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ジーナ  作者: 伊藤 克
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四十六 ギロの魔術師・ギロの荷役仕事(一)

 秋の風は冬に向かって益々冷たさを増していた。冬が近づき雪が降る前に北サッタ村に行かなくてはならない、とジーナは思っていた。それは、今は亡き、幼い頃からの保護者だったローゼンとの約束である、『北サッタ村にある魔石』を探し当てなければならないと思っていた。しかし本当に魔石が存在するのか、またその様な物を探し出す事が何の役に立つのか、ジーナは知らなかった。

 見習魔術師のフーゴとハンスはバウの早朝散歩の後、白馬エニブの世話をするのが日課となっていた。冬支度の為に刈り取った竹は食物庫横にある納屋へ一事保管されていて、昼間はニコラ爺さんに教わりながら、冬支度の為にその竹を使って大きな簾を編んでいた。保温の為に窓に重ねて吊したり、入口に雪囲いを作ったりするのだ。また、暖炉や竈へくべる為の枯れ木集めも行っていた。

 夕方になると、ダンの鍛冶屋で店番をしているビルがやってきて、二人の見習魔術師と共に、魔術師長レグルスが生涯をかけて収拾した魔法陣の整理を手伝っている。レグルスはビルの才能にすぐに気付いた様で、魔法陣を書き写す作業をビルにやらせていた。

 ジーナは背に傷を負っている白馬エニブの為に、古毛布に癒しの魔法陣を刺繍してその背に掛けてやっていた。ジーナ自身も一日に何回かはその傷に手のひらをあて、癒しのイメージを送ってやった。

 この力は、ジーナが物心ついた時から腕にはめている魔石の腕輪がなせる癒しの技術だった。誰から教わったわけでもないのに、いつの間にか使える様になっていた。

 誰にも明かしていない秘密だった。

 優しいジーナの心が伝わったのかエニブは、ジーナが現れるのを心待ちにしているようだった。


 白馬エニブが塔へやってきてから一週間過ぎた頃、寒さの為に閉じられている大扉脇に吊してある呼び出しの鐘が珍しくなった。塔に出入りする人たちは、昼間は鍵のかかっていない小扉を使っていたので、呼び出しの鐘を鳴らす者はいなかったのだ。

 エレナが小扉を開けて外へ出てみると、大扉の前に古びた大人物の外套を羽織った一五歳位の少年が立っていた。着ている服が汚れていないところを見ると、誰かの使用人なのだろう。

 寒さからなのか、エレナに見とれたのか、頬を赤くしながらその少年はいった。

「私はシモンといいます。港町ギロの商人フレッド様からの使いでまいりました。魔術師のケルバライト様はいらっしゃいますか?」

「寒かったでしょう。どうぞお入りなさい」

 エレナはかしこまって固くなっている少年を塔の大広間に入れた。少年は物珍しげに周囲を見回している。

「少し待っていてね」

 そういうと、エレナは左側にある石の階段を上っていった。

 シモンは、港町ギロにある倉庫の様だと思った。倉庫よりもこの大広間の方が広いかも知れない。しかし、潮風に打たれて痛みが来ている倉庫はいつも何処かを修理していた。倉庫と違ってこの石造りの塔はすきま風が入って来ない、しっかりした造りだ。

 それに汚れている倉庫と違い、掃除が行き届いている。壁につるされた、不思議な薄青色をした鳥かごには小鳥が飼われていた。六歳位の女の子が一人、石壁の高い所に付けられている燭台のロウソクを、細長い棒の器具を使って交換していた。

 突然扉を引っ掻く音がした。その音を聞いた少女が、手にしていた長い棒を放り出して身構えた。閉まっている筈の扉から黒い何かが、シモンの目の前を横切り、少女に向かって飛びかかった。

「危ない!」

 思わずシモンは大声を出して顔を覆った。

 飛び込んで来たものは、黒い大きな犬だった。少女にのしかかっている。

「誰か、誰かきて!」

 恐ろしげなそのいぬから目を離す事が出来なかったシモンは、それでも大きな声で人を呼んだ。

「どうしたの?」

 奥の部屋から少年が現れた。シモンと同年代の見習魔術師フーゴだ。

「やあシモン、久しぶりだね」

 フーゴは黒い犬と少女を無視してシモンに話しかけてきた。

「フーゴ、その子が、犬に襲われているよ!」

 シモンの目には、その大きな黒い犬が女の子の腕に噛みついているのがはっきり見えた。しかし、フーゴはのんびりとした足どりでシモンに近づいてくる。

 少女はとうとう犬に腕を咬まれて大きく振り回された。しかし、信じられない事に、次の瞬間には少女が犬の背にまたがり、後ろからその首を両手で絞めていた。よく見ると、犬の尾が大きく振られている。

 犬の鼻を鳴らす様な甘えた鳴き声で犬と少女は離れた。襲われた筈の少女が犬の頭を撫でている。シモンには信じられない光景だった。

「シモン、何年ぶりかな。元気だったの?」

 フーゴがシモンに話しかけた。

「あの子、犬に襲われていたよ。大丈夫なの?」

「あの犬はケルバライト様が飼っている軍用犬なんだ」

 シモンの目には確かに犬が本気で噛みついていた様に見えたが、シンディというその子は怪我一つしていなかった。これはジーナしか知らない秘密、シンディが生まれつき持っているバリアを生み出す能力だ。黒犬のバウは本能で知ったのか、その能力を持っているシンディには全力でじゃれつく事が出来た。

 バウが全力で飛びかかれる相手は他には主人であるジーナだけだった。魔力を全く持たないシモンが驚くのは無理の無い事だった。

 シモンがよく見ていると、シンディが黒犬の頭を思い切り叩いたり、のしかかったりしているが、その犬は尻尾を振ってされるままになっている。

 いつまでも黒犬を見ているシモンに、フーゴは教えた。

「シモンが叫び声を上げるのも無理はないな。初めてあの犬を見た時には俺は恐ろしくて震えてしまったもの。今では俺とハンスが毎朝散歩に連れていくんだぜ。 それにシンディとはとっても仲良しなんだ」

「あんな大きな犬を小さな子が世話をしているなんて信じられないよ」


「フーゴは魔術師の館にいったのではなかったの?」

「いろいろあって、今はこの塔にいるのさ。シモンは元気そうだね」

「今はギロの商人、フレッド様にお使いしているんだ。犬はあの一匹だけなの?」

「もう一匹白い犬がいるよ」

「二匹もいるんだ」

「でもそっちはジーナという娘が飼っている温和しい犬なんだけど、あの黒い犬と仲が悪いから絶対会わせないんだってさ」

 ジーナがケルバライトと同一人物である事や、ジーナと共に旅をしてきた白毛のバウと黒毛の軍用犬が同じ犬である事は誰も知らなかった。バウはこの魔術師の塔での戦いの際に、異界の魔法貴族に噛みついた時に変身する技を身につけたらしく、ジーナの態度や周囲の様子を見て、白毛になったり、黒毛なったりしていた。

「その娘ならフレッド様の館に来たことがあるよ。小柄な可愛い娘だった。確かガサの町のタリナの宿にいるんだってね」

 町の噂ではガサの町の宿に小柄で可愛い娘が一人で泊まっていると言う事だった。大陸中に盗賊やならず者がはびこっているこの時に、バリアン大陸でも北西の僻地のガサの町まで女の子が一人で旅をしてきたのは信じられなかった。行方不明の父親を探しているとの事だったが、人を探している様にも見えないと噂されていたのだ。

「フーゴは今頃魔術師になっているものだと思っていたのに、まさか魔術師の塔の使用人になっているなんて、信じられてないよ」

「シモン、誰にも言わないでくれよ。俺は来たくてこの塔に来たんだ」

「どうして?」

「シモンは、ケルバライト先生にお会いしに来たんだろう?お会いすれば分かるけれど、先生は港町ギロにいる魔術師なんか比べものにならない凄いお方なんだ。それにとても優しいんだぜ」

「でも魔術師のマントを着ていないと言う事は、フーゴは魔術師になれなかったのだろう?」

 魔術師は、魔術師だけに許される黒くて裾の長い特有のマントを着ていた。誇りと存在感を示す為に貴金属を飾る者も多くいたが、貧しいのか、塔の魔術師長レグルスのマントも、その弟子を名乗る魔術師ケルバライトのマントも貴金属を付けてはいなかった。

 魔術師のマントに似たものとして、祠祭師が羽織るものがあったが、こちらはマントと違う長い襟がついていて、祠祭師の外套と呼ばれていた。しかし、魔術師会に追われてその地位を失った祠祭師を見かける事は無くなった。

 また魔術師の殆どは、バリアン大陸を統治しているコリアード家と深い関係にある魔術師会に所属していた。魔術師は所属と階級を示すペンダントを首からさげる事でその地位を示していた。

 魔術師会のペンダントを持たない魔術師は、魔術師会に粛清される可能性が高かったため、魔術師である事を隠してひっそりと暮らしていた。

 フーゴは懐の奥に隠していた魔術師を示すペンダントを出してシモンに見せながら言った。

「ケルバライト先生は俺とハンスに、『魔術師である事を隠して働け』と指示されたんだ。この塔にはお金が無いからみんなで生活費を稼ぐ必要があるんだ」

「確かに、こんな広くて立派な大広間なのに、がらんとしていると思ったよ。それじゃあ、フレッド様が言っていた下働きの若者というのは君の事だったんだね」

「なんだ、仕事が決まったのか」

「そうだよフーゴ。『塔の若者二人に仕事が見つかったから明日からきてくれ』と伝えにきたのさ」

「シモン、俺たちは子供の頃の様に一緒にいられるという事かい?」

「僕は商人フレッド様の使用人だもの。一緒に働く訳にはいかないよ。僕たちが小さかった頃と違ってギロの町もすっかり様変わりしてしまったし、港で働く連中には破落戸が沢山いるから、気をつけろよ」

「分かっているさ。十日前までギロの町にいたのだもの」


 エレナは二階の寝たきりの老人の部屋に来ていた。若い魔術師のケルバライトはよくこの部屋に来て、老人の体を拭いたり、もみほぐしたりしていた。塔の主人である、魔術師長のレグルスもケルバライトもこの老人の事は教えてくれなかった。また、世話も二人だけでひっそり行っていたが、エレナは時間が空いた時には、この部屋来て掃除をしたり、花を飾ったりしていた。

 初めの頃は部屋に入る事を禁じていたが、今は二人とも黙認している。

 ケルバライトがいるとすればこの部屋か、四回にある魔法陣の部屋だろうとエレナは思ったのだ。

 塔の扉が開閉した気配がないのに大広間に立っていたり、足音も立てずに石段を登っていたりする魔術師ケルバライトに不思議な思いをしたものだが、最近ようやく慣れる事が出来た。

 子供のシンディとエレナ、エレナの祖父ニコラは一階に住んでいて、見習魔術師のフーゴとハンスは二階にある兵士用の部屋の一室に住んでいる。三階にはレグルス魔術師長の居室があった。

 塔全体の掃除を任されているエレナは全ての部屋を把握しているつもりだったが、若い魔術師ケルバライトの居室はどこにも無かった。

 ある日、祖父のニコラが、レグルスからベッドを一つ作るように頼まれた。しかし作られたベッドはいつの間にか塔から消えていた、とニコラが言っていたのだ。その時エレナは、何処かに隠し部屋があるに違いないと思った。


 エレナはケルバライトを探して四階の魔法陣の部屋も覗いてみたが、人の気配は無かった。一階の大広間の四分の一位のこの部屋の床には広さ一杯に複雑な魔法陣が一つ描かれており、いつも薄暗くて冷たい空気が舞っている気味の悪い部屋だった。

 この魔法陣の事もあって、四階は魔術師以外は入室禁止と取り決められていたが、扉に鍵がかかっている訳ではなく、また、ジーナが度々掃除の為に出入りしていた。

 勿論、四階のどの部屋にもニコラが作ったベッドが置いてある様子は無かった。

『今日はいらっしゃらないんだわ』

 そう思ったエレナは大広間に戻った。

 石段を下りてゆくと、シモンと話し込んでいるフーゴの姿があった。

「シモン、ごめんなさい。ケルバライト様はいらっしゃらないみたい」

「分かりました。帰ったらフレッド様にその様にお伝えします」

「シモン、待ってくれ。俺とハンスが明日行くとフレッド様に伝えてくれ」

「フーゴ、ケルバライト様に許可を得なくていいのかい?」

「大丈夫だよ。町で働く事は前からケルバライト様に言われていた事だからね」

「フーゴ、あまりここに居ると怒られるからもう戻るね。エレナさん、ありがとう。フレッド様には、ケルバライト様にはお会いできなかったけれど、働く本人には伝える事ができました、と言います」

 シモンは丁寧なお辞儀をして出て行った。

「フーゴ良かったわね。明日の準備は大丈夫なの?」

「肉体労働だろうからね。普段着でゆくよ」

「お爺さん用の革のベストが2枚あるからハンスと着てゆきなさい」

「でも、ハンスは太っているから着られないよ」

「大丈夫、今夜直しておいてあげるわ」

 衣類が破れたからといって安易に買い物をしない塔の住人の衣類をエレナは進んで繕ってあげていた。ジーナも衣類の繕いを行うが、不器用なジーナよりも仕上がりの綺麗なエレナに頼む者が多かった。

「エレナいつもありがとう。ギロの町で稼いだら、みんなにおいしい物を食べてもらうよ」

「期待しないで待っているわ」


 ジーナは大広間横にある隠し部屋のベッドに腰掛けて、魔石の腕輪の力を使って大広間で交わされている会話を聞いていた。魔石の腕輪には、癒しの力意外に遠い所の会話や人の気配を探る力があった。

 この部屋は隠された魔法陣を探る事でしか入れない仕組みになっており、その存在はレグルスとジーナしか知らなかった。窓が無い部屋に蝋燭が一つあるだけの薄暗い部屋だったが、異界の指輪である、アルゲニブのおかげで、ジーナは暗いところでもよく見える目を手にいれていた。アルゲニブがジーナの瞳を緑色に変えると、小さな灯りでも良く見える様になった。真っ暗な夜や、灯りのない部屋にいる時にはとても便利な能力だった。

 ベッドの脇に置かれた魔術師のマントに着替え、顔は濃い色に染められた布でマスクした。頭には、鍔のない黒い帽子を被り、長い髪をその帽子の中に隠して魔術師ケルバライトの姿となる。

 ジーナは隣にある隠し武器庫に入った。ここは偶然見つけた所で、塔の主であるレグルスも知らない場所だった。この武器庫には、見慣れた武器もあるが、ジーナが見た事も無い武器もあった。壁に吊されている武器の側には武器名が古代語で書かれている木の板が壁に貼りつけられていた。以前に隠し武器庫で見つけた文様の杖を手にする。この杖を手にすると力がみなぎる気がした。勿論気休めだろうとジーナは思っていた。

 壁を見回して、バリアン大陸でも見かける武器を探した。見習魔術師であるフーゴとハンスの為に彼らが使えそうなダガーを探しているのだ。小振りのダガーが目に入った。何処にでもありそうな両刃のダガーだ。壁から外して振って見る。意外と軽かった。刃に曇りが出ているが、錆びている様子はない。柄は動物の角で出来ているらしい。隣に吊してあった革の鞘にもこれと言った装飾がない。これならギロの町で腰に差していても目立つ事はないだろう。

 もう一つ、柄側よりも刃先側が刃幅の広い片刃のダガーがあった。先端が少しだけ尖って両刃になっている。板には古代語で『狩猟』の文字が見えたが、後半はかすれて読むことが出来なかった。先に見つけた両刃のダガーと比べてかなり重い。柄は鞘と同じ動物の革紐が巻かれている。近づいて良く見ると、表面が粗く、滑り止めには適しているようだ。太っていて体の大きいハンスには体を引き締める為にも重いこのダガーが良いとジーナは思った。

『ジーナ、此処にある武器はどれも魔力がかかっているかも知れないのだぞ。よいのか?』

 アルゲニブが心の中へ古代語で話しかけてきた。

『いいわ。だってかれらは魔術師だもの』

『でも、此処の武器を持っていったら、泥棒ではないのか?』

『今のこの部屋の主は私よ。それに、武器達も使ってあげないと可哀想でしょ』

 ジーナの独りよがりとも思えるその考えに反論しようとしていたアルゲニブだったが、ジーナはさっさと隠し武器を出て、塔での居室である隠し部屋に戻ってしまった。


 アルゲニブはジーナの心の中に若干の後ろめたさがある事に気付いた。

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