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ジーナ  作者: 伊藤 克
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三十二 新しい仲間達・旅芸人の少女(三)

 シンディが魔術師二人をつれて、財布を持って逃げた男の所へ向かってから一時間ほど経った頃、広場で人形劇を見ているジーナの元へバウが戻ってきた。

「逃げた男の所へつれていってちょうだい。急がなくて良いわよ。」

『逃げたやつを追うのだろう?急がなくて良いのか?』

『目立ちたくないわ。それに逃げた先はバウが突き止めているみたいだし。』

 人混みの中をいそいでは目立ってしまうと考えたジーナは人の流れに合わせてゆっくりと歩くことにした。道を覚えているバウはジーナの足取りに合わせて迷う事なく先を歩いてゆく。人混みが嫌いなのか、他に遊びを見つけたのか、コマドリは姿を消していた。

 広場を迂回し、領主の館を囲んでいる塀の横を通り、裏手へ回る。


 テント村が近づいた時、黒マントの男が目の前のテントから出てきたので、思わずバウを引き寄せて木立に隠れる。広場で目の前を通り過ぎた魔術師だろう。その魔術師は小山から降りてきた、シンディをつれた男と鉢合わせした。


 ジーナは魔石の腕輪の力を借りて二人の会話を盗み聞きする。

 魔術師がアモスに問いかけた。

「財布は手に入れたのか?」

 魔術師にはシンディとアモスしか見えていない。アモスは魔術師にハンスの財布を渡した。アモスが、雑踏でシンディが投げた財布を受け取った男だったのだ。財布の中を確認する。魔力の指輪と魔術師のペンダントが入っていた。盗みを依頼した物に間違いはない。

「アモス、間違いない。よくやったな。」

 ちょうどその時、ハンスとフーゴが追いついた。

「フーゴ、僕の財布をサイラス様が持っている!」

「サイラス様、その財布はハンスのものです。返してください。」

 一番驚いているのはサイラスだった。顔見知りの旅芸人に見習魔術師の財布を盗ませたのだが、その本人が目の前に現れるとは思っていなかったのだ。

 アモスが意味ありげに笑いながらサイラスに言った。

「魔術師様、この若い二人は事もあろうに私の娘に悪戯をしようとしてこの森で追いかけ回していたのです。どうか罰をお与え下さい。」

 瞬時に事態を把握した小太りの魔術師サイラスは見習い魔術師二人に話しかける。

「お前達、今日魔術師試験を受けた者ではないか。魔術師会に泥を塗る様な事をすると死刑だぞ。分かっているのか。」

 ハンスはまだ事態を飲み込んでいないが、フーゴは罠だと気づいた。

「サイラス様、俺たちの指輪を奪ってどうしようというのです。」

「フーゴ、失礼な事を言ってサイラス様を怒らせるなよ。ちゃんと説明しなきゃ。」

 事態をまだ理解していないハンスが言った。

「お前達、こっちへ来い。」

 サイラスの後について、見習い魔術師二人とアモス、シンディの四人は降りてきた道を再び登る。

 ジーナは見つからない様に少し離れて後を追う。

 少し広い場所に出た。

 サイラスの横に立ったアモスは笑みを浮かべながら言った。

「お前達は此処で死ぬのだ。」

 唇を震わせてハンスが叫ぶ。罠に初めて気付いた様だ。

「サイラス様、何かの間違いです。僕たち二人は何もしていません。」

 さらに話そうとするハンスを遮ってサイラスが言った。

「お前達が死んでも、持っている魔力の指輪は有効に使われるだろう。」

 飛びかかろうとするハンスを手で制して古代語を唱えようとしている。

 危ないとみたジーナがサイラスの、指輪を嵌めている左手めがけて投げ矢を放った。

「痛い。」

 サイラスが思わず声をあげ、手に刺さった矢を抜こうとしている。左に立つアモスはスモールソードを抜いて構えた。

 ジーナは、街道で戦ったダミアンと比べるとかなり格下だが、若い二人のダガーでは叶わないだろうと思った。それでも魔術師試験で使用した魔力を使えば少しは持ちこたえるかも知れない。

 サイラスは剣を持ってはいないが、彼ら二人より上級の魔術師だ。ジーナが相手をするのが良いと判断し、若い見習魔術師二人に指示を出す。

「二人とも、左の男に魔力を使ってちょうだい。こっちの魔術師は私が相手をするわ。」

 突然現れたジーナに驚きながらも我に返った見習魔術師は使い慣れない片刃のダガーを手にしたまま、それぞれ口で古代語をとなえ始めた。

「バウ、シンディをお願い。」

 バウにも指示をだす。この場でシンディを人質に取られたのでは戦えない。

 子供に見えるジーナが強い声で指示を出した事を若い魔術師の二人は驚いていたが、今まで戦い等経験した事のない彼らはその指示に従うしかない。

 アモスは若い二人を相手に余裕があった。剣を右、左と繰り出してくる。そのたびに二人は逃げなければならず、魔術どころではなかった。手にしているダガーも全く役に立っていない。

「何をしているの。逃げながらでも魔術は使えるでしょ。二人もいるんだから。」

 見かねたジーナがまた指示を出す。二人がジーナの方を見ると、サイラスと睨みあっている所だった。ジーナの相手は自分達より格上の魔術師であるサイラス様だが、彼女は自信ありそうに杖を両手で持ち、正面に構えている。

「ハンス、交互に魔力を使おう、僕からいくから、ハンスはダガーで牽制していて」

「フーゴ、分かったよ。」

 フーゴやハンスが持っているダガーは、よく使用されるナイフより一回り大きく、両刃となっている、どこでも入手可能な変哲のないものだった。貧乏な二人はこのダガーを買うのが精一杯だったのだ。

 落ち着きを取り戻した二人はアモスに向き直った。フーゴが古代語を唱えてるあいだ、ハンスは、アモスが振り回すスモールソードがフーゴへ向かわない様、牽制を続ける。

フーゴは、ハンスの背に隠れながら古代語を唱え始めた。破裂音がしてフーゴの魔力がアモスの足下で弾けた。思わずアモスが下がる。その間にフーゴとハンスは立つ位置を交換して再びアモスに立ち向かう。指輪を持たないハンスの魔力は非力だが、それでもアモスを戸惑わすだけの力はあるようだ。

 再びジーナの指示がきた。

「二人で同じ所を狙うのよ。剣を持っている手を狙いなさい。剣を落としたら二人で飛びかかるのよ。ダガーを持っているでしょ。」

 きびきびしたジーナの声に必死に従う二人だった。


 アモスはいらついていた。目の前にいる見習魔術師の二人は、手にしているダガーはまるで使えないものの、アモスの剣を右へ左へと逃げ回っている。太めの方を剣で突きにいけば痩せた方が魔力の炎を右手にぶつけてくる。躊躇していると太めの見習いが放つ炎が体に当たる。命中率が悪く、威力もないが煩わしい。

 時々サイラスの相手をしている女が見習い二人に指示を出している。やっかいになったと思った時、離れた所にいるシンディが目に入った。アモスは人質に取ろうと、シンディへ向かって走った。


 シンディは、右手に剣を持ったアモスが近づいてくると恐怖を覚えて思わず泣き声を上げる。その時大きな白犬がシンディの前に来て戦いから自分を守る様にアモスに向かって身構えた。戦いに乱入してきたのは自分を助けてくれた女性の犬だということにシンディはすぐに気づいた。

 その彼女がこの犬をバウと呼んでいるのが聞こえる。

 目の前の犬がアモスに飛びかかっていった。犬が剣に刺されると思ったシンディは顔を覆った。アモスが自分へ折檻をした時の様に心で救いを求める。こうすればアモスの鞭や拳もあまり痛くはなかった。バウの体が一瞬輝いた。

 強い魔力を感じたジーナが思わずバウを見ると、バリアに守られていた。近くにはシンディしかいない。この子は魔術を使えるのだろうか。

 ケリーランスでローゼンの仲間達に鍛えられ、戦い慣れしているバウが、アモス程度の獲物を逃すはずは無かった。剣を持った右手に襲いかかり、咬んだまま引き倒した。

 アモスが剣を落としたのを見た二人の見習魔術師はジーナの指示通りダガーを構えて、二人がかりでアモスの体にのしかかった。さすがのアモスも身動きができなくなった。


 ジーナは若い二人に戦いの指示を出しながらサイラスと対峙していた。

 指輪のアルゲニブが心の中で話しかけてきた。

『ジーナ、シンディが魔力を使ったぞ。』

『話は後で聞くわ。今、忙しいの。』

 サイラスはジーナが数時間前に会ったケルバライトと同一人物だとは気づいていない。目の前の女の子が戦いに慣れているのは分かったが、恐ろしい相手ではない。魔術で一捻りできるはずだと思っていた。

 ジーナは杖先を自分の目の高さに合わせて正面に構えながらサイラスの目と口元を見ていた。魔力を使おうとする瞬間は動きが止まるのを、カテナ街道でのダミアンとの戦いで学んでいたからだ。サイラスは革に魔法陣が描かれたものを懐から出してジーナの杖に向けた。サイラスの目に力が宿り口元が動いたその瞬間を逃さず、ジーナは杖を繰り出した。

 しかし一瞬早くバリアの盾が現れた。

 サイラスの得意技なのだろう。直径一メータ位の板状のバリアが出現した。これが上級魔術師のレベルなのかも知れない。


 それでも構わずジーナは杖で攻める。いくらバリアの盾を作り出しても本人に体力が無ければ意味がない。ジーナの杖術にサイラスが後ずさる。攻撃の手を緩めれば、余裕の出来たサイラスが魔力の矢を放つだろう。

 女性の格好で魔力を使いたくなかったジーナは心の中でアルゲニブに話しかける。

『魔力を使ってはだめよ。』

 隣の戦いが静かになった。どうやら見習魔術師の二人がアモスを捕まえたようだ。

 左から白い物がとんできてサイラスに噛みついた。バウだ。その瞬間サイラスのバリアが消えた。ジーナはサイラスの胸の急所を杖の先で一突きした。サイラスは失神した。

 魔力を使う事でエネルギーを消費したのだろう、アモスに乗っかっている若い二人は肩で息をしている。それでもハンスは取り返した財布を左手でしっかり握っていた。シンディは少し離れたところに立ち、しゃくりあげる様に泣いていた。

 ジーナは荷物の中からロープを出して若い二人に放り投げた。

「このロープで縛りなさい。緩いと逃げられるわよ。」

 ジーナからロープを受け取ったハンスは手にしていたダガーを草むらに置くと、アモスの体を雁字搦めにした。フーゴはアモスが逃げないよう、ダガーをのど元に突き付けている。

 ジーナは膝をついて目線をあわせてからシンディを抱きしめて耳元で囁いた。

「驚かしてごめんね。もう終わったわ。」

 シンディはジーナの胸に顔を埋めて泣いた。そのままの格好で二人に言う。

「どちらか一人は大魔術師長様に報告してちょうだい。ご本人に直接会って言うのが良いわよ。この魔術師に仲間がいるとやっかいな事になるから。それとお願いだから私の事は詳しく言わないでね。銀貨六枚の貸しがある事を忘れないでよ。」

 ジーナは口止めを忘れない。

「ハンス、見張りをしていてくれ。俺が行ってくる。」

 話し下手なハンスより自分が行った方が良いと判断したフーゴがその場を離れた。

『アルゲニブ、シンディは魔力を持っているのかしら。』

『本人は気づいていないのではないかな。バリアの一種だと思うが、バウを守る為に魔力を使ったぞ。』

 人嫌いのバウがシンディの手を舐めている。この子がバウを魔力で守ろうとした事に気づいたのかも知れない。


 魔術師の館へ向かうフーゴは麓のテント村を通りかかったが、そこにたむろしている子供たちに変化はない。今の戦いに気づいてはいない様だ。

 魔術師の館についたフーゴは警備兵に取り次ぎを頼む。

「見習魔術師のフーゴです。ランダル大魔術師長様にご報告があります。」

「内容を話せ。俺が伝言してやる。」

「サイラス様の件とだけお伝え下さい。魔術師の事なので詳しい事を話す訳にはいきません。」

 フーゴは粘った。

 おれた警備兵は魔術師の執務室へ行った。

 やがて警備兵と共にヴァルが降りてきた。

「見習い魔術師のフーゴではないか。何があったのだ?」

「申し訳ありません。ランダル大魔術師長様に直接お伝えしたいのです。」

「なぜ私では駄目なのだ。」

「サイラス様の事で大魔術師長様においで頂きたいのです。」

 二人のやり取りが上まで聞こえたのか、ランダルが下りて来た。

「フーゴ、どの様な用事か知らないが、私がヴァルに任せたのだ。承知出来ないのならヴァルに頼んだ私を侮辱した事になるのだぞ。」

 フーゴは恥ずかしさで真っ赤になった。

「しかし、そこまで慎重になる事は決して悪い事ではない。ヴァル、サイラス殿の事だ。そなたも慎重に判断して報告するように。」

 二人は警備兵二人を連れて、サイラスが倒れている場所へ向かった。


 その頃、エドモンドの屋敷を出た老人は町の道具屋へ行ってランプ用の油を小樽一つ分購入していた。

 小樽を小脇に抱え、エドモンドが描いた地図を思い出しながら、ある商人の屋敷へ向かっていた。その館は魔術師の館の北側にあった。

 慎重に事を運ばなければならない。屋敷前の倉庫には荷車が止まっていて、荷役人が数人がかりで荷の積み卸しをしている。

 老人は気配を殺して人気がなくなるのを待った。

 荷車が去ってから二階の窓が見える木に登り、目的の部屋を探した。

 すぐに見つかった。書棚と大きな机がある部屋に男が一人いる。羽ペンを持ち、書類を書いていた。

 油が入った小樽を抱えたまま、木から窓へ一気に飛んだ。部屋の男が驚いて立ち上がる。

 老人はその商人に当て身を喰らわして気絶させた。数時間は起きないだろう。

 扉に内側から鍵をかけ、開かない様にする。

 次に机の上に広げられていた書類に油を染み込ませてから、その上に燃え残り僅かとなった裸蝋燭を立てた。

 その時、扉の向こう側で足音がした。老人は扉へ近づいた。

 ノックがして女の声が聞こえた。使用人の様だ。

「旦那様、お掃除にまいりました。」

 老人は自分の鼻をつまんで声色を出す。木の扉越しだ。分かりはしないだろう。

「仕事中だ。二時間は誰もいれるな。」

「はい、旦那様。」

 足音が遠ざかっていく。

 かえって都合が良かった。これで時間が稼げる。

 さらに書棚にも油を撒いた。書類を処分するのも依頼の一つだった。

 蝋燭に火を点けてから窓枠に乗り、半分くらいの油を樽に残して床に撒いた。こうすれば、蝋燭が燃え尽きた時に油に火が移り、火事にする事ができる。火事が起こる頃には旅芸人のテント村に戻っている事ができるだろう。残りがこぼれない様、樽に栓をした。

 風がふいて蝋燭がたおれない様、外側から窓を閉めた。

 残してきたシンディは、自分が教えているナイフ投げの若者と上手くやっているだろうか。まだ油半分ほどが残っている小樽を抱えたままテント村へ向かった。


 領主の館の裏山で、サイラスとアモスを見張っていたジーナは魔術師の館から人が来る前にその場を離れようとした。しかしシンディが手を放そうとしない。目に涙を浮かべてジーナの顔を見つめている。

 シンディはこの期を逃しては自分が救われないと必死だった。アモスより強いこの女の人に助けて貰おう。

「私を連れていって。」

 シンディは泣き声で訴えた。

「シンディはここに居たくないの?」

 シンディは首を大きく縦にふった。

「すぐ戻るから此処にいてね。動いては駄目よ。」

 それでも手を放そうとしない。この子を一人に出来ない。困ったジーナは隠れるのを諦めた。


 時がたった。縛られているアモスは盛んに大声を出しているが上に乗っているハンスは聞こえないふりをしていた。

 フーゴが魔術師のヴァルと警備兵を連れてやってきた。

 ヴァルは縛られている男と倒れているサイラスを見て誰にともなく言った。

「どうしたのだ。サイラス殿は死んだのか。兵士、サイラス殿の様子を見てくれ。」

 兵士の一人がサイラスの体を揺すると目を覚ました。最初は状況が飲み込めないでいたが、ヴァルの顔をみると慌てて立ち上がった。

 ヴァルは大魔術師長ランダルの弟子と言われている魔術師なのだ。迂闊な事を話せば自分がランダルから罰せられてしまう。サイラスはアモスの口も見習魔術師と共に封じようと考えていたが、ヴァルが目の前にいる今は手の打ちようがない。また、醜態をさらした事で平静を失ってもいた。しどろもどろながらもアモスと見習魔術師二人を指さして説明を始める。

「ヴァル殿、よくここへ来た。この者達三人はこの女の子を襲おうとこの山へ追いかけて来たのだ。幸い私がとおりかかってその子を救ってあげたが、この者達に返り討ちにあってしまった。私を襲った事はコリアード家へ謀反したのも同じだ。ここで死刑にしよう。」


 アモスが真実を話してしまうかも知れない、と危惧したサイラスがアモス、フーゴ、ハンスへ死刑を宣告した。

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