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ジーナ  作者: 伊藤 克
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五十  ギロの魔術師・バウとギロの闘犬(一)

 ジーナは馬車を引くエニブの手綱を持って港町ギロへ向かった。左手にはダンが作ってくれた重たい鉄製の杖を持ち、ダンが作ってくれた湾刀型のダガーを腰に巻いた鎖に差していた。魔術師のマントではなく、普段着の外套を羽織っていた。ジーナのいつもの服装だった。

 出来立て料理の美味しそうな匂いに引かれたのか、今朝の様にジーナに甘えたいのか、白毛のバウが横を歩いていた。


 ジーナは塔を出るとすぐに馬車を止めた。スープとソースが入っている壺を手にすると、それぞれに暖かさをイメージする魔法陣を描いた。幸いな事に他の模様に隠れて目立つ事がなかった。鉄鍋にも描こうとしたが、どうせ暖め直すと思い、そのままにしておいた。

 エニブを促して再び馬車を進めた。馬車が揺れる度に荷台に無造作に置いた木の食器が音を立てた。魔術師の塔の二階にある兵士用の食堂から木製のボールやスプーン、レードル等を適当に持ってきたのだ。

 竹かごに入れたパンが一個飛び出て馬車から転がり落ちてしまった。それに気付いたジーナは落ちたパンを拾ってかごに戻してから蓋代わりに木の食器を何個か乗せた。 

みすぼらしいジーナが立派な白馬を引いている姿が奇異に見えるのか、すれ違う人は皆振り返った。身長が百六十センチに満たない、子供に見えるジーナが手綱を持たないでいると奇妙に思うのは無理の無いことかも知れなかった。中には声を掛けてくる町人もいた。

「お嬢ちゃん、手綱を持たないと馬が逃げてしまうよ」

 ジーナは馬車を引いているエニブの体に触れながらいった。

「この馬とはとても仲良しだから大丈夫です」

「ギロの魔術師の館にも立派な白馬がいると聞いたけれど、この馬も立派だね」

「魔術師のジェド様から頂いた馬なんです」

 目を丸くしてジーナの顔を見た町人は無言でその場を去った。魔術師がこんな立派な白馬を只で女の子に譲る訳は無かった。勿論なにか事情があるか、その女の子が騙されているに違いないとその町人は思ってしまったのだ。

 それに、魔術師と関わって言いがかりを付けられても困るのだ。

 ジーナは馬車を引くエニブの横を歩きながら話しかけた。

「エニブの生まれは何処なの?」

 指輪のアルゲニブが話しかけてきた。

『ジーナ、馬に話しかけても言葉が分からないのだから無駄だろう』

「そんな事ないわよね」

 ジーナがエニブの顔を見ながらそう言うとエニブは小さく頷いた。少なくともジーナになそう見えた。

 ジーナは自分が幼かった頃に過ごした北サッタ村の風景をイメージしてエニブに送ると、代わりに草原のイメージが心に広がった。異界にいた指輪のアルゲニブの故郷は湿気の多い森林地帯なのでこのイメージは彼のものではない。ジーナの記憶にも無いこのイメージはエニブのものに違いないと思った。巨大な白斑の雌馬がエニブの隣を走っている。巨大に感じるのはエニブ自身が小さかったからなのだろう。この馬がエニブの母親なのかも知れない。

 馬小屋に閉じこめられて啼いている白斑の馬と、呼応して啼いている子馬。子馬は見知らぬ馬と人間に引かれていく。その後のイメージは混沌としていて判別が出来なかった。その中には見知らぬ魔術師の顔や、ジーナの顔もあった。

 エニブが空を見上げた。つられてジーナも空を見上げる。青い空に小さな泡状の雲が東へ流れてゆく。今夜は冷えるかも知れないとジーナは思った。


 ギロの検問所には兵士のクライドが歩哨に立っていた。

「今日は、クライドさん」

「その白馬はジェド様のだね。返しに行くのかい?」

「フーゴとハンスにお昼のお弁当を届けにいくんです」

「弁当というにはすごい沢山の荷物じゃないか」

「今日は最初の日なので、お仲間にも食べてもらおうと思って沢山持ってきたんです」

 ジーナは荷台の鉄鍋を指した。クライドは鍋の蓋を開けて肉を一切れ口に入れた。

「美味しいね、誰が作ったんだい?」

「エレナです」

「エレナは料理が上手なんだね。途中で賊に襲われないように気をつけていきなさい」

「ありがとうございます」

 クライドが白毛のバウの頭を撫でるとバウは尻尾を振って答えた。バウは白毛の時には周囲の空気を読むのが上手で、ひとなつこい態度をとるのだ。黒毛の時には素っ気ない態度をとり、人に頭を撫でさせはしなかった。頭が良いバウが意識して使い分けているのか、人の方が勝手に思い込んでしまうのかは判らなかった。

「ジーナ、魔術師に白馬を取り返されるかも知れないが、逆らわない方が良いぞ」

 余程美味しかったのか、クライドは鍋からもう一切れ摘んで食べながらいった。

「有り難うございます。仕方ないですね、もともとジェド様の馬なんですもの」

 ジーナは検問所を後にした。

 後ろ姿を見送るクライドは、最近の魔術師の塔は女子供だらけになったという噂を思い出していた。人足仕事をしている使用人に弁当を届ける等というのは、まさに女の発想で、魔術師には無い考えだった。

 まして魑魅魍魎が住み暮らすといわれていた魔術師の塔の住人とはとうてい思えない。最近の魔術師の塔は昔の塔とは様変わりしてしまったのかも知れない。


 ジーナは港町ギロに入ってすぐに人の意識に触れるカラスの気配を感じた。

『ジーナ、魔術師のカラスがいるぞ』

 指輪のアルゲニブが心で話しかけてきた。

『そうね、でも害がなさそうだから放っておきましょう』

 そのカラスはジーナよりもエニブに興味を持っている様だった。

 ジーナがエニブとバウを連れてフレッドの倉庫へ着くと、大きな入口の前でギロの商人とフレッドの使用人のシモンが言い争っていた。ジーナは入口に止まっている商人の馬車に並べてエニブが引いてきた馬車を止めた。


「ランスさん、やっぱりおかしいですよ。だってその天秤を使うと荷の量が一割もちがうんだから」

 フレッドの使用人で、積み荷の確認を任されているシモンはいかがわしい天秤を使う商人にしつこく食い下がっていた。

「シモン、それはお前が使っている倉庫のはかりが狂っているんだ」

 シモンは天秤に近づき調べようとした。シモンを睨みながらランスが短い口笛を吹いた。

「バニッシュ、こい」

 何処にいたのか、茶色の大きな犬が近寄ってきてシモンの前に立ちはだかった。

 毛が短くて筋肉質のその犬は背丈が大人の腰位あり、潰れて見える低い鼻と皺だらけの顔が獰猛さに輪をかけていた。良く見ると太い首に嵌められている首輪には長い鉄の棘が付いていた。

「そんなに調べたければバニッシュに断るのだな」

 鎖で繋がれていないバニッシュという名前のその犬は牙を剥き出してシモンを睨んでいる。その獰猛な顔に恐れを抱いたシモンは思わず後ずさり、無駄とは知りつつも近くにあった竹箒を手に取った。

「フーゴ、シモンが犬をけしかけられているよ。大丈夫かな」

 気付いたハンスが背負っていた荷を置いてシモンに近づこうとした。ハンスには毎朝山の散歩に連れていくケルバライトの犬よりも大きく見えたのだ。

 そのハンスをホルガーが止めた。

「おい、仕事を続けろ」

「でも、ホルガーさん、シモンが危ないですよ」

「ハンス、あれはただの脅しだ。お前達は自分の仕事を続けろ」

 荷を背負ったままのハリーが後ろからハンスに話しかけた。

「ハンス、あの犬に逆らったらだめだよ。僕の友達がトッシュのところから逃げた時にトッシュがあの犬を借りてきて追いかけさせたんだ。その友達は血だらけで帰って来たんだ。大変だったんだよ」

 ハリーは、バニッシュと呼ばれた犬が闘犬である事をハンスに話して聞かせた。

 闘犬に使われている犬は小さな港町ギロに元々いた訳ではなく、コリアード軍が軍用犬として連れてきたものなのだ。軍用犬は昔から野犬や野生動物から食料を守ったり、山地での偵察や伝令に使われたりしていた。

 それが十数年の間に増えた犬が番犬として民間に売られたのだ。しかし餌をよく食べる事と、体力が無いと犬を躾けられない事から普通の町人が飼うことは難しかった。そこで複数の犬を飼って十分な躾をして売ったり、必要な時だけ商人に貸したりする商売人が現れた。

 娯楽の無いギロの町では、兵士が憂さ晴らしの為に娯楽として闘犬を行っていたのだが、最近は商人達が飼っている犬を戦わせ賭をする、いわゆる闘犬が流行りだしていた。空き地を五メータ四方の鉄柵で囲い、その中で二匹の犬を戦わせるのだ。

 勝った犬の飼い主は掛け金の三割を賞金として貰える他に、闘犬でランクが上位になった犬は売値や貸し出しの価格も上げることが出来たため、犬自慢達は進んで参加した。

 勿論闘犬に負けて役に立たなくなり、処分される犬も少なからずいた。

 闘犬で良い成績を残している犬達は番犬として重宝したのだが、放し飼いにする者が多くいる為、下手な躾方をされた犬に咬まれる者や、餌を十分与えられていない犬に食料を食い荒らされる者が現れ始め、その被害が増えつつあった。

 ホルガーに怒られたハンスは渋々仕事に戻ったが、シモンの事が心配でならなかた。


 シモンに向かっていた茶色の犬は馬車の音に気付いて振り返った。商人のランスもつられて道路へ目を向けた。そこには白い犬と馬車を引いた白馬がおり、杖を手にした少女と共に商人の馬車へ近づいてくる。ジーナは魔術師姿の時には隠し武器庫にあった古代の杖を持つが、女性姿の時にはダンが作った重さ三キロの鉄の杖を持つのが習慣だった。鉄製と判らなくする為に木の色に塗装を施していた。

「シモンさんこんにちは。フーゴ達にお弁当を持ってきたんですけれど、ここで準備していいですか?」

 バウを連れたジーナは商人の犬を無視してシモンに話しかけた。正確には完全に無視した訳ではなく、心のカギを一つ外して犬に挨拶をしたのだが、他の人間に判る訳はない。無言で語りかけられた犬は戸惑いを見せつつジーナを見上げている。ジーナの横についているバウもその犬をあまり意識していないようだ。

「ジーナ、闘犬がいるから気をつけなよ」

「おい娘、シモンの言うとおりだ。無駄にでかいだけのお前の雑種犬と違ってこの犬は恐ろしい闘犬だぞ」

 ランスが重ねて言った。バウはジーナを守るようにその犬との間に割り込んだ。商人の連れている犬が尻尾を立ててバウに向かって一声吠えた。

 冬毛に生え替わった尻尾を左右にゆっくり振っているバウが一歩前に出ると商人の犬は一歩下がり、上げていた尻尾を下ろした。狼の血を引いているバウの貫禄がそうさせたらしい。

 バウが右の前足を上げて商人の犬を牽制するとその犬は更に一歩下がった。本気のケンカが始まってはいけないと思ったジーナは商人の犬へ近づき、もう一度心のカギを一つ外してから屈むとその犬の目を覗きながら茶色の毛を撫でた。ジーナの心の挨拶を受け入れたのだろう、犬はバウを盗み見ながら尻尾を振っている。

「バニッシュ、吠えろ」

 商人が犬をけしかけるが、一向に吠えかかる様子を見せない。

 言うことを聞かないバニッシュを蹴ろうとした商人に逆に吠えかかる始末だった。そんな闘犬の様子を見たシモンはようやく肩の力を抜いて手にしていた箒を元の場所に置いた。

「シモン、もめていたけれどどうしたの?」

 ジーナは改めてシモンに問いかけた。

「ランスさんが重さを誤魔化そうとするんだ」

「小僧、おかしな事を言うな。俺はそんな事はしていないぞ」

 ジーナになついたとはいえ、闘犬がおそろしいシモンは犬を横目で見ながら天秤を指していった。

「そのはかりに細工をしているに違いないんだ」

「だから昨日お前に調べさせたじゃないか。シモン、同じ事を何度も言わせるな」

 ジーナが視線を感じて天秤がつり下げられている木を見上げるとカラスがとまっていた。魔術師の遣い魔に違いない。ジーナは重りが乗った台が地につている長さ二メータ程ある天秤の周囲を中腰になりながら一周した。重りが乗っている台に弱い魔力を感じた。見習魔術師のフーゴ達では気付かない程の弱い力だ。魔力を感じない空の荷台が風に揺られながら浮いている。魔術師が扱うカラスの前でおかしな行動を取りたくないが、天秤の仕掛けを見過ごす訳にもいかない。

「娘、いくら調べてもおかしな所はないぞ。仕事の邪魔だ。とっとと失せろ」

 商人は剣を抜いてジーナを追い払う様に振った。突然バウが重りの乗っている荷台の下を前足で引っ掻き始めた。ジーナは商人の剣を無視して杖の先を板の下に突き入れた。ケリーランスでの三年間、暗殺剣を使うチャンから剣技を仕込まれたジーナには素人が使う剣に恐れを感じていなかったのだ。しかし商人は、娘に剣が見えていないのかと勘違いし、さらに大きく振り回した。

「おい、本当に切るぞ。これが見えないのか」

 更に何かを喚いている。

 その様子を見ていたバウがランスの前に来た。毎日の様にジーナと剣技で戯れているバウはランスが振り回す剣に怯む事は無かった。

 ジーナが手にしていた杖の先が何かに吸い付けられた。

「下に何かあるわ。シモン、向こうの荷台にのってちょうだい」

 天秤が逆転して、ジーナの杖が張り付いたまま重りを乗せた台が持ち上がった。

 ジーナは台の下で杖が張り付いている黒い塊を外した。磁石だ。塊の一カ所に魔法陣が彫られている。知らない者では見分けられない程小さい魔法陣だ。ジーナの記憶に無い形だったが、この魔法陣が磁石の力を増幅している事は容易に想像できた。

 その黒い磁石の塊を手に商人に向いていった。

「この塊が台の下に挟まっていましたよ。あなたの物ですか?」

「知らん、その辺に転がっていたのが偶々くっついただけだ」

「ランスさん、そんな物で俺を騙そうとしていたのかい?」

「だから俺の物じゃないと言っているだろう」

「じゃあ、これは私が貰いますね」

 ジーナはそういうと磁石を倉庫の片隅に置いた。

 バリアン大陸ではまれに磁石が発見される事があったがその数は僅かな物だった。大陸で利用されている殆どの磁石は他の大陸から持ち込まれた物なのだ。その磁石を利用して船乗りが使う羅針盤の針を磁石化するのだが、陸の旅行では羅針盤や磁石を利用する事は無かったので、弱い力しか持たない磁石そのものの需要は殆ど無かった。それに、この様な重たい磁石が鉄に落ちずに付いている程の力を発揮するのは魔力の影響以外にはあり得なかった。

「ランスさん、やっぱり昨日とは量りが違っていますよ」

「そんな事はないぞ、袋の大きさが違うか、いい加減な詰め方をしたお前の責任だろう。それに昨日の件は既に終わってしまった事だ」

 確かに済んでしまった事を蒸し返しても仕方がない。それにまた汚い手で騙されても困ると思ったシモンは荷物を量る作業に専念する事にした。

 ジーナは馬車から荷物を降ろし少し離れた空き地で鍋を温める準備を始めた。

 美味しそうな匂いに引かれたバウは鍋を温めるジーナの周囲をうろついていた。いつの間にバウの子分になってしまったのか、バニッシュがバウにまとわりついている。

 天秤のカラクリを発見されない為に闘犬をつれて来たランスはそんなバニッシュの様子を忌々しげに見ている。

 すっかり不機嫌になってしまったランスは無口でシモンの作業を見ていたが荷が積み終わると、闘犬のバニッシュを連れて去った。


 その頃には日が昇りきり、鍋の具材も暖まっていた。ジーナはスープの入った壺も下ろして料理を配る準備をした。ポシェットに入れていたハーブをちぎって鍋やスープへ浮かべた。周囲に美味しそうな匂いが漂っている。

 倉庫で作業していた人足達が一斉に出てきた。昼休憩になったようだ。カラスはいつの間か消えていた。

「ジーナ、ありがとう。助かったよ」

「シモン、休憩時間なの?」

「そうだよ」

「お昼の食事を沢山持ってきたからシモンも食べてね」

 人足頭のホルガーが寄ってきてジーナに声をかけた。

「娘、その鍋は食い物か」

「ええ、そうです。ホルガーさんもどうぞ」

「お前に会った記憶はないが俺の名を知っているのか?」

 ジーナはしまったと思った。早朝、フレッドの屋敷でホルガーを紹介された時は魔術師姿だった事を忘れていたのだ。

「有名ですもの。魔術師のケルバライト様から言われてフーゴとハンスの弁当を持って来ました」

 ジーナは誤魔化した。

「弁当というにはすごい沢山あるじゃないか。食堂が開けそうだぞ」

「今日は初日なので、他の人達にも食べて貰いなさいとケルバライト様がおっしゃっていました。皆さん食べてください」

 一人二役をしているジーナは自分に敬語を使う事になかなか慣れる事が出来なかったが最近は自然に言葉が出る様になった。

「ほう、気が利くじゃないか」

 ホルガーはジーナの近くをうろついているバウに気付くとその頭を撫でた。

「立派な犬だな」

 見知らぬ人に触られるのを嫌うバウだが温和しくしている。バウはホルガーが気に入ったのかも知れないとジーナは思った。何を基準にしているのか判らないが、バウは味方になる人物とそうではない人物をかぎ分けているらしい。

「ハンス、木の器を沢山持って来たから皆さんに配ってちょうだい」

 倉庫の入口でじっと見つめている子供二人に気がついたジーナは手招きで呼んだ。

「あなた達も食べなさい」

「いいんですか?」

「いいのよ。ハンス、この子達の分も頼むわね」

 ハンスは二人に肉料理が入った木の器とパンを持たせて自分の隣に座らせた。

「僕たちが食べてもいいのかい?」

「いいんだよ、ハリー。これはケルバライト様のおごりだからね、僕たちに遠慮する事はないのさ」

「ハンス、ありがとう。ギロにきて三年以上経つけれどこんな贅沢な物を食べたのは初めてだよ」

「僕たちは魔術師の塔にいるんだ。塔でも牛の肉を食べるなんて贅沢は滅多に無い事なんだよ」

 余程お腹がすいていたのか、痩せた子供の二人は瞬く間に器の料理を平らげた。

「もっと食べなよ」

「いいのかい?」

「勿論さ、フロル。残しても勿体ないだろう」

 残る訳は無いのだが、二人の気持ちを察したハンスはそう言いながらスープが入った壺へ木製のレードルを突っ込み、具をすくって二人の器へ入れた。

「ハンス、ありがとう。僕達の給料じゃ返せないよ」

「フロル、何を言っているのさ。同じ仕事をしている仲間じゃないか」

 ハンスは会ってからまだ数時間しか経っていないハリーとフロルの顔を見ながら言った。


 ギロの魔術師の館で長椅子に寝そべりながら女に足を揉ませていた魔術師長シャロンは突然起き上がった。

 下着の上に薄いレースの布を巻いただけの女は驚いてシャロンに声をかけた。辺りには強い香水が漂っている。

「どうしましたの、シャロン様」

「なんでもない。ジェドを呼んでくれ」

 女は薄着の上に厚手のローブを着てから部屋を出た。シャロンは両目を閉じてじっとしている。

 女がシャロンの部下であるジェドを連れて来た。


「シャロン殿、お呼びでしょうか?」

 魔術師会では、見習や新人は別として上司であっても魔術師の名前に殿をつけて呼び合うのが慣習となっていた。

 シャロンは両目を開けるとジェドを見据えて言った。

「お前が私からだまし取った白馬がフレッドの倉庫にいるぞ。どうした訳だ?」

「申し訳ありません。馬が怪我をいたしましたので治療の為町人に預けているのです」

「怪我をしている様には見えないぞ。ところでお前に貸した磁石はどうした?」

「商人に貸していますが、お使いになりますか?」

「あの磁石は貴重なものだ。あの馬の所にある。無くなる前に持ってこい」

 ジェドがシャロンの部屋を出ると女が扉を閉めた。

 シャロンは港町ギロの魔術師達を束ねる魔術師長だ。彼は今回使った様な不思議な能力を持っていた。町中の様子を把握しているのだ。その為シャロンには嘘や裏切りが通用しなかった。

 良い機会だ。ついでに白馬も取り返してしまおう。魔術師長シャロンの名をだせばさからうまい。

 

 ジェドは魔術師の館の一階にある警備兵の部屋へ向かった。

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