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ジーナ  作者: 伊藤 克
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四十三 新しい仲間達・風の魔法陣(二)

 ジーナはレグルスの居室の扉を静かに閉めた。塔全体が静まりかえっている。塔を不法に占拠していたルロワを倒したのが僅か十日前とは思えない。塔の掃除を担っているエレナのおかげでこの塔もずいぶんと清潔で明るくなった。

 ジーナは人の気配が無い事を確認してから、一階の掃除道具が置いてある小部屋へ入った。この部屋の壁に、地下へ通じる階段の入口があるのだ。

『何処へ行くのだ?』

『地下牢よ、アルゲニブ。』

 アルゲニブと遭遇してからは、レグルスが幽閉されていた地下牢へ下りた事はなかった。

『誰かいるのか?』

『前はレグルスさんが幽閉されていたけれど、今は空いている筈よ。それを確認しにいくの。』

 ジーナは、今レグルスから教わった風の魔法を実験したかった。壁四面と天井、床が石で出来ている地下牢なら魔法の実験には好都合だと思ったのだ。

 物置となっている小部屋の壁に彫られた魔法陣を操作して階段への扉を開けると、淀んだ空気が階下から立ち上ってくる。

 ビルのペンダントを灯してから扉を閉めてゆっくりと階段をおりると、その突き当たりにある鉄の扉は開いたままになっており、さらにその奥にレグルスが幽閉されていた鉄格子があるのだが、鉄格子の扉も開いている。

 人の入った形跡はなく、鉄格子の扉に絡んでいた鎖やレグルスを拘束していた鎖が床に散らばっていた。

 空気が淀んでいて異臭が漂ったままだ。

『アルゲニブ、この空気どうにかならないかしら?』

『換気をすればよいだろう。』

『窓がないのよ。それに一日中扉を開けて置くわけにもいかないし。』

『一度炎で焼いてみたらどうだ。効果が有るかも知れないぞ。』

 アルゲニブはそう言ってから、ジーナが制御不能の炎系の魔術を使うと想像を超える事態を引き起こしかねない事に気づき、自分の失言に頭を抱えた。と言っても指輪のアルゲニブには頭に相当する部位も抱える手もないのだが。

『ジーナ、炎はやめておこう、換気をすれば雰囲気はよくなると思うぞ。』

『いや、良い案だわ。そういえば、炭を置いておくと空気が爽やかになる、という話を聞いた事があるわ。本当かどうか分からないけれど。』

『いや、やはりやめておけ。せっかく仲良くなったモグラが巻き込まれるかもしれないぞ。』

 アルゲニブにそう言われたジーナは、友達となったモグラとネズミを焼いてしまってはいけないと思い、呼び寄せる事にした。

 牢の中央に座って瞑想し、気配を探ると二匹の小動物を感じる事ができた。モグラとネズミを呼び寄せると、二匹は座っているジーナの体を這い上がり、両肩に乗った。

「あんた達、危ないから、私から離れないでね。」

 ジーナは二匹の背をなで、言い聞かせた。

『アルゲニブ、空気や埃を燃やすにはどうしたら良いのかしら?』

『私には分からないな。』

 ぶっきらぼうにアルゲニブは答えた。

『とりあえず、炎の魔法陣を壁に描いてみるわ。』

 ジーナは鉄格子の奥の壁に大きな魔法陣を描いた。描いたといっても石壁を削った訳ではなく、壁に生えている苔類を杖の先で削り取ったのだ。

『でも、これでは向かいの壁に炎の矢が当たるだけだわね。』

 全く同じ魔法陣を、反対側にあたる鉄格子の外側の壁にもコケ類を削って描いた。念の為に地下牢の隅、鉄扉の近くに立ち、その扉を閉めた。

『なぜ両方の壁に魔方陣を書いたのだ、火力が倍になるだろう。』

「こうすると、この部屋の真ん中で炎が燃え上がるでしょう?そうすれば部屋全体へ熱を与える事ができるわ。」

 何を言っても聞いてくれないジーナにアルゲニブは再び頭を抱えた。

『さあ、やるわよ。ネズミ君の目は大丈夫かしら?』

 光のイメージをモグラとネズミに伝えると、二匹とも足の爪で肩をしっかり掴み、ジーナの髪の中に頭を突っ込んできた。

「あんた達、くすぐったいから静かにしていてね。」

 そのタイミングの良さとやり方の類似に、モグラとネズミは会話をしているに違いないと思った。しかし言葉を使っているとは思えない。ジーナと同じ様にイメージで会話をしているのだろうか。だとすれば、彼らも魔力を持っていると言えそうだが。

 アルゲニブが心配そうにジーナに話しかける。アルゲニブはイメージではなく、古代語でジーナの心に話しかける事ができるのだ。

『大丈夫か?』

『いままで何回か炎の矢を使ったから大丈夫よ。多分。』

『そうではない、魔力が大きすぎて壁を壊してしまわないか心配しているのだ。』

『私、そんな大きな魔力は持っていないわよ。』

 ガエフの町へ向かう途中、カテナ街道にあるコルガの宿近くで、ジーナが巨大な炎の矢を発生させた事があるのだ。しかし、失神してしまったジーナはその事を覚えていない。

 異界の指輪であるアルゲニブは万が一に備えて、ジーナの体をバリアで守る準備をする。

『さあ、やるわよ。』

『小さくやってくれよ。』

『だめよ。この部屋の空気を燃やすのだから、強くなきゃ。それにこの部屋にはゴミ以外に燃える物もないし。』

 ジーナが古代語を唱えた。

 突然大きな音がして地下牢全体が震えた。牢の中央に炎の玉が浮かび、爆発したのだ。その炎がジーナの体の周囲にアルゲニブが作り出したバリに当たり、火花を散らす。苔類だろうか、壁や天井から剥がれ落ちた物が、ジーナの体に降り注いだ。

 息が出来なくなったジーナは思わず鉄扉を開けて部屋の外へ出た。魔法陣が描かれた苔類が燃え落ちる事によって、炎は収まったようだが、鉄扉の陰から中を覗くと埃が舞っている。落ち着いてからでないと入れそうにない。

 炎の魔法に反応したのか、胸に下げている光のペンダントがひときわ輝きを増して周囲を照らしている。

 ジーナは階段を上がり、物置の扉から大広間へでた。勿論、開けた隠し扉は閉める。

 マスクを外して深呼吸した。体に降り注いだ埃や苔類がまだくすぶっている。強い魔力を使ったせいなのか、ジーナは疲労していた。

 今の振動で皆が起きてしまったらしい。人の動く気配を感じた。

 一階の部屋で寝ていたエレナとシンディが最初に大広間に現れた。シンディは泣くことも忘れてジーナを見ている。次にレグルスが来て、最後にフーゴとハンスが階段を下りてきた。皆、ジーナを見ている。両肩にはモグラとネズミが乗ったままだ。

 ハンスが独り言の様に言った。

「ケルバライト先生が燃えているよ。」

 ジーナは気付かなかったが、アルゲニブが生み出しているバリアの周囲で塵や剥がれ落ちた苔類がチリチリとくすぶっていて、ジーナの輪郭を照らし出していたのだ。

「ハンス、ありがとう。」

 ジーナはマントを脱ぎ、燻っている塵を払い落とした。落ちた燃えかすがバリアに沿って円形の輪郭を作ったのを確認したアルゲニブはバリアを解いた。

 続けてフーゴが話しかける。

「ケルバライト先生、塔が揺れたので起きてしまいました。大丈夫ですか。」

 ジーナが地下牢にいた事は誰も知らない。地下牢がある事はレグルスしか知らないのだが。

「大丈夫だ。心配ない。魔力の実験をしていたのだ。起こしてしまって申し訳なかった。」

「先生、すごいよ。塔が揺れたんですよ。どんな魔力を使ったのですか?」

 ハンスが瞳を輝かせて聞いた。

「君達、魔力を使う時は、人に迷惑をかけない様にすることだ。皆、部屋へ引き取ってくれ。ハンス、朝には私の犬の散歩を頼むぞ。寝過ごさないようにな。」

 バウの散歩を二人の日課にしていたのだが、散歩と言えば聞こえは良いが、狼の血を引いたバウについて山道を走り回るのは大変な労働であるのだが、それは若い二人の体力を付ける為にジーナが考え出した事だった。毎日若い二人が相手をしてくれるのでバウは喜んでいた。

 皆が去ってレグルスとジーナが残った。

「レグルス殿、心配をかけて申し訳ありませんでした。」

「何があったのかね。」

「地下室の空気が淀んでいたので燃やしたのですが、やりすぎました。」

「いくら老いたとはいえ、まだ死にたくはない。気をつけてくれたまえ。」

 レグルスはマスク姿のジーナの顔を見て笑いながらそういって石の階段を上っていった。

『アルゲニブ、ちょっとやりすぎよ。』

『私の所為ではないのだがな。』

 ジーナは全員が自室へ去った事を確認してから掃除道具を持って地下牢へ下りた。石壁に囲まれている牢内ではまだ塵がくすぶっていたが、漂う空気の臭いは消えていた。

『成功したみたいよ。』

 壁の剥がれかけたまま煙を出している苔を箒の先で落としてから床の塵を一カ所に集めた。牢内の床は一枚の石でできていて、四隅に埋め込まれた金具に太い鎖が取り付けてある。レグルスを拘束していた鎖だが、かなり古いものらしく、所々に錆が浮かんでいた。

 その石床の塵を掃くと、すり減った文様が僅かに確認できた。

『アルゲニブ、魔法陣だわ。レグルスは気付かなかったのかしら?』

『これだけ暗いのだ。普通の人間には見えないだろう。』

『有り難う。アルゲニブが瞳を変えてくれるから暗い所でもよく見える様になったわ。』

 ジーナは懐から紙を出して魔法陣を書き写した。

『複雑で私には意味が分からないわ。アルゲニブなら分かるでしょ?』

『四階にある、異界と結びついている魔法陣にも似ているが、私にも分からないな。ところで、ジーナは何をしたくて此処にきたのだ?』

『風の魔法陣を使ってピーちゃんの鳥かごを作るのよ。』

 ピーちゃんとは、ジーナがガサの町に来てからなついているコマドリの事で、シンディがその名を付けたのだ。

『何故だ?』

『冬になったらもっと寒くなるでしょ。魔法陣を使って暖かい部屋を作ってあげるのよ。』

 ジーナは鉄格子に繋がれている鉄の皿を裏返した。この食器は囚人用の物で、他にも何種類かの器が床に転がっていた。

 皿の底にペンで魔法陣を描く。風と温もりを意味する魔法陣を同心円状に重ね書きした。紙職人クリフの裏山で見たツタの魔法陣が、複数の魔法陣の合成である事を参考にした思いつきだった。

『ジーナ、バリアの魔法陣だと確実に温もりを閉じこめておけるのではないか?』

『バリアをはったらピーちゃんが出入り出来ないし、餌もあげられないでしょ。アルゲニブも意外と頭が悪いのね。』

『餌を与える時にはバリアを解けば良いではないか。』

『そうすると私がずっとそばにいる事になるのよ。』

 鳥の面倒を見る者に教え込めば良いとアルゲニブは思ったが、自分がいた異界と異なり、この世界では殆どの人が魔力を持っていなかった。

『また大きな力を使うと今度はレグルスに塔を追い出されるぞ。』

 そう言って、アルゲニブは身構えた。

 皿の上に天井まで届きそうな青白い筒が現れた。筒の上部は蝋燭の炎の様に揺れながら気中に消えている。中に手を差し入れると温もりを感じる。

『成功だわ。』

 アルゲニブはほっとして力を解いた。ジーナの魔力の強さは熱ではなく、筒の高さに表れた様で、これなら先ほどの様に爆発を起こす心配はなさそうだ。

 掃除道具と集めた塵を持って一階の大広間へあがり、片付けてから、今は使われていない二階の食堂から金属の食器を取りだした。覚えたばかりの魔法陣をその食器にナイフで刻みつけてから再び一階へ下り、大広間の燭台を一つ外してその食器を置き、古代語を唱えると、地下で生み出したものと同じ青白い筒が現れた。その筒は大広間の高い天井まで届いている。

『明るいわ。蝋燭が要らないわね。明日から見習魔術師の二人に作り出してもらいましょう。』

 暖かい筒に手をかざしながら言った。


 深夜、港町ギロの居酒屋に衣料品店の店主ライルが現れた。ダミアンに用があったのだ。

「ライル、こんな夜中に珍しいではないか。」

「ダミアン、君が持ち込んだ祠祭師の外套が売れたぞ。」

「本当か? 何処の祠祭師が買っていったのだ。」

 祠祭師の外套は兄である魔術師のジェドが何処からか見つけてきて弟のダミアンに押しつけたものだ。ダミアンも本気であの外套が売れるとは思っていなかった。ライルに強引に押しつけて小遣いにしたのだ。

 ダミアンとジェドは、お互いに兄弟である事を世間には隠していたのだが、それは、裏の仕事をするには、その関係を秘密にしておく方が都合が良かったからだ。目の前にいるライルもダミアンが何処かの祠祭師の館から盗んだものだと思い込んでいる。

「ガサの町にいる魔術師が買っていったぞ。それもランプリング家のマントだと知っていた。」

「レグルス魔術師長が港町ギロの衣料品店へくるとは思えないがね。人違いではないのか?」

「レグルスではない。ケルバライトという魔術師だ。」

「そんな名前は聞いた事がない。偽者ではないのか?」

 ダミアンは兄のジェドを通じて全ての魔術師の名を知っていた。自分が知らないという事はジェドも知らない可能性がある。しかし、ガサの町は港町ギロの隣町だ。兄が知らないというのはおかしい。

「緑色の目を持つやつだ。灯りの魔術を簡単に使っていたから魔術師に間違いない。」

「偽者でも本物でも買ってくれたのだから良いではないか。」

「そいつは盗品だと見抜いていたのだぞ。」

「俺の名を出さなかっただろうな。」

「勿論だ。しかしダミアンも気をつけな。あの魔術師はかなり出来るぞ。」


 数日前にカテナ街道で遭遇した魔術師の事を思い出した。魔術師なのに杖術が使える小柄な男で、仲間のケビンを倒したのも彼だとダミアンは思っていた。今後も自分の裏家業を脅かす可能性がある。ライルが言っているケルバライトと名乗る人物が本物の魔術師なら兄に調べてもらう他ないとダミアンは思った。

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