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ジーナ  作者: 伊藤 克
36/79

三十六 新しい仲間達・ガサの町へ(二)

 深夜アランが部下のポールと会っていたその時から数時間後、陽が昇る頃に、ガエフ公国で紙商人フレッドの泊まっている宿、道草亭の前で若い魔術師二人が、フレッドが宿から出てくるのを待っていた。

 旅支度を終えたジーナも白犬のバウを連れて合流する。

「お早う、フーゴ、ハンス。」

「お早う、ジーナ。」

 二人は声を揃えて挨拶をした。

 ジーナの手を握っているシンディも小さな荷物を背負っていた。今まで着ていた服だ。

「シンディ、綺麗な服だね。可愛いよ。」

 ハンスが言うとシンディは照れくさそうに言い返す。

「あんた、少し痩せたら。そんなじゃ彼女ができないわよ。」

「ハンスの負けだよ。」

 フーゴがいった。この調子だと旅の三日間はうまくいきそうだ。

 商人のフレッドと娘のナンシーはなかなか出てこなかった。

 子供達とバウはじゃれ合っている。退屈はしていない。

 ジーナの肩に小鳥が戻っている。

 泣き声を聞いてシンディが近寄ってきた。

「ピーちゃんはジーナ姉さんが飼っているの。」

「ううん、お友達が飼っている鳥よ。」

 ジーナはケルバライトの鳥にしておこうと思ったのだ。そうすれば、魔術師でいるときに鳥が肩に乗っていても怪しまれずに済む。

 小鳥の名前が『ピー』に決まってしまった。

 フーゴとハンスも寄ってくる。

「この鳥はコマドリでしょ。」

「フーゴは鳥の名前も知っているんだね。僕は知らなかったよ。」

「ほら、背中がオレンジ色で綺麗でしょ。でもおなかは白い。これはコマドリだよ。」

 フーゴが話ながら指で嘴に触ると突き返してきた。ジーナと共に旅しているうちに人に慣れてしまったようだ。

「でもジーナ、コマドリだったら、とっくに南に移動している筈だけどな。」

「この鳥は寒いのが苦手なのかい。」

「そうだよ、ハンス。」

「寒いときはこうやって暖めてあげるのよ。」

 そう言ってジーナは懐に入れて見せた。

 小鳥は服の隙間から顔を出しておとなしくしている。

「みんな仲良くしてあげてね。」

 何処で拾ったのか、シンディが木の実を差し出すと小さな嘴でつまんだ。

「ジーナ姉さん、ピーちゃんて可愛いね。」

 ようやくフレッド親娘が四輪の馬車を引いて出てきた。来るときは一頭で引いていたが、二頭立てに変わっていた。

 二頭の手綱が交差して組まれ、一つの手綱で操作出来るようになっている。

「フレッドさんお早うございます。ジーナです。ガサの町までよろしくお願いします。」

 他の三人もジーナに倣って挨拶をした。

 ナンシーはジーナのうしろに隠れ、顔だけだして軽く会釈はしたが、会話をする事は無かった。

 フレッドとナンシーが乗った馬車の後を、ジーナと二人の若い魔術師がついて歩く。子供とはいえ、これだけ人数がいると盗賊も襲いにくいに違いない。

 ジーナはフレッドに頼んで子供のシンディをナンシーの隣に座らせて貰った。子供が三日間歩き通すのは無理だからだ。

 フーゴとハンスの荷物も馬車に載せて貰った。ジーナは荷物を背負ったままだ。荷物を体から離さないのは、ジーナの習性になっていた。背に荷物が無いと落ち着かないのだ。


 普段女の子と話をする機会がないフーゴとハンスは、すすんでナンシーに話しかけている。ガエフを出た時は硬かったナンシーも徐々にうち解けているようだ。


 重たい荷物を乗せている馬車はゆっくりと進んだ。

 シンディは拾った小石を投げ上げてジャグリングの真似をしている。

 ハンスがフレッドの娘、ナンシーに話しかける。

「ナンシーは何歳なの?」

「一五歳。」

 ナンシーがぶっきらぼうに答えた。ナンシーは、二日前にガエフの宿で起こった出来事について思い出そうとしていた。その夜、ジョンと名乗る偽魔術師に騙されて林の奥に連れ込まれたのだ。

 ジョンに抗議した所までは覚えている。気がついたら朝になっていた。着ている服は深夜出かけた時のままだった。脱がされたり、乱暴されたりした形跡は無かったが、土で汚れていた。

 父親によれば、気絶しているナンシーを警備兵が抱きかかえてきたのだという。兵士が、『ケルバライトという名の魔術師がナンシーを救ったのだ。』と言っていたらしい。

 父は、魔術師ケルバライトと、カテナ街道で自分達を救ってくれた小柄な魔術師は同一人物らしいと言った。

 偽魔術師のジョンが言っていたシェーンという名は全くの出鱈目だったという事になる。落ち着いて考えてみれば、ジョンの言っていた全ての事に全く裏付けが無い。

 十五歳にもなってそんな単純な嘘に騙された自分が悔しかった。また、父親の忠告に素直に従えない自分にもどかしさを感じてもいた。父親に対してどうしても素直になる事が出来なかった。

 お母さんが生きていてくれれば相談相手になってくれたかも知れないと思うと、涙が出そうになる。また、つい反抗してしまう父親に対して申し訳ない、と思う気持ちもあった。

 ナンシーの誘拐事件を知らないハンスは明るく質問する。

「その綺麗な服はお母さんに買って貰ったの?」

「私にお母さんはいないわ。二年前に病気で死んだの。」

「ごめんね、変な事を聞いて。」

 シンディが会話に割って入る。

「ナンシー、でもお父さんがいるんでしょ。うらやましいな。」

「シンディのご両親は何処にいるの?」

「知らない。アモスは私を道端で拾ったと言っていたよ。本当かどうか知らないけど。」

「アモスって誰なの。」

「旅芸人の頭領。」

「じゃあ、アモスという人がお父さんの代わりだったと言うことなの?」

 ハンスはたて続けに質問する。

「ううん違うわ。アモスはいじめっ子の親分みたいな人。私に親はいないの。」

 ナンシーは、母親がいない自分が世界で一番不幸だ、と思っていた。勿論、妹も同じ境遇だが、その事に思い至ってなかった。

「煩いお父さんがいないと自由で良いわね。」

 なにげ無く言ったナンシーの一言にシンディは泣き顔になった。それを聞いていたフーゴが言った。

「ナンシー、シンディが可哀想だよ。確かに君にはお母さんがいないかも知れないけれど、お父さんがいてくれるじゃないか。煩い親かも知れないけれどね。でも、シンディは両親の顔も声も知らずに育ったんだよ。今まで独りぽっちでいたなんて可哀想すぎるじゃないか。ハンスだってそう思うだろう。」

「僕はナンシーの味方をするよ。だって可愛いもの。」

「ハンスなんか大嫌い。」

 シンディはそう言って手にしていた小石をハンスに投げた。見事にハンスの頭に命中した。

「痛いよ、シンディ。」

「その石頭じゃ、小石が当たった位で死にやしないわ。」

 シンディが言う。悔しかったハンスは木の実を拾ってシンディに投げた。勿論、手加減してだ。ナイフ投げの芸で慣れているシンディは投げられた石を顔すれすれの所で避けた。木の実は隣にいるナンシーに当たった。

「へへー、ハンスはナンシーが嫌いで当てたんだ。」

 シンディが囃し立てる。ナンシーは膝の上に落ちた木の実をハンスに向かって投げたが、あらぬ方向に飛んでいった。

「ナンシー、ごめんね。」

 ハンスが謝った。

「私、何とも思っていないわ。」

 そう言うとナンシーは俯いてしまった。ハンスの件でふさぎ込んだのではない。幼いシンディがハンス達と楽しそうにしているのが羨ましかったのだ。

 数日前、ガエフに向かう馬車の上で、裁縫も読み書きも出来ない事を魔術師から言われた事を思い出していた。この子達は読み書きができるのだろうか。

「シンディは読み書きができるの。」

「ううん。」

「そうなんだ。ハンスはどう。」

「勿論できるさ。魔術師なんていっても年中魔術を使っている訳では無いからね。仕事の殆どは書類を作ったり、手紙を書いたりする事なんだ。」

「計算も出来ないとだめだよ。書類に数字は付き物だからね。」

 フーゴが付け足した。

「私、読み書きが苦手なの。」

 ナンシーが言った。

「僕、教えてあげるよ。」

「ハンス、君は字が汚くていつも怒られてばかりいたじゃないか。ハンスに教わったら、ナンシーの字も汚くなってしまうよ。」

「フーゴ、それは言いすぎだよ。文字が汚いといいうけど、一応読めるぜ。」

「だってハンスはまだ書類書きを任された事がないじゃないか。」

「私、汚い字でも良いから教えてちょうだい。」

 シンディがケンカしたばかりのハンスの顔を見ていった。

「僕たちガサの町にある魔術師の塔にいくんだ。シンディが近くにいるのだったら教えてあげる。シンディは何処に住むの?」

「知らない。ジーナ姉さんに聞いてちょうだい。」

 ジーナは馬車の後ろをバウと歩いていた。

「ジーナという女の子は何をしている娘なの。」

 フーゴ、ハンス、シンディの子供達三人が、同じ子供に見えるジーナの言う事を素直に聞いている。ナンシーには不思議だった。

「ジーナは僕たちの首領さ。」

「あなた達盗賊だったの。」

「違うよ。俺とハンスは見習の魔術師なんだ。ジーナは魔術師では無いけど、とても強いからね。」

「フーゴ、試験に合格したのだからもう見習じゃ無いよ。」

「でもハンス、ケルバライト様の術を見たろう。俺たちは見習以下かも知れないぜ。」

「そうだね。試験に失敗して魔術師の塔へ流される位だから、確かに見習魔術師だね。」

 思わぬ所で自分を救ってくれた人の名が出たのでナンシーは動揺していた。

「ケルバライト様とはどういうお方なの?」

「僕たち二人の先生だよ。ハンスと僕は、これからガサの町にある魔術師の塔へいってケルバライト様から色々教わるんだ。」

「どんな魔術師様か知らないけれどジーナ姉さんの方が絶対に強いわ。」

 芸人のテント村があった小山でジーナに救われたシンディが言った。


 街道沿いの木立の影に三人の人間がいる事にジーナは気付いた。一人は馬を引いている。魔石の腕輪の力を借りて男達の会話を聞く事にした。この力を使えば遠く離れた音や気配を拾う事ができる。


 その日の朝、殆どの旅人が出てしまった頃、盗賊団の首領エドモンドの部下であるラルフは、馬に乗ってカテナ街道を北へ向かった。首領が『港町ギロへ向かっている紙商人のフレッドを襲え。そして誰が警護をしているのか調べてこい。』と指示したからだ。

 しかし、ラルフは自ら馬車を襲う気は無かった。出がけにフレッドの馬車の様子を見たが、子供の見習魔術師二人と女だけの一行だ。自ら出る幕でもない。また、不都合な事態が起こった時に自分の身をさらしたくは無かった。

 港町ギロ迄の道のりには、ダルコ、コルガの二つの宿があった。ラルフはそのいずれかの宿の居酒屋で破落戸を雇おうと思っていた。急ぐ必要はない。まだ三日あるのだ。フレッドの馬車はようやくガエフを出発した頃に違いない。ラルフが先行している。


 暫く馬に揺られていると、街道を北からガエフへ向かって歩いてくる、革の胴衣を着た二人連れがいた。その男達は馬上のラルフに気付くと、急に向きを変え逆方向に走り出した。

 ラルフは二人の後を追った。いくら走って逃げても所詮、馬には叶わない。すぐに追いついた。

「お前達待て。」

 振り向いた二人の顔はラルフに見覚えのあるものだった。

「思い出したぞ。お前達、首都ハダルで魔術師から指輪を盗んだ時に逃げた奴らだな。俺の前を走って逃げたりしなければ思い出したりしなかったものを。残念だったな。」

 馬を下りたラルフが言った。

 二人は怯えた目でラルフを見ている。

「許してください。ハダルではついうっかり道を間違えただけで。」

 言い掛けた男に剣を一閃した。男の頬が切れ、血が滲んできた。

「別の者に盗ませた魔力の指輪を一時お前達に預け、それを仲間が取りに行く算段だった。しかし、お前達が指輪を持って逃げた為に、指輪を追っていた魔術師と俺達の仲間が鉢合わせをしてしまった。」

「いや、だから道を間違えて。」

 再びラルフが剣を振る。もう一人の男の顔にも傷がついた。

「お前達が逃げながら放り捨てた魔力の指輪は魔術師達に取り返されてしまったのだぞ。指輪を持ち逃げして一儲けしようと企んだばかりに、仲間が十人も死んだのだ。そして俺も首都ハダルに居られなくなったという訳だ。では、覚悟を決めて貰おう。」

 そう言って剣を振りかぶった。

「お願いです。何でもします。殺さないで下さい。」

 丁度良い。この二人に商人の馬車を襲わせようとラルフは思った。

「では一度だけチャンスを与えよう。この道を通る馬車を襲え。成功したらまた仲間にしてやる。どの馬車を襲うかは俺が指示する。少し待て。」

 そう言って二人と共に木立の影に隠れた。

 やがて、目の前をフレッド一行の馬車が通りすぎた。

 ラルフはジーナが盗み聞きしている事に気がついていない。ジーナの魔石の腕輪を使った技は魔術師でさえ気付く事のない特殊なものなのだ。

「ラルフさん、今の馬車を襲えばいいんですね。」

 革の胴衣を着た一人が言った。

「そうだ。俺は馬車を追い抜いて先で待っている。俺の姿が見えたら襲うのだぞ。その手際によっては首都ハダルでの裏切りは許してやろう。」

「では許して貰えるんですね。俺たち、いつラルフさんに見つかるか怖くて眠れませんでした。」

「お前達、俺達の組織を甘くみるなよ。」

 もう一人の、同じような革の胴衣を着た男が聞いた。

「でも、どうしてラルフさんが襲わないのです。馬車一台と女子供なら楽勝ですぜ。」

「お前達の手際を見たいだけだ。いいか、逃げたり失敗したりしたら命はないものと思え。」

 ラルフは馬に乗り、商人の馬車を追い越していった。

「おい、ラルフは行ってしまったぞ。どうする、逃げるか?」

「お前、逃げられると思うか?相手は馬に乗っているのだぞ。それにこの街道は一本道だ。」

「せっかくハダルからガエフまで逃げてやれやれと思ったら、ラルフがガエフの町をうろつき始めた。」

「そうだ。見つかるとやばいと思った俺たちは更に北へ逃げて来たのだ。それを、馬に乗ったラルフを見つけたお前が怯えて逃げたりするからこんな事になってしまったのだ。」

「しかし、いずれ気付かれてしまったに違いないのだぞ。早く逃げるに越したことはない。」

「ハダルで指輪を持って逃げた時だってそうだ、突然現れた魔術師に驚いて、お前がお宝の指輪を落としてしまった。あれさえ持って逃げていれば今頃大金持ちになっていたものを。実に惜しいことをした。」

「愚痴をいっても始まらない。馬車を追いかけようぜ。どうせ女子供が相手だ。すぐに終わるさ。」

 魔術の指輪は入手困難な貴重品だ。しかし、魔術師ではない者が持っている事を知られると魔術師会に粛清されてしまう。貴重品ではあったが、危険な品でもあった。どんなに高価で貴重な指輪を持っていても、金に換える事は困難だったろう。売買するすべを知れなければ、いずれ魔術師会に嗅ぎつかれていたに違いない。


 ジーナは小鳥のピーを懐から出して手に留まらせた。

『ピー、今の馬が何処までいくか見張ってちょうだい。』

 追い抜いていったラルフを追いかけるよう、心のイメージで小鳥に指示を出した。魔術師の塔でモグラを使ったのと同じ技だ。

 小鳥は馬を追いかけて飛んでいく。ジーナは立ち止まって目を瞑った。目の下に広がる景色にジーナは思わず目眩がした。空を飛ぶ小鳥の視線に慣れていなかったのだ。不鮮明ながら馬にのる人物が眼下をゆく。その馬は街道の先で止まった。道の真ん中にいる。

 男三人に挟まれては面倒になると思ったジーナの動きは速かった。

「バウ、馬車のあとを歩いていてね。何かあったら知らせるのよ。」

「ジーナ、どこへ行くんだ?」

「ハンス、そんな事をジーナお姉さんに聞いちゃだめよ。」

「シンディ、なんでだよ。忘れ物があるなら俺が取りにいってくるぜ。」

「ハンスだって時々馬車を離れるだろう?」

「そりゃあ、我慢できない事もあるからね。」

「ハンスって本当にきらい。」

 シンディは頬を膨らませてそう言った。ハンスはシンディとフーゴが言おうしている事にようやく気付いた。

 

 犬のバウに指示を出してから、木陰で外套を裏返し、黒緑色を表にした。万が一の時に正体を知られたく無いと思ったのだ。

 動きにくいスカートをたくし上げて腰の鎖ベルトで止める。勿論、下には男物の半ズボンをはいている。黒い布でマスクをする。手慣れた変装で、一分とかかっていない。何処から見ても男だ。

 ジーナは武器として使っている杖を手に、街道を逆走した。すぐに男二人と出会う。走ってくるジーナを避けようと男二人は道端へ寄る。すれ違いざまに頭へ一撃を入れた。油断していた男は崩れ落ちた。驚いて棒立ちになっている男も気絶させる。

 これで暫くは立ち上がれないだろう。

 向き直り、走って馬車を追いかけながら衣装を整えた。良かった。馬車は無事で、ジーナが一仕事した事に誰も気付いていない。馬車の後ろを歩きながら、再度服を改め、息を整えた。小鳥の意識を探ると、馬に乗った男を見下ろしている。その男は移動していないようだ。

 馬に乗った男が道の真ん中でこちらを向いているのがジーナの目にも見えてきた。ジーナは小鳥を呼び戻すと、外套の影で投げ矢の準備をした。


 ラルフは馬を暫く走らせてから止まり、やってくる馬車を待った。その馬車を守るのは商人と見習魔術師の子供だけだ。女の子はラルフの数に入っていない。馬車の警備の様子を探るには例の男二人で十分だろう。

 やがてフレッドの馬車がきた。しかし、襲うように指示した男二人の姿が見えない。ラルフは横へより、馬車をやり過ごした。

 前に乗っている娘二人と見習魔術師二人は楽しそうに会話をしながらのんびりと通りすぎた。後ろから犬をつれた娘がついて歩いている。

 馬車の様子は、男二人を置いてラルフが追い越した時と同じだ。襲われた様子は全くない。フレッド商人の一行は緊張してもいなかった。

 ラルフは馬車を見送った後、ゆっくりと街道を引き返した。しかし馬車を警護していそうな者はいなかった。ラルフも素人ではない。木の陰に隠れたくらいではすぐに気付く。暫くいくと、男が二人道端で失神していた。

 馬から下りて男達を蹴飛ばした。ようやく一人が息を吹き返した。

「あ、ラルフさん。」

「どうしたのだ?」

「男が走ってきていきなり襲って来ました。」

「どんな男だ。」

「瞬間だったので判りません。」

 馬車の周囲には男の姿など何処にも無かった。強力な魔術師を雇ったのだろうか。

 ラルフは気絶したままの男に剣を突き刺し、殺した。

「もう一度聞く。どんな男だ。魔術師か?」

「いいえ違います。」

 そういってもう一人の男は震えながら後ずさるが、恐怖の為か立ち上がる事が出来ない。おびえる男を剣で一突きした後、馬に乗ってゆっくり北へ向かった。

 何者かが護衛をしている。しかし、ラルフの目には映らなかった。首領のエドモンドへ報告する言葉を探しながらガエフへ引き返した。


 ダルコの町についたフレッド一行は、馴染みの十日町と書かれた宿へ馬車をつけた。幸いに人数分の部屋が空いていた。

 ジーナはその日もシンディを抱いて寝た。夜中に泣き出したが、昨夜と違いすぐに泣きやんだ。

 一行の初日は何事もなく終わった。


 翌日、フレッドは紙職人クリフの村へ寄った。

 大きな平屋が並んでいる。

「暫く時間がかかるが待っていてくれ。」

 そう言って建物に入っていった。

 ナンシーが馬車に残ると言ったので、他の子供達も皆馬車に残った。

「フーゴ、山へ散歩に行ってくるわ。シンディ、すぐ戻るからね。バウと仲良く待っていてちょうだい。」

 以前この村へ来たとき、クリフが、『紙の作り方を教えてくれた老婦人が裏山へ消えた。』と言っていたのを思い出したのだ。

 カテナ山脈の麓にあるこの村の裏は深い森になっていて、その裏山はカテナ山脈に続いていた。

 建物の裏へまわると痩せたネズミが震えていた。ガエフへ向かった時に、新しい白き紙の製法を盗み聞きしようとしていたネズミらしい。主である魔術師サイラスが死んだのだが、長く囚われていたサイラスの術が解けたあと、自身の居場所を得る事ができず、長らくその場に留まっていたのだろう。安心という心の鍵を一つ外して呼び寄せると、素直に近寄ってくる。そのネズミの心には死んだ魔術師サイラスの影が見えた。やはり紙作りの秘密を盗もうとしてサイラスが放った使い魔だった。

 ジーナはサイラスの死のイメージをネズミの心に送ってから懐に入れた。後で餌を与えようと思ったのだ。既に死んでいる魔術師の心に囚われて動けないでいるこのネズミを放っておくのは可哀想だ。異界の指輪であるアルゲニブが心の中で話しかけてくる。

『ジーナ、ネズミ等捨て置けばよいではないか。』

『だって可哀想でしょ、アルゲニブは案外冷たいのね。見損なったわ。』

 アルゲニブはジーナのそういう優しい心を好きになっていた。


 細い山道を上る。辺りの草は枯れかけていた。道は瓦礫によって塞がれていた。

『不自然だわ。』

『何故だ。』

 アルゲニブはジーナの独り言へ律儀に相手をする。

『だってここに瓦礫が落ちて来そうな崖や岩は無いわ。山崩れの跡もないし。』

 腰に巻いている二本の鎖を外して先に付いている折りたたみ式の鎌の刃を出す。勿論、木の枝を伝わって道の上を渡る為だ。右手の鎖を振り回し、近くの枝に引っかける。空中で体をゆらして先にある木に枝に左手の鎖鎌を引っかけ、右手の鎌を木から外す。これを繰り返して先に進むのだ。

 この鎖鎌は物心ついた時から持っていた物で、当時暮らしていた北サッタ村の誰かから貰った物なのか、保護者であったローゼンの持ち物だったのか定かには覚えていない。しかし幼い頃からこの鎖鎌を使ってバウと山で遊んでいた記憶はあった。

 長年使っていて随分傷みが来ていたが、十五歳で訪れたケリーランスで老人のチャンに今の形に直して貰い、ついでに二本にして貰ったのだ。北サッタ村では一本しかない鎖鎌で木々を渡っていたが、体が大きくなった今ではそれは難しい。

 瓦礫の山を越えると再び道が現れた。

『この瓦礫、何処から持って来たのかしら。夫婦二人だけだと結構な仕事量だわ。』

 山道は細くなりやがて草で覆われてしまっている。

『まさかこの草も植えたものでは無いでしょうね。』

『いいや、判らないぞ、あの瓦礫を運んでくる位だからな。』

 再び木に登り、上から様子を見る。道を隠す様に生えている草は不自然だった。

 草を踏みしめながら先へ進む。ここまでまだ幾らも時間が立っていない。先に景色が揺らいでいる部分があった。魔術によるバリアだ。

『クリフの話に出てきた老夫婦はどうやら魔術師だったみたいね。バリアがはってあるわ。でもバリアってどうやったら長時間持たせる事ができるのかしら。』

『ジーナ、ガサの町にある魔術師の塔にも同じ仕掛けがあるではないか。』

『それは石に魔法陣が彫ってあったからでしょう?それにちゃんとした石壁だったし。』

 普通の人には見えないバリアに近づきながらジーナは言った。

『何処まで広がっているのかしら。』

 バリアを目でたどってゆくと、そこには木に絡まっているツタで編まれた魔法陣があった。反対側に立っている木にも同じ魔法陣が編まれたツタが木に絡まっている。

『刺繍のように綺麗だわ。木の幹に作られたツタの刺繍ね。木がお洒落をしている様にも見えるわ。』

『ジーナはやっぱり女だったか。お洒落に関心があるのだな。』

『アルゲニブ、どこから見ても私は女でしょ。ガエフの町で帽子を買った時には、私が綺麗だと言ったくせに。』

 一週間前までは異界で男の主人の下にいた異界の指輪であるアルゲニブは、始めての女主人であるジーナの揺れる心にまだ慣れていないのか、些細な会話で怒らせてしまう。

『口が滑る。』という言葉は異界では裏切りなど、命に関わるものであったのだが、ジーナに対しては生活の全てについて、『口が滑る』ことが起きる。実にやっかいな事だとアルゲニブは思った。また、それが面白くもあったのだが。

『植物の精気が魔法を維持しているのかも知れないな。』

 アルゲニブが言った。

 ジーナは大きな蜘蛛の巣を払うと、ポシェットからペンを出して外套の裾にその魔法陣を書き写し始めた。

『ジーナ、どうしたのだ?』

 アルゲニブが質問した。

『ツタで魔法陣を編むなんて珍しいでしょ。魔術師の塔にいるレグルス様に聞いてみようかと思って。この魔法陣は結構難しいから書き写しているのよ、紙を持って来れば良かったわね。来るときにフレッドがくれた紙はガエフで使っちゃったし。』

『確かに、紙職人の家を訪れているのだからな。』

『なんて複雑な魔法陣なのだろう。』

『ジーナ、複数の魔法陣が重なっているのかも知れないぞ。』

『そんな事ができるの?』

『異界では、元のご主人様がそうやっていた事もあったな。』

『あなた、年寄りだけに知識が豊富ね。』

 ツタの魔法陣に触れてみた。ジーナの頭の中に触れた魔方陣が流れ込んできた。アルゲニブが言うように、複数の魔方陣が組み合わされたもののようだ。その魔方陣は、ジーナがゆすってみても、絡まっている木の幹に根が張ったように動かなかった。ツタ自体も魔法で守られているのかも知れない。

 頭の中に流れ込んできた、ツタで編み込まれた魔法陣の意味が分からない。今はこれ以上進むのは避けるのが良いと思ったジーナは引き返す事にした。


 後日、老夫婦が、払われた蜘蛛の巣や踏みしだかれた下草の状態を見て、ツタの魔法陣まで辿り着いた者が居る事に気付くのだが、今のジーナにはそこまで気が回っていなかった。

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