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ジーナ  作者: 伊藤 克
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八 魔術師の塔・ビルと魔法陣(一)

 数日が過ぎた午後、ジーナがダンの店に行くとビルは店番をしながら石投げをしていた。石投げでジーナに負けたのが悔しかった事もあるが、ゼルダに励まされた事も大きかったのだろう。ゼルダから教わったように、投げるスピードをあげてから命中率が上がった。

 作業場から鎚音がする。ダンはいるようだ。

「ジーナ、昨日もこなかったね。」

「ごめんね。ダンに都合を聞いてくれる?」

 ビルは作業場へいき声をかけている。

「すぐ終わるから待ってくれ、てさ。ジーナ見て!」

 ビルは再び石投げをして見せた。最初にジーナと石投げをしてからは随分上達している様だ。

「ビル、上手になったじゃないの。」

 そう言いながら数個の石を的に向かって投げた。全て命中する。

「私に挑戦するにはもう一歩ね。あのバデの木の実を落としたら一個につき一ギル小遣いをあげるわ。でもダンが呼びにくる迄の間よ。」

 ビルは真剣に小石を投げ始めた。

 数個当てたところでダンの呼ぶ声が聞こえた。ビルに小銭をわたしてやる。ジーナはダンの作業場へ入っていった。

 ダンが作りかけのダガーをジーナに渡した。鋼の柄剥き出しのままで刃もまだついていない。

「ジャンビーヤをイメージして作ったが、形が合っているかな。」

 そのダガーは背が三日月型に反りかえっているが、背にも刃を付けるのか、背と刃の部分が薄く、剣の中央が太い作りで、反りに合わせて小さな筋状の溝が彫ってある。

 ジーナは自分のナイフを出して比べる。ダンの作ったダガーは、チャンが作ってくれたジーナのナイフより数センチ長くやや重い。そり加減はそっくりに作ってある。チャンが作ってくれたジーナの柄は刃の湾曲に合わせて作られているが、ダンが作った柄はダガーの様にまっすぐ伸びている。

「さすがね、ひと目見ただけで作れるなんて。鋼、よく手に入ったわね。鋼は軍隊が買い占めているという噂だったけど。」

「金のある時に買いだめをしておいたのさ。」

 新しいダガーを構えてみる。使いやすそうだ。

「柄と鍔はローゼンのダガーの柄に似せてつくったつもりだ。」

「ありがとう。大きさの割に軽く感じる。柄頭に紐を通すリングが付くといいな。」

「分かった。自分のナイフを手入れしていきな。血をすったナイフは早く手入れをしないとサビがでるぞ。」

 ダンは気づいていたんだ。

 ジーナは外套を脱ぎ、ダンの隣に座って結跏趺坐をし、瞑想をしてからナイフの手入れを始めた。

 時々砥石の向きを変えたり、粗さの異なる砥石と交換したりしながら手入れをしていく。規則的な音が続く。最後に研ぎ用の革を使って刃先を整える。

 ナイフの次に投げ矢、鎖の先に付いている小さな鎌等、外套のポケット、道具入れから次々に武器、金具類を出して手入れを続ける。ダンは何も言わない。

 外が暗くなってきた。

「ダン、この武器を作りたいのだけど、部品を調達できるかしら?」

 ジーナが出したのは短い矢柄に小さな鏃がついた投げ矢だった。羽は薄い銅板で出来ている。大半はバウが回収してくれるのだが、それでも消費してしまう。

「変わった武器をもっているな。部品は都合してやるが、仕上げは自分でしてくれよ。」

「分かったわ。一個置いていく。」

 全ての道具、武器を元の様に身につけ、立ち上がった。

「ダガーは刃を付ける必要があるし、ダガーに合う鞘を作るのには日数が必要だ。できあがったらビルを宿にいかせるよ。」

「ダン、ありがとう。ビルは文字を勉強しているの?」

「商売に必要な計算は俺が教えてきたが、文字はどうかな。名前ぐらいは書けるようだがそれ以外は知らないと思う。ジーナは読み書きができるのか?」

「普通の手紙を書く位はできるわ。食事の時私が教えてもいいかしら。」

「是非たのむよ。」


 ビルはバウを相手に遊んでいた。

「ジーナ、もう一度みて。」

 木の実に石を投げる。今度は続けざまに二個当たった。

「あら、頑張るわね。ビル、夕食の時、私の所へいらっしゃい、文字を教えてあげる。ボードと書き石を持ってくるのよ。」

 ジーナはバウに声をかけて宿へ戻った。


「ビル、ちょっとこい。」

 ジーナが店を出て行くのを見てから店番をしているビルに声をかけた。

「親方、何でしょう。」

「お前、文字は書けるのか?」

「勿論です。」

「ボードと書き石を持ってこい。」

 ボードとはダンが武具、道具を作るときに形、いわゆる設計図を書く黒板で、書き石と言われるチョークの様なもので書くのだ。

 騎士や金持ちは羊皮紙に書いて注文してくるが、この辺の人たちは農具の注文が多い所為もあるが、大抵は口伝か現物を持ってきて、同じ物を、といって注文をする。そんな時、木の板に形を書き付けるのだ。

「自分の名前を書いてみろ。」

 ビルはおぼつかない字をボードに書くが形が不確かで不揃いになっている。

「店の名前を書いてみろ。」

 しばらく考えたビルは店の外へ看板を見に行った。

 ダンが手近にあった木の棒で、戻ってきたビルの頭をこづいた。

「今夜から食事の時にジーナから文字を教わるんだ。字が書けないと商売がやりづらいぞ。倉庫に俺が昔使っていたボードがあるからもってこい。」

 ビルは塗装がはげ、割れの入ったボードを持ってきた。

「お前にやるから自分で手入れして使え。」

「はい、親方。」

 両親が火事で死んでから親方に拾われるまで、ビルはひとりぼっちだった。今でも暗くて無口なビルに遊び相手はいなかった。それが、ジーナとバウはビルの家庭の事情を何も聞かずに相手をしてくれる。

 ゼルダも盗賊の姿に似合わずビルには優しかった。しかし、ジーナとダンは友達の様に接してくれる。時間があると死んだ両親の事ばかり思い出していたが、今はあまり思い出さなくなった。わずか数日の事だが、バウと遊んだり優しいジーナに会ったりするのが楽しくてしかたがない。

 今度はジーナが文字を教えてくれるという。

 ビルは作業場の隅にすわり、手にした古いボードを分解し始めた。バラバラになった木切れの古い塗装をはがし、割れた所を切り落として一枚の板にする。割れのない二十センチ四方の板がとれた。

 親方の方を見ると何かの作業に集中している。ビルはナイフを使い、板の周囲に文様を彫り始めた。母親が生きている時に教わった、古代文字によるおまじないだ。全週彫りおわってから厚めの塗装をした。彫った文様は塗料に隠れる。次に額縁を作る。塗料が乾いたらこの額縁で周囲を覆うのだ。ぶら下げるための穴も開ける。

 残っている板きれを数センチ四方に切り、同じ様に古い塗料をはがす。さっきと同じ文様を今度は二重に彫っていく。小さい板が模様で一杯になった。彫り終わってから塗装をした。勿論、小さい額縁も作った。夕方には乾くだろう。ジーナはこのお守りをいつも持っていてくれるだろうか。

 ビルが幼い頃からお母さんは古代文字による特殊な文様を教えてくれた。

「いまみんなが使っている言葉とはちょっと違うけどこの文様も言葉なの、お母さんと秘密の会話をしましょう。」

「お父さんともこの文様で遊んでいいでしょ。」

「秘密だからお母さんとだけの遊びよ、他の人に言ったら秘密ではなくなるでしょ、それに忙しいお父さんの仕事の邪魔をしてはだめよ。」

 文様を描いて発音し、組み合わせて意味をつくる。その遊びの時だけはお母さんが相手をしてくれた、楽しい時間だった。

「ビルがもっと大きくなったら本当の使い方を教えてあげる。」

 ビルは『本当の使い方。』には興味はなかった。お母さんに甘えられるだけで十分だった。ジーナのプレゼントに描いたのは光を意味する模様だ。ビルは、魔法陣に魔力がある事は知っていたが、その力はお母さんの持つ力だと思い込んでいて、大好きなお母さんが亡くなってからは興味を失っていた。


 夕方、ジーナが食堂へ降りると、ビルがいつもの席に座っていた。読み書き練習用のボードを持っている。

「あら、それは何?」

「学習用のボードだよ。ダンが、『持って行って文字の学習に使え。』とさ。」

 ジーナは手にとって見た。一応額縁がついているが、子供の手作りらしい所もある。

「自分で作ったの?」

「そうだよ。それとこれ、ジーナにプレゼント、俺のボードの小さいやつ。お守りにいつも持っていてくれると良いんだけどな。」

 ありがとう。ジーナはそのお守りを腰のベルトに下げた。

「食事を済ませて勉強しましょう。」

 食事のあと、アルファベットから教える。ビルは頭を使う事は苦手なようで、三十分ほどで帰った。昼間、店番をしながら自習できる方法を考えよう。


 自分の部屋に戻ってから、ビルから貰ったお守りを再び手にした。受け取った瞬間、手に暖かい力を感じたがビルの前では気づかない振りをした。この力は何だろう。

 腰のポシェットから魔石の粉末を出し、お守りの表面に振りかけると、粉末がきらめいて落ち、お守りが淡い光を発して部屋を明るくした。

 間違いない。この板には魔力が秘められている。ごく弱い力のようだ。ビルは魔法の力で魔族のいかさまを見破ったにちがいない。魔法陣なら他にも目にしているような気がする。ジーナは考え込んだすえ、先日川で拾ったレース編みを、ビルのボードの横に広げて並べた。模様が魔法陣に似ている。しかしレース編みに魔石の粉末をかけても反応しない。模様が似ているのは偶然なのか。

 ビルの力がどの程度のものか分からないが、魔法陣を扱えないジーナにはビルを指導する事はできない。


 朝の鍛錬をし、昼にバウと散歩をして夕食時にビルの面倒を見る。規則的な毎日がすぎる。

 魔術師の塔の近くにある滝の近くで不完全な魔族を見かける事もあったが、悪さをしている様子がないので無視をしていた。勿論、彼らと遭遇する事は避けていた。


 ビルの勉強がなかなか進まない。食後の僅かな時間だけでは覚えられない様だ。

 散歩の途中でダンの鍛冶屋の前を通りかかるとビルが話しかけてきた。

「親方が寄ってくれって言っていたよ。」

 バウをビルに預けてジーナは作業場に入っていった。

「おお、来たか。」

 ダンは鞘に収まったダガーをジーナに渡した。

 柄に巻かれた革と鞘にジーナの名前が焼き付けてあり、革の鞘は所々鉄で補強してある。抜いてみるとジャンビーヤに似た美しい刃をしていて重さも手頃に調整されており、柄の所にリングが取り付けてある。

「望みのとおり紐を通せるようにリングを付けたぞ。」

 ダンがジーナに渡したジャンビーヤ風のダガーにはもう一つの秘密があった。それは刃の根本、鍔の近くに丁寧に薄く彫り込んだ文様、ローゼンのダガーに付いていたものと全く同じ文様がある事だ。彫った後に刃を付ける作業をしたので、見た目には分からないが、太陽の光を反射させて壁に当てると壁に文様が浮かび上がる。この文様がジーナにとって守りとなるのか、凶事となるのか、ダンには判断し兼ねる所だが、今はジーナには伏せておくつもりだ。


「ありがとう。鞘だけでも結構な値段がしそうね。私に払えるかしら。」

「俺からのプレゼントさ、その代わり、ビルにしっかり文字を教えてやってくれ。これも持って行きな。」

 ダンは一本の杖をジーナに渡した。飾り気のないその杖は長さが一メートル以上ありそうだった。木に見えたが重たい。思わず落としそうになった。

「その杖は鉄に塗装をして木に似せたものだ、重さも三キロ近くある。ヘッドを付ければボアスピアになるのだが、耐力と筋力をつけるには良いだろう。明日の日の出ごろ例の場所にきな。使い方を教えてやる。」

 重さと長さに早くなれておいた方が良さそうだ。明日から朝の鍛錬を強化しようと思った。


「革の切れ端を少し買いたいのだけどどこに行ったら買えるの?」

「何に使うんだ?」

「ビルが昼間一人で文字の練習が出来るように手本を書いてあげたいの。」

「それなら夕食の時にビルにとどけさせるよ。なめし革屋にはビルの知り合いが多いからな。」

「ありがとう。」

「投げ矢の部品はもう少し待ってくれ。暇が出来たらつくっておくよ。」


 太陽が西に傾き始める頃、ビルはガサの町の北東にある村にきていた。屋根から煙と水蒸気が立ち上る藁葺きの平屋が点在するその村は裕福には見えなかった。家と家の間には革を吊す為の木の柵が多く建っていて、牛や羊から剥がした皮が緩まない用に四方から引っ張られる様に括り付けられていた。動物から剥がされ、持ち込まれた革から毛等の不要物を取り除き加工する事は重労働であったが、作業環境が悪いこと、苦労の割に取引価格が安い事から、その作業に携わるのは貧しい人が多かった。

 それでも、武具や家の建築には欠かせない重要なものであった。同じ重労働でもダンの様な鍛冶屋、武具屋が町の中心で営業出来るのに対し、なめし皮屋が町の近くで作業できないのは、その臭気や皮を干す大きな木枠などが、町の環境になじまなかったの違いない。概して武具本体に関する製造業の方が金にはなっている。

 辺りには革の加工をする為の独特の臭気が漂っている。したがってガサの町の人が用もなくこの地区に近寄る事は殆どないが、家が火事にあうまでこの地区で生活していたビルは、この臭いを嗅ぐと幼い頃の事がなつかしくなった。

 良いなめし革を作るには数ヶ月もの間、木の皮から抽出した特殊な液に革をつけ込んで柔らかくしていく必要があった。

 ダンク王が出現してからなめし革の需要が増えた。それをこなす為、最近では、革を短い期間でなめす事ができる、大釜で煮込んで柔らかくするという手法が流行していた。いずれにしても周囲には加工時の独特な臭気が漂う事になる。


 ビルは村の奥の空き地へ立ち寄った。以前ビルの家族がなめし革の加工業を営んでいた跡だが、二年の間に変哲のない草むらへと変わっていた。そのころ、ビルはまだ六歳だった。父親は使用人二人を使う、村でも大きななめし革の加工者で、この村の世話役でもあった。

 母親は病弱な事もあり、力作業は行えない人だったが、世話役である父親の代わりに村人の寄り合いやガサの町への用事をこなしていた。いつもビルの横に居てくれたのを思い出す。

 その空き地の隣の一軒の家にビルは入っていった。

「こんにちは、アルバおばさん。」

 土間の大釜で剥いだばかりの革を煮込んでいた女が振り返った。

「あら、ビル久しぶりね、ダンは優しくしてくれているかい、それとも逃げてきたのかい。辛いようだったらうちのお父ちゃんをダンの所にいかせるよ。」

「そんなじゃないよ。なめし革の端布が欲しくてきたんだ。」

「ちょっと待ってな。」

 アルバは奥の部屋から革の切れ端を一抱え持ってきて近くのテーブルに置くと再び革の煮込み作業をはじめた。

「なめし革で装飾品でも作って売るのかい? 商売をするのなら相談にのるよ。」

「違うよ、読み書きの練習をするんだ。」

「おや、あの無骨もののダンがビルに読み書きを教える気になったのかい?」

「最近、町にやってきたジーナが俺に文字を教えてくれるのだけど、覚えが悪いものだから、きっと革に文字を書いてくれるのだと思う。」

「あら、ジーナって女の子じゃないのかい?いつの間に女の事仲良くなったんだい?」

アルバは人差し指でビルの額をつついた。

「ちがうよ。ダンの友達の知り合い。本当は羊皮紙を使うのがいいんだろうけど、俺には売ってくれそうにないから。」

そうだね、羊皮紙は意外と高価だし私らには売ってくれないだろうからね、また欲しくなったらおいで。あんたのお父さんには随分お世話になったからね。この革を煮込むやり方を教えてくれたのもあんたのお父さんなんだよ。」

「こんなに沢山は持てないよ。」

「最近は破落戸がうろついていて危ないから帰り道は気を付けるのよ。」

「ありがとう。」


 ビルは持てるだけのなめし革の切れ端をかかえ、ダンの店へ帰った。

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