三十一 新しい仲間達・旅芸人の少女(二)
それでなくても目立つ格好をした見習魔術師の二人が祭りの雑踏の中を走り回っている。ジーナの目にもとまった。何かあったようだ。
「スリだ!」
ハンスの大きな声が聞こえ、人だかりから女の子が逃げてきた。ジーナの姿を見ても怯まない。ジーナを突き飛ばそうと思ったのか突進してくる。ジーナは女の子を抱き留めようと身構えた。
子供はジーナとぶつかる手前で何かを空中に放り投げた。
雑踏の中に、放り投げられた物を受けようとして手を出している男がいて、その何かを受け取ると走り出した。女の子を追いかけているハンスは気づかなかったがフーゴの顔は逃げた男を見ている。
「バウ、あの男を追いかけて。」
バウは道路の臭いを嗅ぎながら男の後を追った。スリの扱いならケリーランスで慣れている。ジーナ自身もスリ紛いの事を行っていたのだ。女の子の足を杖で払いながら捕まえる。逃げようともがく子供の手を放さない。
短めの見習い魔術師のマントを着た二人連れが息を切らせてやってくる。
「君、ありがとう。」
フーゴはジーナに礼を言った。勿論ジーナを、自分達を救ってくれた魔術師のケルバライトと同一人物だとは気づいていない。魔術師の衣装を着て、アルゲニブの声を使っている時は、ジーナが思っている以上に雰囲気だけでなく、顔まで変わって見えているからだ。
「僕の財布を返してくれ。」
ハンスが息を切らしながら女の子にいったが、女の子は首を横に振るだけで答えない。ジーナの顔をみてさらに言う。
「君、この子が盗んだ財布を返してくれないかな。大切な物が入っているんだよ。」
「私はこの子の仲間じゃないわ。」
「だって、一緒にいるじゃないか。」
「捕まえてあげたのよ。お礼ぐらい言いなさい。」
まさか自分が疑われるとは持っていなかったジーナはハンスを睨みつける。この見習魔術師はどこか抜けているようだ。
「この人は仲間じゃないよ。ハンスの早とちりだよ。お姉さん、ごめんなさい。」
フーゴがハンスに代わって謝った。
「フーゴ、身体検査をしよう。きっと何処かに隠し持っているよ。」
身体検査と聞いた女の子が泣き顔になって、すがる様にジーナの顔を見上げ、握っている手に力を込めてきた。騒ぎを聞きつけて人が集まりだしている。この子を人だかりの中で裸にする訳にはいかない。
ハンスは女の子に近づき、体を触ろうとする。ジーナはその手を止めた。
「やめなさい、男が人前で女の子の体にさわるものじゃないわ。」
「だってこの子が盗んだのには間違いがないんだから。絶対持っているよ。」
「でも女の子を人前で身体検査をするなんて絶対にだめよ。」
ジーナは力を込めて握ってくる手を優しく握りかえした。
フーゴがハンスに言った。
「この子は財布を持っていないよ。近くにいた男に放り投げたんだ。僕は見たんだよ。」
「フーゴ、早く言ってよ。男を追いかけなきゃ。君、男は何処にいったの?」
女の子は無言でハンスの顔を見る。しつこくハンスが聞いても答えようとはしない。意地になっているのだ。
雑種犬のバウに後を追わせたジーナは落ち着いていた。狼の血を引くバウをまいて逃れるのは難しい。
「あなた、名前はなんて言うの?」
「シンディ。」
小さな声で女の子は答えた。
「何歳なの?」
シンディは首を横へふる。自分の年齢を知らないらしい。背格好では五、六歳に見える。
ジーナはハンスに聞いた。
「その財布にはいくら入っていたの?」
「銀貨が五枚と小銭が少し。だけど他にも大切なものが入っていたんだ。」
言いかけるハンスの言葉を遮って女の子と交渉する
「その財布、銀貨五枚で私に売ってくれないかな。」
女の子の顔が綻んだが、まだ答えない。
「じゃあ、銀貨六枚。これ以上のお金は私持ってないわよ。」
そう言ってポシェットの中から銀貨が六枚入った袋をとりだし、中を空にして見せた。お金を小分けし、分散して隠すのは旅の鉄則だった。だから今出した小銭入れが空になってもジーナは困らなかったが見習魔術師の二人は驚いている。
そう言ってジーナが出した銀貨に納得したのか、シンディは頷いた。
盗んだ財布の中身と本当の目的をを知らないシンディは銀貨六枚なら頭領のアモスも怒らないに違いないと思ったのだ。
シンディに銀貨を渡しながらいった。
「シンディ、盗みは悪い事よ。どんなに貧しくても人の物を盗ったりしてはいけないわ。分かったわね。今度見つけたら許さないわよ。この人達を財布がある場所までつれていってちょうだい。」
「君、旅をしているんだろう。全財産渡してしまって大丈夫なのかい。」
「あなたの大切な物が入っているんでしょ。私の事より財布の事を心配なさい。お金は今度会った時に返して貰うわ。」
「ありがとう。お礼のしようも無いけど、ハンスの財布を盗った男を早く見つけなきゃならないからいくね。本当にありがとう。お礼はきっとするよ。」
「期待しないで待っているから早く追いかけなさい。」
「君は一緒に行かないのかい。」
「私はここで人を待っているの。」
シンディに見習い魔術師二人と一緒に行くように促した。シンディが本当の事を言わないかも知れないと思ったジーナは、後をつけさせたバウの帰りを待つ事にした。
二人は雑踏から離れた脇道をシンディに案内されて歩いていく。
スリ騒ぎに集まりかけていた人達は再び旅芸人の出し物へ向かって散っていった。
その日の早朝、ガエフの商人であるエドモンドは、屋敷の二階にある書斎にいた。窓からは秋のさわやかな風が入ってきてカーテンを揺らしている。
エドモンドの屋敷は、領主の館からやや東に位置し、二頭の馬小屋がついた、館とよんでも良い広さで、使用人を数人使っていた。
エドモンドの前には腹心のラルフが立っている。ダルコの居酒屋で一緒だったエドモンドの部下だ。
「首領、旅芸人アモスの所にいる老人には、特に怪しい素振りはありませんでした。」
「ラルフ、ケリーランスにいた盗賊、白い狼の噂を聞いた事があるか?」
「確か貧乏人から義賊と言われていた奴らでしたね。でも今は解散してその組織は消えてしまったと聞きました。」
「そうなのだ。今年の夏に突然姿を消してしまった。噂では白い狼の首領がケリーランス公国の警備隊に殺されたそうだ。」
「その噂は私も聞きました。その後一切の消息を聞かなくなりました。」
「あれだけ有名だった一味が全員殺されたとは考え難い。主立った仲間はほとぼりが冷めるまで身を隠しているに違いないと私は思っているのだ。」
「でも旅芸人の頭領アモスはすりや置き引きを子供達にさせている小物ですよ。白い狼の仲間とは思えませんが。」
「私はあの老人の顔に見覚えがあるのだ。首都ハダルで魔力の指輪の盗みに失敗した時の事だ。」
「あの時はハダルの町を随分騒がせてしまいましたからね。」
「その時私達を探っていた老人がいたのさ。その男がケリーランスにいた白い狼の飯炊きの老人だったのだ。」
「よく分かりましたね。」
「あそこの元手下で、勝手に盗みを働いて追い出された奴から聞いたのだ。私なら裏切り者は殺してしまうがね。」
「その老人をどうするんです。」
「彼にはもう一つの顔がある。白い狼に入る前は有名な暗殺者だったのだ。」
エドモンドは紙切れに記号と文字を書き入れてラルフに渡した。
「これを老人に渡して欲しい。彼が私の思っている人物ならきっとこの屋敷へ飛んでくる。」
ラルフはエドモンドが用意した紙を持って旅芸人のテントに向かった。
一時間後、机に向かって書類の整理をしていたエドモンドは、窓で鳴った音に振り返った。腰に湾曲したダガーを下げた老人が立っている。
屋敷には数人使用人がいる筈だが、老人の侵入に誰も気付かなかったらしい。
エドモンドは慌てる事なく呼びかけた。
「チャン。」
老人の顔が青ざめ、腰のダガーに手がいった。
「私を知る者はそうはいない。お前は誰だ?」
「今から三十年前、まだ十代の使い走りだった私を覚えてはいないと思うが、あなたと同じ盗賊団にいたのだ。私が入ってすぐに退団したあなたが、有名な暗殺者だと、その時に教わったのだよ。」
「今の私はナイフ投げの老いぼれ旅芸人だ。そんな昔の事は覚えていない。」
「私は当時の盗賊団を率いる立場になった。懐かしさのあまりつい呼び出してしまったのだ。一つだけお願いがある。その代わり今後一切連絡をする事はしない。それに私の腕ではあなたの暗殺技には到底及ばない。」
エドモンドはそう言って一枚の紙と金貨が詰まった袋をを老人に渡した。
老人は紙を見て言った。
「屋敷を全焼させる事は出来ないぞ。」
「奴の書斎だけでよい。それで私と彼の関係を示す書類は消えるだろう。」
「若造、次に呼び出しが有ったときにはそなたの命を貰う。覚えておけ。」
紙を残して老人が窓の外に消えた。エドモンドは残された紙を暖炉で燃やした。
暫くしてから扉がノックされ、部下のラルフが書斎にやってきた。
「首領、旅芸人の老人はなかなか来ませんね。」
「ラルフ、彼は窓から入って来たのだが、もう去った。」
エドモンドは開け放しになっている窓へ視線を向ける。ラルフもつられてそちらを見た。
「気が付きませんでした。」
「彼の事は忘れてくれ。次に合ったら殺すと言って去った。私も五十歳に近くなったとはいえ、まだ死にたくはない。私達の技量では彼を防ぐ事はできないからな。」
見習魔術師二人とシンディがスリ仲間を追いかけて去ったあと、ジーナは再び人形劇を見る。背景が森の絵に変わっていて、舞台には主人公のお姫様と横たわる騎士、脇に数人の兵士の人形が並んでいる。別れの場なのか悲しげな音楽に変わっていた。
主人公らしいお姫様の人形は表情が豊かだ。異界の指輪アルゲニブに話しかける。
『アルゲニブ、あの人形の表情、魔力で操っているわね。体の動きは人が操作しているだろうけれど、表情は舞台の下から操作できる範囲を超えているわ。どんな魔力なんだろう。』
『その位の事は熟練した魔術師ならできるだろう。』
横たわっている人形を見てルロワの事を思い出したジーナは言った。
『ルロワの失われた魂は何処へいったのだろう。彼の両親はどうしているのかしらね。寝たきりの今の彼の姿を見たらきっとお嘆きになるわ。』
曲調の変わった歌声に興味を惹かれ、再び人形劇を見る。劇のお姫様が歌っている場面だった。
『ルロワの体を魔力で操作できないかしら。あのまま寝たきりではルロワの魂が戻った時、体の方が駄目になっているわ。』
ジーナは独り言のように呟いた。白髪に変わってしまった髪の毛、つやを失った皮膚、そして寝たきりとなってしまった体。魔法陣から突き出た黒い左腕につかまれ、魂を失った体がよりいっそうやせ細っていくに違いない。
目の前を通った小太りのマント姿の男を見てジーナは現実に引き戻された。何処かで見覚えのある後ろ姿だ。この魔術師も広場へ見物に来たのだろうか。
今までは、魔術師会が胡散臭い集団だと思っていたが、ガエフの魔術師会のランダルや、ガサの町のレグルス等好ましい人達もいるのだ。それなのに何故皆から毛嫌いされる集団になってしまったのだろう。
魔術師の見習い制度の事も初耳だった。魔術師を増やそうとしているのだろうか。ダンク・コリアードは魔術師会を拡張して何をさせようとしているのだろう。
また、見習い魔術師に渡していた魔力の指輪はどの様にして作っているのか。魔族を生み出す時に使っている魔石のかけらから作られる指輪と同じ物とは考えにくい。疑問が沢山あるが、今のところ確認する術はない。
ジーナと別れたフーゴとハンスは、シンディの案内でガエフ公国領主の館を囲んでいる塀の脇を通り過ぎた。
領主の館は七十メートル四方の塀に囲まれた大きな建物で、十メートル以上の高さがありそうな塔を持っていた。この建物に使用されている石は、ガエフの土地を均した時に出た石を切って作ったと言われている。ガサの町の石造りの家もこの地の物であったらしいが、掘り尽くした今では殆ど採石される事がない。
「フーゴ、シンディを捕まえたあの子、お父さんは何処にいるんだろう。あんな大金を出して親に怒られないのかな。」
「小柄だから子供に見えるけどあの人は大人だよ。金を持っている彼がいるに違いないよ。」
「同い年くらいだったら友達になりたかったな。でもお金持ちの彼がいるんじゃ僕たち相手にして貰えないね。」
港町ギロの魔術師の館で下働きをさせられている二人は同年代の女の子と会う機会は無かった。
「可愛い人だったね。でもフーゴのいう通りだったら年上だし、それにガエフの人だからもう会えないだろうね。」
「旅の服装をしていたからまた会えるかも知れないさ。会えないと僕たち、借りたお金を返せないじゃないか。」
「フーゴは女の友達が欲しくないのかい?」
「俺たちにはまだ早いさ。修行の途中だもの。」
『この二人じゃ、私を助けてくれたあの人には似合わないわ。』
二人の会話を盗み聞きしながらシンディは笑っていた。芸人たちのテントに時々顔を出す小太りの魔術師もそうだが、黒いマントを着た人たちはみなろくでなしだ。いま一緒に歩いているこの二人もろくでなしの仲間に違いない。シンディはそう思っていた。シンディには黒いマントは皆魔術師で、見習いとの区別がなかった。
人前で身体検査をしようとした若い二人だったが、この会話からすると悪人では無さそうだ。お金なんか踏み倒せば良いのに、返そうとしている。意外と良い人達なのかも知れない。
「ガサの町にある魔術師の塔へ行ったら今までより厳しくなるのかな。どう思う?フーゴ。」
「レグルス魔術師長様は冷たいお方だから、港町ギロのジェド様の虐めの方が良かった、なんて事になるかも知れないぜ。」
領主の館の裏は小高い丘になっていて竹や楓が茂っていた。麓の空き地に旅芸人のものであろうテント村が見えてきた。大小のテントが張られ、子供達が出入りしている。
荷物用の大きなテント、住居に使用しているテント、洗濯物が干してあるテント、屋根を這っただけの荷役の牛や馬の宿舎等が点在している。
大人の姿はなく、子供達が芸人技の一つであるジャグリングや玉乗りの練習をしたり、牛馬の世話をしたりしていた。
旅芸人達は荷物の全てを牛車や馬車に乗せてバリアン大陸を旅して歩いた。宿や農家に泊めてもらう等という事はなかった。
お祭りや催し物がある時には主役となる芸人達であったが、流れ者で、あてのない生活をしている彼らを、町の人達は一段低い生活者として扱っていた。盗賊と同じような胡散臭い目で見ていたのだ。先の尖った帽子を被って、袖口が垂れ下がった服を着ている彼らを泊めてくれる様な宿はなかった。
中には国から追われている本当の盗賊が紛れ込んでいる事もあった。殆どの旅芸人はキャラバンを作って旅をし、芸を披露していて、私生活で土地の人と交わる事はなかったのだ。
キャラバンの中には、祭り用の屋台も含まれていた。地元に根付いていない流れの屋台では、単独で屋台を出しても客が寄ってこないからだ。芸人達も屋台目当てに群がる人達からチップを貰える事もあった。
キャラバンの売り上げは、頭領の所へ一度集められ、売り上げ率によって、頭領により再分配された。集められた金の中から町の有力者へのリベートを準備する事も必要だった。
シンディら三人は、テント小屋の群れを通り過ぎて領主の館の裏山へと向かった。植えられている楓の葉は赤く染まり、下草は枯れて黄色になっている。山全体が秋の色へ模様替えしていた。
シンディが旅芸人のキャラバンの一員としてこの地に来て二週間たった。夏までは
ケリーランス公国でお祭りとは関係なく芸を披露していたが、各地の秋の祭りに合わせて西へと移動してきたのだ。
芸の出来ない子供達は、このキャラバンの頭領であるアモスに命じられて群衆の中でスリや置き引きを強要されていた。人の持ち物に手を出すのは罪だとは知っていたが、お金を持って帰らないと酷いお仕置きが待っていた。
シンディはこのキャラバンが嫌いだった。アモスは何故かシンディが嫌いらしく、何かにつけてはお仕置きと称する虐待をしていたからだ。寒い夜に裸で木に縛り付けられた事もあった。
芸人の皆はそんなシンディを見て見ぬふりをしていた。そのたびにシンディはこの小山に登って泣いた。そのため、僅か二週間で小山の道を覚えてしまった。今のシンディにとってこの山は唯一の逃げ場だった。
それなのに、この地を発つまであと一週間もない。涙を見つめてくれたこの山とも別れなければならない。
そして今日、アモスに命じられたスリは成功したが、すられた本人に捕まってしまった。
道が次第に細くなってくる。二人の財布を盗めと命じたアモスの元へは帰りたくない。魔術師二人に捕まった事が知れたらまた酷い虐待を受けてしまう。気持ちは追い詰められていたが、幼いシンディには解決策はなかった。
時間稼ぎにただ山の中を歩いた。さっき自分を救ってくれた女性の顔が浮かんだが今はいない。
シンディは、木々を通してアモスの姿が見え隠れしているのに気がついた。
「おい、本当にこっちなのか?」
フーゴがシンディに声をかけるとシンディは突然走り出した。
「逃げたぞ。」
シンディはヨモギやツユクサをかき分けてにげてゆく。二人で道の無い森の中を逃げる女の子を追いかけ、山の中腹までくると、大柄な男が二人に声をかけてきた。その男は毛皮のベストを着ていた。腰に下げているのはスモールソードだが、腕力はありそうだ。
「うちの娘を追いかけて何をしているんだ。」
「この子が僕の財布をとったんだ。」
ハンスが返事をした。
二人の見習魔術師と一緒にいるシンディを見てアモスは半分失敗した事を悟った。魔術師から依頼された魔力の指輪入り財布は手元にあるが、盗まれた本人を連れてきてしまった。シンディにきついお仕置きをする必要があると思い、胸をときめかせた。アモスはシンディのお仕置きが好きだった。ここは若い二人に犠牲になって貰おう。例の魔術師に引き渡せばうまく処理してくれるだろう。アモスの心は決まった。
「そんな訳ないだろう。この子が盗みなんかはたらくかよ。その格好、お前達見習魔術師だな。お前達こそこの子に悪戯でもしようと山の中を追い回しているのだろう。」
犯罪人扱いされたハンスは頭にきていた。
「何を出鱈目いっているのさ、僕の財布には大切なものが入っているんだ。返してくれ。」
毛皮の上着を着た男はハンスをにらみつけた。
「魔術師の館には俺の知っているお方がいるんだぞ。突き出してやる。ついてこい。」
魔力を持っているとはいえ所詮見習いの事、たいした魔術は使えないだろうと思っているアモスは強気に出た。
アモスの勢いに若い二人は慌てたが手の打ちようがない。シンディの手を引いて強引に山を下りる男の後についていくが、山を駆け回って疲れたハンスは遅れがちになった。
アモスは、後ろを付いてくる若い二人を無視するように小走りに山を駆け下りた。どうせあの二人は知り合いの魔術師に殺されるのだ。元はと言えばその魔術師が、若い二人の財布を盗む様、依頼したのが発端なのだから。
男がテント村へたどり着いた時、テントの一つから小太りの魔術師が出てきた。