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12_14_帝国軍艦攻略作戦 下

 硬そうな板状の大岩を構えたパラプゾシアEⅡは、ひと息に海面近くまで浮上して、帝国軍艦カーク=シェイドルの右舷正面に位置取った。

 こうして見ると、大きさの差は歴然だ。

 EⅡがせいぜい馬車の荷台であるのに対し、相手はもはや小島が(ごと)し。

 白い帆を張った大きなマストを3本も、まるでに山のように(そびえ)えさせている

 威容(いよう)を誇る巨大帆船は、風を制し、海を()き、しかし、水中に潜む敵影に気づくことなく、まっすぐこちらに進んでくる。


『さあ、EⅡ……』


 その水を裂く艦底に狙いを定め、パラプゾシアは、今か今かと、タイミングを図り待ち受ける。

 何本ものロボット・アームによって抱えられた大岩は、よく見ると、その先端が機体よりも右上にせり出すように角度固定されていた。


GO(ゴー)!』


 合図と同時に急速前進。

 水面下から帝国艦へと突っ込んでいく。

 体当たりなんかじゃない、すぐ真下をすり抜けていくだけだ。

 しかし、そのすれ違いざま、EⅡは手に持った岩でヤスリがけでもするかのように、敵艦の底部を大きく(こす)りつけた。


「うわ!?」


 映像が激しく振動した。

 揺れる艦体、削れる艦底。

 木材の表面が毛羽立つようにめくれ上がり、散った大小の木片が、潮流によって撹拌(かくはん)される。

 映像だけで音声は届かないのに、木がミシミシと(きし)む嫌な音を、俺ははっきりと幻聴した。


「エルミラ、これは?」

「帝国軍艦の船底に、岩礁(がんしょう)に接触したと思わせる傷を偽装したのですわ」

「偽装……座礁事故(ざしょうじこ)に見せかけるってことか」


 エルミラはにっこり微笑んで肯定する。

 大岩は艦の先端から後尾までの底板を削ったけれど、あくまで表面を傷つけただけのようで、浸水は起きていない様子だった。


『EⅡ、急速潜航!』


 重厚な岩の板を掴んだまま、パラプゾシアEⅡは、艦体の直下方向へと潜り込む。

 甲板上では今頃、大きな揺れに驚いた帝国兵たちが、いったい何事が起きたのかと、海面を目視確認していることだろう。

 しかし、この位置ならばパラプゾシアは全くの死角。

 漂う木片が目眩(めくら)ましにもなり、視認されることはまずない。


「さあさあ、仕上げですわよ、シルヴィちゃん」

『わかってるわ姉様。やっちゃいなさい、EⅡ!』


 シルヴィの指示により、パラプゾシアは振りかぶるように大岩を高々と掲げた。

 掲げたまま、今度は垂直方向に上昇し、そしてそのまま、岩の先端を艦底目掛けて突き刺さした。


「って、刺しちゃったじゃん!?」

『ええ、刺しちゃったわよ』

「はい。刺してしまいましたわ」


 悪びれないAI姉妹たち。

 艦体がぐわんと大きく揺れ動き、その真下で、パラプゾシアは岩を突き刺した状態のまま、機体の動きを静止している。

 刺さった岩と船板の隙間からは、わずかだけど気泡が漏れていた。

 偽装って言ってたのに、しっかり穴が空いてるじゃないか。


『もちろん偽装よ。だから、この岩は、こうやって……』


 未使用だったロボット・アームの1本が、艦底部に刺した岩へと伸びていく。

 先端には、爪型の手指機構(マニュピレーター)に代わり、細い管のような短い突起を持つ装置。

 その突起が、刺し込んだ岩の付け根のあたりに到達した、次の瞬間。

 

「うわっ、なんだ!?」


 管の先から、カッと強烈な閃光が発された。

 併せて、大量の気泡も発生する。

 光は突起の先端で激しく輝き続け、それを岩に押し付けて横になぞると、分厚い岩板は、まるで便箋にペーパーナイフを入れていくかのように、見る見るうちに切り裂かれてしまった。


「嘘だろ、あんなに分厚い岩が……」


 (まぶ)しさに目を細める時間さえなかった。

 岩はあっという間に両断され、艦底には、刺さった部分がたんこぶみたいに少しだけ出っ張って残された。


『プラズマ・カッター・アームよ。気泡はかなり出ちゃうけど、短時間だし、空いた穴から空気が漏れたくらいにしか思われないでしょ』


 手早く岩塊を切り離したパラプゾシアEⅡは、もうここに用はないとばかり、再び海底に向かって降りていく。

 置き去られた帝国軍艦カーク=シェイドルは、船板に平たい岩の一部を突き刺したまま、隙間から、小さな泡を漏らしていた。


「あれ、沈むよな?」

「艦底を貫通させましたから、もちろん艦は沈みますわね。ですが、あくまでも座礁事故に見せかけるため、穴は最後の一箇所だけに留めましたわ。それも、岩が抜けずに栓になるよう計算して刺しこんでいますから、海水が大量に流れ込むこともございませんの」


 貫通させたと言っても、艦内に侵入したのは岩の極々(ごくごく)先端の箇所だけで、しかも、自然には抜けない角度と深さになるようリアルタイムでシミュレーションしていたというのだ。

 傍目(はため)には荒っぽく叩きつけていたようにしか見えなかったけど、実は、緻密な計算による一撃だったのである。


「少しずつの浸水であれば、大型の木造艦は早々には沈没しませんわ。多少の距離は航行できますし、脱出の猶予も充分に残されます。そして、被害状況を確認するため、兵士が艦底部に降りる時間もございましょう」


 そして、その兵士が生還して、事故調査官からの聴取に、艦底から突き出た岩を見たと証言すれば。


「帝国軍の内部でも、正式に座礁事故として処理される、か」


 まさに完璧な隠密破壊工作だ。

 ローテアドの将校さんたちも、これには感嘆の(うな)り声を禁じ得なかった。


 ・

 ・

 ・


 攻撃から少しして、洋上の帝国軍艦が艦首の向きを変え始めた。

 ごく近い未来での沈没を約束されたカーク=シェイドルは、流れこむ海水に耐えながら、最も近い陸地を目指して全速力で南下していく。

 艦底から流れ出る空気の泡の一粒一粒が、歴戦の軍艦が最後に残す、緩やかな断末魔でもあった。

 マーライオンから届けられるその映像を見ていたところ、ケヴィンさんが眉をひそめながら、こんな見立てを口にした。


「あの程度の気泡量なら、案外と陸まで着いちまうんじゃねえか?」

「計算上では、海岸線の浅瀬までは()たずに近海で沈んでしまいますわ。そして、仮にサルベージされ検分を受けたとしても、海面付近まで突き出た岩礁を見逃した結果の事故として処理されるでしょう」


 刃物の跡も爆発の跡もない以上、座礁と判断するしかないはずだ。


『長く浮いていられるほど、帝国兵は大変でしょうね。艦内の水を汲み出す作業に延々と追われるわけだから』


 カーク=シェイドルの甲板上には、脱出用の小型ボートが数(そう)設置されている。

 しかし、まだ走れる艦を見捨てて脱出することなど、上官が、なにより船乗りとしての誇りが断じて許すまい。

 完全に航行不能と判断されるギリギリまで、兵たちは艦底まで降りては海水を汲み、上に戻って捨てるを繰り返して、艦の延命を図らなければならない。

 もう一度祖国の土を踏むために、それはもう必死で水を運び続けることだろう。


 そんな生きるか死ぬかの極限地獄を内包し、帝国海軍4番艦は、俺たちの目の前から去っていく。

 復讐すべき軍隊の主要艦に致命打を与えたとはいえ、みすみす見逃しているみたいでもあって、なんだか複雑な気分だ。


『アンタはともかく、これを見てた向こうの人たち(・・・・・・・)は、少しは溜飲(りゅういん)が下がったんじゃないかしら』


 その「向こうの人たち」に向けて、これまで沈黙を保っていたネオンが通線回線を開いた。


「いかがでしたか、モーパッサン提督?」

『うむ。さすがの手際じゃな。あっという間に帝国艦1隻をおしゃかにしてしまうとはのう』


 潜水艦内に、聞き覚えのある快活な声が響いた。

 ペルスヴァル要塞にいるはずの、モーパッサン提督の肉声だ。

 どうやら、これまでの俺たちの様子は、小型ドローンを通してずっとあちらに送信されていたらしい。


「帝国の軍港にはアレイフィッシュが潜入済みで、軍艦の動向はエルミラがすべて把握しています。帝国艦船の出港を確認次第、今回のように、このハイネリアが破壊工作を仕掛けます」

『そいつは痛快じゃのう。船出の度に座礁事故が起きるとなれば、帝国軍部も、軍艦の運用を当面停止さぜるを得んじゃろうて』


 そうすれば、ローテアドの貿易船が襲われることはなくなって、彼ら海軍が捨て身の帝国侵攻作戦を延期しても不自然ではなくなる。

 これを説得材料にして、提督さんが国王や議会を上手に言い(くる)めてくれさえすれば、俺たちも彼らとかち合うことなく、国の発展と軍備拡張に専念できるってことになるのだ。

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