12_13_帝国軍艦攻略作戦 上
「じゃあ、エルミラ。作戦開始だ」
「かしこまりましたわ、司令官様。ああ、ついに、あなた様のために戦うことができるのですわね!」
オーバーに心躍らせているエルミラ。
魅惑的な嬌笑を浮かべながら、感激を表現しているのか、両手の指を胸の前で組み合わせた。
祈りの所作でもあるのだけれど、どちらかというと、高鳴る鼓動を抑えきれないように見受けられる。
やっぱり彼女も軍事AI、ネオンやシルヴィ同様に、根っこのところで好戦的だ。
まあ、やる気があるのはいいことだけどさ。
穏便にやってくれさえすれば、それで――
「ではでは、司令官様。どのように敵艦を蹂躙いたしましょう? 火力重視の雷撃戦ですか? 各種機雷をふんだんに使った機雷敷設戦ですか? それともそれとも、搭載小型兵器を総動員しての殲滅戦でしょうか?」
……絶対に穏便な方法じゃないだろ、それ。
「却下ですエルミラ、司令官が『目立たない方法』と言ったことを、もうお忘れですか」
これにはネオンも口を差し挟んだ。
やはりエルミラの暴走であるらしい。
しかし、彼女は悪びれず、
「わたくしは選択肢が無数にあることを司令官様にお伝えしたかっただけですわ。ハイネリアの搭載兵装をもってすれば、木造帆船など一瞬にして粉々に――」
「シルヴィ、直ちにあれを発進させてください」
『やってるわ。底部格納デッキに注水完了。射出口ハッチ、開いたわよ』
淡白な妹分たちの対応に、姉は焦って声を張る。
「ああっ! 待ってくださいシルヴィちゃん! まだ司令官様にハイネリアの攻撃性能を紹介しておりません。せめて――」
『ごめんね姉様。もう、カタパルトにスタンバイさせちゃった』
しかし、姉の慟哭よりも、シルヴィの任務着手のほうが早かった。
『マーライオン1号機から3号機、ならびに、水中作業艇【パラプゾシアEⅡ】、各機発進!』
「あうう……」
がっくりうなだれるエルミラと、仕事をテキパキ進めていくシルヴィ。
司令室内には、立体映像の画面が新たに4つ浮かび上がった。
映っているのはどれも海の中、水底の砂を巻き上げて、何かが急進していく光景だ。
どうやら、艦に搭載していると言っていた小型無人機を出撃させ、カメラ映像を送らせているようである。
「えっと、マーライオンが3機に……もう1機は何だって?」
耳慣れない兵器の名について尋ねてみた。
画面上でも、マーライオン以外の機影が確認できる。
濛々と舞う砂煙のせいでよく見えないけど、そのシルエットはマーライオンの体長よりも2倍くらいの大きさがある。
『ほら、姉様。解説のチャンスよ』
悄然とうつむいて拗ねていた姉に、俺への説明を促すシルヴィ。
エルミラは、途端に機嫌を直して顔を上げた。
そして、俺のヘッドセットにも、シルヴィがこっそり通信を入れてくる。
『しっかり姉様の機嫌をとっておくのよ!』
この作戦中、エルミラを暴走させずに注意を引いておくことこそ、俺に課せられた最重要ミッションなのである。
「あ、ああ、そうだな。教えてくれないか、エルミラ」
「はい、司令官様! なんでもお聞きになってくださいませ!」
繊細な綺麗な手を、ぎゅっと拳に握って意気込みをアピールするエルミラ。
ちょっと熱が篭もり過ぎだけど、俺の方に意識が向いているって意味では好都合だ。
さて、さしあたって知りたいのは、今発進した謎の兵器についてである。
「あの子は水中作業艇パラプゾシアEⅡ。優れた耐圧殻と高性能ロボット・アームによって、海中の特殊作業全般を担うマリン・ベースの海洋戦力ですわ」
砂煙がようやく晴れてきた。
小型機編隊の最後尾についたマーライオンのカメラ映像から、前を行く3体の外観が見て取れるようになる。
そのうちの1機、隊の中央に位置するパラプゾシアEⅡと呼ばれた機体は、あまりにも変わった形をした兵器だった。
「なんだあれ……? カニ……いや、タコ?」
真っ先に目を引いたのは、機体の前底部から生え揃った、何本もの細長い機械の腕だ。
数えてみると、全部で10本。
うねうねと自在に動く、まるでタコやイカの触手を彷彿とさせるその腕は、角の丸い棺桶みたいな直方体の本体から、群生するようにうじゃうじゃと伸びている。
先端には1本ごとに異なる形状の爪型手指機構がくっついていて、カニのハサミみたいなものとか、鳥の爪みたいな構造のものまで、バリエーションが豊富である。
また、本体後背部には、極太の丸太でも担いでいるかのように、大きな円筒形の装置が乗っかっていた。
およそ泳ぎとは無縁そうな体型のこの兵器は、周囲をマーライオンに護衛されながら、海底のスレスレを、僚機と同じ速度ですいすいと航行していく。
「強いて申せば、貝、でございますわ。古代の地球に生息していた、絶滅した貝類の名を冠しておりますのよ」
大昔、前文明の人間たちが栄えるよりも遥か昔に生きていた巨大な貝。
渦巻状の巨大な殻と、鉤針の付いた触手を有していたという。
それを名の由来にもつ水中作業艇パラプゾシアEⅡは、しかし、その貝を模して造られたのではなく、必要な機能を追求した結果、貝の姿と似たような外観になったのだとか。
「もともと、パラプゾシアという兵器の設計思想は、柔軟性に優れたロボット・アームを駆使することで水中での難解作業を克服することにございました。沈没艦からの迅速な乗員救助や、機雷撤去などの掃海作業に主眼を置かれて開発が進められたのですわ」
特徴的、あるいは特異的な10本の腕。
先端部の爪を使って艦体装甲を切断したり、海に設置された爆発物を解体したりと、かなりの応用が効くそうだ。
「ですがですが、このロボット・アームは設計者の想像を超えて優秀でして、想定していた任務以外でも、その性能をいかんなく発揮したのですわ。やがては、水中での隠密工作任務を主として割り振られるようになり、それに合わせて次世代機には大幅な機能拡張が施されました。それがこのパラプゾシアEⅡでございますの。アームの先端には何種類ものアタッチメントが換装可能で、多様な任務に対応できる万能機に仕上がっておりますわ」
あの触手じみた腕が、万能に活躍する姿、か。
想像できるような、できないような……
「そろそろ口を挟んでもいいだろうかな、司令官殿?」
こちらの話を窺っていたケヴィンさんが、あえて俺に尋ねてきた。
「あの異様に加えて今の説明。確かに万能な印象を受けはする。が、聞いてた限りじゃ、救助だの隠密工作だのと、戦闘技能に関する話は出てこなかったようだが?」
「当然至極でございますわ」
俺の仲介を待たずして、エルミラがケヴィンさんの質問に反応した。
「機能を拡張されたとはいえ、EⅡはあくまでも作業艇、敵兵器を攻撃するための武装など、一切持ちあわせておりませんわ」
眉間にしわ寄せるケヴィンさん。
俺も首をひねりそうになる。
攻撃する武器がないならば、パラプゾシアEⅡは、あの帝国軍艦カーク=シェイドルに何をどうやって対処するのか。
「ですので、敵艦への攻撃は、このような方法で行いますの。ねえ、シルヴィちゃん」
『さすが姉様。説明終わりのタイミングもばっちりね』
話の要諦を示すにあたり、エルミラは、兵器の運用を任されていたシルヴィに水を向けた。
「どういうことだ、シルヴィ?」
『ここで武器を仕入れていくのよ。EⅡ! 3、4、5、6番アームをスタンバイ、照準通りに突き刺して!』
戦術AIに命じられ、パラプゾシアEⅡは自慢のロボット・アームの数本を、勢い良く海底の砂の中へと突き入れた。
衝撃で揺れるカメラ映像。
砂塵が起こり、 そして、視界が上を向く。
カメラは洋上に浮かんだ、帝国艦の船底を捉えていた。
「あの子の3番から6番までの4本のロボットアームには、ウェッジ・ネイルが装着してございますの。それぞれ微妙に形の異なる楔状の鉤爪でございますわ」
どうやら、その鉤爪で砂中の何かを引き揚げながら、機体を浮上させようとしているようだ。
その何かの正体は、僚機のカメラ映像によって明らかになった。
海底の砂が膨れるように持ち上がり、下から巨大な物体が出てくる。
平べったい、大きな岩の塊だった。
「ぶ、武器ってこれなのか!?」
『そうよ。だからわざわざ、ハイネリアを敵艦の3キロも後方に停めたのよ。デモンストレーションにちょうどいい岩が埋まってるのがわかってたから、解説に要する時間とかも含めてね』
そう。
この板状の大岩も、示威行動のための舞台装置。
『1番、2番アームで岩の角度を固定。推力全開で、洋上の艦の右舷前方に回りこんで』
自分の機体と同じくらいの長さの大岩を、アームで器用に抱えたパラプゾシアEⅡは、そのまま、海上の帝国艦目掛け浮上していく。
軽々と掴んで悠々と浮かび上がっていくけれど、本当はかなりの重量があるはずだ。
ローテアド海軍の皆さんも、固唾を呑んで成り行きを見守っている。
「まさか、この岩を叩きつけるのか?」
『そんなことしないわ。この場で沈没させたら目立っちゃうじゃない』
「じゃあ、これで何を?」
『姉様も言ってたでしょ。この子の得意分野は――隠密工作よ!』




