3_02_荒野を駆けるコンバット・タンク 下
医務室らしき部屋を出るにあたって、ネオンは俺に衣服を渡してきた。
高級そうな手触りのいい生地。
彼女たちの文明の軍服であるそうだ。
帝国の軍服とはかなり意匠が違っていて、華々しい飾りなどの一切が排除されている。
代わりに、かなり丈夫にできているようだ。
着込んだ瞬間、袖や裾が勝手にきゅっと締まった。
「うわっ!?」
「着用者が最も動きやすいサイズに自動調整されます」
慌てふためいた俺に、ネオンが説明を加えた。
そういう心臓に悪いことは、もう少し早く言って欲しい。
「では、参りましょう」
軍服に身を包んだ俺は、ネオンに連れられ、兵器格納庫へとやってきた。
そこには、ついさっき立体映像の画面で見た【ゴルゴーン】が待機していた。
「あなたの回復中に呼び戻しておきました。必要な戦術オプションを搭載し、ターク平原へと向かいます」
超高機動装甲戦闘車両、ゴルゴーン。
角ばった筐体型の重厚なフォルム。
こいつが、あの憎たらしい鉄の馬車を粉砕してくれたのだ。
こうして実物を目の当たりにすると、映像で見ていたときより大きく感じる。
「なんていうか、凄いって言葉しかでてこないな」
こんなに重そうな金属塊が、どうやって移動していたのか。
物珍しさも手伝って、きょろきょろと車体を観察する。
側面部に回って下部をのぞき込むと、そこには、円柱形の大きな部品が横並びにいくつも付いていた。
「この円柱って、もしかして車輪なのか?」
しかし、車輪と思しき金属部品群の周りには、板状の鉄板がベルト状に連なったものが巻かれている。
こんな構造の兵器、見たことがない。
「それは、キャタピラという移動機構です。仕組みについては後で詳解しますので、今は迅速に搭乗を済ませてください」
「搭乗ってことは、これ、やっぱり乗り物なんだよな?」
聞きながらネオンを見向いてみると、彼女はゴルゴーンの上部に移動していて、入り口らしき蓋を開けていた。
「こちら側から、機体の上部にあがれます」
急かされて、俺も慌てて上にのぼる。
指示されるまま、ゴルゴーンの内部に入った。
窓はなかったが、中は明るかった。
「コックピットです。ゴルゴーンを人の手で動かすための部屋とご認識ください」
「そんなに広くはないんだな」
大きな胴体に比べて、中の空間はやけにこじんまりとしている。
「様々な計器や武装が搭載されていますから」
周りにあるのが、その計器とやらなんだろう。
座席はふたつだけ、前後に並んでいる。
ネオンが前の席に座ったので、俺は後ろの席に腰掛けた。
(やっぱりちょっと、窮屈だな)
そんなことを思ったときだった。
『なによアンタ、さっきから文句ばっかりね』
突然、コックピットの中に声が響いた。
「だ、誰だ!?」
『搭乗者のバイタルは自動的にチェックしてるのよ。脳波も簡易観測してるから、何を考えてるのかはだいたいわかるわ』
誰かはわからないけど、声の主がお冠だってことだけはわかる。
「バイタル・チェックが完了したなら理解できたはずですよ、SIL−V。この方は、新たに着任された司令官です」
ネオンが、その声の主を戒めた。
彼女の席では、計器から映像が浮かび上がり、光がちかちかと明滅している。
「彼女はシルヴィ。この戦車の自由意志と考えていただければよろしいかと」
「意志があるのか、こいつには?」
『こいつとはなによ、失礼しちゃうわ』
ますます怒らせてしまった。
恐縮している俺を尻目に、ネオンは着々と発進準備を整えていく。
「コンテナ・オプションを接続します。司令官、承認をお願いします」
何やらまた、呪文めいた言葉を話しているネオン。
俺の前に、蒼い球体が浮かび上がった。
それを見て、ようやく気がつく。
「……あ、司令官って、俺のことか」
『自覚もないとか、ホントにコイツで大丈夫なの?』
今度は呆れられたらしい。
というか、失礼とか言ってたくせに自分も俺をコイツ呼ばわりしてるじゃないか。
仲良くやっていけそうにないな……と思いながら、球体を指先で触って「承認する」と発言。
途端に、球体が弾けて、粒子になって消えていく。
直後、ガコンと機体が振動した。
「なんだ?」
「ゴルゴーンの後部に、戦術コンテナを装着しました。開拓調査のための無人機を搭載しています」
『準備完了ね。じゃあ、さっさと出発するわよ』
シルヴィの掛け声とともに、ゴルゴーンは唸りを上げる。
密林の中に隠されたハッチを通り、戦車は颯爽と基地を飛び出した。
そうして、木々を薙ぎ倒し、土埃を舞い上がらせては、西の荒野を目指して今に至っているのである。
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「それで、目標地点には、いったい何があるんだ?」
到着までの時間を有効利用して、計器の操作方法を練習していた俺は、立体映像の地図を浮かび上がらせてネオンに尋ねた。
地図上には、目的地が赤い点でマッピングされている。
ターク平原の真っ只中のこの場所には、果たして何が待っているのか。
「何もございません。開けた土地、としか申し上げられないような場所です。ただ、付近には地下水脈の流れが見込まれますので、ポンプを設置することで、地下から水を汲み上げられます」
地盤も堅く、人が住まう土地の条件としては、及第点なのだそうである。
「地下の水脈なんて、よく探せたな」
「基地のスリープ中も、周辺地形や旧人類文明の趨勢は定期的にモニターしておりましたから」
なんでも、司令官不在の状況とはいえ、基地防衛に最低限必要な機能や戦力だけは、ネオンの裁量で動かす許可が与えられていたらしい。
言われてみれば、このゴルゴーンにしたって、俺が司令官に登録される前から動いていたわけだし。
「詳しい水脈の場所は、現地到着後に改めてサーチします。その結果で、開拓地域を決定し――」
説明をするネオンの声が、不意に止まった。
「司令官、北北西50キロの地点に動体を検出しました。人間が6名。うち、5名が馬に乗っています」
ネオンは、その場所を地図上に光点で示した。
「ひとりだけ徒歩なのか? この場所もターク平原のど真ん中だぞ」
「厳密には、5人の集団と、その集団から逃げている1人、という構図のようです」
逃げている、だって?
「穏やかじゃないな」
「はい。確認が必要です」
『接近して、偵察用ドローンで様子を窺うわ』
ゴルゴーンは旋回し、進路を北北西に切り替えた。




