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ジーナ  作者: 伊藤 克
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二十九 異界の指輪・魔術師ケルバライトの誕生(三)

 翌日、バウを散歩に出して魔術師のマントを羽織り再び魔術師の館へ寄ると、警備兵のアランが出迎えてくれた。

「ケルバライト様、昨夜はありがとうございました。おかげ様で大事にならずに済みました。」

「夜中に呼び出してすまなかった。」

 ジーナはアランに頭を下げた。

「魔術師様が兵士に頭を下げられては困ります。」

 アランは困った顔をしてジーナにそう言った。アランは昨日と同じ会議室へ案内してくれた。入口の左側に、縛られたジョンが床に座らされていた。逃げないよう、両側に兵士が立っている。円卓には昨日と同じ魔術師達が同じ位置で席についている。

 大魔術師長のランダルが言った。

「ケルバライト殿、この男が、自分はガサの町にある魔術師の塔にいるルロワだと言っているのだ。私はルロワに会った事がない。そなたはルロワと同じガサの町の者、判断できるであろう。」

 縛られているジョンが大声でいった。

「俺はガサの町の魔術師ルロワだ、そこに立っている魔術師はガサの町にはいない。おまえこそ偽物だろう。」

 ジョンは必死だ。オオトカゲの件で何度も魔術師の塔に行ったが、目の前にいる魔術師は見た事がない。おそらくよそ者だ。ここで自分の判断が間違うと殺されてしまう。

 若い魔術師のヴァルがジョンに向かって言った。

「ルロワと名乗るそなたは身分を示すペンダントを身につけていないではないか。」

「俺はここへくる途中で盗まれたのだ。聞けばその魔術師は昨日ガサの町からやって来たというではないか。その男こそ俺からペンダントを盗んだ犯人だ。」

 確かにジーナが下げている魔術師のペンダントは、一時的とはいえ、ルロワが使用していたもので、裏にはルロワの名が刻まれている。しかし、大魔術師長ランダルの師であるレグルスの手紙を運んできたのは間違いない。ジョンは、ジーナがレグルスの手紙を持参した事で身分が保障されている事を知らない。

 ジーナがルロワについて知っている事といえば、ガサの町にある祠祭館跡くらいのものだった。ジョンが偽物である事を証明できそうなものはあっただろうか。

 暫く考えてからケルバライトの声でジョンに言った。

「そなたがルロワだと申すなら、ランプリング家に代々伝わる家紋を書くことができるだろう。ここで描いて見よ。」

「何を言っている。家紋を持っているのは貴族だけだ。平民の我が家系には家紋などというものはない。そいつが嘘をついているのだ。」

「ジョン、ルロワが住んでいたガサの町にある祠祭館前に墓地があるのを知っているか。」

「勿論だとも。あそこは代々俺の家の土地だ。」

「では、そこのランプリング家の墓標に書かれている紋章をここで書いてみるがよい。」

 ジョンに向かってジーナはそういった。

 ジョンは顔から汗を垂らしている。ランダルがジョンへ視線を向けならが言った。

「司祭師は代々継がれている家系だ。どのような司祭師でも家紋が受け継がれている。お前は自分の家系の家紋を秘めようとしているのか、それとも本当に家紋を知らないにせものなのか?だれか、書くものをもってこい。」

 大魔術師長ランダルが近くの兵士に命じた。一人の兵士が慌てて部屋を出てゆく。}

 続けてランダルは命じた。

「ヴァル、この地域の司祭師の記録がどこにあるか知っているな?そこからガサの司祭師だったランプリング家の紋章の記録を持ってくるように。」

「はい、ランダル様」

 そう言って若い魔術師は兵士に続いて部屋を出る。

 港町の破落戸に過ぎないジョンに司祭師の紋章等わかるはずがない。だが、命がかかっているこの場で正解を導き出さなければならない。必死に考えたが頭に何も浮かばないジョンはジーナが持つ杖の紋章に目がいった。必死にその模様を覚えようとする。だが、杖は細く、古代文字で飾られている模様を、民間人の目でその詳細を知る事は不可能だった。

 兵士が無地のパピルス紙とペンを手に戻ってきた。続いたヴァルが巻紙を手に部屋へ戻る。ジョンは捨て鉢になりながらそれでもジーナの杖の紋章を思いうかべながら、そのパピルス紙につたない絵を描いた。菱形の周囲に波線を付した、子供がかく落書きのような絵だ。兵士がそのパピルス紙を円卓へ置いた。

 その絵を見てジーナは言った。

「そのような紋章は存在しない。」

 ジーナは自分がそういっておきながら、なぜ存在しないと言い切れるのかふと疑問に思った。だがすぐにこれはアルゲニブが言わせたに違いないと思い、納得した。だが、異界のアルゲニブが、この世界の紋章のいわれ、決まり事をを知るはずがなかった。ジーナの心の奥底で、偶数の多角形を家紋とする事に違和感を感じたのだ。

 ジーナはジョンを諭す様に言った。

「あの墓地に建つ、大きな墓標はだれが行ってもすぐに見分ける事が出来る。兵士を派遣してその墓標を知らべればそこにどのような紋章が書かれているのか、すぐに分かる事だ。今から馬を走らせれば明日には結果が分かるだろう。代々から伝わる紋章は、家系によっては命と同じくらい重きを持つものだ。司祭師の跡取りならばそのことを知らないはずはないだろう。」

 若い者とは思えない言い回しと、紋章について断言する魔術師を見て、ランダルはさすがわが師レグルスが遣わした者だと思った。

 ジョンは、地方であるガサの町の司祭師の事等、ガエフの者が知らないだろう。最後の賭けに出た。ジーナの顔を見ながら言った。

「では、偽物の魔術師様、見た事があるのならその紋章を書く事ができると言うのだな?そこまで偉そうに言うのだったら書いて見ろ。」

 自分こそが偽の魔術師なのだが、そんな事は忘れて、一度見ただけでその紋章を書けるはずがないと思ったのだ。

『自分が出来ない事は相手も出来ない、自分が知らない事は相手も知らないに違いない。その思い込みは己自身に対して罪な事だ。』それはかつてジーナを育ててくれたローゼンの言葉だった。『どうしてなの?』そうジーナが言うと、『そこで考えを止める事で自分の芽を摘む事になるからだ。』言われた直後には難しすぎてジーナには理解できなかったが、ジョンの今の姿を見ると理解できる様な気がした。


 ジーナはガサの町についた翌日散歩をしていて良かったと思った。その時見た墓標にランプリング家の家紋が彫ってあるのを思い出して紋章の事を言い出したのだが、一度書き写した事のあるジーナはその紋章を忘れてはいなかった。

 ポシェットから紙商人のフレットからもらった白い紙を取り出し、旅用のペンでランプリング家の紋章を書く。

『アルゲニブ、これで合っているかしら?』

『古代語的には何か所が相違があるな。』

『あら、本当だ。』

 アルゲニブとの心の会話で古代語になれてきていたジーナはアルゲニブの指摘したその相違に気づいた。

『代々伝えられている間に移し間違いがあったのだろうな。誰に罪があるわけでもないし、ここで修正しない方がいいぞ。』

『でもアルゲニブ、間違いは間違いだわ。』

 ジーナは書き間違いのある紙を握りつぶして新しい紙を取り出し、修正した紋章を描いた。

『アルゲニブ、これでいいのよね?』

 言葉は無かったが、公定しているアルゲニブの気持ちは伝わった。

 周囲の魔術師達は、最近出回り始めた高価な白い紙を若い魔術師が持っていた事に驚き、さらにその高価な紙を躊躇いもなく握りつぶして代わりの白い紙を取り出した事にも驚いた。

 ジーナはランプリング家の紋章を書いた紙をジョンが紋章もどきを書いたパピルス紙の隣へ置いた。

 ランダルが指示する。

「ヴァル、記録にあったランプリング家の紋章をそこへ。」

 若い魔術師は一枚の丸めらていたパピルス紙がまかれた芯にぶら下がっているシラバスを確認してから広げて円卓へ置いた。

 魔術師達が一斉にのぞき込む。ジョンも縛られたまま円卓を覗く。ジョンの図は明らかに他の2枚とは異なるものだった。そしてジーナの書いた紋章は記録の紋章とほぼ同じだった。ジョンはその2枚を必至に見比べる。そして何か所かの相違を見つけた。

 思わず叫ぶ。

「おい、違いがあるぞ!」

 記録と全く異なる、まるで子供の落書きのようなジョンの図と、記録とほぼ同じ、ジーナが書いた図では成否の判断は明らかなのだが。

 手を縛られているジョンに変わってヴァルがその位置を指した。

「たしかにここに違いがある。」

「ほら見ろ。一か所でも違いがあればそれは偽物という事だ。俺の図と同じだ。」

 思わずそう言ったジョンだったが、自分で偽物である事を認めた事に本人は気づいていない。

 魔術師達は一斉にジーナの顔を見る。

 ジーナは握りつぶした紙を伸ばし他の紙の横へ並べる。

 ヴァルは、しわのよった紙の紋章と記録にあった紋章をしばらく見比べてから言った。

「おお、まったく同じだ。ケルバライト殿、なぜ書き間違えた方をだしたのです?」

 ヴァルはジーナに敬語になっていた。ジーナが答える。

「記録にある紋章には間違いがあるのだ。古代語的にはこちらが正しい。もし解らなければどなたかに訊くがよい。」

 ランダルは驚いた。ランダルでさえ、若い魔術師に指摘されるまでは気が付かなかったのだ。ジーナにしてみれば、ケルバライトに指摘されて修正しただけなのだが。

 ジョンもしわのよった紙に書かれた紋章と記録にある紋章を何度も見比べたが、二つの紋章の相違を指摘する事ができなかった。ジョンは力つきたのかがっくりと肩をおとした。二人の兵士がジョンを部屋から連れ出した。

 大魔術師長であるランダルがジーナに向かっていった。

「ケルバライト殿、昨日はご苦労だった。魔術師に関わる問題は、警備隊ではなくて、我々魔術師会が解決しなければならないのだ。そなたのおかげで魔術師会が恥をかかずに済んだ。ありがとう。そなたはあの者を知っているのか?」

「いや、昨日始めて会った。」

 ジーナが初めてジョンに会ったのは二週間以上前、初めてガサの町に着いた日の夜だった。ジーナが泊まったタリナの宿へジョンが侵入してきた時だった。しかし、本当の事をここで言うわけにはいかない。

 近くにいた兵士が独り言の様に言った。

「最近は何処の町でも食い詰めた輩がうろつく様になってしまった。男の処分は明日にでも決まるだろう。その頃にはあいつの口も軽くなっているに違いない。」


 ランダルが全員に宣言する。

「これより、港町ギロの見習い魔術師であるフーゴとハンスの初級魔術師認定試験を行う。兵士、中央のテーブルを片付けてくれ。」

 席についていた魔術師全員が座っていた椅子を持って部屋の壁際に移動すると、中央の円卓を兵士が隣の部屋へ片付けた。


 誰かがいった。

「サイラス殿、魔法陣の準備をしてくれ。」

 サイラスは部屋の中央に半径一メータほどの魔法陣を描き始めた。魔法陣が出来上がると、中央に木製の丸椅子を置き、その上に燭台を立てた。

 サイラスが古代語を唱えると魔法陣を囲む防御壁が現れる。魔法を見破る能力を持つジーナには、人の高さ程ある揺れるカーテンの様なバリアを見る事が出来た。意図的に弱いバリアを生み出しているらしい。しかしサイラスの腕が悪いのか、魔力のカーテンには小さな裂け目が出来ている。

 心の中で異界の指輪であるアルゲニブに問いかける。

『アルゲニブ、バリアに裂け目が出来ているわよ。』

『ジーナ、床の魔法陣を良く見る事だ。歪んでいる箇所がある。不完全なバリアはカーテンの様に裂け目から簡単に侵入可能だ。自分でバリアを作る時は気を付けるのだな。』

『サイラスは気が付かないのかしら?』

『本人にも見えていないのだろう。見えるジーナが特殊なのだよ。』

 ジーナは物心ついた時から腕にしている、癒しの力と魔術を見破る力を持つ魔石の腕輪に感謝した。

『それにしても初歩的な魔法陣ね。あの輪の中にだけ有効なバリアだわ。魔力の指輪やビルが作ってくれたメダルの様な小さなものでもバリアを生み出す事ができる筈なのに。』

『初級の試験だから解りやすくしているのだろう。』

 レグルスはそう言った。


「見習魔術師のフーゴを呼べ。」

 ランダルの命令に警備兵がフーゴを連れて現れる。手には筆記用具が握られていた。

 初めて会うランダル大魔術師長にフーゴは緊張した面持ちで黙礼した。

 試験という言葉からフーゴは、魔術師会の組織や歴史の事、魔法陣の種類等の筆記試験を予想していたが、部屋には机がなく、中央に燭台が置いてあるのみだ。

「フーゴ、今から昇進試験を行う。台の上にある燭台に灯をつけろ。」

 普通の人間にはバリアは見えない。最初は普通に近づこうとしたフーゴだが、昇進試験が簡単である訳が無いと思い、慎重に手を出す。バリアに気づいたようだ。

 フーゴは手のひらでバリアの高さを確認しながら一周した。勿論ジーナに見える小さな裂け目は気づいていない。

 再び元の位置に戻ったフーゴは人差し指を燭台の蝋燭に向け古代語を唱えた。指先から小さな炎が出てバリアに当たり、火花が散った。

 何回か繰り返すと、バリアを突き破る事ができた炎の矢が蝋燭の芯に火を付けた。

「フーゴ、合格。」

 ランダルが宣言する。

 サイラスが一度バリアを解いて蝋燭の灯を消してから再びバリアを作る。裂け目はもとのままだ。

「次、ハンスをここへ。」

 ハンスが兵士に連れられて来た。フーゴと同じように手には筆記用具を持っていた。

 緊張していたが、フーゴに手を挙げた。フーゴは目で答える。ハンスもフーゴと同様に筆記試験を想定していた。ひょっとしたら、机や椅子は自分で用意するのだろうか。それとも床に座り込んで試験を受けるのだろうか。


「ハンス、昇進試験を行う。この蝋燭を灯せ。」

 筆記試験を行うのだと誤解しているハンスは、蝋燭をともして、明るくしてから筆記試験を行うのだと思った。なんの疑問も抱かなかった。

 蝋燭へ火を移す為に壁の燭台から火の灯った蝋燭を外してきた。

「ランダル大魔術師長様、部屋が明るいので、蝋燭を灯す必要はないと思います。」

 試験の内容が理解出来ていないハンスは、蝋燭の火を移そうと椅子の上にある燭台に近づいた。心の準備が無かったハンスはバリアにはじき飛ばされて転んでしまった。兵士が慌ててハンスが落とした火の付いている蝋燭を拾う。理解できないのか、ハンスは暫く呆然としていた。フーゴが何か話そうとした時、そばに立っていたヴァルが止めた。

「港町ギロの魔術師長から聞いていなかったのか? 昇進試験で不正を働いた者はその多少にかかわらず罪となる。そなたが口を出すと不正と見なされて二人とも罪に問われる事になるぞ。」

 ハンスに同情したのか、フーゴが泣きそうな顔をしている。

 立ち上がったハンスはランプの周囲にある魔法陣にようやく気づいたようだ。フーゴと同じようにランプを指さし、古代語を唱える。転んだ事で動揺したのか指先が震えている。時が過ぎる。

 額の汗が流れ始める頃、炎の矢がバリアに当たり火花を散らした。二、三度続ける事でバリアを破壊する事はできたが、なかなか蝋燭にあたらず、台になっている木の椅子を焦がした。

 見ている魔術師達から失笑がもれた。

 ようやく蝋燭が灯ったときには、ハンスは汗だくになり、肩で息をする有様だった。

「ハンス、合格。」

 ランダルが宣言した。

 フーゴは泣きながらハンスが抱き合って喜んでいる。

「ハンス、良かったな。蝋燭に命中しなかったら椅子を燃やして失格になる所だった。」

「ありがとう! フーゴ。」

「二人とも良く聞け。試験前に渡した魔力の指輪は二人の物となったが、いかなる理由があろうとも紛失した時は死刑となるのが魔術師会の掟だ。その事を決して忘れるな。任務については上司となる港町ギロの魔術師に聞くが良い。」

「魔力の指輪が盗まれた場合はどうなるのでしょうか?」

 フーゴが質問した。

「魔力を全く持たない者が魔力の指輪をしても何の効果もないのだが、時々盗難事件が起きる。最近、首都ハダルで指輪の盗難事件があった。魔術師会の威信に関わる事件だ。総力をあげて捜索して指輪は回収され、その盗難に関わった者達を全員処刑した。盗まれた見習い魔術師も同じ日に処刑されたとの報告を受けている。二人共十分に気をつけるのだな。」

「ランダル大魔術師長様、辞退する人はいるのでしょうか?」

 ハンスがランダルに質問した。

「辞退した者はいるが、魔力の魅力を知ったものはなかなか魔力を忘れる事ができない。魔力の指輪欲しさに再び戻ってくる者が殆どだ。稀には旅芸人になって魔力を見せ物にしている輩もいるがな。」

 サイラスは再び椅椅子の上にある蝋燭の灯を消し、試験の準備をした。

 ランダルが若い二人に静かにする様に注意してから言った。

「若い二人の為にガサの町の魔術師であるケルバライト殿が模範を示す。」

 サイラスはジーナをにらみつけてそう言った。小さなメタルを仄かに明るくする程度の魔術師では、先に試験を受けた魔術師程度の技量だろう、と思っていた。  

 全員が男装をしてマントを着ているジーナに注目する。勿論女性だと気づいている者はいない。アルゲニブが作り出す、低い男の声の効果だ。

『アルゲニブ、やるわよ。』

『ジーナ、炎の矢を使うのか。失敗しないよう、十分注意するのだ。』

『アルゲニブが付いていてくれるから大丈夫よ。』

『古代語を唱えるのなら小声でな。囁くような声で良いぞ。』

 一度ジーナの強力な魔力を体験しているアルゲニブは、主人の魔力を絞るべく身構えた。万が一の為にバリアを作り出す準備もする。そのバリアはジーナを含めたここにいる全員を守る、高等な技術を必要とする技だ。

 ジーナは、アルゲニブが何を心配しているのか理解できなかった。コルガの宿で巨大な炎を作り出した記憶がジーナには無く、その時のアルゲニブの苦労を知らなかったのだ。

 アルゲニブの意見を尊重する事にしたジーナは魔力を使わない事に決めた。

 若い二人は目の前にいる魔術師が、昨日自分達を救ってくれた魔術師である事に気がつき、黙礼をする。

 間を置いてからジーナは、火のついた燭台を持った兵士を呼んだ。

「燭台をこちらへ。」

 右手に杖を持っているジーナは左手で、兵士の持つ燭台から蝋燭を一本外して持ち、バリアに守られている燭台へ近づく。

 サイラスの声が聞こえる。

「ケルバライト殿はハンスの失敗を見ていなかったらしい。」

 しかし笑う者はなかった。

 蝋燭を手にバリアへ近づくジーナを見て、どのような魔力を使うのかランダルの興味は増した。

 ジーナは自然な手つきで右手の杖をバリアの裂け目に差し込んで広げた。周囲の人には単に杖を持ち替えた様にしか見えなかった。

 魔法陣の中に入り、手にした蝋燭の火を移した。普通の動作だ。

 ジーナは再びバリアの裂け目を杖の先で広げて外へ出て、蝋燭を兵士に返してから元の位置に立った。魔法を使った様子は全くないその動きにどよめきが起こった。

 サイラスは慌ててバリアへ近づき存在を確認している。

「フーゴ、ケルバライト様にはバリアが無効なのだろうか? それともバリアを消し去ったのかな?」

「ハンス、俺には分からない。魔力を使った様には見えなかったな。」

 若い二人は信じられないという顔でジーナを見つめている。

 部屋にいた魔術師達はジーナの技について語り合っていた。


 若い二人がジーナの元によってきた。

「ケルバライト先生、昨日はありがとうございました。おかげで今日、認定試験に合格できました。」

「私は二人から先生と呼ばれる程年は取っていないのだよ。」

 会話に気がついたランダルが近づいてきた。

「フーゴ、ハンス何かあったのかね?」

「ランダル大魔術師長様、昨日居酒屋で二人組の賊に絡まれた時、ケルバライト先生に助けていただいたのです。」

 ハンスが事の顛末を説明した。

「ハンス、その時ケルバライト殿はどんな魔法を使ったのかね。」

「分かりません。あっという間に二人の賊が倒れていました。」

 ランダルはジーナの顔を見たが、ジーナは何も答えない。

 フーゴが勇気を出してランダルに話しかけた。

「お願いがあります。私達二人をケルバライト様がいるガサの町へ移動して貰えないでしょうか?」

「ケルバライト殿の元で修行をしたいかね?」

「はい、ランダル大魔術師長様。」

「ケルバライト殿の部下という訳には行かないが、ガサの町のレグルス魔術師長殿の所へ移籍してやろう。ケルバライト殿がいる魔術師の塔だ。」

 レグルスと言えば魔術の研究者として知られていた。

「是非お願いします。」

 無条件で移動させれば、港町ギロのシャロン魔術師長に不満が生じるだろう。それではこの若者の将来にも問題が残る。

「条件がある。このまま希望を叶える訳にはいかない。他の者へのしめしがつかないのでな。今回の試験は追試合格した事にする。港町ギロに帰ったら他の魔術師達に笑われるぞ。それでも良ければ魔術師の塔へ移動してやろう。即決する事だ。」

「フーゴ、僕は笑われてもいいよ。今のまま港町ギロの魔術師の館でジェド様の虐めを受けるのはいやだ。でもフーゴは実力があるし、笑われるのがいやなら俺、我慢するよ。」

「ランダル大魔術師長様、ケルバライト様がいる魔術師の塔へ移動させて下さい。」

 ランダルは一度咳払いをしてから周囲の魔術師に声をかけた。

「皆! 聞いて欲しい。」

 魔術師達はランダルの前に集まってきた。

「今回受験に成功した二人だが、一人は椅子を焦がしてしまい、今一人は仲間に答えを教えようとした。無条件で合格とすれば今後の試験にも影響を与えるだろう。二人は罰としてガサの町の魔術師の塔へ移動し、レグルス殿の下働きを命じる。あそこは大した任務もない、僻地とも言える場所だから若い二人の罰にはちょうど良いだろう。」

 誰も反対しなかった。

「本日の昇進試験はこれにて終了する。三人はここで待機してくれ。魔術師会のペンダントを渡す。」


 魔術師達が部屋から去った。


「ケルバライト先生、ガサの町でもよろしくお願いします。」

 本当に仲が良いのだろう。若者二人揃って頭を下げる。

「そう幾度も頭を下げなくても良い。礼ならランダル殿にするのだな。」

「レグルス魔術師長様は冷たいお方と伺っていますが私達、勤まるでしょうか。」

「心配は塔についてからにしてくれ。」


 暫く待つと、兵士が二人入ってきた。

「これを受け取ったら引き上げるようにとの事です。」

 ジーナは一人の兵士から手紙とペンダントを受け取った。フーゴ達も港町ギロの上司へ渡す手紙とペンダントを受け取っている。

 三人は揃って魔術師の館をでた。


 一時間ほど後、ランダルの執務室にランダルともう一人若い魔術師がいた。

「ヴァル、先ほどの技をどう思う。」

「ケルバライト殿は普通に蝋燭の火を椅子の蝋燭に移したしただけです。先生、私には何が起こったのか分かりません。バリアを消したのでしょうか?」

 ヴァルはランダルと二人だけの時は先生と呼んでいた。

「私も最初は目を疑ったよ。サイラス殿の作ったバリアを無視したのだからね。」

「バリアを作ったサイラス殿は上級の魔術師です。そのバリアを無効にする事が出来るのでしょうか?」

「ヴァルよ、魔法陣を描くときは完璧に行う事だ。」

「先生、せっかくヒントを頂いたのに私には分かりません。」

「魔法陣はまだ消されていないね?」

「はい。サイラス殿が私に消すよう、命じられましたので。」

「では掃除用のバケツとモップを持ってきたまえ。」

 二人は魔法陣が描かれた部屋へきた。

「描かれている魔法陣を忠実に唱えてバリアを張ってくれ。」

 ヴァルは魔法陣を操作したあと、手で触ってみる。確かにバリアが存在する。

 ランダルはバケツの水を魔法陣に向かって少しだけ流した。水は魔法陣の周囲を巡って流れていく。暫く眺めていると、魔法陣の一部の箇所から内部に水が浸透していった。

「バリアの隙間を杖で広げて中に入ったのだろう。魔法陣は完璧に仕上げないといけないと言う事だ。床の魔法陣を消したら兵士に命じて部屋のテーブルや椅子を戻しておいてくれたまえ。」

「先生、ケルバライト殿はどのような技でこの隙間を見つける事ができたのでしょうか。私にはバリアそのものを目にする事が出来ません。」

「私にも分からないが、少なくともサイラス殿よりはケルバライト殿の方が魔術の技が上だという事だよ。」

「昨日ケルバライト殿がこの部屋の燭台を灯した事に誰も気づきませんでしたね。先生。」

「蝋燭を灯すのは簡単な事だが、ケルバライト殿はあの時サイラス殿と会話を続けていた。ヴァルは私と会話をしながら部屋の全ての蝋燭を灯す事ができるかね?」

「先生、会話をしながら魔術を行う事はできません。古代語を唱える事が出来ないからです。」

「私にも難しい。不可能ではないが、会話が不自然になるだろう。ケルバライト殿の会話は自然だった。だから誰も気づかなかったのだよ。」

「私はケルバライト殿の会話より、肩に乗っている小鳥に興味があったので見つめていたら、その小鳥が燭台へ頭を向けました。それで気づく事が出来たのです。」

「ヴァル、もう一つ彼の技があるのだが、それには気づかなかったかね。」

「小鳥を礫から避けさせた事でしょうか。」

「あの程度なら魔術師で無くても騎士ならばできる事だ。私の弟子であるヴァルも気がつかなかったか。修行が足りぬな。」

「申し訳ありません。」

「銅板を光らせた子供騙しの術を見たかね?」

「はい、私が先生に拾われた子供の頃にはあの程度の技は使えました。」

「ケルバライト殿は自然な会話をしながら部屋の全ての蝋燭を点灯させ、同時に銅板を光らせたのだ。」

「先生、一つは炎に関係し、今一つは光に関係しています。二つの魔術の古代語は全く違います。一つの技を連続して使う事は出来ますが、異なる術を連続して使う事は私にはできません。」

「今の事は誰にも言うな。彼を指導しているレグルス殿に私はとうてい叶いそうにない。」

「ケルバライト殿が十八歳というのは本当でしょうか?若い者に出来る技とは思えません。」

「若返りの魔術はいままで幾多の魔術師が挑んでいるが成功したとの話を聞いた事がない。」

 ランダルは暫く考え込んでからそういった。


 ランダルはケルバライトが若返りの術に成功した老齢の魔術だと本当に思ったのではない。ケルバライトの才能に嫉妬している自分に気がついたのだ。

二章 異界の指輪での主な登場人物


ジーナ………………………旅の少女(魔術師としての別名ケルバライト)

バウ…………………………ジーナの飼い犬、狼との雑種犬

アルゲニブ…………………異界の指輪(ジーナの指にはまっている)

異界の貴族ケルバライト…異界の魔法貴族(ジーナが名前を無断で借用)

ローゼン……………………ジーナの保護者

フーゴ、ハンス……………見習魔術師

フレッド……………………港町の紙商人

ナンシー……………………フレッドの娘

エドモンド、

アレックス…………………ガエフの紙商人

クリフ………………………紙職人

ダン…………………………ガサの町の鍛冶屋

ビル…………………………ダンの鍛冶屋で働く子供

エレナ………………………魔術師の塔の使用人

ニコラ………………………エレナの祖父

レグルス・アバロン………魔術師の塔に住むガサの魔術師長

ランダル・バックス………ガエフ公国の大魔術師長

サイラス、ヴァル…………ガエフの魔術師

シャロン・ベイトン………港町の魔術師長

ジェド………………………港町の魔術師

ダミアン、ジョン、

ケビン………………………盗賊、港町の破落戸

ルロワ………………………祠祭師の一人息子


「ジーナ 二章 異界の指輪」が終了しました。

 ここまでお読みいただき有り難うございました。

「三章 見習魔術師」では、新しく加わった若者達の生活を中心にしたいと思います。

 ご意見、ご感想などありましたら、お寄せいただけると幸いです。

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