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ジーナ  作者: 伊藤 克
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四十二 新しい仲間達・風の魔法陣(一)

 昼間ジーナは魔術師の塔にある隠し部屋で、昨日港町ギロで購入した魔術師のマントの手入れをする為に一日を過ごした。

 それは、灰色の生地を裏地として縫いつける事だ。男装の魔術師姿から、女性のジーナへ戻った時に魔術師のマントを羽織る事ができない。

 ジーナが普段使用している外套は灰色の外側と、黒緑色の内側を裏返す事で変装している。そこで、魔術師のマントの内側に灰色の生地を縫いつけ、裏返して着用した時に、マントの印象を柔らかくする事で普通の外套に見せ、変装に使用出来る様にするのだ。

 裏返した時の為に、女らしい襟も取り付ける。勿論、魔術師のマントとして着用する時には内側に隠れるようにしている。膝で広げているが、何か物足りなく思ったジーナは祠祭師の外套の裾に綺麗な刺繍があった事を思い出し、この魔術師のマントにも刺繍をする事にした。

 黒い表地に、紙職人クリフの家の裏山で見つけて外套の裾に写し取っていた魔法陣を黒い糸で刺繍をした。その魔法陣は手の込んだものであったので、飾りとしての刺繍の仕上がりも満足いくものとなった。

 片方の裾だけでは物足りなくなったジーナは、反対側の裾に、塔の四階にある大きな魔法陣を、思い出しながら刺繍してゆく。空いた所へビルが作った灯りの魔法陣や、レグルスを救出した時に、彼の意識から流れてきた魔法陣を適当にちりばめて刺繍した。しかし、レグルスの魔法陣の全ての効用を知っている訳ではなかった。

 元々ジーナは裁縫や刺繍が上手ではなかった。裁縫は北サッタ村にいた幼い頃、近くに住んでいたソフィーお婆さんから手ほどきを受けたが上達はしなかったし、数ヶ月前までいたケリーランスでも、戦いで裂けたり穴が開いたりした衣類をジーナが繕うのを仲間は嫌がったものだった。

 しかし、今日マントに刺繍をした魔法陣の数々は、今までの刺繍に比べれば格段に良い出来だった。

 祠祭師の外套に刺繍してあったランプリング家の文様の様に、胸の所にアクセントが欲しくなったジーナは隠し武器庫にあった杖の柄に彫ってある文様の中から、家紋に見える文様を刺繍した。ジーナの出生を知っているダンや、今はいないローゼンならきっと王家の紋章を刺繍する様勧めただろうがジーナは自分にまつわる出生の秘密を知らなかったし、その文様も知らなかった。


 女性らしい作業で一日を過ごしたジーナの心は久しぶりに穏やかなものとなった。薄暗い隠し部屋でこの様な細かい作業が出来るのも、アルゲニブが変えてくれる瞳のおかげだった。

 ジーナは新しいマントを両手で広げて仕上がり具合を確認した後、マントを羽織って、裏返しても自然に見える事を確認する。

『アルゲニブ、素敵なマントになったわよ。』

『黒地に黒糸で刺繍しても他の人には見えないのだから無駄だろう。それに刺繍ならエレナの方がずっと上手だと思うがな。』

『女性は刺繍が好きなのよ。アルゲニブは女心をもっと知る必要があるわね。』

『ジーナを相手に十分修行は積んだぞ。』

 せっかく穏やかになったジーナの心に怒りが生まれた事を感じたアルゲニブは言い過ぎた事を知ったが、すでに手遅れだった。ジーナは当分話しかけてこないに違いない。


 随分と長い時間刺繍をしていたようだ。体が硬くなっている。文様の杖を持って塔の外へ出ると、周囲はすっかり暗くなっていた。雲があるのか、星は見えなかった。

 塔の大門の前で杖の鍛錬をして体をほぐしていると、ジーナの気配に誘われたのか、いつの間にかバウが寄り添っていた。バウは十歳を超えている筈なのに若犬の様に元気なままだったが、その不思議さをジーナは深く考えた事はない。ジーナと共に塔へ入ったバウは、ジーナが魔術師姿になると、鎖帷子を着けていないのに白毛が黒毛に変わった。

『アルゲニブ、バウが変身術を会得したみたいよ。』

『バウは私の元のご主人様の腕に噛みついたのだからな。その時に浴びた血の効果で魔法貴族だったご主人様の魔力を受け取ったのかも知れないな。』

『うらやましいわ。』

 魔石の腕輪を使い、塔内の気配を確認する。レグルスだけは起きているようだ。

 魔術師姿で三階にあるレグルスの居室へいき、扉をノックする。レグルスは薄暗いランプの元で魔法陣の研究をしていた。研究というより、今まで目にした魔法陣の記録を作成しているというのが正しいのかも知れない。

「ケルバライト殿、戻ってきたか。祠祭師の外套を良く見つけてくれた。ありがとう。」

 レグルスはジーナに寄り添う黒毛の犬の頭を撫でながらいった。バウはレグルスの顔を見上げている。

 ランプリング家の文様が入った祠祭師の外套は、魔術師がマントに誇りを持つ様に、祠祭師という地位の象徴であり、誇りでもあった。失われたその外套を取り戻した事を知れば、ルロワの父親であるアルファルドはきっと喜ぶに違いない。

「レグルス殿、運よく見つける事ができた。」

 行方不明の外套を見つける等そう簡単な事ではない。レグルスの、ケルバライトに対する好感はより一層深まった。

「行きがかり上、見習魔術師二人を引き受けた上に、幼いシンディの面倒まで見る事になってしまった。レグルス殿に迷惑をかけて申し訳ない。」

 レグルスが、ケルバライトを同格として接するので、ケルバライトに変装している時のジーナも対等な口調を心がけるが、どうしても遙かに年上であるレグルスを敬う事となってしまう。

 レグルスにしてみれば、自分が救われた時に見てしまった、ダガーに隠された王家の紋章から、ケルバライトが王家の血を引く者ではないかと思っていたので、他の者への言葉使いとは異なったものにならざるを得なかった。

 尤も、魔術師が互いに呼び合う時、名前の後ろに『殿』をつける事は魔術師会の慣習になっていた。

「フーゴとハンスの仕事について、港町ギロにいる商人に話をつけてきた。彼はきっと良い仕事を見つけてくれると思う。」

「商人とはどなたかな?」

 ジーナは紙商人フレッドが信用に足る人物である事と、旅の往来での出来事をかいつまんで説明した。

「しかし、魔術師の地位を隠して労働する事を、あの二人が納得してくれると良いのだが。」

「レグルス殿、彼らは素直な心を持っているから大丈夫だと思う。」

「わざわざやってきたのは私に用があったのではないのかな?」

「実は魔族の指輪の作り方を知りたかったのです。」

「魔族を生み出すのか?」

「そうではないのです。寝たきりになっているルロワの体を動かすのに使おうと思ったのです。寝たままでは体が弱ってしまう、それが心配なのです。」

 魔力を利用して魔族を生み出す秘術は魔術師会が密かに行っている事だが、魂を失った体を動かすなど、レグルスは聞いた事がなかった。

 魔術師会では魔族の指輪を作り出す術を秘密にしており、その秘術は、限られた大魔術師長しか教えては貰えなかったのだ。しかし、今は魔術師長にすぎなくても、元魔術修練所の所長だったレグルスは魔族の指輪が作り出される場所に立ち会っており、その秘術の内容を知っていた。

 魂を奪われ、寝たきりとなっているルロワが魔族を生み出す事ができたのも、レグルスがこの魔術師の塔での研究の一環として魔族を生み出していたのを盗み見たからであった。

 同じ過ちを犯したくないと考えたレグルスは言った。

「ケルバライト殿、その秘術を私は知らされていないのだよ。ルロワがどの様にして魔族の指輪を作り出す事ができたのか、不思議でならない。」

「無理を言って申し訳無かった。ところで、見習魔術師に炎以外の魔力を練習させたいと思うが、どうしたら良いでしょうか。」

 見習魔術師の二人は、今は子供でも男だ。やがて体は成長してゆく。何をするにも若い時に基礎体力、魔力を伸ばす事は必須だ。それも体や頭が柔らかい若い時に。

「風が良いだろう。炎と違って荒々しさは無いが、上達すれば風の力で物を切り裂く事が出来るようになる。しかし、素養だけでは習得できないだろう、ちょっと待ってくれ。」

 そういうと、レグルスは机上に散らばっている羊皮紙を探し始め、散乱している羊皮紙の中から一枚を抜き出しジーナに見せた。魔法陣の中央に描かれている古代語の一文字を読む事ができたが、それは風を表す古代文字だった。ジーナは、古代語で話しかけてくるアルゲニブのおかげで殆どの古代語が理解できるようになっていた。アルゲニブに遭遇してから僅か十日と思えば考えられない進歩だった。

 ジーナは気付いていないが、指輪のアルゲニブは、ジーナが強力なラーニング能力を持っている事に気付いていた。それは魔法陣に限らない。剣技も杖術も一度見ただけで覚える事ができた。

「書き写しておこう。」

 ジーナはレグルスに断ってから、ペンを出してフレッドがくれた紙に書き写した。

『アルゲニブ、間違っていたら教えてちょうだい。』

 ジーナとアルゲニブは心の中で会話をする。他人に悟られる事はない。勿論、目の前にいるレグルスを含め、全ての人にアルゲニブの事は秘密にしていた。

 ジーナはアルゲニブの指示で、中央の一文字を囲っている小さな文字のうち、二文字ほど修正した。古代語を知らない者が形だけ書き写そうとすると、何文字か写し間違いをするのは仕方の無い事だった。レグルスが見せてくれた魔法陣も、何人かの人が書き写していくうちに、間違えてしまったものに違いない。勿論、レグルスがその気になればすぐに気付くような単純な間違いだったが。

「ケルバライト殿は魔法陣を理解していたのか。」

 レグルスが驚いている。

「いや、たまたま間違いに気付いただけです。」

 そういいながら、紙に書いた魔法陣を古代語で読み上げてみる。

 机上の羊皮紙が風に舞ったのを見たレグルスは更に驚いた。落書き程度の魔法陣で効果が出た事にジーナ自身も驚いている。魔力を持つ魔法陣を描く能力を持つビルが書けばもっと強い風が起きたに違いない。


「ケルバライト殿、その紙は何処で手にいれたのかね。」

 ジーナは未使用の紙を一枚渡していった。

「旅の共をした礼に商人のフレッドがくれた物です。」

「魔法陣の研究に丁度よさそうだ。その商人から買ってくれないか。」

「売ってくれると思いますが、羊皮紙やパピルス紙よりも金額が高いかも知れないですよ。」

「塔の人数が増えたのだ。本部に言って支給金を増額させよう。」

「可能なのですか?」

「見習二人と君の分だ。魔術師全体の数からすれば大した金額ではないから増額してくれるだろう。港町ギロにある魔術師の館のように浪費をする訳ではないからその増額分で十分だと思う。」

 レグルスは皮肉めいた笑顔を浮かべた。

 魔術師の塔は、組織ではガエフ公国にいるランダル大魔術師長の管理下にあるが、実際には首都ハダルにある魔術修練所直轄の部署となっていた。部署といっても元魔術修練所の所長だったレグルスの為の部署で、他の魔術師の館のように魔術師会としての実務を担わされてはいなかった。支給される金もささやかな額で、贅沢な暮らしを望んでいないレグルスには十分なものだった。

 組織における魔術師の塔の事を知らなかったルロワは、他の魔術師の館と同様に潤沢な金があると勘違いしていて、塔にある筈の金で今は廃墟となっている祠祭師の館を再生しようと企んだのだった。


「早速見習二人には私から風に関する魔力について教えてみましょう。その先は本人次第ですが。レグルス殿、すっかり仕事の邪魔をしてしまって申し訳ありませんでした。」 

 ジーナは三階にあるレグルスの部屋を出て、一階の自室に戻った。


 レグルスは、部屋を出て行った魔術師ケルバライトの能力に限界はあるのだろうかと思った。力の限界ではない。魔法陣を生み出す能力、そして人を引きつける能力など、人としての幅の広さの事だ。

 若い魔術師のケルバライトは一階にある隠し部屋へ戻ったのだろうが、その部屋にはベッドが無かった。ジーナの姿に戻って、宿のベッドで寝ている事を知らなかったレグルスは、彼ほどの魔力を持ちながら謙虚で、塔でも野宿のように床にごろ寝しているのだろうと思っていた。

 塔の雑用をしてくれているニコラに頼んでベッドを造らせよう。しかし、隠し部屋の存在を彼に教える訳にはいかないので、部屋に運び入れるのはケルバライトにやってもらうしかないとレグルスは思った。

 マントだけは新調したらしく、今まで着ていた古いマントと違って綻びも皺もなかったし、生地もしっかりしていたものに見えたが、暗い夜の事、裾にされていた刺繍には気付かなかった。

 

 ケルバライトには仲間がいる。レグルスが救われた時に現れた鍛冶屋のダンと、盗賊風の女、そして若い女のジーナだ。彼らの間に強い絆があるのか、ケルバライトと共に突然現れて二十数体いた魔族と戦ってくれた。盗賊の類であれば、そのまま塔に居座るところだが、戦いが終わった彼らは殆ど塔に顔を出す事はなかった。

 レグルスは首都ハダルにいた頃、何人かの騎士と親交があった。特にダンクが王となる前まで王家の親衛隊長だったローレンス・リーガンは騎士としての腕に似つかわしくない優しい瞳を持っていた。

 彼は王宮の庭で若い親衛隊の者達と剣技の鍛錬を行っていたが、魔族と戦っていたダンの剣技はそのローレンスに似ていると思ったのだ。

 ローレンスは、十数年前のあの日、前王エリック三世が十一歳でこの世を去った日に、当時二歳だったニーナ姫と共に大イノシシに襲われ死亡したと伝えられていた。

 しかし、偶然遺体の確認に立ち会う事ができたレグルスは、その中に二人がいない事を確信していた。王家の血筋の者が生きているとダンク王が思えば地の果てまでも追いかけるに違いない。レグルスは、ニーナ姫が生きているという確信を誰にも言わなかった。

 突然現れた、王家の文様を秘めたダガーを持つ魔術師のケルバライトは男だ。共に行動しているらしいダンもローレンスとは違う。だが、レグルスが親衛隊の全ての兵士を知っている訳ではなかった。


 ケルバライトとは何者なのか、レグルスは思いに耽るが答えは出てこない。

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