3_03_遠い大陸の少女
『捕捉したわ』
地図の光点まであとわずかという地点で、シルヴィがゴルゴーンを停止させた。
「コンテナよりドローン射出。現地のリアルタイム映像を取得してください」
ネオンの命令後、戦車の後ろでガコンと小さな振動があった。
後部コンテナが開いて、ドローンとやらが出て行ったらしい。
同時に、新たなモニターが立ち上がり、高空から地面を鳥瞰する画像が映しだされた。
「これって、空から見てるのか?」
「小型の飛翔偵察機が撮影しています。鳥が映像を送ってきていると思ってください」
簡潔に補足してくれるネオン。
今回のはわかりやすかった。
『ズームするわ。馬に乗った男女が5人と、その前方300メートルに小柄な女の子』
ドローンからの映像が拡大される。
映しだされた女の子の容姿に、俺は若干の驚きを覚えた。
「琥珀色の肌……ということは、西海の向こう、砂漠の大陸の民族か?」
褐色の肌を持つ女の子。
背が小さく、顔にはまだ幼さが残る、10歳もそこそこといった感じだ。
そんな子が、息を切らして必死の形相で逃げている。
擦り切れてボロボロの服を着て、素足のままで、こんな荒野を駆けている。
後方の5人は、その少女を追って、しかしゆっくりと馬を走らせていた。
5人のほうは、俺と同じこの大陸の人間であるようだ。
「あいつら、追いつこうとしてないぞ?」
訝しんだ俺の声に答えるように、ネオンが少女の姿を更に拡大表示した。
「手首と足首に、枷を嵌められていた跡があります」
「奴隷、なのか?」
ラクドレリス帝国や近隣諸国は、船で遠洋の大陸に出航しては、そこに住まう人間を奴隷として攫っていた。
火薬が発明されていない未開の大陸は、こちらの国々にとって容易に侵略できる狩場とみなされていたのである。
「でも、奴隷って普通、屈強な男を連れてくるものじゃないのか?」
「用途次第でしょう。男性ならば力仕事、女性ならば家事や育児、あるいは情事、そうでなければ――」
ネオンは抑揚のない声で、残忍な言葉を告げた。
「――狩りの獲物」
少女の足元で煙塵が舞った。
銃で狙撃されているのだ。
馬上の奴らは、わざと狙いを外して、少女を走らせ、楽しんでいる。
「助けないと!」
俺は叫んでいた。
『あら、助けるの?』
シルヴィの意外そうな声。
「……わかってる。これが隠密行動なのは、重々わかってる。でも……」
ネオンは言っていた。
この任務は、『近隣諸国に悟られないよう』行われなければならないのだと。
しかし。
「あの子は、俺なんだ」
理不尽な迫害。
理不尽な殺戮。
俺の身に降りかかっていた運命が、今はあの少女に襲いかかっている。
あれを黙って見過ごすのは、自分を見殺しにするのも同じだ。
自分を、軍の奴らの位置まで貶めるにも同じなんだ!
「やりたくないなら、俺ひとりでも――」
『まさか』
シルヴィの声に、明確な高揚。
『アタシは、戦闘のために生まれたAIよ』
直後、コックピットの照明が変わった。
室内はやや暗く、計器類には、さっきまでとは違う表示が灯される。
『ネオン、司令官様はこう言ってるわよ。やっていいわよね!』
興奮した口調のシルヴィに、ネオンはやはり静かに答えた。
「構いません。ただし、使用兵装は【ネルザリウス】のみを許可します」
『ネルザリウス……ああ、そういうことね』
何かを了解しあうふたり。
「では司令官、改めてご命令を」
「直ちに現場に向かってくれ! あの女の子を救出する!」
俺の声に、停止していたゴルゴーンが、再び低く唸りを上げた。
『任務了解、戦闘機動にシステム移行! さあ、殲滅するわよ!』




