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12_12_網の小魚

『さあ、目標ポイントに着いたわよ』


 体への速度の負荷がなくなっていたことを、今度はシルヴィの声によって自覚した俺は、おっかなびっくり座席シートから体を起こした。


「立っても大丈夫、なのか?」


 潜水艦ハイネリアの司令室内は、とても静かで揺れもない。

 だけど、実はさっきみたいに動いたままなんじゃないだろうな……と、身構えながら確認してみた。


『安心しなさい。今度は慣性じゃなくって、ハイネリアはちゃんと停止してるわ』


 その言葉を信じ、シートベルトを恐る恐るに解除した俺は、そろりそろりと立ち上がってから、


「死ぬかと思った……」


 加速の時とおんなじ弱音を再び(こぼ)していた。

 足はやっぱり、ぷるぷると震えて覚束(おぼつか)ない。

 防護機構が働いているとはいえ、艦の減速時にも相応の衝撃が体全体を打ちのめし、生きた心地がしなかった。


「もう到着してしまったのですね」


 そして、またしても俺と違ってピンピンしているファフリーヤ。

 完全にハイネリアの高速航行に順応しているご様子で、ついには名残惜しそうな表情まで見せていた。


「シルヴィ様、今の減速航行中は、推力を切られていたのですか?」

『そうよ。スラスターは停止して惰性のみで航行。抑力の泡の舵サプレッション・バブル・ラダーで速度の落とし具合を調整しながら、帝国軍艦の後方3キロで停まるよう計算してたの』


 ハイネリアはその地点の、海底すれすれの深度に沈潜させているそうで、帝国軍艦からはこちらを見ることはできないだろうということである。


「……だからよ、ああいうのはもっと早めに言えってんだ」


 一方、やはり悪態を欠かさないのはケヴィンさん。

 ふらつきながらも意地でシートベルトを外して腰を上げ、2本の足で床を踏む。

 また、今回はケヴィンさんだけじゃなく、ローテアドの将校さんたちも座席シートから立ち上がった。

 二度目とあって、覚悟が決まっていたのかもしれない。

 ただし、若い士官たちはこうはいかず、魂が抜けたみたいに、しばらくシートに崩れ落ちたままだった。


「で、だ。その3キロ先の軍艦とやらについて、そろそろ教えてもらえるんだろうな?」


 彼らの視線が、一斉に俺に集まった。


「じゃあエルミラ、仔細(しさい)をお願い」


 その視線を、俺はまとめてエルミラにパス。


「かしこまりましたわ、司令官様」


 俺が取り成したからだろう。

 エルミラはいともあっさりと、彼らの問いに答えを与えた。


「司令官様がカーク=シェイドルとお呼びになった帝国軍艦。あの船は、3日前に帝国領カンタール港を発ってから、ずっと北東に進路をとっておりますの。ビットレン岩礁海域を東に迂回しつつ、北へと抜けようとしているのですわ」


 もたらされた詳細情報に、ローテアドの将校さんが眉をひそめて言う。


「なぜ、そんなことまでわかるのかね?」

「港を出発する以前から、ずっとこの子たち(・・・・・)が監視し、追尾しておりましたのよ」


 くすりと妖艶に微笑んだエルミラは、全員の目の前に、小さな立体映像を別個に投影した。

 表示されたのは、わずか数センチ程度の、小魚にしか見えない3Dモデル。

 これってイワシ……いや、まさかな?

 俺だけじゃなく、ローテアドの軍人さん方も、全員が首を傾げていた。


「【アレイフィッシュ】。海洋魚類を模した超小型水中探査用ドローンですわ。1体あたりの探索範囲はさほど広くはありませんけれど、大量に海に放流しておくことで、厳重な監視網と、緻密(ちみつ)な情報網を構築できますのよ」


 どう見てもイワシな外観は、あくまで擬態。

 こんなにちっこいサイズながら、レーダー機器を内蔵している(れき)とした自律兵器なのだという。

 下手なことを口走らなくてよかったと、心の底から安堵しつつ、詳しいことを尋ねてみた。


「エルミラ。大量っていうのは、どれくらいの数を?」

「差し当たりまして、ざっと3万体ほどを海に放してございますわ」

「3万も!?」


 驚きの声をあげた俺に、エルミラは小さく首を振る。


「いいえ、司令官様。たったの(・・・・)3万体なのですわ。遠大にして甚深(じんしん)な海を(くま)なく探査するためには、数万程度のドローンでは、あまりに少なすぎるのです」


 聞けば、アレイフィッシュの性能は、速度が巡航遊泳で3ノット(時速約5キロメートル)とさほど速くなく、レーダーの効果範囲も半径約50メートルと結構手狭。

 なので、運用は最初から単体ではなく複数、それも膨大なまでの機体数を放出し、点ではなく面、あるいは立体の編隊として連携群泳させることが前提となる。


「消費エネルギーに目をつぶりさえすれば、瞬間的には50ノット(時速約90キロメートル)は出せますし、レーダーも、精度を落とせば範囲をもっと拡げられますわ。ですが、常時回遊させておく超小型機体にそんな無茶をさせるのは、機体を使い捨てにするようなものですし、別の危険も生じてしまいます」


 通常時の能力が控えめな代わりに、長時間の稼働を実現したのがアレイフィッシュの強みであるそうだ。

 特に、海という遠大なフィールドを任務地とする性質上、彼らの活動場所は、主としてマリン・ベースのDGTIA(ディグティア)エネルギー供給範囲の外ということになる。

 エネルギーの再充填のためには、一定のローテーションで基地周辺へと回遊させたり、定期的に交代のアレイフィッシュ群を輸送艦などで派遣して、それまで活動していた機体群と交代回収しなければならない。

 無理をさせて稼働時間を減らしてしまえば、ローテーションの回数は増えるし、ましてや、せっかく小魚に擬態させているのに、輸送艦での移送という敵からの発見リスクを何度も冒さねばならなくなってしまうのだ。


「ですので、現在はローテアド王国近傍(きんぼう)の海から、グレート・ブリテン島……いえ、今はビットレン岩礁海域と呼ばれているのでしたわね。あの海域以南の海に活動範囲を限定し、重点的に目を光らせておりますの」


 ローテアドのあるウレフ半島からビットレン岩礁海域の南側にかけて、ということは。


「それってつまり、大陸北側の海岸線に沿って監視網を築いたってことだよな。じゃあ、ラクドレリス帝国の領海にも――」

「無論、この子たちがたくさん群遊しておりますわ。すでに軍港の(いく)つかにも潜り込ませて、港湾(こうわん)内部の調査を完了しておりますの」


 エルミラは、司令室内に投影されていた周辺地図をピンポイントに拡大し、併せて、その場所の3Dモデルを投影した。

 彼女がクローズアップしたのは、帝国の海の要衝(ようしょう)、北の軍港、カンタール港。

 3Dのモデル上には、埠頭や船橋、船渠(ドック)など、港の重要設備が正確な形状と縮小比率で配置され、そこに数字や光点、線画や図表などで、様々な附属情報が示されている。


「湾の構造から、停泊している軍艦の状態、警備に当たる兵士の巡回ルートまで、事細かに調べ尽くしてありましてよ」

「な、なんと!」


 眼の色を変えるローテアド軍人たち。

 このデータがあれば、彼らが企てていた侵攻作戦が、どれほど有利になることか。

 ある意味では、3キロ先の帝国軍艦よりインパクトのある重大事件である。


「そ、その調査資料を、なにとぞ我が軍に――」

「お渡しするはずがありませんわ」


 将校さんのひとりが平身低頭して頼むも、エルミラはすげなくこれを断った。

 歯噛みして何も言えなくなった将校さんを、ケヴィンさんがフォローした。


「ま、仕方ないわな。俺らは帝国を攻めないと約束した身だ。必要ないものは望めねえ」


 彼の言葉に、将校さんも自軍の立場と冷静さを思い出し、おとなしく引き下がった。


「代わりに聞きてえんだが、その魚もどきは、絶対に誰かに見つかることはねえのか? 例えば、漁師の網にかかっちまったりだとか」

「見た目は小魚の群れであっても、内実は自律稼働する機械の兵隊ですわ。捕獲されたり捕食されたりするようなミスなど、断じて犯しませんことよ」

「はっ。つまりおたくらは、いつでも帝国の軍港の情報を得られるし、好きな時期に攻撃を仕掛けられるってわけだ」


 うらやましい限りだぜ、と皮肉めいた言い方をしたケヴィンさんに、エルミラはこんなことを言い放った。


「勘違いなさっておられるようですわね。未熟な文明国家が造った稚拙(ちせつ)な軍港を落とす程度の些末事(さまつごと)、そんなことに対して、司令官様に事前のデータなど不要ですわ」


 いや、俺にってどういうことさ、俺にって。


「あなたがたローテアド王国の軍港も含めて、周辺国家の海中防御は実にお粗末なものでした。攻撃型の水中ドローンを数機派遣するだけで、港の制圧には事足りましょう」


 ピリピリと場の空気が張り詰めた。

 この言葉が嘘や誇張などではないと、ローテアド側の誰もが感じ取っている。


「失礼だが、それを今すぐに行わない理由は、本当に準備が整っていないからなのかね?」


 先程とは違う将校さんが、エルミラに慎重に問いをぶつけた。


「疑うつもりはないのだが、あれだけの戦力を保有し、これほどの諜報能力まで揃えている貴君らの軍に、それでなお勝てない敵が存在するなど、我々には想像もつかないのだ」


 この将校さんに呼応して、士官たちも小さく頷き賛意を示した。

 以前に俺たちが話した「真の敵」というのは(ブラフ)で、本当は別の理由があるんじゃないのか、と。

 しかし、ケヴィンさんだけは違った。


「整ってねえのは攻撃能力じゃなくて、防衛態勢なんだろう?」


 彼は、俺の表情を確認するように視線を動かしながら、諜報部隊長としての自説を展開した。


「おたくらの町は、お世辞にもまだまだ国と呼べる域にはねえ。面積や人口規模のことだけじゃなく、外敵を迎撃する能力においての話だ。確かにアミュレットとかいう強力な兵隊が常駐しちゃいるし、離れた基地から数秒足らずで航空戦力も飛んでくる。だが、前者はともかく後者は町自体の防衛能力じゃねえからな。基地と町、同時に攻められた時の備えが不十分だと言わざるを得ねえ。これじゃあ真の敵とやらに対抗することなんざできねえ。そういうことなんだろ、司令官殿?」


 あえてネオンじゃなくて俺に話を振ったのは、反応を見てるんじゃなくて協力を求めているんだろう。

 ケヴィンさんは、今ここでこちらを深く追求することを望んでおらず、穏便に場を静めて欲しいのだ。


「ご推察のとおりだよ。さすがに軍港内部で帝国の艦隊を沈めるのは悪目立ちしすぎる。俺たちの存在が露見することだけは、今の時点では絶対に避けなきゃならない」

「なるほどな」


 周知の事実にあえて頷き返すことで、彼はこの話題の打ち切りを図った。

 なので、俺も便乗して、話を元の方向に戻しておく。


「だけど、目立たない方法であれば、ローテアドに協力するのは(やぶさ)かじゃないよ」

「ああ。しかと拝ませてもらうぜ。おたくらのやり口をな」

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