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ジーナ  作者: 伊藤 克
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三十五 新しい仲間達・ガサの町へ(一)

 ガエフ公国の魔術師の館での調査会終了後、ジーナは魔術師のマントを買いに行くという見習い魔術師二人にシンディと犬のバウを預けた後、一度宿へ帰った。

 魔術師ケルバライトとしての手紙をかきたかったのだが、その内容をシンディに見られたくなかったのだ。ただ、芸人のキャラバンですごしていたシンディが文字の読み書きができるとは思えなかったのだが。

 シンディはジーナと別れる事を嫌がった。

「ハンスお兄ちゃんがたよりないからなにかあったらシンディが助けてあげてね。」

 そういうと、シンディはようやくうなづいた。

「なんで俺がたよりないんだよ。」

 そう言ったハンスだが、幼いシンディに笑みを浮かべた顔を向けれらると、納得するのだった。

 その手紙とは、港町ギロの紙商人フレッド宛のものと、ガサの町にある魔術師の塔にいるレグルス宛のものだ。

 フレッドへの手紙は、ガエフからガサの町への道中にジーナとシンディ、フーゴとハンスの四名を同伴させる事を伝えるものだ。ナンシーを救った魔術師であるケルバライトの依頼なら断わらないだろうと思った。

 ナンシーの、ケルバライトへの思いに特別なものを感じたジーナは、帰りは魔術師としてではなく、女性として同行したかったのだ。

 ガサからガエフへ来る時には二回襲われているが、いずれの賊もそれほどの剣技は持っていなかった。見習魔術師と自分の三人、そして犬のバウでなんとかなるだろう。

 次に、ガサの町にある魔術師の塔に住む魔術師長レグルスへの手紙だ。ガエフで起きた事、見習魔術師の事について簡単に報告する。魔術師サイラスの死等難しい問題を含んでいるので、直接会って伝えようと思ったが、魔術師会内の出来事である。港町ギロへも連絡がいくだろう。概要ぐらいは早く伝えた方がよいと思ったのだ。


 スカートをズボンに履き替えて魔術師のマントを羽織った。ポシェットから異界の指輪であるアルゲニブを取り出して指に嵌めて心の中で話しかける。

『アルゲニブ、ごめんね。寂しい思いをさせたわね。』

『ジーナ、せっかく気持ち良く寝ていたものを。いきなり起こす事はなかろう。』

 それが嘘である事をジーナは感じていた。アルゲニブは起こされて喜んでいるに違いない。

 女性として宿泊しているジーナは、人影が無いのを確認して、窓から外へ飛び降りた。バウはシンディのところにいる。三人はは仲良くしているだろうか。その点、バウは心配ない。空気を読む事にたけているのだ。

 魔術師姿で道を歩くと、通行人のほうがうつむき加減で避けてくれる。昼間寄った小間物屋へ行く。

「魔術師様、ご用でしょうか。」

 今朝ジーナに帽子を選んでくれた女性が声をかけてくるが、帽子をかった女と魔術師姿のジーナが同一人物だとは思っていない。

「純金のメタルを探している。」

 ジーナが低音の男の声で話しかけた。今は男の声も自然に出せるようになった。

「どちらの魔術師様ですか。」

「ガサの町の者だ。」

「そうですか。ガエフの魔術師様はみな顔見知りですの。お見かけしない顔だったので、思わずお聞きしました。ガエフにいる魔術師様の中に、あなた様の様な優しい目をした方はいらっしゃいませんもの。お気の毒に、サイラス様がお亡くなりになったそうですね。」

 ジーナは顔の半分を黒緑色のマスクをしているので、店員は唯一見る事ができる瞳にそんな印象を持ったのだろう。

「もう知っているのか?」

「町の噂に油断なさらない事ですわ、魔術師様。」

 ジーナは、数時間前の出来事が町で噂となっている事に驚いた。

 女性は奥の棚から、朝に見た大きいメタルを出してきた。

「今朝来た女性のお客様も腰に鎖のベルトを巻いていらしたわ。地方では流行っているのかしら。このメタルなら、魔術師様のベルトにお似合いですよ。」

 装飾品を扱う店の女性だけに腰の鎖に目がいったようだ。ジーナは無言で頷いた。鎖鎌の刃が隠されているこの鎖は武器でもある。変装しても外すことは出来なかった。

 女性の衣装の時には鎖の上から布の帯を巻いていたのだが、店員は鎖の存在にきづいていた様だ。

 純金のメタルを金貨二枚で入手した。

 次に道草亭へ戻り、カウンタの男へ近づいた。男は目の前にいる魔術師が、昨日から宿泊している女性だとは気づいていない。

「魔術師様、昨夜はありがとうございました。当宿の泊まり客が殺されたりしたら、泊まってくれるお客が居なくなってしまいます。おかげで助かりました。ガエフへお泊まりの際は是非ご利用ください。」

 宿の亭主の言葉を遮って、フレッドへの手紙を託す。


 ジーナは魔術師姿のままで、早足で旅芸人のテント村へ向かった。シンディの身の振り方について筋を通しておく必要があると考えたのだ。黙ってガサの町へ連れて行ったのでは、誘拐されたと誤解されかねないし、あらぬ噂がたっても困る。

 テント村には兵士が数人いて旅芸人達が集まっている。兵士と若者が話をしていた。ジーナに気がついた兵士が声をかけてきた。

「ケルバライト様、どうされました?」

「旅芸人の責任者に用がある。頭領のアモスに代わる責任者は誰だ。」

「新しい頭領はまだ決まっていません。」

 兵士と話をしていた若者が答える。

「では皆に伝える。魔術師サイラス殿の事件に関わったシンディは、私ケルバライトが預かる事になった。従って此処へは帰らない。」

「小さな女の子ですね。」

 警備兵が確認する。

「そうだ。」

 女達の間から可哀想にという声が聞こえた。目にハンドチーフを当てている者もいる。

「シンディはどちらの牢へ入れられるのです?」

女太氏の一人が質問した。シンディが罰を受けると誤解しているようだが、ジーナにとってはその方が都合が良かった。その後の行き先を曖昧にできる。

「その様なことなお前たちのかかわる事ではない。」

 長居は無用だと思ったジーナはその言葉を残してすぐにその場を離れた。

 そんな魔術師姿であるジーナの後ろ姿をテントの陰で見送る老人がいる事に気づかなかった。

 老人は魔術師姿のジーナがテント村に来た時に、遠くのテントの前にいた。シンディと共にナイフ投げの芸を行っていた老人で、盗賊首領のエドモンドがチャンと呼んでいた暗殺者だ。

 領主の館の横を歩いてくる人物を見た時、チャンは、数ヶ月前にケリーランスで別れたジーナだと思った。ケリーランスで三年も同じ賊にいたのだ。見間違える筈がない。近寄って話しかけようとした。

 しかし、その人物から魔術師特有の雰囲気が漂っている事に気付いた。ジーナは器用で、チャンの教える剣技もすぐに覚えたし、投げ矢の技も相当なものだったが、魔力だけは無かった。

 良く見ると、ゴボウの様に痩せていたジーナと違い、目の前にいる人物は健康的な、凛とした男に見える。

 魔術師のマントを着たその男は兵士と顔見知りのようだ、ケルバライトと呼ばれている。チャンは魔力を持つ者や魔力の痕跡を識別する事が出来た。その勘が今まで彼を生き延びさせてきたのだ。そういう意味ではチャンも何かしらの魔力を持っていたともいえる。本人も気づかないほど微弱なものであったろうが。

 顔はマスクで隠されていた為確認出来なかったが、魔力を持っていなかったジーナが僅か数ヶ月で魔力を得る事は不可能だし、また魔術師会に潜り込む事も不可能だ。

 魔術師ケルバライトに連れ去られたシンディを救ってやりたいが、エドモンドの依頼で紙商人を一人殺してきた所だ。急に旅芸人のテント村を離れたりしたら、自分に疑いを持つものが出るかも知れない。

 可哀想だが、今は助けてやる事はできない。旅芸人達がガエフの町から移動する時まで待てば、どさくさに紛れて、芸人のキャラバンを離れる事ができるかも知れない。シンディがすぐに殺される事も無いだろうと思ったチャンは機会を待つ事にした。

 冷酷である筈のチャンは女の子にだけは優しかった。


 あまり時間を置くとシンディが寂しがると思ったジーナは急ぎ足で宿へ戻り、カウンタの男に見つからない様、二階の窓へ鎖鎌を引っかけて登り、借りている部屋へ戻った。再び女性の姿になる。

 魔術師のマントを売っている店の名を一階にいる亭主に聞いてその店に向かった。

 バウと道端で遊んでいたシンディが先にジーナを見つけて駆け寄ってくる。バウとシンディは山で戦って以来、まだ数日しかたっていないのに、とても仲良しになっている。

 ジーナと一緒にガサの町に行くことが決まって落ち着いたのか、もう泣いていなかった。

 店の中では、若い魔術師二人が店の人間と値段の交渉をしているところだった。彼らが手にしているマントを見ると、安物の薄い生地だった。ギロの町はこれから更に寒くなる。冬用のマントに交換した方が良い。

 ジーナは二人を呼ぶと、ポシェットから金貨を二枚出して一枚ずつ渡した。

「あなた達、そんな夏用のマントでは冬を乗り切れないわよ。お金を貸すから厚い生地のマントを買いなさい。でも安くて重たい生地は着ていて疲れるわよ。」

 ジーナを二人の後見人と見た店の男がジーナに近づいてきた。

「これはこれは、魔術師様のお姉様でいらっしゃいますか。魔術師様ともなると、なにかとお金のかかる事です。他にも魔術師様向けの衣装や装飾品がいろいろございますよ。」

「旅の途中だからマントだけで良いわ。安くしてやってね。」

「何をおっしゃいます。魔術師様となれば、金にも不自由をしないお方達、将来が楽しみな事です。」

「それしかお金を持っていないのだから、いくら勧めても無駄よ。」

 ジーナと店主のやり取りを見ていたシンディは、スリ騒ぎの時にジーナから受け取った銀貨六枚を返そうとした。

「それは、あなたの財産よ。大切に使いなさい。」

 ジーナは断った。

 見習い魔術師二人は再び店内に入ってマント選びを始めた。

 二人がマント選びをしている間、ジーナはシンディの新しい服を買った。

「ジーナお姉さん、そんな小さい服ではサイズが合わないわ。」

「シンディ、これはあなたの服よ。」

「でも、私にはこの服があるわ。」

 シンディは今着ている、ボロボロで汚れた服の裾を広げてジーナに見せる。そんな服でもシンディの心の中では余所行きの服だった。芸人村のテントにいる時は、頭領アモスの命令で裸同然で暮らしていたので、服を着ているだけで着飾った気持ちになれたのだ。

 見習魔術師二人のマント選びは終わったようだ。店主に着せてもらって出てきた。

 今までの短いマントは背の荷物にくくり付けられている。

「二人とも、明日は早いわよ。道草亭の前だけど間違えないでね。」

 道の途中で二人と別れたジーナは宿の道草亭へシンディを連れて戻った。カウンタで追加の料金を払う。シンディの為に湯を用意して貰った。

「おや、使用人を買ってきたのですか?」

 宿のカウンターの男はそう問いかけてきたがジーナは無視をした。バリアン大陸には奴隷制度は無かったが、幼い少年少女を安く手に入れ、ただ同然でこき使う事は公然の秘密として行われている事だった。

 

 部屋へ入り、買ってきた子供服を広げる。ガサの町まで三日の旅だが今シンディが来ている夏服では寒いだろう。

 今日は随分と散在をしてしまった。ガサの町へ戻ったら、仕事を探す必要がありそうだ。

 宿の使用人が大きな盥と湯を持ってきた。

「シンディ、頭を洗ってあげるわ。上着を脱ぎなさい。」

 ジーナの言葉に素直に従って裸になったシンディの体には青あざが沢山できていた。

「どうしたの?」

「頭領のアモスがぶったの。」

 シンディを屈ませて頭を洗う。埃やゴミが沢山ついていた。洗髪後の髪は細いが綺麗な栗色をしていた。鼻筋が通ったこの子は大きくなったら美人になるかも知れない。

 次に体を洗って新しい服を着せた。

「シンディ、今まで着ていた服はどうする、捨てる?」

「すてるのはいや。持っていく。私の持ち物はその服だけだもの。」

「じゃあ、ガサの町へ着いたら洗濯をしましょうね。」

 辛かった今までの生活を思い出したのか、これからの生活への思いをつのらせたのか分からないが、屈んで服を着せているジーナの肩に顔を乗せて泣いている。落ち着くまでの間ジーナはその背中をさすってやった。

 ジーナとシンディは一つのベッドで寝た。ジーナはシンディの泣き声で時々起こされ、その度に抱きしめてやった。いつの間にか朝になっていた。


 フレッドが商談から帰ると、娘のナンシーを二度も助けてくれた魔術師の手紙があった。

 要約すると、

『明日、私は一緒に帰る事ができない。若い魔術師2人が私の代わりに護衛をする。ジーナという女性と白い犬が私の代わりに同行するのでよろしく頼む。金の心配は不要だ。ケルバライト。』

 本人の顔を見てはいないが、見覚えのある彼の筆跡に間違いはない。宿の亭主も、シンディが救われた時に顔をだした魔術師と同じ人だといっていた。

 魔術師様の命令とあれば逆らう訳にもいかない。二度も救ってくれたのだ。間違いはないだろう。若い魔術師が共に旅をする事は、事件以来ふさぎ込んでいる娘の為には良いかもしれない。フレッドはそう思った。

 直接会って礼を言いたかったが港町ギロに帰ってから機会を見て会いに行こう。


 フレッドがジーナの手紙を読んでいる頃、夜道を一頭の馬が北へ向かって走っていた。その者は、ガエフの警備兵の鎧を着ていた。魔術師の館で警備をしていたアランだ。

 港町ギロにある魔術師の館を目指している早馬は、ダルコの宿、コルガの宿を通り過ぎ、まもなくガサの町へ入る所だった。その兵士はアモスとサイラスの事件が起こる直前にガエフを発っていた。したがって、サイラスが死亡している事は知らなかった。

 馬の背は汗が流れ、アランの鎧の中も汗で濡れていた。しかし、魔術師であるサイラスの伝言とあっては休む訳にはいかない。班長になりたがっている兵士は大勢いるのだ。ミラが抱えていた赤ん坊のアレンを思い出しながら、長居をしすぎたと思ったが、心は満ちたりていた。


 ガサの町にある警備兵詰め所は数年前から検問する事を止めており、無人だったが港町ギロの検問所では、兵士がランプが灯る柱の横で、ロングスピアを手に立っていた。

 馬上のアランは一見軽装に見えるが、正規の鎧を着ている。鎧の胸部分にはガエフ公国の警備隊の記号が彫り込まれていた。正面にはアランの実家の家紋が目立たぬよう、うす彫りされていたが、金のある兵士の中には気に入った文様を彫金師に彫らせる事が珍しくなかったので、立っている兵士は気に留めていない。

 検問所で止められたアランは荷物の中から手紙を取りだして、蝋の封印が相手に見える様に掲げた。

 その羊皮紙は三つ折りにされ、開かれない様に、下側に開けられた穴に通されたリボンが縛られている。蝋の封印はリボンの縛り目の先についていた。手紙を読むためには、縛られているリボンを切るか、封印の蝋を溶かすしかない。手紙の秘密保持や、契約書の封印に使われる手法だった。

「ガエフ公国の警備兵、アランです。ガエフ公国の魔術師であるサイラス様の命令によって港町ギロの魔術師の館へ行きます。」

「ご苦労様です。その馬では帰りを走らせる事は出来ないでしょう。ガエフへ帰る時は私、クライドに声をかけてください。馬を交換しましょう。」

「ありがとう。クライド殿。」

 アランは、港町ギロの兵士は教育が行き届いていると思った。最近の兵士は町の破落戸を、頭数合わせに雇う事も多い。この町の警備隊長は出来る人物に違いない。

 ガエフ公国の中心にあるガエフの町と違って北の辺鄙な所にある港町ギロは小さい。すぐに魔術師の館が見えてきた。馬を下りて案内を請うと、ガエフからの文使いと聞いた魔術師のジェドがすぐに出てきた。

「返信を準備する。少し待っていてくれ。」

 ジェドもサイラスが既に死亡している事は知らなかった。

「馬を休めたいのですが、馬小屋は何処でしょうか。」

 アランが聞いた。

「お前が休みたいのであろう。仕方の無い奴だ。裏にある。寝込むなよ。」

 そう言って館の中へ入ってしまった。文使いの兵士への労いは全くない。大魔術師長ランダル様のいるガエフとは大違いだとアランは思いつつ、馬に水を飲ませる為に馬屋へ回った。早く馬の汗を拭いて休ませないと馬が体調を崩してしまう。

 馬屋には立派な白馬が闇に目立っていた。その白馬は、疲れている馬の世話をするアランの動きを目で追っている。汗を拭いて、一通りの世話が終わり馬草を与えてから、白馬へ近づいて鼻を撫でてやる。馬屋の床を見ると、馬藁が汚れている。暫く替えていないようだ。この白馬の持ち主は馬の世話をしないのだろうか。白馬が可哀想になったアランは、敷き藁だけは替えてやる事にした。アランが自分のために馬屋を掃除してくれている事が分かっているのか、白馬はアランのしている事の邪魔はしなかった。


 ジェドは自室に戻り、サイラスの手紙を読んだ。

『ジェド殿 先に依頼した件について、彼は無事ガエフ公国に着いている。君は私の依頼に失敗したらしい。前金として渡した金はいずれ利子を付けて返してもらう。

 ところで、本日ルロワと名乗る者が現れた。偽物である事は判ったのだが、本物のルロワはどこへいったのか知りたい。

 ケルバライトと名乗る魔術師がガエフに現れた。ガサの町にある魔術師の塔の者だと言っている。見習程度の魔力しか持っていない者なので、無視をしても良いと思うが正体を知りたい。この二つの依頼は君が失敗した件の利子の一部と思って貰いたい。』

 失敗した件とは、商人フレッドの暗殺の件だ。弟のダミアンにやらせたが、邪魔が入って失敗したものだ。しかし、ケルバライトという魔術師については記憶がない。港町ギロの魔術師長であるシャロンに聞いてみようと、その居室へ向かった。

 部屋をノックしようとしたが、中から高揚したシャロンの声と、女の嬌声が聞こえてきた。

 ジェドは、この様な事ではシャロンの先も見えていると思うが、今は彼の言う事に従っているしかない。嫌われると何をされるか分からないし、また、言う事を聞いていれば彼のおこぼれに預かれるからだ。

 見習程度の技量だというケルバライトの件は急ぐ話でもないと思いながら、受領の手紙を準備し、馬屋へ向かった。馬屋では文使いの兵士が掃除をしていた。

 馬に乗った事のないジェドには、何故兵士達がこまめに馬の世話をするのか判らなかった。犬や猫は放って置いても勝手に生きている。あれ程馬の世話をするのは兵士が仕事をサボる為だと誤解していたのだ。

「兵士、教えて貰いたい。」

「なんでしょうか。」

 交換した敷き藁を片付ける手を止めてアランは振り向いた。

「ケルバライトとは誰だ。」

「ガサの町にいるレグルス様のお弟子だそうです。ルロワなる人物に絡んだ事件でレグルス様がお呼びになったと聞きました。」

「新米の魔術師なのか。」

「さあ、私達警備兵には分かりません。」

「判った。帰ったらサイラス殿によろしく伝えてくれ。もう行って良いぞ。」

 ジェドはそういってサイラス宛の返信を渡すとすぐに館へ引っ込んでしまった。

 封印付きの手紙を受けとった者は、受領した証として必ず返信を文使いに託した。文使いは、返信を持ち帰る事で確実に届けた証になり、手数料を貰えるのだ。ただ、魔術師の館で警備をする兵士に手数料を払う魔術師はほとんどいなかった。

 深夜に着いた兵士は、館で泊まるのが一般的であったが、ジェドはそのような気配りをする事すら知らないらしい。事が起こった時には剣を満足に使えない殆どの魔術師は魔力を行使する為の魔術唱和時にできる隙を兵士に護衛してもらわなければならない。兵士に嫌われては、魔力を行使する事も、身を守る事も出来ないのだ。此処の魔術師達はその事を知らないらしい。

 馬を乗り換えて早めにガエフの町へ引き上げた方が良さそうだ。アランは疲れている馬を引いて検問所へ向かった。


 疲れがまだとれていない馬引いたアランが検問所につくと、これも疲れた馬に乗ったアランの部下が検問所の兵士と会話をしていた。自分と同じく誰かの文使いを頼まれたのかも知れない。

「ポール、どうしたのだ?」

 アランはその部下に声をかけた。

「アラン班長、ご苦労様です。ガエフの魔術師サイラス様の件で、この町の魔術師の館まで文書を届ける様、ルイス隊長から命令されました。」

「ポール、サイラス様の手紙なら、今俺が届けたばかりだぞ。」

 アランは、魔術師のサイラスが時間を置かずに別の手紙をポールに持たせたのだろうかと訝った。しかし、サイラスの事を心良く思っていないルイス隊長が、サイラスの言う事を素直に聞く事もあるまいとも思った。

「アラン班長はご存じないのですね?」

「なんの事だ?」

「魔術師のサイラス様は死にました。」

「何があったのだ?」

「旅芸人のキャラバンがガエフ公国へ来ていた事はご存じでしたか?」

「ああ、知っているよ。たしか頭領の名はアモスと言ったな。」

「サイラス様はその頭領アモスと刺しちがえて死んだのです。」

 アランは絶句した。アモスの様な小物の盗賊に襲われたとは考えにくい。慎重というより臆病といったほうが似合うサイラスが無防備で危険な場所へ一人で出かける筈はない。

「サイラス様も魔術師の一人だ。盗賊としては小物のアモスと一騎打ちをするとは考えられない。」

「アラン班長、サイラス様は魔力の指輪を見習魔術師から奪う事を計画していたのです。」

「魔力の指輪盗難事件はつい最近首都ハダルで起こったばかりではないか。」

 数ヶ月前にハダルでその事件とは、兄のバイロンが瀕死の重傷を負った事件の事だった。兄は、その事件の傷が治る事はなく隻眼となった。義賊として有名だった白い狼が魔力の指輪を強奪したのだと言われた事件で、首都ハダルの魔術師会が総力をあげて盗賊団を粛清した事件だ。義賊である白い狼が、魔力の指輪を盗む等不自然だとアラン自身は思っていたが、巷ではそのような噂が流れていた。

「細かい事は教えて貰っていませんが、数日前に起こった魔力の指輪盗難事件でサイラス様とアモスが死んだ事は本当です。」

「分かった。魔術師の館はすぐそこだ。あそこの魔術師達は冷たいぞ。気をつけていってくれ。」

「アラン班長、ルイス隊長からの伝号です。『サイラス様が死亡した今、急いで帰る必要はない。』との事です。」

「分かった。では数日休暇をもらおう。」

 アランは、港町ギロに来ているというミラの母親を探そうと思ったのだ。

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