六十七 ギロの魔術師・異界への扉(一)
ぼろぼろの服を旅姿に着替えさせて南へ逃がしたあの女性、農家の生まれだと言っていた。貧しさがいやで家を飛び出したあの女性はいったいどんな生活をしてきたのだろうか。思えば、塔で生活するエレナも、タリナの店にいるエマも農家の娘だった。そしてエレナに両親はいない。それでもエレナは明るく、そして親を知らないシンディにも優しく接している。逃げた彼女の両親は今でも生きているのだろうか。そんな彼女の人生に自分が悪い影響を与えたのではないだろうか。
ジーナは自分の幼い頃の記憶をたどった。その頃の生活といえば、北サッタ村での、ローゼンとの貧しい生活。いつも面倒を見てくれたソフィーおばあさん。自分は何所で生まれたのだろうか。そして本当の親は何所にいるのだろうか。
浅い眠りについたジーナは夢を見た。まだバウと会う前の、大人との会話もままならない三,四歳頃の記憶だ。白ウサギに向かって雪玉を投げる。赤い目をしたウサギは器用によけると、その玉をジーナの足下まで鼻先で転がして来てはまた離れる。そのウサギに向かって雪玉を再び投げる。他愛もない一人遊び。
ローゼンのいる小屋とソフィーが住む家から離れてはいけない、と言われていたので村に知り合いも同い年の友達もなく、いつも一人で動物達と遊んでいた。すぐそばにはローゼンが作ってくれた雪人形が置かれている。毎年冬になると作ってくれた、三つの大きな玉を重ねて笹の葉や竹の枝を刺しただけのものだったが、それでもジーナの話し相手になってくれていた。ジーナもその隣に小さな雪人形を作った。話しかけるのも、答えるのもジーナだったが、体が冷えるまでそうしてすごした。
夢の中で雪が降る中、雪人形を作ったり、鳥や野ウサギを相手に雪投げをしたりしている。物心ついた時にはすでに動物たちと仲良くなる事が出来ていた。同じ年頃の友達がいないジーナにとって動物たちは友達そのものだった。
遊び疲れ、雪の中ですっかり体が冷えてしまったジーナはソフィーおばあさんの家の木戸を空けて暖かい家の中に入り、暖炉の前で木の椅子に座り編み物をしているおばあさんの膝に上った。
ソフィーおばあさんが子守歌を歌う、その歌を聞きながら夢の中のジーナは眠った。もう一つの記憶にある母親であろう人が歌ってくれた子守歌とは違い、よく意味のわからない子守歌。ソフィーおばあさんは歌いながらジーナに向かって手招きをしている。膝で眠る幼いジーナではなく、夢を見ているジーナへの手招き。
そこで目が覚め、魔術師の塔にいる我に返った。
『おばあさんが私を呼んでいる。』
ジーナはそう感じた。
『その子守歌は古代語だな。今のジーナならその意味が判るのではないか?』
『それよりもおばあさんが私を呼んでいるの。なにかあったんだわ。いかなくちゃ。それも早く。』
ジーナは明日にでも北サッタ村へ行こうと心に決めた。
魔術師の塔の外から人のざわめきが聞こえる。塔に誰か来たようだ。魔術師姿のまま横になっていたジーナは起きあがると隠し部屋から大広間へ出た。
港町ギロにある魔術師の館へメリーを連れた兵士達が戻ってきたのは夜遅くになってからだった。隊長は三階にある魔術師長シャロンの執務質へ入り、報告をした。
「金を盗んだメリーは捕まえて一階にある牢へ入れています。シャロン様から頂いた金だ、といって騒いでいます。兵士一人を見張りに付けていますので、逃げる心配はありません。もう一人の女は残念ながら取り逃がしました。」
「よい。女はガサとの町境にある竹林に逃げた事は知っている。その先にあるのはレグルスがいる魔術師の塔だ。」
「シャロン様はすでにご存じだったのですか?」
「見張りをしている兵士に命令書を渡す。ちょっと待て。」
シャロンはそう言うとパピルス紙に何かをしたためると決まり通りに巻き、ロウで封印をした。紙の端に空けられた穴へリボンを通し、一巻きしたあと結び、そこへ蝋燭のロウをたっぷり垂らし、銅製の印を押して型を付けるのだ。
巻紙を解くには、リボンを切るか、ロウを溶かして結び目を解くしかない。そうすれば簡単に読む事は出来るのだが、受け手が開封済みなのを知ることは出来る。それは運んでいる物を盗まれたに等しいのだ。そのような目にあった兵士は重罰を受けてしまう。場合によっては運んだ兵士の命に関わる事でもあった。
「その兵士にこれを持たせて女を船へ連れて行くよう命じろ。」
シャロンはそう言って命令書を隊長に渡した。
「女を王家の船の奴隷にするのですか?」
「そうだ。船で疫病が発生し、欠員が出ているらしい。」
「ギロの町へ疫病が流行る事はないのですか?」
「心配ない。ここの兵士にも欠員が出来ている。補充しろ。」
「補充といえば、燃え落ちてしまったガサの町にある兵士の宿舎はどうしますか?兵士達も全員焼け死んだとの報告が来ていますが。」
「魔術師会から補充の突撃兵士が送られてくる。建物を直しておけ。これからすぐにガサの町にある魔術師の塔へ向かう。兵士達に準備をさせろ。」
「判りました。逃げた女を捕らえにいくのですね?」
「そうだ」
隊長はシャロンの執務室を出て、一階で見張りをしている兵士の元へ向かった。なぜ魔術師長シャロンがあの逃げた女に執着するのか隊長には理解出来なかった。しかし命令には逆らえない。
シャロンは痛めた左腕をかばいながら外出着に着替え、魔術師のマントを羽織る。これでガサの町にある魔術師の塔を捜索する理由が出来た。ゴラン様が気にされている若い魔術師ケルバライトと会う事もできるだろう。
シャロンがギロの館を出発する数時間前、ギロから逃げてきた女が塔へくるよりさらに前の夕暮れ、ギロの町にいたならず者のトッシュに騙されて監禁されていた子供達が、フーゴやハンスに連れられて魔術師の塔にやってきた。魔術師の塔を初めて見る子供達がほとんどだった。
「ハンス、本当にここで僕たちを泊めてくれるのかい?」
不安そうに塔を見上げながらハリーがハンスに訊いた。
「やっぱり他へ行こうよ。ちょっと寒いけど野宿でもいいよ。」
そう言ったのはニックだった。フーゴやハンスに連れられてガサの魔術師の塔へ来た子供達だったが、、陽が沈みきった暗闇に建つ塔から得たいの知れない不気味さを感じていた。
「君たちは本当にこの塔に住んでいるのかい?」
フロルも不安そうに塔を見上げる。その不安が子供達にうつったのか、気づけば皆が塔を見上げていた。澄み切った秋の空に登り始めた月が淡く塔を照らしていた。
ハンスは大扉横にある小扉を開けて皆を塔内に誘った。
「早くおいでよ、寒いよ。」
フーゴは躊躇する子供達を塔内へ連れて入り、小扉を閉めた。
「みんな、ちょっとここで待ってて。」
そう言うと三階にあるレグルス魔術師長の部屋へ急いだ。
フーゴやハンスはつい最近までギロの町にある魔術師の館で見習い魔術師だったが、魔術師とは名ばかりの雑用係だったため、上位の魔術師達の我が儘やいじめにあいながら館の清掃や荷片付け等人のいやがる仕事を押しつけられていた。魔術を教わる事も鍛錬をさせてくれる事も無かった。それが何年も続いたのだ。勿論給料は出ていて親元へ送られていたようだが、それも食費等の費用を引かれていたため、わずかな額になっていたらしい。自分達は小遣い程度のものしか支給されていなかった。
そんな館での生活に嫌気がさしていた二人はガエフ公国での魔術師試験のおり、そこの大魔術師長ランダルに願い出てここ、魔術師の塔へ移籍して貰ったのだ。
ここ、魔術師の塔でも下働きに違いは無かったが、ギロの館と違い、塔の住人誰もが率先して下働きをしていた。幼いシンディもそうだし、あのケルバライト先生さえも塔の清掃に精を出している。
ギロの館では、灯の届かない場所には塵や埃がたまっていたり、不要物が積み重ねられていたりしていた。この塔の様に生活の場が清潔である事は気持ちの良い事でもあった。
町に出て働かされてもいた。だが、たった二人しかいない魔術師、レグルス魔術師長と、ケルバライト先生のいずれも優しく、そしてなにより魔術の鍛錬をさせてくれる。町で働く事も鍛錬の一つである事が最近ようやく理解できる様になった。
ギロの館では直接会話する事がほとんど出来なかった魔術師長や幹部達だったが、ここガサの塔にいるレグルス魔術師長はだれにも気さくに話しかける。それもフーゴが好きなところだった。
三階にある魔術師長レグルスの執務室の扉は開いている事が多かった。フーゴは机に向かっているレグルスの背中へ声をかけた。
「レグルス様、失礼します。」
「子供の声が聞こえたが誰か来たのかね。」
「夕べの食卓で話題になっていた子供達を連れてきました。」
「アランが言っていた、偽りの契約書に拘束されていた子供達かね。」
「はい、そうです。いく所が無いという事なので連れてきました。」
「判った。エレナに言って食事をさせなさい。」
「レグルス様はどうされますか?」
「私はいない方がいいだろう。ところでケルバライト殿はいるのかね?」
「いいえ、不在のようです。」
「では他の物達が皆で食事をすると良い。三階の食堂は狭いから二階の食堂を使いなさい。」
「判りました。失礼します。」
二階の踊り場へ下りたフーゴはエレナを呼んだ。
「エレナさん。いますか?」
「どうしたの?あら皆さんいらっしゃい。」
エレナは優しい笑みを子供達に向けた。
「レグルス様が、二階の食堂で皆に食事をさせなさい、て言ってました。」
「判ったわ。通路と食堂の燭台を灯してちょうだい。すぐ行くわ。食材を運びたいのだけど、誰か手伝ってちょうだい。」
「僕たちがいきます。ハリー、フロル、手伝って。他の子達はハンスの後について二階へ上がってね。」
やがて二階の食堂では賑やかな食事会が始まった。
途中、ケルバライトの声で呼ばれ、エレナが席を立ったが、ドーラが塔に来た事に気づく子供はいなかった。
子供達の食事は、ドーラが塔を去り、ギロの魔術師長シャロンが兵を引き連れてギロの館を出発する頃まで続いた。食事に満ち足りた子供達は、エレナが割り振った二階の部屋で横になるとすぐに眠りについた。
港町ギロの魔術師長シャロンは兵士を連れてガサにある魔術師の塔へついた。長く歩いたため、左腕の傷が痛んでいた。
深夜、塔の真下に来て見上げると、さほど高くない筈の塔が星空にそびえて見える。周囲はひっそりとして、人の気配がない。シャロンはかつて魔術師の塔の住人だった事がある。それは十年ほど前の事だ。
その頃は、周囲は雑草に覆われ、近くの竹林にも人が踏みいる事などなかった。しかし、塔の周辺の雑草はきれいに刈り取られており、竹林も下草が刈り取られている。これは、エレナが竹細工をするために必要な材料をハンスやフーゴがこの竹林で刈り取っているためでもあった。
その事に気づいたのか、シャロンは塔の周囲を眺めている。
兵士の一人がささやいた。
「静かですね。だれもいないのかな。」
ギロの港町にある魔術師の館であれば、深夜でも人の出入があり、館の灯も落とす事がない。もちろん、深夜であっても兵士が歩哨に立っている。しかしここ、ガサにある魔術師の塔は歩哨の兵士がおらず、どの窓からも明かりがもれてきてはいなかった。
塔の正面にある大扉の落とし格子は引き上げられたままだったが、大きな木戸は閉まっていた。
「その扉を開けろ」
兵士に命じた。兵士は木戸を揺すったがびくともしなかった。
「シャロン様、むりです。開きません。」
兵士の一人が大扉の横にある鐘に気づき、鳴らした。鈍い音が周囲に響く。兵士の力を借りて強引に塔へ押し入る気でいたシャロンは不機嫌になった。
しばらくして、正面扉脇の小さなのぞき窓から女性の声が聞こえて来た。兵士のならす鐘に気づいたエレナが起きてきたのだ。
「どなたですか?」
兵士が答える。
「ギロの魔術師長シャロン様がお越しだ。すぐに扉を開けろ。」
「どなたにご用ですの?」
シャロンはいらついていた。ギロの町であれば、シャロンという名を出すだけで皆言う事を聞く。しかし、ここ魔術師の塔ではそうはいかなかった。自分の事を知らないのだろうか、とシャロンは思った。
「女、シャロン様をご存じないのか?」
「ギロの魔術師長様ならお名前は存じていますが、そこにお越しなのはその魔術師長ではございませんの?」
「なんだ、知っているなら早くこの扉を開けろ。」
兵士は語気を荒げた。
「少々お待ち下さい、レグルス様にお伺いしてきます。」
シャロン達一行は再び待たされる事になった。
やがて大きな木戸が開けられた。シャロンと兵士は大広間へ入った。正面にはレグルスと小柄な魔術師が立っている。ギロの兵士達は静かな塔内を不思議そうに見回している。だれかが言った。
「この塔には守備する兵士がいないのか?」
兵士がいれば、鎧や甲、剣が互いに当たる音が聞こえる筈だが、耳をすましても自分達がたてる武具の音しか聞こえない。
「ああ、そのようだな。ここの兵士達はルロワ様が殺された事件の時に皆殺しにあった、という噂だぞ」
「静かにしろ。」
小声で話す兵士達を隊長がたしなめた。
エレナが長い棒の先についた蝋燭の火を使って、壁に付けられている燭台を灯していく。大広間に柔らかい灯が広がっていくが隅の暗がりにいる二匹の犬には誰も気づかなかった。
レグルスがシャロンに話しかけた。
「シャロン殿、こんな夜更けにどんなようかな?」
「ここに女が逃げ込んだはずだ。出していただきたい。」
「シャロン殿、今夜訪問者は誰も来なかったが何かあったのかね?」
レグルスのその問いに、シャロンに代わって隊長が答える。
「そんな筈はない。確かにこの塔へ入ったのを見た者がいるのだ。」
魔術師姿でレグルスの横に立つジーナは無言で兵士達を見ていた。異界の指輪であるアルゲニブがジーナの心に話しかけてくる。
『ジーナ、バウがカラスを追い払えなかったのかも知れないな。』
『もう一羽いたのかも知れないわね。でも、アルゲニブ、シャロンの前で会話をしても大丈夫なの?』
『ああ、あの男からはこの前の様な魔力を感じない。怪我をしているのかも知れないな。』
『でも、なぜこの前の時にはあなたを外せといったの?』
『あの男から私と同じ匂いを感じる。ジーナが感じている通りあの男は異界から来た者に違いない。同じ異界の私がこの世界にいる事を知られたく無い。』
『判ったわ、今度会うときは気を付けるわね。』
『ここで女の逃げる時間を稼いでおいた方が良くないか?』
『そうね、このまま兵士達が外を探索したら追いつかれるかも知れないわね。』
シャロンは無言の若い魔術師を気にかけていた。港町ギロの館にいる魔術師の中に自分を越える魔力を持つ者はいない。目の前にいる子供の様な男は、魔術師のマントこそ羽織ってはいるが、港町ギロの使い走りをさせられている者達程度の力しかないに違いない。
ここに兵士はいないのだろう。魔術師二人と燭台を灯し続ける女以外に出てくる者がいなかった。こちらには兵士がついている。争いになっても負ける事は考えられない。
ここでこの男を怒らせて立ち向かってこさせれば、ゴラン様が心配する程の者か判断出来る。そう思ったシャロンは兵士をけしかけた。シャロンは、自分の魔力が弱まっている事に気づいていなかった。
「シャロン様が、ここに女が逃げ込んだとおっしゃっているのだ。そこまで言うならこの塔を探索させていただく事になる。隠している女をここへ出して下さい。」
隊長が強い口調で言った。その言葉にジーナが男の声で応える。
「それほど疑うのであれば探索すれば良い。」
若い魔術師の興奮する姿を想像していたシャロンはその言葉は意外だった。
「隅から隅までしらべあげるぞ。いいのか?」
そうシャロンが言った。ギロの館では、魔術師の方が兵士達より格上であり、魔術師の領域へ兵士達が踏み込む事などあり得なかった。ガサの二人の魔術師は、兵士達が自由に動き回る事が平気なのだろうか?
「好きにするが良い。但し、二階の奥には病人が二人寝ている。探索は静かに行ってほしい。」
「まさか疫病ではないだろうな?」
隊長が訊いた。
「その可能性はある。近づき過ぎて病気がうつっても責任はもたないぞ。」
ジーナのその声に兵士達にざわめきが起こった。
『ジーナ、疫病ではないのだろう?良いのか』
アルゲニブが心配そうに話しかけてきた。
『人の家に勝手に上がり込んで探索する連中だもの。少しぐらい脅かしたっていいのよ。それにこの嘘がばれる事はないわ。疫病と断言している訳でもないし。』
一階大広間の騒ぎを聞きつけたのか、見習い魔術師のフーゴやハンス、一階に住むシンディやニコラまで起きてきた。騒ぎに驚いたのか、小鳥のピーが大広間の高い天井附近を旋回していた。シンディは大広間の隅にいた二匹の犬の所へいった。兵士達はようやく二匹の大柄な犬に気づいた様だ。
「おい、闘犬がいるぞ。」
「ああ、あの二頭はでかいな。」
「子供がいっても平気そうだから大丈夫だろう。」
また兵士達から私語が出る。
そしてトッシュの偽契約書から開放された子供達、そばにはガエフの警備班長アランが立っている。
「なんだ、この子供達は。」
シャロンは思わず声に出した。なぜここに大勢の子供達がいるのだろうか。少女や女がこの塔に暮らしているいう情報は得ていたが、これほど多くの子供達がいるとは思っていなかった。シャロンはそばに立つアランに気づいた。
「お前はガエフの警備兵ではないか。ここで何をしているのだ?」
「魔術師長シャロン様、この子供達はギロの町にいたトッシュというならず者が偽契約書を使って監禁していた子供達です。私がコルガやダルコの村へ送り届ける事になっているのです。」
アランが言った。
魔術師ジェドが起こした騒ぎ、そしてガサの魔族兵士を焼き殺してしまった事などを思い出したくないシャロンはその事には触れず、兵士達に命令を下した。
「二組に分かれろ。一組は一階を、別の組は上の階を探索しろ。」
「待て。」
レグルスが静かな声で止めた。
「そこの兵士達はこの塔を知らないだろう。フーゴは一階の組を、ハンスは上の組を案内してあげなさい。上の階は灯りが無いから暗い。ハンス、燭台を灯しなさい。」
「レグルス様、僕たちだけでいいんでしょうか?」
「何があっても決して手出しをせずに、塔の案内だけをする様に。後で私に報告しなさい。」
「はい。わかりました。」
ハンスは腰のナイフを抜くとまだ灯されていない、石階段の壁にかかる燭台へ向けた。次々に灯っていき、石段を照らす。
「ハンス、魔術を使える様になったのか?」
二人を知っているギロの兵士は驚いていた。その言葉はハンスやフーゴに聞こえている筈だったが二人は返事をしなかった。
「魔力の指輪を手に入れたからだろう。」
「うらやましいぜ。指輪があれば俺たちでも魔術を使える様になるのか?」
「むりだろう。才能がないと役にたたないらしいぜ。」
魔術師達が魔術試験に合格してから急に魔術が使える様になる事を兵士達は知っていた。また、才能のない者が魔力の指輪を得てもなんの効果もない事も周知の事実となっていた。
「お前達、静かにしろ。」
隊長が兵士達をたしなめた。いらだっていたシャロンが隊長に言った。
「早く探索してこい。」
一組の兵士達はフーゴの後について大広間の奥、食物庫へ向かっていき、もう一組の兵士達はハンスの後をついて石段を登っていった。彼らは二階をとおりこし、三階へ向かっている。
「お前達、二階は捜索しないのか?」
シャロンは兵士を見上げてどなった。
「シャロン様、疫病かも知れないのですよ。私たちに病気がうつれば館にも蔓延するかも知れないのですよ。」
そう言い残して兵士は三階の奥へ消えた。
「腰抜けどもめ。」
シャロンはジーナへ向き直り言葉を続ける。
「二階を探索させて貰うぞ。」
ジーナはシャロンの後について二階へ向かった。