによって稼働しています」
「これが、ネオンたちの文明の兵隊なのか?」
どうやら、ネオンと同じく人体を模して作られた兵器であるらしい。
しかし、輪郭は人間の形をしているが、外観はまさに金属の集合体だ。
人のような顔はなく、頭部には大きな丸いガラス様の部品が嵌っている。
光沢のある体躯は、人間の肌は違って温かみがまるで感じられない。
「戦術コンテナの中には、最大で16体まで搭載可能です。今回は他の兵装や道具を多数持ち込んでいますので、全部で8体を動員しました」
アミュレットと呼ばれた8体の機械兵は、気絶している人間たちを手際よく拘束し、そのまま片腕で軽々と運んでいく。
「すごい腕力だな……って、馬も連れて行くのか?」
彼ら(?)は伸びている馬も協力して担ぎ上げ、コンテナに運んでいく。
こころなしか、扱いが人間の時よりいい気がする。
「痕跡はすべて払拭します。あの5人はアミュレットに任せて、我々は――」
「ああ、あの子の方だな」
俺とネオンは、同時に同じ方向を見向いた。
事の成り行きがわからず、呆然と佇んでいる奴隷の少女の姿があった。
「あ、でも言葉が通じないぞ」
重大な問題に直面、かと思いきや、
「これも脳波干渉試験によって解決できます。あなたの母国語を私が話せているのと同じように」
だそうだ。
「彼女をゴルゴーンに連れて行きましょう。コックピットの中であれば、簡易的ながら脳波の観測が可能です」
さて、言葉が通じない褐色の肌の女の子。
近づいた俺たちに、怯えた目を向け震えている。
どうやって戦車の中に入ってもらおうかと悩んだけれど、これもすぐに解決した。
ネオンが用意した軍用糧食が、絶大な効果を発揮したのである。
「これをどうぞ」
ぴったりとした袋を開けて、固形ブロック状の食料を女の子に手渡す。
受け取った女の子は、不思議そうに見つめたり、匂いを嗅いだりしている。
「司令官、食料であると伝えるために、食べて見せてあげてください」
言われるがまま、俺も袋を破いて、中のレーションを口に運び、咀嚼した。
「お、これうまいな」
何の味かはわからないけど、癖がなくて食べやすい。
もぐもぐと食べる俺の姿を見て、女の子も、ひと口レーションをかじった。
その後は、もう、喉につまらせるんじゃないかというような勢いで、あっという間に食べ尽くしてしまった。
「えっと、俺のも食べるか?」
俺の食べていたぶんも差し出すと、これも受け取ったと同時にたいらげられた。
「よっぽど、お腹が空いてたんだな」
「ひどく衰弱しています。簡易スキャンを施しましたが、身長に対して体重が著しく軽いようです」
ネオンの解析結果を裏付けるかのように、レーションを食べ終えた少女は、ふらふらとその場に倒れかけてしまう。
「おい、大丈夫か!」
慌てて少女を抱きかかえる。
その体は、確かにひどく軽かった。
「ネオン。この子の治療を頼めるか?」
「了解しました。基地からメディカル・コンテナを輸送します。併せて、予測される周辺地域の制圧に備えて、追加戦力も派遣します」
俺は少女を背負って、ゴルゴーンの中へと入った。
『ずいぶん弱っているわね、その子』
シルヴィが、さっそくバイタルや脳波のチェックを開始したらしい。
『たぶん、軽い脱水症状も起こしてるわ。後ろのコンテナに飲み水のボトルがあるわよ』
後部座席に少女を座らせて、再び外に出ようとハッチに向かう。
が、少女の小さい手が、俺の服の裾を力なく包んだ。
「アウ、テ、ルージャ」
言っていることはわからなかった。
けれど、震える声と潤んだ瞳が、何を言いたいか雄弁に語っている。
「シルヴィ、悪いけど――」
『アミュレットに持って行かせるわ』
「ありがとう、助かるよ」
シルヴィにお礼を言いながら、俺は褐色の少女の頭を撫でた。
少女は怯えたように震えながら、しかし、俺の手のひらを拒まなかった。
数秒して、ハッチを開けてアミュレット兵が降りてきた。
俺はおっかなびっくり飲料ボトルを受け取って、名も知らない少女に飲ませてあげた。




