三十八 新しい仲間達・新しい生活(一)
ガエフ公国を出て三日目にジーナ達一行はガサの町についた。
「ジーナさん、ありがとう。ケルバライト様に港町ギロについたら魔術師の塔へ挨拶にいくと伝えて欲しいのだが、いいかな?」
フレッドはジーナに礼を言った。
「分かりました。ナンシーさんは大丈夫ですか?」
「ガエフの町での出来事がよほどショックだったのか、娘はすっかり無口になってしまった。ケルバライト様にお会いできれば少しは気が晴れるとおもうのだが、お願いするのも図々しい気がする。」
商人のフレッドと話している間にシンディがジーナに甘えてすがりついて来た。手を握ってやり、フレッドとの会話を続ける。
定位置を奪われたバウはシンディの反対となりに立っている。
「わたしがケルバライト様にお願いしてみます。ただ、お忙しい方なので難しいかもしれませんね。」
ジーナは、馬車の前の席に座ったまま降りてこないナンシーに同情したが、ケルバライトとして会ってよいものか迷っていた。しかし、むげに断る事も出来なかった。
「では私達はここで失礼する。ここから先は大丈夫だと思う。警護をありがとう。」
フレッドは懐から財布を取りだし、フーゴ、ハンス、ジーナ三人に銀貨を五枚ずつ渡した。
「少ないが受け取ってくれ。ケルバライト様には挨拶に伺った時にお渡ししよう。」
「何もしなかった僕たちがこんなに貰っていいのですか。」
ハンスが聞いた。
「大勢で旅をした事で避けた賊がいたかも知れないんだ。君たちがいて随分助かっているよ。ではまた会おう。フーゴ君達も時々は遊びにきてくれ。ナンシーの気晴らしにもなる。」
最初の日にジーナが街道で賊の二人を倒した事は誰も気付いていなかった。
フレッドの馬車は町へ向けて動き出した。
「ジーナ、色々とありがとう。僕たち魔術師の塔へ行くからまた会えるね。」
「待っているわ。」
見習魔術師の二人は、代わる代わるバウの頭を撫でると港町ギロへ歩いていく。
僅か三日の旅で二人の魔術師のマントは新品らしさが抜け、着ている二人も貫禄がついて見える。
シンディの手を握ったままジーナはバウを連れて魔術師の塔へ向かった。
馬車に揺られてきたとはいえ、三日の旅は小さなシンディにはつらかったようだ。足取りが重い。犬のバウは全く疲れてなさそうだった。
カテナ街道沿いにあるダンの鍛冶屋へついた。
「シンディ、ちょっと休憩よ」
ビルはダンの鍛冶屋の前で店番をしながらジーナが渡した投げ矢の練習をしていた。 バウは尻尾を振ってビルに駆け寄ると思い切りじゃれついていた。バウとビルは気が合うのだ。作業場から鎚の音がしない。ダンは留守のようだ。
「ビル、元気?」
「ジーナ、一週間も何処へいっていたのさ。」
その問いに答えず、ジーナの背に隠れているシンディを前に立たせた。
「紹介するわね。シンディよ。今日からガサの町に住む事になるからよろしくね。」
「シンディ、僕はビル。ダン親方の所で修行中なんだ。君は何処の子なの。」
シンディは、大きな瞳でビルを見つめている。口は結んでいるが、嫌いという訳ではなさそうだ。シンディに代わってジーナが答える。
「この子は旅芸人の所にいたのだけれど事情があってガサの町で暮らすことになったのよ。二人とも仲良くね。」
シンディはビルの持っている投げ矢に興味を惹かれたらしく、手を出した。
「貸して。」
「シンディ、投げ方が分かるの。難しいよ。」
ビルがそう言ったが、シンディが小さな手で投げ矢を掴み、ビルが的にしていた木に向かって投げるとみごとに命中した。ジーナが刺さっている矢を抜いてビルに返した。
「上手ね、誰に教わったの。」
「ナイフ投げのジジ。みんなそう呼んでいたお爺さん。シンディが大きくなったら投げナイフの技でお金が稼げるようになりなさい、て言っていたの。」
「ビルより上手だわ。」
「だって僕は練習を始めたばかりだもの。今にもっと上手になるよ。」
「親方のダンはいる?」
「いないよ。夕方戻るといっていた。」
「じゃあ、夕方来てみるわ。」
別れ際にシンディはビルに手をふっていた。
カテナ街道から脇道へ入った先の坂道の途中でシンディが座り込んでしまった。背中には荷物がある。ジーナはシンディの背にある小さな荷物を外すとバウの方を見た。
「バウ、シンディの荷物をおねがいね。」
バウがシンディの荷物紐をくわた。
「おいで。」
ジーナはシンディと向き合い、ハグをするように抱き抱えた。子供とはいえ、十数キロはあるシンディをかかえて歩くのは大変だが、魔術師の塔はすぐ近くだ。坂道をゆっくり歩く。
「魔術師の塔は遠いの?」
そう聞いてきたシンディは、申し訳ないと思っているのか、目線をそらしている。
「この坂道の突き当たりよ。ちょっとだけ我慢してね。」
『我慢しているのはジーナの方ではないのか?』
アルゲニブの問いかけにジーナは返事をしなかった。コマドリがジーナの頭に留まった。この鳥に変装は効果がないらしく、魔術師の姿をしていなくても寄ってくる。
「その鳥、ジーナ姉さんが好きなのね。」
「この鳥は暖かい南へ行きそびれたの。きっと来年暖かくなるまで居るつもりなのだわ。」
坂道の突き当たりに石で出来た四階建ての魔術師の塔が見えた。ジーナは胸に抱えていたシンディをおろした。シンディはそっとジーナの手を握った。緊張しているのだろう、その小さな手に力がこもった。
「バウ、ありがとう。」
バウが口に咥えていたシンディの荷を空いている方の手で受け取った。
「シンディ、塔へ入る時はこの紐を引っ張って鐘を鳴らすのよ。届く?」
シンディはうなずき、背伸びをして塔の入口に下がっている紐を引いて呼び出しの鐘をならした。
「どなたですか。」
のぞき窓からエレナが声をかけた。
「ジーナよ。ただいま。」
挨拶のつもりなのだろう、バウも尻尾を振って吠えた。
すぐに大扉脇の小扉が開けられた。
「久しぶりね、旅に出たと噂で聞いていたけれど、無事に帰ってきたのね。あら、可愛いお客様ね。お名前は。」
「シンディ。」
「ジーナ、誰の子なの。」
「エレナ、この子は今日からこの塔で暮らすの。勿論レグルス様のお許しを頂いてからだけれど。」
「私、ジーナ姉さんと別れなきゃいけないの?」
不安そうにシンディが聞いた。
「違うわ、私はタリナの宿という宿屋に泊まっているけれど此処へは毎日のように来ているからいつでも会えるわよ。」
「私もお姉さんの宿に泊まりたい。」
ジーナは最初、シンディを宿に泊めようかとも思ったが、いつまでも一緒にいる訳にはいかないし、また魔術師の変装が分かってしまう。いずれジーナは北にあるサッタ村へ行く事になるのだ。早いうちに塔での生活に慣れさるのが良いと思った。
それに子供一人の事だ。塔で生活する分には金はかからないだろう。レグルスがなんとかしてくれるに違いない。
二人は一階の大広間へ入って扉を閉めた。一週間前と違い、塔内が明るくなっている。
「レグルス様の目が随分良くなったの。塔内を明るくして良いとおっしゃったから昼間は窓を開けているわ。」
「お爺さんのニコラさんはいなのね。」
「港町の漁師へ魚を買いにいっているわ。レグルス様が肉より魚料理がよいとおっしゃるの。」
「エレナ、塔の生活はどうなの?レグルス様は優しい?」
「レグスル様は三階にある自室から殆どお出にならないわ。お食事の準備と、塔の部屋を順番に掃除してゆくだけだから仕事はとても楽よ。」
ジーナはシンディを見て言った。
「あなたもエレナのお手伝いをするのよ。」
「こんな広いお屋敷の掃除は大変そう。」
不安そうなシンディにエレナは言った。
「みんなで共同生活するのよ。シンディになにが出来るか分からないけれど私を手伝ってね。」
ジーナは壁のつり下げられた竹製の花瓶に気がついた。
「エレナ、壁に花瓶を下げたのはあなたね。それだけで雰囲気が随分違うわ。レグルス様にお会いしたいのだけれど部屋にいらっしゃるかしら。」
二人で話をしているとレグルスが階段を下りてきた。
「久しぶりだな、ジーナ。何処へいっていたのだ?」
「魔術師様とガエフへいっていました。」
ジーナとケルバライトが同一人物だとは誰も気づいていない。
「ジーナは魔術師の従者なのか。」
「いいえ、でもあの方に従者はいないので私が一緒にガエフへ参りました。」
ジーナはシンディをレグルスに紹介した。
「この子はシンディといいます。身よりのない子なのでこの塔で暮らさせたいのですが、だめでしょうか。」
「何歳なのだ。」
「六歳位だと思います。シンディ、この塔のご主人様よ。挨拶をなさい。」
しかし、シンディはジーナのスカートを強く握ったままレグルスを見つめるだけだった。
「幼い子が怖がるのも無理はない。エレナ、同じ部屋で面倒を見てくれないか。他にいく場所も無いのだろうから、当分の間この塔で面倒を見る事にしよう。」
シンディを見ているレグルスにジーナはガエフを出る前に道草亭で用意した手紙を渡した。ケルバライトとしてガエフでの事の顛末を書いたものだ。
「エレナ、よく気をつけてあげてくれ。塔の中も外も危険な場所があるのだからな。」
「分かりました。」
レグルスは階段を上がっていった。
「シンディ、よろしくね。」
エレナが屈んで改めてシンディに挨拶をした。
「夜はエレナが一緒に寝てあげられないかしら。」
「いいわよ。私のお爺さんに頼んでシンディ用のベッドを作ってもらう事にするわ。」
エレナはシンディにまず井戸の場所を教えた。
「シンディ、井戸にだけは気をつけてね。落ちると大変な事になるからね。それから、石の階段にも気をつけるのよ。足を滑らさないようにね。外に一人で出てはだめよ、毒蛇や野犬がいるかも知れないからね。」
エレナが注意を与えながら塔について説明して回った。バウも後ろをついてくる。小さい子が分かってくれたかどうか不安だったが、そのうちに慣れるだろうとジーナは思った。
疲れているはずのシンディだったが、緊張しているためか、ジーナに迷惑をかけてはいけないと思ったからか、おとなしくエレナの後をついて歩く。
一通り塔の説明をした後、バウを散歩に出して、洗濯をする事にした。大きな洗い場がある。手にしていたシンディの荷物を解き、洗い場へ広げた。
「それは私が洗濯するわ。」
「シンディ、洗濯ができるの?」
「テントではみんな自分の事は自分でするのよ。旅の間は誰も自分の事で一杯だもの。料理も作れるわよ。」
旅芸人にいたシンディは、幼いながら一通りの事ができそうだ。ジーナが旅の途中で着替えた服を洗濯しようとしていると、シンディは着ている服まで脱ぎ始めた。
「シンディ、寒いから脱いじゃだめよ。」
「でも、みんな一緒に洗濯しないと水が勿体ないって頭領が言っていたわ。」
「他の人もそうだったの?」
「ううん、私だけ。頭領は私には特に厳しかったから。」
頭領とはガエフの町で魔術師のサイラスと差し違えて死んだ、旅芸人の頭領アモスの事だ。
「男もいるから裸になってはだめよ。洗濯した服が乾いたらエレナの部屋で着替えなさい。」
汚れているジーナの服を見てシンディは言った。
「ジーナはどうするの?」
「私は宿に着替えを置いてあるから後で宿に帰るわ。私が居なくてもみんなと仲良くしているのよ。」
納得したのか、シンディは頷いた。
一階大広間の横にある洗い場でジーナとシンディが洗濯を続けていると、大扉の開く音がしてニコラが入ってきた。さっそくシンディを紹介する。
「ニコラさん、今日は。この子、シンディと言うの。今日から塔で暮らす事になったのでよろしくお願いします。」
人見知りなのか、シンディはジーナのスカートを握っている。癖になったようだ。
「おや、可愛い子だね。ジーナの子かい。」
ニコラが冗談交じりに言った。
「違うわ。ジーナ姉さんの妹よ。」
シンディは真顔で答えた。
ジーナは保護者だったローゼンを除けば、物心ついた時から一人だった。同年代の友達も姉妹もいなかった。自分を頼りにしてくれる弱い者がいる事は、ある意味心地良さがあった。ローゼンも自分に対してこんな気持ちでいたのだろうか。
「シンディ、エレナの手伝いを頼むよ。暫く大扉を開いておく。少し寒いけど我慢してくれ。」
シンディは無言で頷いた。
「ニコラさん。シンディをエレナと一緒の部屋で寝させたいのだけれどベッドを作ってくれないかしら。」
「ジーナ、エレナのベッドの下に、引き出し式の小さなベッドを作っても良いかな。それだと昼間は押し込んでおけるから邪魔にならないだろう。外の掃除が終わったら早速作ってあげよう。」
ニコラは草刈り用の鎌を手に外へ出ていった。塔の周囲の雑草は枯れたまま放置されていたのだ。
レグルスは塔の三階にある執務室でジーナから受け取った手紙を読んでいた。自分を幽閉から救ってくれ、ガエフへ向かった魔術師の名がケルバライトという事を手紙のサインで初めて知った。
手紙によれば、港町ギロにある魔術師の館から見習い魔術師が二人移動してくる事が書いてあった。大きな魔術師の塔でニコラとエレナ、寝たきりのルロワの四人だけの生活だったが、幼いシンディも加えて七人、いやケルバライトをいれると八人の生活になる。
若い二人がいつ移動してくるか分からないが明日にでもニコラに準備をさせようと思った。
レグルスは、ガエフ公国の大魔術師長であるランダルを幼い頃から知っていた。孤児だった彼を自分が魔術師として育てたのだ。彼には魔術師としての才能は有ったが、優しさが欠点だった。
冷酷さがない魔術師は大成しない。
そんなランダルの心を掴んだケルバライトも心優しい魔術師に違いないとレグルスは思った。
数ヶ月前、ルロワが裏切ってレグルスを幽閉する前は兵士もいれて二十人以上いたが、これからは八人の共同生活となる。女子供も交じっての生活を思い、心が明るくなった。
無口で冷たいと言われていた首都ハダルでの、指導と研究の日々を懐かしく思い出した。あの頃とは異なる、若い者達に囲まれる日々がやってくるとは思っていなかったのだ。
魔術師ケルバライトと共に旅をしたジーナは彼の身内なのだろうか。二人は兄妹なのかも知れない、とレグルスは思った。
レグルスの自室と四階以外は随分明るく、綺麗になった。最近では野草が飾られていたりする。町人に立ち入らせる事ができない部屋についてはケルバライトに相談してジーナに掃除をさせようと思った。彼の仲間である娘ならば問題ないだろう。