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ジーナ  作者: 伊藤 克
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四十四 新しい仲間達・白馬エニブ(一)

 翌朝、見習魔術師の二人がバウと散歩に出かけた事を確認してから、ジーナは魔術師の姿で塔の隣にある竹林にやってきた。秋も深まったようだ、どの竹も葉の周囲の色が落ちて黄色くなっている。

 使用人のニコラが竹を刈り取った後にできた空き地でジーナはダガーを抜き、ペンで刃先に風の魔法陣を描き、古代語を唱えながら一閃すると、刃先から小さな三日月輪が現れて竹に当たって消えた。力をこめて唱えると十数本の竹を切る程の三日月輪を生み出す事が出来た。しかし何度か試していると三日月輪が生まれなくなった。刃先を見るとせっかく描いた風の魔法陣が消えている。

 魔法陣を書き直して再び試みると、風の三日月輪が復活した。度々書き直さなくてはならないというのは、見習達にとっては良い練習になるだろう。練習が不要になったら刃に彫り込ませよう。そもそも今の見習達はダガーや剣を持っていないのだ。刃に彫刻するのは彼ら達が武器を入手してからでも遅くはない。

 激しい息づかいと乱れた足音が聞こえてきた。見習魔術師の二人がバウの散歩から帰って来たようだ。

 ジーナは竹林から山道へ出た。黒毛のバウが駆け寄って来、飛び掛かるが、その鼻先を左手で受け、右手でその頭をなでる。尋常ではない速さでジーナを攻撃したバウを、そして片手でそれを受け止めたジーナを、若い魔術師二人は口を開けたまま見つめている。ジーナはバウの頭をなでながら、アルゲニブが作る男の声で話しかけた。

「君たちに頼みがある。」

 そういって二人を魔術師の塔一階にある大広間へ誘い、ジーナが深夜に作り出した、青白く周囲を照らしている魔法の筒を指した。

「気付きませんでした。これは何ですか?」

「シンディの部屋にいる小鳥をつれてきてくれ。」

 ジーナはフーゴに指示した。フーゴは一階にある、シンディがいるエレナの扉をノックし、シンディを呼び出す。

「フーゴ、いくら私を好きになったからといっていきなり女子の部屋へ入ろうとしては駄目よ。ジーナ姉さんに言いつけるわよ」

 勘違いしているシンディの声に失笑しながらフーゴは言った。

「シンディ、違うんだ。ケルバライト先生がピーちゃんをこっちへ連れてきてほしいとおっしゃっているんだ。」

「それを先に言ってちょうだい。」

 扉の奥でばたばたと動くシンディの気配を感じながら、後にも先にも何も言っていないんだが、と思いながらフーゴはジーナのところへ戻った。

 シンディが小鳥を手のひらに載せて部屋から出てきたのを確認したジーナは小鳥のピーを心で呼び寄せ、自分の指先に留まらせた。

「この小鳥は寒がりなので、鳥かごを用意した。」

『ピーちゃん、温かいお部屋を用意したわよ。』

 ジーナが小鳥の目を見つめながら心の中で伝え、空中で小鳥を放すとピーは自ら魔法の筒に入った。

 皆、ピーが入った青い筒を見上げている。

「ケルバライト先生、この筒は何ですか?」

「フーゴ、手をいれてごらん。」

「暖かいです。」

 シンディも手を差し出すが、背が低くて届かなかった。

「これからは君たちがこの魔法の鳥かごの面倒をみて貰う。シンディ、餌は近くに置いてくれれば良いよ。この鳥かごは出入りが自由だからね。」

 ジーナは魔法の鳥かごの生み出し方を見習魔術師の二人に教えた。

 何度も試すが、なかなか成功しない。それでもフーゴが高さ十センチ程の筒を作り出せるようになった。

「ハンス、練習しておきたまえ。」

 シンディが見様見真似で古代語を唱えると、フーゴ程ではないが可愛い筒が生まれた。ジーナは、シンディがガエフの山でバウのためにバリアを作り出した事を思い出した。

 やはりこの子は魔力を持っているのだ。フーゴとハンスは驚いてまじまじとシンディを見つめている。

 ガエフの町で旅芸人達といた時には安い、汚れた服しか持っていなかったシンディだが、この塔にきてからはずいぶんと少女らしく清楚になった。エレナが世話をやいているのだろう、リボンの髪飾りや竹細工の小物を身に付けている。

「すごいや、シンディ。」

 ハンスの声にシンディがはにかんだ。

「この二人が失敗した時には代わりに鳥かごを作ってくれ。」

 ジーナの声にシンディは小さく頷いた。

「この子の事を町の魔術師に知られると連れ去られる可能性がある。シンディの事は他の者には秘密にして欲しい。シンディもこの秘密を他の人に言っては駄目だよ。ピーの温かい部屋を壊される可能性があるからね。」

 皆ジーナを見て頷いた。納得してくれた様だ。

 シンディが何度も練習していると、魔法の筒は少しずつだが、高さが増していた。

「フーゴとハンス、ペンを持ってついて来てくれ。」

 ジーナはさっきまでいた竹林の空き地に二人を連れていった。自分のダガーに魔法陣を描き、竹藪へ振って見せた。力が入りすぎたのか、さきほど試した時の倍近い竹が風の三日月輪に当たって切れ落ちた。見習魔術師の二人は驚いている。

 その魔法陣を土の上にダガーの先で描き、古代語の説明をした。

「二人共、自分のダガーの先にこの魔法陣を描いて古代語を唱えながら竹を切るのだ。」

 見習い魔術師の二人はジーナの様にはなかなか三日月輪を作り出せなかったので、二人の描く魔法陣をチェックすると、やはりどこかに歪みや書き間違いがあって風の魔法をうまく操れないでいるのだ。二人に代わってジーナが魔法陣を描く。

「竹に近づいて竹を切ってみな。」

 二人で竹の枝葉を切っている。

「先生、よく切れます。」

 安物の自分のナイフで竹が切れた事がよほど嬉しかったのか、二人は手元のナイフを見つめている。

「今日からこの魔法陣を練習して使って竹を切りなさい。やがて風の刃を飛ばす事が出来るようになるだろう。しかしこの技は他の誰にも漏らしてはならない。」

 罰として下働きに来ている見習魔術師が、魔術師の塔で魔法の訓練をしている事が知れると好ましくない結果になりそうだとジーナは思ったのだ。二人は面白がって続けている。

 まだ上手に作り出せない二人は切れ味を確かめながら何度も魔法陣を描き直していた。何事も楽しんで行うのが大切なのだ。強制されて無理に鍛錬するよりも余程効果がある。

 しかし、安物のダガーでは戦いに無理が生じる。早く彼ら用の武器を調達する必要がありそうだ。


 港町ギロの魔術師ジェドは立派な白馬に乗り、従者として警備兵のクライドを従えてガサの町にある魔術師の塔へ向かっていた。勿論クライドも馬に乗っている。

 ジェドら港町ギロの魔術師達は馬の扱いが下手だった。下手というよりも、馬に触る事さえ億劫がっただけなのだが。

 警備兵達は、傲慢で、兵士達を召し使いの様に扱う魔術師を嫌っていたので、魔術師が持っている高価な馬の世話をすすんで行おうという者は少なかった。

 クライドは、馬に罪はないと思っていたので、非番の時などに、魔術師の馬屋へ世話をしに通っていた。魔術師達は馬屋の下藁を交換する事さえせずにいるのだ。その様な不潔な馬屋では馬が病気になってしまう。

 高価な馬に妬みを覚える者もいるが、馬自身が価値を付けている訳ではない。馬は馬にすぎないのだ。

 ある日、クライドが馬の世話をしているとジェドがやってきて睨みながら言った。

「兵士、その馬を盗もうとしてもすぐに魔術師達に追われるぞ。その馬はシャロン魔術師長殿が買った馬だからな。」

 その日以来、クライドは馬の世話を控えていたが、それでもついでの時には馬に話しかける様にしていた。

 そんな訳で、ジェドの白馬はクライドに良くなついていた。魔術師のジェドも、理由は知らずとも、自分が乗ると馬が不機嫌になる事を知っていたので、馬を使って出かける時はクライドを護衛として命じる事が多かった。


 ジェドが魔術師の塔へ向かっているのは、弟のダミアンが昨日、衣料品店のライルから聞いた世間話から、魔術師の塔にいるケルバライトと名乗る魔術師に疑念がわいたからだ。

 十数年前にガサの町にある祠祭師の館を取り壊した時、ジェドはどさくさに紛れて金目の物を頂戴した。彼が館内を漁った時には既に貴金属は運び去られた後だったが、それでも調度品、衣類など幾つかを入手した。

 すぐに処分しては足がつくと思ったジェドは時を待って、弟のダミアンにそれらを売りさばかせた。その中に祠祭師の外套もあったのだ。ジェドもダミアンもその外套が売れるとは本気で思わなかったが、いつまでも手元に置いて見つかっても困ると思ったので、衣料品店を開いているライルに無理矢理押しつけたのだ。

 その祠祭師の外套をケルバライトと名乗る魔術師が見つけて取り返していったのだという。

 ほんの数日前、まだ生きていたガエフの魔術師サイラスは、『ケルバライトは大した魔力を持っていない。』と手紙に書いてきたが、ライルの話では、相応の魔術を使ったという。

 いったい、どちらが本当なのか、この界隈の魔術師として上手く立ち回ってきたジェドとしては、自分より力のある魔術師が現れて、その立場を脅かされるのは困ると思った。

 力のある魔術師ならば、悪い噂を流すか、大きな恥をかかせるかして、早いうちに潰しておいた方が良い。


 ジェドは白馬に乗りながら、この馬を手に入れた時の事を思い出していた。

 去年、港町ギロに馬市がたった。バリアン大陸の西の僻地それも北にある港町ギロで馬市がたつ事は珍しい事だった。それだけ港町が大きくなったと言える。

 シャロン魔術師長とジェドは数人の警備兵を従えて馬市を見に言った時、その馬市で最も高価だったのが、今ジェドが乗っている白馬だった。

 馬の値段は、首都ハダルでは、金貨数百枚以上必要とする最高級馬を購入する貴族もいるが、この様な辺鄙な港町では金貨百枚前後の馬でも最高級馬だった。

 金貨数百枚といっても、本当にそれだけの金貨を数える訳ではなく、同じ価値を持つ純金の板や棒と交換するのだった。それも、十数年前から運用されている魔術師会の売買契約書が世間に広まると、金貨や金塊の受け渡しはごく僅かとなった。

 王国の金貨は、ダンク・コリアードが王となる前までは本当に三十グラムの純金で出来ていたが、最近では、重さは同じでも純金ではないとの噂が定着していた為、二、三割り程金貨の価値が下がっていた。

 結果として物価が上がる事になってしまい、それでなくても苦しい生活を強いられている町や村の人は更に生活に困窮する様になっていった。

 かつては金貨一枚で高価な塩を十キロ買えたが、今では八キロしか手に入らない。勿論村人が金貨で買い物をする事はないが、店で量り売りしている塩が、目減りした分だけ高くなった。

 馬市の、その白馬を最初に気に入ったのは、シャロン魔術師長だった。

「ジェド、あの白馬は良さそうではないか。」

「シャロン魔術師長殿、相当高そうです。」

「金貨二百枚に負けて貰ってくれ。」

 ジェドは、シャロン魔術師長が馬の扱いを全く知らず、また乗馬が下手なのを知っていた。そこで、彼に金を出させて、後で自分の物にする事をもくろんだのだ。ジェド自身も馬の事など知ってはいなかったが、シャロンよりマシだと本人は思っていたのだ。

 ジェドはその白馬のところで大きな声を出した。

「この馬の持ち主は誰だ?」

「私でございます。」

 近くにいて小綺麗な服を着た馬商人が近寄ってきた。

「魔術師様、この馬はお安くありませんよ。他にも手頃で良い馬を何頭も持参しましたので是非ごらん下さい。」

 商人は、首都ダハルで相当な高値がついたこの白馬を、客寄せのつもりで運んできたのだ。売るつもりはなかった。それに、大陸北西の地で、そんな金を出す者がいるとは思えなかった。

「この町の魔術師長様がお買いになる。いくらだ?」

「金貨三百枚です。」

 これは決してふっかけた値段ではない。首都の貴族にその金額で売られる予定があるのだ。

「この町で最も権力をお持ちの魔術師長様の事だ。ご機嫌を損ねると、馬市を中止にさせられるぞ。金貨二百枚に負けろ。」

 ジェドは、魔術師長を指しながら馬商人に言った。

「しょうがありません、金貨二百五十枚でお売りしましょう。それ以下では損をしてしまう。」

 ジェドは、それだけ値下げをしても十分に元が取れるに違いないと思った。商人の交渉とはそんなものなのだ。自分が金をだすのならもっと値切ったかも知れないが、シャロンの金を使うのだ。その金額で手を打つ事にした。

 ジェドは、シャロンの了解を得ると、その場で契約書を二枚作成し、一枚を商人に渡した。

 これだけの金額になると、直接金や金貨を渡す事はまれだった。長旅で襲われてしまうからだ。契約書を、受け取りたい都市の魔術師の館へ持っていき、金貨と交換するのだ。

 この方式は昔から大商人の間で細々と行われていた約束事だったのだが、百年以上前にこの大陸のノマ平原を統治した初代の王、エリック・コリアードの専属魔術師が、魔術師の館に取り入れたと言われている。

 魔術師の館に契約書を持って行くと、手数料一割取られるが、その場で金貨に交換して、契約相手のいる都市の魔術師の館では取り立てを行うのだ。言い方を変えれば、『売買契約書を、額面金額の一割引で買い取ってくれる。』のだ。

 その方式は、魔術師会にとって大きな収入源となっていた。

 魔術師会に買い取られた契約書の支払いを踏み倒すのは大変危険な事だった。魔術師会の背後には王家の兵士がおり、また、魔術師達はその魔力を使って冷酷な取り立てをするからだった。

 その権力の責任者が魔術師長であり、大魔術師長だった。更にその上には、大魔術師長議会の幹部会があり、魔術師会全体を取り仕切っているのは、ダンク王の専属魔術師であり、魔術修練所の所長でもあるゴラン・メリコフだと言われていた。

 以前、魔術修練所の所長だったレグルスは、ゴランにその地位を追われ、ガサの町にある魔術師の塔へ流されたという事になる。

 若いときから魔術の研究に明け暮れていたレグルスも突然現れたゴランの事は知らなかった。

 ダンクが王となってから魔術師会へ契約書を売りに来る商人が際だって増えた。大陸中の街道で金塊や金貨を狙った盗賊が頻繁に現れるようになったからだ。

 商人達が魔術師会へ契約書を持ち込むようになってからは盗賊達もなりを潜めた。その盗賊の多くが、ジーナが見破った、魔術師会が生み出す魔族の仕業だった事を知る者はごく僅かだった。

 それでなくても現王ダンクには前王殺害の黒い噂がある。そんな社会不安を背負ったダンクは市民には全く人気が無かった。

 馬商人は金貨三百枚以下でこの白馬を売るのは勿体ないとも思ったが、所詮『泣く子と魔術師会には叶わない。』と思い直し、金貨二百五十枚で売る事にしたのだ。


 そういった事情で、シャロン魔術師長の金を使い、目的の馬を購入したジェドは次の手を打った。他の者には秘密にしている、弟ダミアンを使っての、悪意のあるいたずらだ。

 ジェドはダミアンに白馬のいる馬屋を遠くから監視をさせた。

 ダミアンには、兄である魔術師のジェドに頭が上がらない理由があった。それは魔力の指輪の事だ。

 ダミアンにも魔力がある事に気付いたジェドは、彼に魔力の手ほどきをした。そして若い魔術師を襲い、ダミアンのために魔力の指輪を奪ったのだ。おかげでダミアンの魔力は実用となり、裏の仕事に大変役立っている。組織員である魔術師だけに持たせている魔力の指輪をジェドが奪った事を魔術師会に知られると、二人とも無事では済まない。

 ダミアンは、『魔力を行使した時は相手を抹殺する。』と決めていた。従って、ダミアンが魔力の指輪を持っている事は兄のジェド以外に知る者はいなかった。

 ジェドがダミアンにさせたのは、馬の持ち主であるシャロン魔術師長が馬屋へ向かった時に、彼に知られない程度の小さな炎の矢で白馬を驚かす事だった。十日も続けると、ダミアンの魔法に頼らなくても、シャロンが近づくだけで白馬が暴れるようになった。

 金貨二百五十枚もした白馬が、一ギルも出さないジェドの物となった。魔術師姿を見ると落ち着きを失う白馬だったが、それでもジェドが乗ることができたのは、港町ギロの検問所にいる警備兵のクライドがこまめに馬の世話をしている為である事には気付いていなかった。


 魔術師の塔へ向かう白馬の後ろ姿を見て、今日はいつも以上に馬の機嫌が悪いとクライドは思った。当然乗り心地も悪く、馬上のジェドの機嫌も悪かった。

「ジェド様、魔術師の塔へはどんな用で行かれるのですか?」

 馬上からジェドが答えた。

「お前達はだまって私達魔術師のいう事をきいておればよいのだ。」

 ジェドはぞんざいにそう言ったが、馬も扱えない魔術師を心の中で馬鹿にしていた警備兵は失笑しながら、数日前に出会ったケルバライトと名乗った魔術師の事を思い出していた。彼は従者も従えずに重そうな荷物を自ら背負っていた。

 その魔術師に会えるかも知れない。クライドは一風変わったケルバライトという魔術師に興味が沸いていたのだ。港町ギロの魔術師はめったに館から出ようとしない。まして隣町まで自ら出向くのは珍しい事だった。それも大きな荷物を背負って。

 ジェドがその魔術師の事を調べにいくのだとは思っていなかった。馬はガサの町が近づくにつれ、次第に歩みが鈍くなっていった。

「ジェド様、お降り下さい。馬の具合が悪そうです。」

「もう少しで魔術師の塔へつくではないか。」

 ジェドは降りようとしない。

 白馬はとうとう鞭をいれても歩かなくなった。

 ジェドは一度馬を下り、様子を見たが、体に異常は見当たらない。再び乗ろうとするが、前足をあげて拒んだ。

「去年の馬市で商人に騙されたのかも知れない。こんな駄馬だとは思わなかった。」

 ジェドは馬に文句をいっているが、言葉が分からない馬には効き目がない。

「クライド、お前の馬をかせ。」

 ジェドは強引にクライドの馬を取り上げて乗った。クライドは機嫌をそこねている自分の馬をなだめてやる。

「私は先にいっている。お前はその馬を処分して歩いてこい。」

「ジェド様、この馬はシャロン魔術師長様のものではありませんか?」

「私が譲り受けたのだ。その馬を処分したら早くこいよ。」

 そういってジェドはいってしまった。

 ジェドがシャロン魔術師長の馬を自分の物のように乗り回しているのは周囲も知っていたが、ジェドの馬になったとは聞いていなかったので、汚い手を使ってシャロンを騙したに違いないとクライドは思った。

 また、いくら興奮したからといって、普段は金に神経質なジェドが高価な馬を捨てるのは信じがたい。いつもであれば、馬に無知な村人や商人を見つけ出して少しでも金に換えるのだ。

 ジェドが自由に使ってはいても、シャロン魔術師長の馬である事に変わりはない。駄馬として捨てた方が、後腐れがないと彼は思ったのかもしれない。クライドはそんな事を考えながら馬をなだめていたが、いくらなだめても白馬はその場を動こうとしなかった。しかし、道の真ん中で馬を処分する事もできない。

 悩んでいると突然後ろから声を掛けられてクライドが驚いて振り返ると、時々港町ギロに買い物にくる、エマの知り合いの少女が買い物かごを持って立っていた。

 クライドは兵士だ。一応の武術の心得がある。少女に気がつかなかったのは、馬に気を取られていたせいだ、と彼は思った。

 気配を消して歩くのは、保護者だったローゼンに幼い頃から厳しくしつけられた技で、十八歳になったジーナは無意識にそうしていた。勿論足音を立てる事もなかった。

「ジーナ、買い物の帰りかい?」

「はい。」

 そういってジーナは左手に持っている野菜の入ったかごを見せた。右手には杖を手にしている。

 いつも杖を手にしていたジーナの事を、クライドは足が悪いのかとも思ったが歩く姿は健康そのものだ。

「ジーナはいつも杖を持っているんだね。」

「この辺は坂道が多いし、それに私山菜採りもするのよ。この白馬は立派ね。」

 杖術の事を知られたくなかったジーナは杖の事をはぐらかしてクライドに話しかける。

「この馬が動こうとしないんだ。」

 ジーナは馬の鼻をなでながら碧い目をのぞき込み、安らぎという心のカギを一つ開いた。いつ身につけたのか、それとも生まれつき備わった能力なのか、動物の心を読む事ができた。

「あら、この馬の鼻の所に星の印があるわよ。」

「ジーナが指した所には確かに星形に黒い毛が生えている。」

 その星の所を撫でると、馬が歯を出して息を吐いた。笑っている様にも見える。

 馬が訴えかけるように首を背に向けた。ジーナは馬の背中をなでる。鞍の当たる部分に触ると馬がいやがって避けた。

「この馬は怪我をしているんだわ。クライドさん、鞍を外してください。」

「どうしたんだ?」

 そう言いながら半信半疑で馬の鞍を外して馬の背を見ると、鞍の当たる部分の皮が剥けて血がにじんでいる。クライドは外した鞍を確認すると、見かけは立派だが出来が悪そうだ。

 ジーナは傷に手のひらを当てて癒しのイメージを馬に送る。暫くじっとしていると、いやしの腕輪の効果が出たのか、馬の心も和んできたようで、碧くて大きな目がやさしくなった。

「鞍傷があるのでは暫く乗馬できないな。」

「クライドさんの馬ですか?」

「魔術師のジェド様の馬なのだが、『役立たずの馬は処分しろ。』といっていたよ。」

「じゃあ、傷が治るまで塔にいて貰いましょう。あそこでは馬に乗る人がいないから傷を治すのにちょうど良いわ。」

「でも、馬の世話を出来る人がいるのかい?」

「鍛冶屋のダンさんに相談しながら私が面倒を見るわ。」

 クライドは、ガサの町にある鍛冶屋のダンの噂は耳にしていた。彼がいる為に、ガサの町からならず者が居なくなったという事で、元は騎士だったのではないかとも噂されていたのだ。

「塔の馬小屋をなんとかしないとね。馬さんいくわよ。」

 ジーナが馬に話しかけると、手綱も持たないのに馬はおとなしくジーナの後をついていく。


 その姿をみながら、不思議な少女だとクライドは思った。

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