二十八 異界の指輪・魔術師ケルバライトの誕生(二)
ジーナはまだ明るい道を、宿を探して歩いていた。バウとは魔術師の館前で別れてから顔を合わせていないが、元々北サッタ村の狼との雑種犬なのだ。平気だろう。それとも寂しがっているだろうか。どちらにしても、バウが本気でジーナを探そうと思えばすぐに姿を現す筈だ。
道を北のほうからジーナと同じ魔術師のマントを着た男が歩いてくる。一週間ほど前に魔術師の塔近くで打ち負かしたジョンだ。なぜガエフの町を魔術師のマントを着て歩いているのだろうか。疑問に思ったジーナは離れてジョンのあとをつける事にした。勿論同じような魔術師の姿をしているジーナが自分を追い込んだ女だと気づかづに目の前を通り過ぎたジョンの後ろをゆっくりついて歩く。いつの間にかバウが隣を歩いていた。
ジョンはガサの町で魔術師の塔へ盗みに入った所を塔の兵士に追いかけられた。ようやく逃れられたと思ったのも束の間、何者か分からない小柄な女に負け、ガサの町を追われる結果となった。あの女さえ現れなければ、魔術師の塔にいるルロワへ町の女であるエマを掠って売り、あわよくば魔術師の塔の住人になれたかもしれない。冷静に考えればあり得ない事なのだが、妄想しがちなジョンはそう思っていた。
ジーナにガサの町を追い出されたジョンは、カテナ街道を南へ向かう途中泊まったコルガの町では宿で寝ている間に金品を盗まれた。金を持たないジョンはダルコへ泊まる事が出来ずにカテナ街道をガエフ公国へ歩いている途中に別の賊に襲われて失神している間に残りの持ち物も奪われた。魔術師の塔から盗んだもので唯一残ったのは寒さよけに羽織っていた黒い魔術師のマントだけだった。そのマントによってガエフへ向かう商人の小娘が勝手に魔術師と勘違いした。
もう一働きできるかも知れない。小娘も良く見れば可愛い顔をしている。高く売れそうだが、親が金持ちなら誘拐した方が金になるか。ジョンはあらぬ事を考えていた。
自分をガサの町から追い出したジーナが後ろをついて来るのに気づいていないジョンは自分に運が向いて来たのかも知れない、と思っていた。
ジョンは宿の看板を見ては裏へ回り、何かを確かめている。数軒目で立ち止まった。
空の馬車を見ている。ジーナにも見覚えのあるフレッドとナンシーが乗っていた馬車だ。
ジョンが薪割りをしていた男に話しかけている。ジーナは魔石の腕輪の力を借りて耳の感覚を高めた。
「この馬車は誰のだ?」
薪割りをしていた男は、薄汚れた、擦り切れた魔術師のマントを着た男を偽物かも知れないと思ったのか、質問してきた男の顔を眉をひそめて見た。
「商人のフレッドさんの馬車ですが、あなたはどちらの魔術師様ですか?」
「ガサの町の者だ。」
「どおりでこの辺りでは見かけないお方だと思いました。お泊まりでしたら表へ回ってください。」
薄汚れた男が偽物である事に確信を持った。魔術師会のペンダントをつけていないからだ。マントは何処かで拾ったものに違いない。それでも宿泊すれば客である。
「頼みがある。深夜私が手紙を持ってくる。娘のナンシーにこっそり渡して欲しい。」
そう言ってジョンは、ナンシーからせしめた銀貨の一枚を渡した。小銭でよかったのだが、ジョンは銀貨しか持っていなかった。
「旦那、あんな小娘がいいのですか?」
男は下品に笑い、さらに金を要求する。
「魔術師様ならご自分で渡せば宜しいですがね。それにしても、ペンダントを持たない魔術師様に初めてお会いしました。」
男はワザとらしく言葉を付け足す。では他の者に頼もう。ナンシーからせしめた銀貨には限りがある。もったいないと思ったジョンは巻き割りの男から銀貨を取り戻そうとした。
「いえいえ、銀貨一枚でも結構ですよ。」
男は慌てて腰の革袋へ銀貨をしまった。
ジョンは通りへ出ると隣の安宿へ入った。そこへ泊まるのだろう。
フレッドが宿泊している宿の看板には大きな字で道草亭と書かれている。一般の宿は文字が読めない者が目印にできる様、看板には模様が描かれているものだが、この宿の看板は文字のみだ。ジョンが入った宿には一つ目宿という文字の上に大きな目の絵が描かれている。
魔術師姿では人目を引くと思ったジーナは木陰で黒いマントを脱ぎ、ズボンの上からスカートをはいた。バウの鎖帷子を外して暫く待つと、バウの全身が白毛に変わった。女性としてフレッドと同じ宿へ泊まる事にしたのだ。それにしてもバウの変装術は便利だ。自分も同じ技が欲しいと思った。ジーナの顔の雰囲気、輪郭が心持変わっている事をジーナは気づいていなかった。
道草亭は、タリナの宿と同じように一階が食堂となっていた。
初めて入る食堂でコマドリは目についてしまう。ジーナは肩に留まっているコマドリを近くの枝に飛ばした。
使用人がカウンタにたっていたが、ここでも小柄なジーナは子供と間違えられた。
女の子が荷物を背負い、犬を連れているのを不思議に思ったのかも知れない。しかもダガーと杖を持っている。
「お嬢さん、この宿は高いのだがね、隣の宿の方が安くて良いよ。お金が無いのなら、腰のダガーを買ってあげるよ。」
「宿代はいくらですか?」
男の言った値段を高いと思ったが、言われた通りの小銭をカウンタに置いた。
「お父さんとはぐれたのかい? 困った事があったら私に言いなさい。相談にのるよ。」
笑いながらカウンタの男は話しかけてくるが、無視をして部屋に入った。払った金の割には狭くて汚い。
異界の指輪であるアルゲニブがジーナの心に話しかけてくる。
『ぼられているぞ。黙っていていいのか?』
ばかにされたのがアルゲニブには気にくわないらしい。
『よけいな事はしないでね。後が面倒になるわ。』
『前のご主人様ならあの男を剣で一突きしていたぞ。』
『ごめんね。あなたの新しい主人が軟弱な私で。』
アルゲニブにはジーナの思考がどうもなじめない。ジーナは軟弱ではない。一撃で敵を倒す剣技を持っているし、魔力もある。不満な事があるのなら、剣で解決するのが最も簡単な方法だ。しかしジーナは自分が我慢するという、あえて複雑な解決方法をとりたがる。このままではアルゲニブの自我がストレスで一杯になってしまいそうだ。
隣の宿に入ったジョンが活動するのは夜に違いない、と考えたジーナは日が暮れるまで部屋で仮眠をとり、夕暮れに下の食堂が開くのを待った。バウもジーナが寝るベッド脇の床で丸くなって寝た。一眠りすると辺りが薄暗くなっている。ジーナは宿へ入った時と同じ女性の姿で荷物を背負った。部屋へ盗賊が入るのを心配したのだ。白毛のバウを伴って食堂へ入った。さすがは高価な宿だ。犬連れでも店の者は騒がなかった。
食堂は掃除が行き届いていて、普通の居酒屋よりも店内が明るい。壁に下げられているランプが大きくて多いのだ。一番明るい席には魔術師が一人座っていたが今日会議に出席していた者では無い様だ。それでも食堂の隅は薄暗くて、テーブルは空いていた。
フレッド親娘が大きめのテーブルについて食事を始めている。金があるのだろう。側には給仕が立っている。
勿論、隅のテーブルに座ったジーナに二人は気づいていない。魔石の腕輪を使って聞き耳をたてる。
「お父さん、どうして怪我をしていた魔術師様にこの宿を教えてあげなかったの?」
街道に倒れていた魔術師様と共にガエフの町にきていれば、そのまま魔術師の館へいって二人を救ってくれた小柄な魔術師様に会えたかも知れない、と思うとナンシーはそっけない父親の態度が不満だった。
「旅では何が起こるか分からない。ナンシー、どんな事にも気を許してはいけないよ。」
「でも、私たちを救ってくれた魔術師様の名前を知っていたわ。」
娘のナンシーは納得しない。
「あの魔術師様、ジョンと言ったわね。魔術師の館へ訪ねて見ようかしら。私達を助けてくれた魔術師様にお会い出来るかも知れないわ。」
「止しなさい。一般人がゆく所じゃないのだよ。」
娘とはいえ、十五歳にもなってこの様な世間知らずではとても、商売を任せる事は出来ない。大人になるまでに教育をする必要がある。妹は姉と違ってしっかり者に見えるが、まだ十一歳。今後どう育つか分からない。フレッドの心は重かった。
「お父様、この宿は看板に絵が描かれていないわね。目印がないと次に来た時探すのに困るわ。不親切だわ。」
「ナンシー、この宿は文字が読めない町の人や農民は泊めないのだ。だから絵は必要ないのだよ。お前も商人の娘なら読み書きを」
そこまで言った時、ナンシーがその言葉を遮った。
「お父様、しつこいわ。お金で読み書きできる使用人を雇えばよい事よ。」
三年前に亡くなった妻は温和しい女で、暇な時には暖炉の前で裁縫や刺繍をやっていた。自由奔放で細かい事が嫌いなこの娘は誰に似たのだろうか。
偽魔術師であるジョンが何かをしでかすのではないかと心配だったジーナはフレッド親娘の食事に合わせてゆっくりと食べていた。
食堂の扉が開き、黒いマントの男が入ってきた。魔術師に化けたジョンだ。ジーナの緊張が伝わったのか、足下で一緒に食事をしていたバウは耳を立ててジョンの動きを目で追っている。ジョンは油断なく辺りを見渡し、一瞬、中央の席に座る魔術師に視線を向けてから、フレッド親娘のテーブルに近づいてゆく。他の者たちに聞かれる事が無い様、小さい声で話しかけた。
「そなたらを救った魔術師が分かった。やはり私の部下であるシェーンだった。彼は多忙なので夜にならないと会えないそうだ。娘さんには是非会いたいと言っておったぞ。連絡をするから魔術師の館までくる様に、との事だ。伝言はしたぞ。では後ほど。私も多忙なのでな。」
それだけ言うとジョンは食堂を出ていった。食堂に本物の魔術師が居る事にジョンは気づいていたが、それがジーナだどは想像もできていない。いつまでもウロウロしていると偽物である事がばれてしまう。本物の魔術師に尋問されては叶わない。
フレッドは、汚れたマントを着た魔術師姿のジョンは偽物だと思っていた。本物の魔術師は魔術師会に属している証として身分を示すペンダントを首から下げる。また、マントを誇りに思っている魔術師が汚いマントで外を彷徨い歩く筈もない。
魔術師会に属さない旅の者が、魔術師会に出会う危険を冒してまで昼間から堂々と歩き回る事もない。ジョンとかいう男は腹黒い目的があるに違いない。
しかし、何故か娘のナンシーが昼間救ってくれた魔術師に拘っている。見聞を広めさせようと連れてきたが目を離す事ができない。フレッドにとって重荷となってしまった。
会話を盗み聞いていたジーナは、ジョンがナンシーを罠に嵌める気でいるに違いないと思っていた。知らせるべきだが女性の姿でいる自分の正体を知られたくないジーナは、ポシェットからハンカチを出して引きちぎった。食事についているケチャップをフォークの先につけて伝言を書いた。
追加注文をする素振りで席を立ってフレッドのテーブルに近づき、布を落とした。誰にも気づかれなかった。再び自分のテーブルに戻る。
テーブルの布に気づいたフレッドは書かれたメッセージを読んだ。誰が置いていったのだろうか。
「ナンシー、あの魔術師は偽物だぞ。」
そう言ってテーブルの布に書かれたメッセージを見せた。
「お父さん、私が文字を読めないのを知っているでしょ。私をあの若い魔術師に合わせたくないから自分でそんな物を作ったのね。魔術師の館の前で合うのだから安全だわ。」
フレッドはもう一度伝言を読む。美しい文字で書かれている。見よう見まねで文字を覚えた町人や子供に書ける文字ではない。ナンシーの家庭教師でもこの様に綺麗な文字はかけない。助けてくれた小柄な魔術師意外に心当たりがない。辺りを見回した。中央で座って食事をしている魔術師は背が高そうだ。助けてくれた魔術師に該当しそうな人物は見当たらなかった。思いを巡らす事に疲れたフレッドは食事を終わりにした。
「ナンシー、部屋に戻るぞ。」
ジーナは二人が二階の部屋へ上がるのを待ってから食堂を出た。隣にある一つ目の宿の入口が見える物陰に隠れる。
一つ目の宿は宿泊客がいないのか、居酒屋へ行っているのか分からないが静かだった。
腕輪の力を通じて宿の気配を探ると一人だけ寝ている人物がいた。魔術師に化けたジョンに違いない。深夜に盗賊と間違われても困る。荷物から黒い魔術師のマントを出し、着替えてジョンが動き出すのを待った。バウに鎖帷子を着せ、黒毛に変身させる。
宿でジョンを倒すのは簡単だが、そこにいる人達に迷惑がかかる。ガサの町での盗賊騒ぎ、そしてコルガの宿での小火騒ぎを思い出す。それにまだジョンが悪事を働いたわけではない。今ジョンを襲うとジーナが盗賊となってしまう。
ジョンがナンシーと魔術師の館で会うのなら、館の兵士に手伝って貰えるかも知れない。
酒を飲んでいた者、旅を急いでいる者等時間と共に宿に人が戻ってきて賑やかになっていたが、さらに時が経つと周囲に静寂が訪れた。深夜、ジョンの姿が宿の入口に現れた。 ジョンはフレッド親娘がいる宿の裏口に向かう。
その宿の裏口で薪割りをしていた男にジョンが何かを渡しているのが見える。
ジーナは正面入口が見える位置に隠れた。
ナンシーだろうか、女が出てきてジョンと会い、二言三言交わして二人揃って道を歩き始める。ジーナは後を追う。保護者だったローゼンが躾けてくれた、足音を立てずに歩く癖は追跡に役立つ。
ローゼンの言葉。『必要になってから学習したのでは手遅れだ。』どんな事でも身につけておくものだ、とあらためて思った。
ナンシーは、父親であるフレッドが寝入っている隙に部屋を抜け出した。港町では父に内緒で若者のたむろする居酒屋へ出かけた事もある。ましてや今は魔術師様の護衛付きだ。問題があるとは思っていなかった。着替えもそこそこに出かけて来た。髪を櫛とく暇が無かったのが残念だと思っていた。早足のジョンの後をナンシーは小走りでついて行く。
「魔術師様、もう少しゆっくり歩いて下さい。」
「時間がないのだ。」
夜道とはいえ、いつ人とすれ違うか分からない。もう少しで脇道にそれる事が出来る。ジョンは先を急いだ。
魔術師の館は近づいてきた。館の手前で林へ向かう小道に折れる。カテナ街道で荷物をすっかり奪われたジョンは、ナンシーからせしめた銀貨で小型のナイフとロープを手にいれていた。ロープは目立たないように腰に巻いている。
ナンシーは救ってくれた魔術師に会えると思っていた為、ジョンが先を行く小道に疑問を抱かずに後をついていった。ジョンの、不自然に巻かれた腰のロープにも気がついていなかった。
持っている中でも綺麗なドレスを着ていたナンシーだったが、フレッドが案内する道は下草が長く生え、夜露がドレスの裾を汚してしまう。次第に細くなっていく小道にさすがのナンシーにも疑念が沸いた。
「ジョン様、この道はちがうのでは?魔術師の館は反対側にある大きな建物ですよ。」
「同僚のいる魔術師の館で会うのは恥ずかしいと言っている。この奥にいるのだ。」
早く人気のない場所へ連れていきたいジョンはナンシーの疑問には構わずに早足で先へと進んでゆく。
最初は魔術師に会えると心ときめかせていたナンシーだったが、生い茂る竹林にさすがに怖くなり足を止めた。ビルはそんなナンシーの手をとり、更に奥へ行こうとする。この場所で大声を出されては通りへ聞こえてしまうかも知れない。
ついにナンシーは歩く事を止め、ジョンが握っている手を振りほどいた。
「魔術師様、シェーン様は何処にいらっしゃるの?」
「ナンシー、残念だったな。俺は魔術師なんかじゃあないのさ。」
「魔術師のマントを着ていらっしゃるわ。それに私達を盗賊から救ってくださったシェーン様のお名前も知ってらっしゃるし。」
「シェーンなんて名は出鱈目なのさ。お前の親爺は俺の事を胡散臭いと思ったようだが、その娘がこんな簡単な嘘に引っかかるとは、よほどの世間知らずだな。」
ナンシーは恐怖に震えるがもう遅い。
「お前の親爺が身代金を出してくれたら帰してやる。おとなしく縛られてもらおう。」
そう言いながら腰のナイフを抜いてナンシーの腹にナイフを突き立てる。
あまりの恐怖にナンシーは失神してしまった。倒れたナンシーのドレスは夜露と草の露や泥で汚れてしまったが、構わずロープで足と手を縛り草むらへ転がした。
後ろで聞いていたジーナは異界の指輪アルゲニブの声でジョンに話しかける。
「偽魔術師よ。悪さは止めることだ。」
一瞬動きをとめたジョンは出来るだけ威厳がある振りをして低い声で問いかける。
「お前はだれた?」
「その娘を誘拐して身代金をせしめるとは。お前もそこまで落ちたか。」
「俺を知っているのか?」
ジョンは暗くて何者が立っているのか分からなかったが、魔術師のマントを着ている事に気がついてさらに問いかける。
「俺の事を知っている魔術師は港町ギロのジェド様しかいないがお前はだれだ。」
「ガサの町にある魔術師の塔から盗んだ金はどうしたのだ?」
ジーナはそうジョンに問いかける。
「お前はルロワか、違うな。ルロワはそんな声じゃなかった。あそこにはルロワとレグルスの二人しか魔術師はいない筈だ。偽物だろう?」
「お前とは違う。」
ジーナはそう言って覚え立ての炎の矢をジョンに向かって投じようとした。
アルゲニブは慌てた。こんな竹林で大きな炎を発生させたのでは山火事を起こしかねない。心で会話をする。
『ジーナ、炎の矢は止めておけ。』
『まだ覚え立てだから失敗するかもね。』
目の前にいる魔術師が、ガサの町を追い出したジーナだとは気づいていないジョンはナイフをナンシーに向けて人質にしようとした。
ジーナはそのナイフを杖の先で払った。ナイフが落ちる。正体を知られては面倒だと思ったジーナは杖でジョンの右脇腹を殴りつけて気絶させ、彼が持ってきたロープの残りで近くの木に縛り付けた。
ナンシーは気を失ったままだ。
「バウ、少しの間隠れていてね。」
そう言い残してジーナは魔術師の館へ向かった。
魔術師の館へいくと、昼間の兵士が立っていた。
「ケルバライト様、私はアランと言います。今日は庇っていただきありがとうございました。夜更けにどうされましたか。」
「向こうの林で偽物の魔術師が娘を襲っていた。どなたか手伝っていただけないか。」
アランは慌てて奥へいき、他の兵士二人を連れて戻って来た。ジーナは三人の兵士をジョンの倒れている林へ案内した。
この林は、ガエフ公国の領主の館裏にある小山につながっていた。
幼い頃を領主の館で過ごしていたアランは、子供の頃よくこの林で遊び回っていたのでこの辺りの地理には詳しかったのだ。一見人気のない林だが、山の向こう側には領主の館があり、今はその近くに旅芸人達のテントがある。
今の時期行われている祭りにやってきた旅芸人達が領主の館前で大道芸を行っていた。
そのため夜でもこの林中の小道は結構人通りがあり、地元の者であればこの様な所で人を襲ったりはしない。ここの倒れている者が地元の者ではないに違いない。
「この者は魔術師のマントを羽織っているが、偽物だ。処分については館のどなたかに聞いて欲しい。」
二人の兵士のうち、体格の良い兵士がジョンを担いで、二人で魔術師の館へ戻っていった。
「アラン、すまぬがこの娘を宿へつれて帰りたい。」
アランはナンシーを抱き上げてフレッド親娘の宿、道草亭まで運んでくれた。
宿のジョンと話をしていた男が出てきた。
「おや、魔術師様、首尾はどうでした。」
魔術師の格好をしているジーナを見て、ジョンだと勘違いしたようだ。
強面のするバリトンで話しかける。
「男、よからぬ事に荷担しない事だ。小銭と命を交換する事になるぞ。すぐにフレッドを起こしてこい。」
勘違いに気づいた男は慌てて階段を駆け上がる。
「アラン殿、不審な者がいないかもう一度林を見てくる。館の魔術師殿には、約束通り昼に顔を出すと伝えて欲しい。」
そういってジーナはその場を離れた。フレッドに会うと説明が必要になると思ったのだ。身を偽っているジーナは細かい説明をする事ができない。
フレッドは宿の主人にたたき起こされた。隣を見るとナンシーのベッドは空だ。慌てて起き、扉を開ける。
魔術師の館の警備兵がナンシーを抱きかかえて立っている。
「フレッドはおまえか?」
「はい、そうです。」
「お前の娘が賊に襲われていたのを魔術師様が助けて下さった。二度と若い娘を夜中に出すのじゃない。」
そういってナンシーをベッドに横たえてから警備兵は去った。
なにが起きたのか理解できないフレッドは呆然と立ちつくすのみだった。