三十四 新しい仲間達・警備兵アラン
ガエフ公国の魔術師の館での調査会が終了した頃、ガエフの魔術師の館で警備をしていたアランは、ガエフの北にあるダルコの村へ向かっていた。
昼、ジーナと若い魔術師二人がガエフにある魔術師の館を出て祭り見物をしようとしていたその時、まだ生きていたサイラスが、警備を交代して非番となった警備隊班長のアランに、北にある港町ギロの魔術師の館まで文使いを依頼したものだった。
アランは、サイラスの死も、商人の館の火事も知らなかった。
馬に負担をかけたく無かったアランは、腰下の武具と兜、盾は持たず、ガエフ警備兵の証しである文様の入った同鎧だけを着ていた。
両刃の大剣を背負っていたが、その剣は柄に家紋を彫り込んだ立派なものだった。一般の兵士は家紋等など持っておらず、中には名字を持たない民兵も混じっていた。
警備隊仲間にアランは、『遊ばずに貯めた給金で中古の剣を買った』と説明していた。確かにアランは女遊びも、賭け事も好きではなかった。
しかし、この剣はアランが大金をはたいて特注した鋼の大剣だった。
馬上のアランは、領主の館にいた幼い頃の事を思い出していた。周囲には秘密にしていたが、アランはガエフの領主であるブランデル家の末っ子だった。
父のロッド・ブランデルはコリアード王国の首都にいて、ガエフの町に帰って来る事は殆どなかった。領主の館にはロッドの弟であるティム一家と母セシル、アランそして多くの使用人達がいた。
父ロッドは、常々ガエフの様な辺境の地にいては自分の地位を上げる事ができないと考えていた。
十数年前、ダンク王の軍隊がカテナ街道を北へ進軍した時にロッド・ブランデルは近郊の者を民兵として従えて合流した。その後軍隊が撤退する時にその機を逃さず、ロッドは首都ハダルへ向かったのだ。
噂ではダンク王がいる城に入り浸り、盛んに政治活動を行っているという。
妻のセシルは温和しい人で、使用人や同居人と争うという事は殆どなかったが、実際に館を切り盛りしていた叔父のティムは父ロッドに似て使用人には厳しい人だった。
ロッドには三人の男の子供がいて、末っ子のアランと、上二人の兄弟とは歳が離れていた。長兄のジョエルはアランが物心ついた時にはすでに家にはおらず、殆ど覚えがなかったが、次兄のバイロンはアランが十二、三歳まではガエフの屋敷にいた。
ロッドは年一、二回ガエフの町に帰ってきた時に上の二兄弟と酒宴を開くのが常だったが、子供のアランは加えて貰えなかった。
ロッド達が宴会をしている大広間に行くと、『子供は部屋に引っ込んでいろ』と怒鳴られて寂しい思いをしたものだった。
アランが生まれた知らせを受けた時には、父はその返事すら寄越さなかった。アランという名も父ではなく、母がつけたものだった、と叔父のティムから聞いた事があった。
子供ながらに、ロッドが上の二人の子をよく可愛がっていて、自分が嫌われている事を感じていた。アランはその事を、髪の色のせいだと思っていた。父のロッドと兄二人はブロンドの巻き毛だったが、アランだけは赤毛に近いブロンドで、母に似たストレートだったからだ。その毛はブロンドというより、むしろレッドブラウンに近かった。
嫌われている本当の理由を知ったのは大人になってからだった。その理由も謂われのない物なのだが、誰かが父ロッドに耳打ちしたのだ。
大人の事情を知る年頃になった時、居たたまれなくなったアランは剣技に没頭した。指導したのは、警備隊長であり、アランの上司でもあるルイスだった。
暴れ者だった次男のバイロンに正しい剣技を教える為に、父ロッドが首都ダハルの警備隊にいたルイスをガエフに呼び、警備隊長の地位につけたのだった。
しかし、あの性格のバイロンがまともに剣技を習得する筈もなく、暇を持て余していたルイスから剣技を教わったのは末弟のアランだった。
要領の良いバイロンは、父の前では子分気取りの取り巻き達を使って偽の剣技披露していた。確かに、ある程度までは体力と威圧感だけで敵を圧倒できるのかもしれない。
ガエフにこず、首都ハダルにいればもっと出世していたかも知れないルイスは次男バイロンがハダルに去った今もガエフの町にとどまっている。
呼び寄せたロッド自身がルイスの事を忘れてしまったからだ。『用が済んだ者に興味がない』ロッドはそんな男だった。
領主の館に自分の居場所が無いと感じていたアランはそれを機に館を出て警備兵となった。そのおり、長身のアランは、ルイスの紹介で知った鍛冶屋に自分に合った両刃の大剣を特注したのだった。高価な大剣を特注する事ができたのは母が支援してくれたからだった。
その様な事情で、アランの生い立ちを知っている町の人は多かったが、それでも警備隊の中では自分の出生を秘密にしておきたかった。
父が自分を嫌っているのとは別の理由でアランはブランデル家を疎ましく思っていたのだ。
次男のバイロンは、暴れ者であったが父ロッドは、『男の子は人に迷惑をかける位が丁度よい』といって甘やかして育てた。長身で切れ長な目、ブロンドの巻き毛を持つバイロンは特に父親に似ていたのだ。
一見ハンサムなバイロンは町の女達にもてたが、本気になる事などなく、気の向くままに放埒な生活をしていた。女達は泣く事になって初めて現実に直面するのだが、手切れ金すら渡すことは無かった。
二人の兄は、野心家で冷酷な父の性格を受け継いでいて、彼らがガエフの館にいるときには、使用人達はみな緊張していた。たった一つの過ちで館を追われる事がよくあったからだ。
特に次男のバイロンは暴れ者として有名で、首都ダハルにいく前までは取り巻きを連れて夜な夜なガエフの町へ繰り出しては酒を飲んで暴れていた。
店の食器や調度品を壊されたり、怪我を負わされたりする者が後を絶たず、様々な人達が叔父の所へ苦情を言いに来たが、にべもなく追い返すのが常だった。
『誰のおかげで商売が出来ると思っているのだ』
それが叔父ティムの決まり文句だった。
あまりに酷いと思った時には、母のセシルが町の人や館を追われた使用人に金を渡していた。アランが十三歳過ぎた頃からは、その役をアラン自身が行っていた。
そんな暴れ者のバイロンも四年前に首都ハダルにいる父の元へ行き、領主の館は静かになった。
今年の正月父と兄二人が館に戻り宴会を開いているところへ、ダルコ村に住む少女ミラが母イリヤと共に館に現れた。少女は身重だった。ミラによれば、前の年の夏に帰省していたバイロンが、ミラを襲ったのだという。
バイロンは身に覚えが無い、と冷たく否定し、父のロッドは、『金に困った村人の狂言だろう』と相手にしなかったが、不憫に思ったアランの母が幾ばくかの金をミラに与えたのだった。
魔術師の館で警備兵をしているアランは自由に遠出が出来なかった。サイラスの依頼を聞いたアランは、この機会に、気になっていたミラの様子を見ようと思ったのだ。
ダルコの村が近づいてきた。
東側、山脈の麓には平屋の倉庫のような建物がいくつも建っていて、中には水車が取り付けられている物もあったが、どの建物もあばら屋だった。町中で見ることがない水車にしばし目を奪われたが、それを何に使うのかアランは知らなかった。
別れ道を山脈とは反対の西へ曲がった。
ミラの住む村へ来るのは、母セシルの頼みで、金を届けにきて以来だが、道は覚えていた。村はずれの荒れた畑の小道の先に、今にも倒れそうな家が見えてきた。身ごもっていたミラはどうしただろうか。
馬を降りたアランは声をかけた。
「ミラ、イリヤ、いるか」
質素な服を着た少女が出てきた。胸には赤ん坊をだいている。無事に生んだようだ。
「アラン様、お久しぶりです」
「ミラ、その子がバイロンの子か?」
「そうです。あの人に似て手足が大きいの。きっと大きな子に育つわ」
「バイロンを恨んでいるのではないのか?」
「あの頃は毎日泣いて過ごしました。でも、生まれてきたこの子に罪はありません。私が優しい子に育てます」
十六,七歳の娘とは思えないしっかりした考えに感心した。母になる事でこの娘も成長したのだろう。
アランが赤ん坊の顔を覗くと、可愛い笑顔を見せた。小さな手のひらに人差し指を掴ませるとまだ弱い力で握った。
「名はなんという」
「アレンです。アラン様にあやかってつけました」
「私と一文字違いか。この子は血のつながった私の甥だ」
まだ産毛の頭を撫でた。暴れ者のバイロンの顔が思い出されたが、この娘なら優しい男に育ててくれるに違いない。
「バイロン様はお元気ですの?」
「兄とはいえ、君を不幸にした男の事を気遣ってくれてありがとう」
バイロンはミラの産んだ子が自分の子だと認めようとはしなかったし、父のロッドは、『素性の知れない女を館に入れる事は出来ない』といっていた。自分の地位を得る為にハダルで画策している父は、家名に傷が付く事を認めたく無かったのだ。
「私、不幸とは思っていません。いまはこの子といられて幸せです。それに、どの様なお方でもアレンの父親には違いありませんもの」
「バイロンは今年に入って間もない頃に首都ハダルで盗賊に襲われて大けがをしたらしい」
「何処を怪我されましたの?」
「顔に傷を負って片目を失明したようだ」
「おかわいそうに。なぜ襲われたのかしら」
腕の中でぐずる赤ん坊のアレンをあやしながらミラはいった。
「一人で町を警邏中に『白い狼』という盗賊に出くわしたらしい。彼らは卑怯にもたった一人のバイロンに大勢で襲ったのだそうだ」
「その人達は強いのでしょう?」
『白い狼』という義賊の噂はダルコの村でも男達が話題にしていたので、名前だけはミラも知っていた。
「盗賊の何人かはバイロンが殺したらしいが、仲間の死体を担いで逃げたのだそうだ。襲われた場所には何も残っていなかった」
激昂した父は白い狼の徹底した捜索を行い、ついに彼らを殲滅したらしい。その知らせを受けたのは数ヶ月前だった。
「ところで、お母さんのイリヤは元気なのか?」
「三年前に港町ギロへ出稼ぎに行った弟を迎えにいきました」
この辺りは子供達に満足な食事を与えられないほど貧しい家が多く、子供のうちに大きな町へ出稼ぎに出される事も珍しくは無かった。出稼ぎ先では食べ物に不自由しないと思っての事だった。
「帰ってこないのか?」
「ええ、三年の約束で出稼ぎに出たのですけれど、夏には戻って来ませんでした」
「それは心配な事だな。私はこれから仕事で港町ギロへ行くのだが、イリヤの手助けをしてあげる暇は無さそうだ。」
「アラン様、ご無理をなさらないで下さい。母は村の他の人と一緒なので大丈夫だと思います」
アランは懐から巾着を出し、数枚の金貨をミラに持たせた。
「困ります。母が『ブランデル家の世話にはなりたく無い』と言っていました」
「それの金はミラにあげるのでは無いよ。甥のアレンにあげるのだ。受け取ってアレンの為に使ってくれ」
アランは、初めてできた甥のアレンの頭を撫でてからミラの家を後にした。
アレンを抱いたミラは、アランの馬が見えなくなるまで見送っていたが、その後ろ姿を見つめるミラの瞳からあふれる涙の意味をミラ自身も分かってはいなかった。