六十一 ギロの魔術師・魔術師長シャロン(二)
サムとチャスが魔術師の塔一夜を過ごした翌日、秋も終わろうとしているのに、珍しく日差しが暖かかった。ヴァルとアランが率いるガエフの警備兵に守られた金塊馬車がガサの町へ到着した。
いつも人影のない、町入口にある警備兵検問所は今日もひっそりとしていた。
ガエフの魔術師ヴァルが、馬車に共に付き添っていたジーナに話しかける。
「ケルバライト殿、この検問所に人はいないのか?ひっそりしているが。」
魔術師姿のジーナは答えた。
「ここの兵士が歩哨に立つ事は無いらしい。昼間人影を見ることはない。しかし、夜になれば近くの居酒屋へ食事にはでかけている、と町の人たちは言っていた。」
「では。昼間は何をしているのだ?」
「解らない」
ガサの町に来て数ヶ月のジーナには解らなかった。しかし、以前タリナの居酒屋へ魔族兵士が現れたのを見ているジーナは、魔族である事を知られたくなくて外出を控えているか、昼間寝ていて、夜活動しているのではないかと思っていた。魔族ならば、夜行性であることも十分考えられた。
馬車はやがて魔術師の塔への分かれ道に到達した。
警備兵のアランが、ケルバライト姿のジーナに話しかけた。
「ケルバライト殿、ありがとう。おかげで無事に金塊を運ぶ事ができた。入れ替えた軍の空き箱は処分してもらいたい。」
「判った。」
「私は今日金塊を届けたら、一週間の休暇をもらう事にしている。またあおう」
ジーナとアラン、魔術師ヴァル、馬車の一団はギロの港町へ向かった。これから先盗賊がでる事はないだろうとジーナは思った。。背後をついてくる魔術師の気配も相変わらず敵意のないものだった。たまたま街道を北へ向かっている魔術師と遭遇しただけなのだろうと考えていた。
ジーナ達荷馬車一行の後をつけてきたラルフは魔術師の一人が仲間と別れたのを確認した。隊列を離れた小柄な魔術師が、魔術師の塔の者である事を知っていたので、荷馬車の後をつける事にした。
ラルフは、昨日襲撃した時のアランの魔力を思い出していた。ガエフの町で暮らしているラルフはアラン他ガエフの魔術師達の顔はほとんど知っていたし、彼らの魔術力も一応は知っているつもりだった。しかし、寡黙で他の魔術師達とあまり交流を持たないアランがあれほどの魔力が使えるとは思わなかった。大魔術師長ランダルの弟子という触れ込みであったが、アランが本気で魔術を使用する現場をみた者が居ないらしく、アランは、ランダルの付き人程度にしか評価していなかったのだ。
つい先ほどの魔族兵士とジーナの戦いを目にしていないラルフは、ジーナが扮しているケルバライトという魔術師に重きを置いていなかった。そんな気持ちもあって、ジーナではなく、アランが警護する馬車の後をつける事にしたのだ。
首領のエドモンドは、この寂れた街道に不穏な動きがあると言っていたが、ガエフ公国からガサの町までの間には盗賊団らしき影も、コリアード王家から隠れて活動する魔術師の姿も無かった。
首領はどのような情報を得ていたのだろうか。先を行く馬車の後方を、距離を置いて歩いていたラルフはそんな思いにふけっていた。
魔術師姿のジーナは魔術の塔へ向かう道からさらにはずれ、川へ向かって降りていった。
魔族兵士とはいえ、ずいぶんの敵を傷つけ、倒した。心がすさんでしまったジーナは、塔の裏側にある滝近くで沐浴をしようとおもったのだ。滝といっても名ばかりの小さなもので、レグルスが地下牢に捕らえられていた事に気づいた洞窟がある場所でもあった。
周囲に気配が無いことを確認してから、洞窟へ入り、バウとバニッシュが付けていた鎖帷子を脱がせた。自分も衣類を脱ぎ、裸の腰に二本の鎖を巻いた。一方に折りたたみの刃を仕込んである、いつもベルト代わりに腰に巻きつてているものだ。これも立派な武器になる。
ジーナは川に飛び込んだ。バウも後について川に飛び込む。茶色のバニッシュは川が苦手なのか、川縁をうろついていた。
「洞窟で荷物の番をしてちょうだい」バニッシュへ叫んだ。
ジーナのイメージが伝わったのか、バニッシュは洞窟へ入った。
日差しは暖かいのだが、川の水は冷たかった。
『こんな冷たい水に飛び込んだら死ぬぞ』
異界の指輪であるアルゲニブが心にはなしかけてくる。
『ちょっと静かにして。旅で汚れた体をきれいにするのよ』
よごれたのは心の方だろう、とケルバライトは思ったが、何も言わなかった。ジーナに余計な事を話しかけると、その後が長くなる。今までの経験でアルゲニブはそう思った。
バウとジーナは川の流れに身を任せてゆったりと下ってゆく。ほとんどの草花は枯れてしまっていた。ジーナは適当な場所で、腰に巻いていた二本の鎖をはずし、両岸の木に巻き付けて、それ以上体が流されないようにした。
アルゲニブがジーナの体に弱いバリをはり、川の冷たさが直接ジーナに触れない様にした。この程度の事は強い魔力を持つジーナならば簡単な事だったが、ジーナは不必要な魔力を使おうとしなかった。いや、ジーナは自信が強い魔力の持ち主である事に気づいていないのだ。
上を見上げる。来た頃にはまだ葉が茂っていて、木々の合間から空を見上げていたものだが、今はほとんどの葉が枯れ落ち、雲が流れる広い空を見る事ができた。
ジーナは思いにふける。廃屋であった二つの死体、あれはなんだったのだろうか。
『アルゲニブ、魔術師のマントが燃えていたわ。』
『戦いでジーナのガード反射した火の粉で燃えたのだろう。』
『でもあれは、マントの裾のほうよ。あんなに体の上では無いわ。』
『ではもう一人魔術を使える者がいたのだろう』
『そうね。同士討ちの細工をした人がいるって事ね。』
アルゲニブがジーナにささやく。
『例のカラスが近づいてくるぞ』
空を数羽のカラスが群れて飛んでいく。ジーナは流れの中でバウを引き寄せ、その首をだいた。
「静かにしてるのよ。あれはギロで見かけた使い魔のカラスよ。」
カラス達はジーナに気づかず飛び去った。
「もう戻りましょう。」
バウとジーナは川上の滝壺のある方へおよいだ。冷えた体にはちょうど良い運動になった。
滝壺近くの洞窟へ戻ると、バニッシュがおとなしく待っていた。塔へ戻ったらすぐに清潔な服に着替えよう。ジーナは少し迷ったが、魔術師姿のまま塔へ戻る事にした。
バウ、バニッシュと散歩にいっててね。身軽になった二匹を山へ放してやる。
ジーナが一人で魔術師の塔に戻ると、エレナの祖父ニコラが大広間で木箱の整理をしていた。
「魔術師様、おかえりなさい。」
ジーナは軽く会釈してから指示した。
「その箱を壊して薪にしてほしい」
「判りました。」
ジーナはニコラから斧を借り、箱の解体を手伝った。
「ああ!」
ニコラの方を向くと、大量の金貨が床にこぼれ落ちていた。その箱は二重底になっていて、その隙間に詰めてあったらしい。
「レグルス殿にお知らせを。」
ジーナがそういうと、ニコラが孫娘を大声で呼んだ。
「エレナ、エレナ!」
「どうしたの?」
「レグルス様をお呼びしなさい。」
ジーナがエプロンから小さな鈴を取り出してならした。澄んだ音が塔の中にこだます。これはわざわざ三階まで上がらなくても良いようにレグルスがエレナに持たせたものだ。
「エレナ、大きめの袋を持ってきて。」
ジーナがケルバライトの声でたのんだ。
飛び散っている金貨を二人で集める。金貨に混じって銀の板が一枚落ちていた。金貨二枚分の大きさで一辺にだけノコギリ上の切れ込みがあった。割り符に違いないとジーナは思った。数ヶ月前までいたケリーランスでは、仕事仲間でよく使われていた。仕事仲間とは義賊たちの事だ。初対面の時、互いに見方を表すための割り符を持たせて、付き合わせる事で仲間である事を確認するのだ。
「どうかしたのかね」
レグルスが石段をおりてきた。
「レグルス様、これを。」
ニコラが集めた金貨と、二重底の木箱を指した。ジーナは拾い上げた銀の板をレグルスに渡した。
「私の部屋に持ってきなさい。」
「木箱はどうしますか?」
ニコラに聞かれたレグルスはジーナを見た。
「薪にして燃やそうかと思います。」
「よろしい。」
そういってレグルスは石段を登っていった。袋をもってきたエレナとニコラは集めた金貨を袋に入れ始めた。
ジーナは一度塔の外に出てから隠し部屋へ入った。
女性の服に着替えてから塔を出てジーナの定宿であるタリナの居酒屋へ向かった。タリナは一階で居酒屋をし、二階で宿屋をしていた。沐浴でぬれていた髪はいつの間にか乾いていた。
『アルゲニブ、あの金貨はなんだろうね?』
『首都ハダルの魔術師がギロの魔術師へ送った金貨ではないのか?』
『それだったら堂々と送ればいいでしょ?金塊を運んでいるんだから隠して送らなくてもいいと思うな。』
『ジーナ、そもそも金塊は誰あてなんだ?』
『判らないわ。でもギロの町では金塊を使う様なものはないわよ。港があるだけだもの』
『それなら船に乗せるんだろう。』
『そう、船よ。私も今思ったところ。じゃああの金貨と割り符は船にいる誰か宛ってことね。でも、なんで隠して送ったりする必要があるんだろう?』
『私に聞かれても困るが。』
『何もアルゲニブに聞いたわけでいはないわ。独り言よ。』
ジーナの不機嫌さがアルゲニブに伝わってきた。ジーナは負けず嫌いなところがあった。特にアルゲニブに対してはなにかと対抗してくる。それでもジーナに話しかけられると嬉しく思うアルゲニブだった。
アランとヴァルが護衛する馬車は魔術師の館についた。馬車と護衛兵を待たせてヴァルとアランは館に入った。
「魔術師長にお会いしたい。」
ヴァルは近くにいた若い魔術師に話しかけた。
「お待ちください。」
しばらくして戻ってきた若い魔術師はヴァルとアランを三階にある魔術師長シャロンの居室へ案内した。
部屋は暖炉が真っ赤に燃えていて、香水の匂いが充満していた。
「ガエフの魔術師ヴァルか。」
「お久しぶりです魔術師長シャロン殿」
「ランダルは元気か?」
「ガエフの大魔術師長ランダル殿はお元気です。」
自分の上司でもあり、師でもあるランダルを呼び捨てにされたヴァルは不愉快であったが、その程度の事で顔色を変えるヴァルではない。
「金塊を運んでまいりました。」
「ヴァル、兵士に聞けば金塊を向きだしで運んだそうじゃないか?コリア-ド軍の荷物に手をかけるのは禁じられているはずだが。どうしたのだ?」
「守備のために入れ替えましたが、個数に間違いありません。今、下でそちらの魔術師殿とこちらの警備兵が確認しています。」
「あの木箱はそのまま船へ積む荷なのだ。」
シャロンの高圧的な言い方にむっとなったアランが言った。
「では、こちらで中身の確認はされないのですか?」
シャロンはアランを見ていった。
「だからといって勝手に開封して良いというものではない。それに軍の焼き印がある木箱を悪用されたらどうするのだ?兵士は命令に従っていればいいのだ。」
ヴァルがシャロンに言った。
「木箱はガサの魔術師殿に処分をお願いしました。それに、襲ってきたのは、ここギロの魔術師殿ですが。対抗するには相応の手段を選ばないと、とても守りきれません。」
「あいつは偽物だ。」
シャロンがヴァルの顔を睨み付けていったが、ヴァルが否定する。
「私は、死んだ魔術師ジェド殿に何度かお会いした事があります。彼は間違いなくジェド殿です。この事が広まって困るのはシャロン殿だと思いますが?」
「おまえ達はたった一人の魔術師を怖がったというのか?」
「シャロン殿、ジェド殿は屈強な兵士の一団を連れていました。彼の身辺を調査すればその者達が何者なのか、真相が明らかになるでしょう。ここで真実を闇に葬る事は無いと思います。」
シャロンにはその屈強な兵士がどこの者達であるのか、ほぼ判っていた。そのために自らガサへ出向いたのだ。ガエフのランダルもいつかは気づくだろう。しかし、ここは穏便にすまそう、とシャロンは思った。
「その件は終わりにしよう。死んだシャロンは偽物だ。今日、発表する。」
シャロンはヴァルに部屋を出るよう手で指示した。ヴァルは部屋へ出てから深呼吸した。異様に暑く、香水がきつい部屋だった。シャロンはまだ言い足りない顔をしていたが、ジェドの件が弱みなのか、それ以上追求してこなかった。
魔術師の館裏では、兵士達が金塊の確認を終えたところだった。
先に遺体を届けさせたサムとチャスも合流している。
「サム、夕べはどこの宿へとまったのだ?」
「班長、昨日は魔術師の塔へ泊めてもらいました。」
「そうか。あそこの兵士達はどうだった?」
アランは、ジェドが襲撃に使った兵士が、ガサの町の者かも知れないと思ったのだ。しかし、二ヶ月ほど前、ガサの町でルロワなる者が殺されてからは兵士がいない、という噂も聞いていた。サムにきけば、なにかわかるだろうと思った。
「あそこでは兵士に会いませんでした。」
同行したチャスが追加して言った。
「塔の二階に泊めてもらいましたけどひっそりしていて人の気配は全くありませんでした。」
「では、誰が塔を守っているのだ?」
「それが女性と子供しかいないのです。」
「二ヶ月前、魔術師の塔が賊に襲われてルロワが死んでから兵士がいないと聞いている。ガエフのランダル大魔術師長殿が、ガサのレグルス魔術師長殿へ警護兵について打診したが、不要との回答だったと聞いている。」
ヴァルがそう言った。
「ヴァル様、私はこのあと休暇を貰いました。一週間ガサの町に滞在するので顔を出してみましょう。警備隊はポールに任せてガエフへ返します。ヴァル様はどうされますか?」
「私は隊と一緒にガエフへ帰る事にしよう。」
「ではよろしくお願いいたします。ポール、ちょっと待ってくれ」
アランはそう言うと馬小屋へ近づいていった。立派な白馬いる馬小屋だ。
その馬はアランを覚えているのが、嬉しそうに鼻をならした。アランは鼻先をなでてやった。
「久しぶりだな。俺を覚えていたか。」
ポールがアランに聞いた。
「班長、その馬を知っているのですか?」
「ああ、ガエフでサイラス様の文使いを頼まれてきた時にあったのだ。」
「あの事件はなぞが多かったですね。」
「魔術師様のやる事は我々兵士にはわからんものさ。さて、出かけるとしよう。」
一隊はギロの検問所へ向かった。
とりあえず宿を決めなければならない。検問所を過ぎてからガエフの一隊と別れたアランはガサの町へ向かった。絶縁状態にあるとはいえ、裕福な家に生まれたヴァルに宿賃の心配は無かった。
アランが一週間休暇をとってガサの町に滞在するのは、ギロの町にいるはずのハリーをさがすためだった。コルガの町はずれに住んでいるミラから、ハリーを探して欲しいと頼まれたのだ。ミラにはには、まだ一歳にならない子供がいた。その子はアランの兄バイロンががミラに生ませた子供だったが、バイロンはその事を認めず、首都ハダルにいってしまった。その子はアランの甥にあたるのだ。その母親の頼みとあれば断る事はできない。アランはそう自分に言い聞かせた。
ミラの弟ハリーを一週間で見つける事が出来るだろうか。