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ジーナ  作者: 伊藤 克
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四十  新しい仲間達・新しい生活(三)

 エレナが鳴らす鈴の音が聞こえてきた。大扉の横にある大きな鐘の音と違う、澄んだ美しい響きの鈴の音だ、レグルスと魔術師姿のジーナは三階にある食堂へ向かった。バウも一緒についてくる。

 食堂の中央に、四角い木のテーブルを二つ合わせた席が作られていて、エレナ、シンディ、ニコラの三人とフーゴ、ハンスの若い二人が席についていた。泣いていたのか、シンディの目が真っ赤になっている。中央の主人の席には椅子が一つしか無かった。ニコラが慌てて壁際に片付けられていた椅子をレグルスの隣に置いた。

 エレナが一人分の皿を追加してくれる。

 ジーナが変装が見破られるのではないか、と危惧したが、だれま気づいていない様だ。

「私はこの塔の魔術師の一人、ケルバライトだ。」

 全員がジーナを見る。薄暗い中で緑色の瞳を持つジーナは、異界の指輪が作り出す男の声の効果もあって、昼間のジーナとは別人に見える。マスクを取らずに話す魔術師とジーナが同一人物だとは誰も気づかなかったようだ。

「今後の事について、レグルス殿と相談したのでここで話しておく。」

 若い魔術師のフーゴとハンスが緊張して背を伸ばした。

「エレナとニコラの二人はレグルス殿の指示に従い、塔の仕事をいままで通り続けてもらう。新しく住人となった見習魔術師のフーゴとハンスは下働きとして来たのだから、レグルス殿や私の仕事が無い時はエレナやニコラの手伝いをする事。」

「俺とハンスは港町ギロの館で雑用一切をやらされていました。何でも言いつけてください。」

 フーゴがニコラの顔を見て言った。

 ジーナが続きを言いかけたとき、シンディがすすり泣きを始めた。エレナが諭しているが止まらない。

「シンディ、どうしたのだ?」

「ジーナ姉さんがいない。」

「ジーナは私の用で港町ギロへ出かけている。」

 とっさの嘘だ。泣く事を我慢しているシンディには可哀想だが、今はどうしようもない。

「次に、フーゴとハンスに言う。ガサの町にいる間は魔力の指輪を使用せずに魔術を使う事。」

 ハンスが反対した。

「ケルバライト様、せっかく指輪を手にしてこれから修行をしようとする時に、それが無ければまともな魔術が使えません。」

 本当だろうか、とジーナは思った。ガエフの町でアモスと戦った時は、ハンスは指輪を付けずに戦った事を思い出したのだ。

『アルゲニブ、指輪を抜いて試して見るわ、ごめんね。』

 そう言うと、異界の指輪であるアルゲニブを指から外しにかかる。ジーナの魔力の凄さを知っているアルゲニブは反対した。

『ジーナ、待ってくれ、こんな狭い場所で魔術を使わないでくれ。』

 ジーナがあまりにも自然に指輪を外したため、ハンスもフー後も、ジーナの外した指輪が自分たちがガエフ公国で渡された魔力の指輪と同じ物だと勘違いした。

 アルゲニブの訴えは途中までしかジーナに伝わっていなかった。ジーナは指輪を外すと目標も定めずに炎の矢に関する古代語を唱えた。

 アルゲニブを外している今、小さな炎が指先に灯る程度だろうと油断していたジーナの指先に大きな炎の玉が現れると、向かい側に座っていたハンスの顔をかすめ、閉められていた窓の鎧戸を壊して飛んでいった。皆が北側の壊れた窓を見る。炎の玉は北にそびえるガナラ山へ向かって飛んでゆき、やがて消えた。

『アルゲニブ、やり過ぎよ。』

 ジーナはアルゲニブのしでかした事だと勘違いしていた。しかし指から外されているアルゲニブの返事はない。部屋で大きな音がして皆が我に返った。見ると、ハンスが椅子からころげ落ちている。

「ハンス、大丈夫か。」

 フーゴが心配そうに倒れているハンスに近寄り、椅子を直してやった。大丈夫な様だ。ハンスは自ら立ち上がり、再び椅子に座った。

 壊された窓から夜の冷気が入り込んでくる。ニコラは棚の木戸を外して窓に立てかけた。

「ケルバライト先生、逆らって済みません。言われたとおり指輪を外して修行します。」

 ジーナはさらに話を続ける

「フーゴとハンスには外での仕事を見つけて来るので、嫌がらずに稼ぎにいく事。日当の半分は生活費としてエレナに渡してくれ。」

 ハンスは不満げに立ち上がって質問した。

「ケルバライト様、港町ギロでは魔術師会から小遣いを貰うことが出来ました。」

「ハンス、不満なら港町ギロの魔術師会へ戻る事だ。私は、昼間はレグルス殿のご指示で出かけているので塔にはいないが、なにかあればジーナに伝言を託す。私に用がある時はジーナに伝えて欲しい。レグルス殿、よろしいですか?」

 レグルスが頷いたのを確認してからジーナはアルゲニブの指輪をはめながら立ち上がった。

「私は用があるので失礼する。」

 帰りがけに振り返り、最後の指示をだした。

「フーゴとハンス。毎朝私の犬を散歩に連れて行ってくれ。一時間は山歩きをするので付きあう事。」

 二人は顔を見合わせている。

 体力のあるバウと毎日一時間も山歩きをすれば体力がつき、体も丈夫になるに違いない。そうなれば、港町ギロにいる他の魔術師達から笑われる事もなくなるだろう。それに、早起きをして朝の空気に触れる事は健全な心を育む為にも望ましい事だ。

 バウをつれて三階の食堂を出た。食事をする為には変装用に巻いている布のマスクを取る必要がある。長居をして変装が見破られる事を心配したのだ。

 三階通路にある燭台を一つ外して四階へ上がった。ルロワが倒れた事件から一週間以上の時間が過ぎているが、レグルスが掃除をしていなければ当時のままになっている筈だ。


 四階の一部屋だけは歩いた形跡があるが、あとはうっすらと埃が積もっている。魔法陣の部屋へ入った。異界の魔法貴族で、アルゲニブの主人であった本物のケルバライトの腕を切り落とした場所だ。魔法陣の中央へ近寄った。

 異界の指輪であるアルゲニブに心の中で話しかける。

『アルゲニブ、血の跡があるわ。レグルスさんは掃除をしていなかったみたいね。』

『ジーナ、その固まった血を集めておいてくれ。異界の魔力を得る事ができるかも知れない。』

『分かったわ。本物のケルバライトさんの血だものね。肌の色を変える技を得ることが出来れば、変装に苦労しなくて済むわ。』

 ジーナは、異界の指輪であるアルゲニブの元の主人『ケルバライト。』の名前を無断借用しているのだ。

 ジーナは燭台を置き、床についているシミをナイフの先でこそぎ落とし、布きれで包み、ポシェットへ仕舞った。

『随分埃が積もっているわ。掃除をしたほうが良さそうね。』

 これも緑色の瞳のせいなのだろう、淡い蝋燭の灯でも、床の埃が良く見えた。

 三階で食事をしている仲間に見つからないよう、一階までおり、隠し部屋を通って塔の外へ出た。

 澄み切った夜空に星が瞬いていた。

 少し欠けた月が南の空低くにあり、魚座は東寄りの空に見えている。

 若者達の今後の暮らしが、夜空で瞬く星の様に平穏であれば良いのに、と思った。


 夜、フーゴとハンスは二階の兵士の部屋に二つ並べられたベッドで横になっていた。

「フーゴ、この部屋は港町ギロで与えられていた部屋よりも広いね。」

「あと二人分のベッドが並べられそうだな。」

「いくら広くてもそれじゃあ着替えも出来なくなっちゃうよ。僕たち、本当に働かなきゃいけないのかな。」

「港町ギロの先輩魔術師達は皆着飾っていたけれど、レグルス様も、ケルバライト様も質素な服を着ていた。」

「ガサの魔術師の塔がこんなに貧乏だったなんて僕は知らなかったよ。」

「でも、外で働くのは考えようによっては良いかもしれないな。」

「何故なの、フーゴ。」

「だって、少なくともここで一日中虐めに遭う事だけは無いって事だろう?」

「ま、それはそうだね。」

「それより、明日の朝、ケルバライト様の犬の散歩があるからもう寝よう。」

「犬の散歩なんて楽なもんだろう。大丈夫だよ。」


 深夜、港町ギロにある魔術師の館の物陰で二人の男が会話をしていた。月明かりの影が道へ長く伸びている。

「兄貴、今日紙商人のフレッドが帰ってきたぞ。」

「ダミアン、傭兵はついていたか。」

「港町ギロで見かけた時には連れは誰もいなかったが、ガサの町では見習魔術師二人と一緒だったらしい。」

「その二人なら知っている。」

「誰だ?」

「フーゴとハンスという、この館の下働きをさせている見習魔術師だ。二人では心細いので勝手にくっついて旅をして来たのだろう。」

「でも兄貴、一応魔術師なのだろう。護衛をしていたのではないのか。」

「魔術師とは名ばかりでな、その二人は何年も下働きしかさせていなかったのだ。大した魔力も知識も持ち合わせてはいないのさ。」

「でも、試験を受けに行かせたのだろう。」

「ああ、シャロン魔術師長殿が行かせたのだ。魔術師会の中央から、『試験を受けさせないなら首にしろと。』いってきたらしい。」

「下働きなら町の者を雇えば良いではないか。」

「ダミアン、内緒だがな、魔術師の人数と資格によって魔術師会の中央から給金が支給されるのだ。あの二人は下働きではなく、見習い魔術師だからな。支給される金額が違うのだ。シャロン殿は何人かの給金をだまし取っているのさ。魔術師を首にして一般の人間を使ったら首にした魔術師分の給金の分配が減らされて逆に払う金が増えてしまう。シャロン殿は金にはうるさいのだ。」

「じゃあ、フレッドを襲ったケビンを殺したのがその二人、という訳ではなさそうだな。」

「それは無理な事だ。見習達はダガーの扱い方すら知らないのだからな。」

 兄貴だってダガーを使えないだろうとダミアンは思った。魔術師は、力仕事が全く出来ない者が多いのだ。

「ところでダミアン、ガエフの魔術師で死んだ者がいるのだが知っているか?」

「だれが死んだのだ?」

「私と仲が良かったサイラス殿だ。ガエフ公国からの知らせでは、旅芸人のアモスに殺されたらしい。」

「それがどうかしたのか。」

「噂では魔力の指輪を盗もうとして失敗したらしいのだ。」

「だって兄貴、魔術師なら既に持っているだろう?」

「何処かの商人に売りつける予定だったようだが、仲間割れになったらしい。売りつける相手の商人も、盗もうとした旅芸人も死んだのだ。」

「では、俺の仲間だったケビンは誰に殺されたのだろう。」

「三人とも死んだのだ、もう聞くことはできないな。」

 全体の事情を知らないダミアンの兄の魔術師ジェドは、死んだ商人が誰かにケビンの邪魔をさせたのかも知れないと思っていた。いずれにしても試験に落第しかけた見習魔術師二人が行える事ではないだろう。

「ダミアン、お前が持っている魔力の指輪も気をつけろよ。俺がこっそり入手した事が知られるとお前も俺も魔術師会に殺されるからな。」


 翌朝、陽が顔を出し切っておらず辺りはまだ薄暗い頃、スカート姿のジーナは黒毛のバウをつれて魔術師の塔へ向かった。バウは鎖帷子をつけ、黒犬となっていた。

「バウ、ニコラとハンスの事を頼むわね。今日は初日だから手を抜いてあげるのよ。」

 バウはジーナの指示が分かったのか、鼻を鳴らした。

 扉の鍵を持っていないジーナは隠し扉から塔内へ入り、出入り口の小扉を内側から開けた。塔内は寝静まっている。ジーナは二階へあがり、若者二人の部屋の戸をノックした。返事はない。扉を静かにあけてからバウに吠えさせた。

 驚いた二人が飛び起きる。

「おはよう。犬の散歩の時間よ。」

 ハンスはまだ寝ぼけているのか、目が半開きになっている。

「ハンス、起きて、散歩にいくわよ。」

「まだ夜だよ。」

「あなた達、修行の身でしょ。早く着替えてね。下の扉の所で待っているわ。」

 部屋を出ていくジーナの後ろ姿を見ながらハンスが愚痴をいった。

「港町ギロの館ならまだ真夜中で誰も起きてなんかいない時間だよ。これが虐めで無ければ良いのだけれどね、フーゴ。」

「でもハンス、ジーナの言う通りだよ。俺たち修行の身だもの。仕方がないさ。それに女のジーナだって俺たちの為に起きてきたじゃないか。」

「それはそうだけど。」

 ジーナは外に出て、日課になっている杖を使った鍛錬を行っていた。杖術の型をなぞるのだ。

「おはようジーナ、鍛錬なら軽い棒じゃだめだよ。」

 ハンスは、ジーナが持っている杖が昨日まで持っていたものと違う事に気付いたが、木製だと思ったのだ。

「じゃあ、やってごらんなさい。」

 ジーナは、ダンが作ってくれた重さ三キロはある鉄の杖をハンスに向かって放り投げた。受け取ったハンスは、その重さに思わず落としそうになる。

「フーゴ、持ってみて。」

 ハンスがフーゴに渡す。フーゴは取り損ねて落とした。

「落としては駄目よ。私の大切な杖なんだから。」

 ジーナは再び杖を手にして鍛錬の続きをする。

「あなた達も散歩の前に体をほぐすと良いわよ。」

 フーゴとハンスは腰のナイフを抜いてジーナを真似るが腰が全く据わっていない。

 暫くしてから山道へバウを促した。

「朝の散歩に出かけるわよ。」

 ジーナは山道を駆け上るバウの後を追った。フーゴとハンスも追いかけるがジーナとバウの姿はたちまち見えなくなった。二人が山道を暫く走ると、ジーナが途中で休憩しながら待っていた。隣には黒犬もいる。

 二人とも犬の隣に倒れ込んだ。港町ギロの館ではこの様な荒行は無かった。

「あなた達、遅いわよ。さあ、下りるわよ。」

 言い終わらないうちにジーナと黒犬は坂を駆け下りていた。

 塔との間を二往復した所でフーゴとハンスは倒れ込んだ。

「ジーナ、もう駄目だ。死んでしまう。」

「この程度で音を上げてはこの犬の散歩係は務まらないわ。私はもう一度行って来るけれど明日からは、二人だけで散歩をさせるのよ。途中でサボるとこの犬、怒り出すわよ。凶暴だから気をつけてね。」

「ジーナ、犬の名はなんていうの。」

フーゴが質問した。黒毛の時のバウの名を決めていなかったジーナは困ってしまった。

「知らないわ。ケルバライト様が名前で呼んでいるのを聞いた事がないもの。じゃあね。」

 ジーナと黒毛のバウは再び山へ入った。


 見習魔術師の二人組がついてこない事を確認してから、ジーナは腰に巻いた二本の鎖を外して、鎖の先についている折りたたみ式の鎖鎌の刃を出した。片方の鎖を振り回しながら木の枝に引っかけて大きく体を前へ振り、反対の手に持つ鎖鎌を前方の枝に引っかけて進む。

 まるで手長猿が森の枝を飛び移っている様にも見えた。黒毛のバウは、下草をかき分けて走っている。

 子供の頃から北サッタ村の奥にある、大陸一高いガナラ山の麓の森で育ったジーナとバウの得意技だった。

 若い二人の魔術師にはとうてい真似が出来ない技だ。ジーナもバウもこの様な山遊びが大好きだった。

 一時間ほどしてから物足りない顔をしているバウを山へ残して一人だけ塔へ戻ると、若い二人はニコラと一緒に雑草刈りをしていた。

 ハンスはジーナに声をかけた。

「ジーナ、降参だよ。明日はもう少し楽な道にしてくれないかな。」

「あら、それはケルバライト様の犬が決める事よ。私に言われても困るわ。あの犬はまだ山にいるわよ。」

「ケルバライト先生はどうやって犬を呼び寄せるのだろうね。」

 放し飼いにしているバウがいつの間にか戻って来るのが二人には不思議らしい。

 ジーナの声を聞きつけたのか、シンディが塔から走り出てジーナにしがみついた。一晩泣いていたのだろう。目が腫れている。後ろからエレナがついてきた。

「エレナ、ごめんね。」

「せっかくニコラがベッドを作ってくれたのに、泣きやまないから私のベッドで一緒に寝たのよ。」

「シンディ、エレナを困らせてはだめよ。」

シンディはジーナが着ているケープの裾を引っ張り、顔を拭っている。塔の生活に慣れてくれるだろうか。あのままガエフの旅芸人のキャラバンにいた方が良かったのではないだろうか。少し心配になった。


 ジーナはシンディと共に塔の掃除を手伝った。気が紛れたのかシンディはもう泣いていなかった。

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