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ジーナ  作者: 伊藤 克
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十五 魔術師の塔・救出(一)

 囚われの人を救おうと夕暮れになる度に何度か魔術師の塔へいったが、正面の扉はいつも閉まっており、なかなか機会は巡ってこない。正面の大扉を強引にあけ、中にいるであろう、魔族兵士達と単独で戦いながら創作する自身はジーナにはなかったのだ。扉が開いてさえいれば、愚鈍な兵士達の隙をついて地下の探索ができるのではないかと思っていたのだ。地下には、囚われている男以外の気配が全く無かったので、潜り込んでさえしまえばなんとかなるに違いない。

 その時のために準備をしておこう、とジーナは思った。囚われの人がいる塔の内部がどうなっているか、確認するのだ。

 刺繍で作った塔の図とビルの銅板を手にした。勿論、魔法の粉末はポシェットにしまったままになっている。普段通りの服装で外に出る。空は薄曇りだが、さほど寒さは感じない。すれ違う町の人とあいさつをしながら人気のない滝の方へ向かった。小柄な娘が一人で人気のないところをうろつくのは、普通であれば心配な事なのだが、ジーナが薬草取に川の方へ向かう姿をよく見かけている町の人たちは、特に疑念を抱く事もなかった。


 洞穴で結跏趺坐をして弾む息を整える。バウはジーナの隣におとなしく座っている。

 ジーナの腕輪には感覚を倍加する力があり、普通の人には聞こえない声、気配を感じる事ができる。腕輪にふれてその力を借り、辺りの気配をうかがった。

 小動物がいた、数日前、雨の日に仲良しになったモグラに違いない。

 心の鍵を一つ外して呼び寄せる。寄ってきたモグラの頭を撫でてやると喜んでいるのか鳴いて答えた。この小動物は犬のバウと違って感情を掴みにくい。

 ポシェットから刺繍で作った塔の図を出してビルが作った銅板と共に後ろ足に付ける。2回目なので慣れてきたのか、ジーナが作業を終えるまで後ろ足を動かさずにおとなしくしていた。魔石の粉末を使って銅板を光らせる。初めての時には微かに光る程度だった魔法陣が作業回数を重ねる度に光が増して感じるのは自分の魔力が向上しているのだろうか。

『モグラさん、あの人までお使いお願いね。』心で話しかけ、巣穴の入口で離す。

 あとはじっと待つだけだ。


 囚われの男は闇の牢獄の中で石の床にあぐらをかいていた。使い魔のモグラを操る魔術師の存在を知ってから自らの意志が生き返った。希望はある。最近、牢内の空気も澄んで来たように感じていた。晴れの日が続いたためではあるのだが、牢内にいる男には外の天気を知る手立てはなかった。だが、心が前向きになった事で、体感する湿気が軽くなっていたのかも知れなかった。

 あの日以来モグラが度々現れ、男と戯れていく。もう食用にはできなかった。ここに使い魔を置いていくという事は、あの魔術師は使い魔を常時手元に置いて訓練しているのではなさそうだ。

 闇の中を光る物が近づいてきた。例のモグラだ。謎の魔術師がきたのだ。モグラは男の膝に上ると、小さな荷物が括り付けられている後ろ足を持ち上げ、男の手のうえに置いた。そのかわいい仕草に思わず笑みがこぼれる。このモグラが特別かしこいのだろうか。それとも外の魔術師が遠くから操っているのだろうか。

 今は引退した魔術師ソフィー・ラスタバンは、使い魔のネズミをそばにおいていつも訓練していた。モグラを訓練する事なくあやつる事ができる魔術師は、ソフィーを超える術者なのか、俺の知らない術を持っているのか。男の知識欲がかき立てられる。どちらにしても高等な技だ、と男は思った。

 手に乗ったモグラの足にランプの様に光るメタルと布きれがくくり付けられている。枯れた指で外し、布きれを見ると塔の図が描かれている。自分のいる位置を示してもらいたいのだろうが、この塔の図には隠し通路やこの牢獄などは描かれていない。金属の食器に残っていたスープをインク代わりにして、塔の一階にある隠し扉と、鍵となる魔法陣、そして地階への階段を書く。もう一度その出来を確認して、鎖と、鎖を断ち切る斧の絵を書き足した。魔法陣や細かい文様は表現出来ないが、使い魔を探る程の魔術師なら輪郭を描くだけで理解できるだろう。

 作業の間、モグラは男の肩にのっておとなしくしている。こいつも随分と俺に慣れてしまった。一人だけの長い囚われの日を思うと、小動物であっても、近くに己と戯れる相手がいると言うことで限りなく心が癒されてゆく。

 作業が終わる頃には魔法陣の力で灯っていたメタルの光も弱まってゆく。モグラの足にその小荷物を括りつけ、小さな背中を押してやる。牢内に再び闇が訪れた。


 ジーナは瞑想をして友達になったモグラの帰りを待っていた。薄暗い中に土をかき分けるモグラの音が近づいてくる。やがて座っているジーナの膝に乗ってきたモグラの足から囚われの人からの返信を外して広げ見る。

 塔の入口を入って大広間の突き当たりを右に曲がった所、そこに輪が描かれている。魔法陣に違いない。魔法陣の操作中にビルと手が触れたとき、頭に浮かんだ数々の魔法陣の事を思い出す。


 囚われの人と連絡とってから数日間、魔術師の塔へ様子を見にいったが、相変わらず、正面の扉は閉じたままだった。

 そんなある日の夕方、いつものように塔の様子を見にいくと、塔の正面扉が開いたままになっていた。急いだ方が良い。

 宿に帰ったジーナは旅の衣服でもある戦闘用の服に着替え、万が一の為に外套に仕込んだ武器類の確認もした。乱闘になれば二刀流になる事も考えられる。ダンが作ってくれたジャンビーヤ風のダガーを左の腰に、ローゼンのダガーを右の腰にぶら下げた。鉄の杖はその技がまだ自分のものになっていないし、両手がふさがってしまう。置いていこう。

 外套は裏側の黒緑色を表に返して羽織り、顔を黒緑色の布で覆う。再度投げ矢等の隠し武器を外套の上から確認し、最後に男物の衣類を棚から出して背負った。

 もう一度魔術師の塔の様子が書かれた布を見る。布の隅に鎖と斧の絵が書かれていた。牢が鎖でふさがれているのだろうか。鎖を断ち切る斧が必要となりそうだ。

 ジーナの服が戦闘仕様であるのを感じたバウは緊張が伝わったのか、立ち上がって耳を立てていた。バウにケリーランスでチャンが作ってくれた専用の鎖帷子を着せ、顔と足に墨を塗り、闇で目立たないようにする。

 この軽い鎖帷子では大剣の攻撃を防ぐ事はできないがナイフぐらいなら効果がある。一番の理由は毛が敵の武具に引っかかったり、敵に毛を捕まれたりしないためだ。

 首の下を触ってやりながら話かける。

「いくわよ。」

 バウはジーナの目をじっと見つめ返す。

 この姿で一回へ降りて、人の目につくのは良くない。知られない様、窓から出よう、とジーナは思った。部屋の鍵と後からつけた掛け金を内側から掛ける。

 ジーナは体が通る程度に窓を開け、目の前の巨木つたいに外へでる。バウは自分で飛び降りた。普通の犬と違って狼の血を引いていてカテナ山の麓で育ったバウは高い所を怖がらない。窓は開けたままにしておく。沈みかけの陽は雲に隠され、まだ月が出ていない薄暗い中を、音を立てずにダンの鍛冶屋の裏山へ向かう。町の人に見つかりたくない。建物の陰、木の陰を選んだ。ジーナの緊張のせいか、空が雨模様に変わったせいなのか、体に当たる空気を重たく感じた。

「バウ、ここで待っていてね。あとで私を追ってきてちょうだい。ビルとあってはだめよ。」普通の犬では理解できない難しい指示だが、心がつながっているバウなら理解できる事にジーナは自信を持っていた。

その小山でバウと別れ、ダンの鍛冶屋へ向かう。幸いな事に誰にも会わずにダンの鍛冶屋へつく事ができた。

 食事にでもいったのか、ビルの姿はなかった。ダンの仕事場へ入り、壁に掛けてある道具類を見る。殆どが農具の鎌や鉈、鍛冶屋道具の大鎚で、ダンが得意としているスピアも数種類ある。中に一本だけ戦斧があった。ジーナは壁の金具から戦斧を外して手に取る。二キロはありそうだ。ケリーランスにいた頃手にした戦斧はもっと軽かった記憶があるが斧はこの一本のみだ。腕力のあるダン専用だろうか、持ち手の滑り止めの革には装飾が施されている。

 斧を手に店をでると、ビルとすれ違った。なにか話しかけているが相手をしている時間はない。魔術師の塔の扉が閉まってはいけない。竹藪を横切り、塔へ走った。途中でバウが追いつき、後ろからついてきた。


 扉が開いていて魔族が二体見張りをしていた。バウに合図を送る。バウは音を立てずに塔の反対側に回りこみ、遠吠えの様に吠えた。見張りの魔族二体が気を引かれてそちらへ様子を見に行く。バウは塔を一周して戻ってきた。今、扉の前は無人だ。

 息を殺して忍び込む。入ってすぐ円形の大広間があり、左右に塔の上へ向かう階段が見える。塔の図を思い出しながら右へ進む。階段の下の扉を開けると、掃除道具を置いた小さな部屋になっている。バウと共に小部屋に入り、扉を閉める。真っ暗になるが、ジーナはビルが魔法陣を書いた銅板に魔石の粉末を振りかけて光らせ、手首に紐でぶら下げた。ランプ代わりにするのだが、戦いの為には両手をあけておきたいからだ。見張りの二体が戻って来たのか、大広間の方から物音がする。見つからずに済んだ。

 狭い物置の壁を照らして調べる。あった、左側の壁の石で一つだけくすんでいない石がある。人の手に触れられているに違いない。目を近づけて良く見ると、魔法陣が彫られている。魔石の粉末を手に取り、その石の表面に塗りつけるようにする。

 何かが外れる音がして壁が動き、僅かな隙間ができた。手で隙間を広げ、中の様子をうかがうが人のいる気配はない。隙間から中に入ると、下へ向かう狭い石段が見える。土をくり抜いて作られた通路のようだ。土が剥き出しの天井は蜘蛛の巣だらけで、人が触りながら歩いているのか、両側の壁は部分的に苔が剥がれている。石段は中央部がすり減っている。バウはジーナのすぐ側を離れない。

 塔の人間に感づかれてはいけない。開けた壁を内側から閉めた。闇の中でジーナの手にぶら下がっている銅板の光が周囲を照らす。その明かりを頼りに石段を下る。数メートル降りた突き当たりにもう一枚、鍵穴のついた鉄の扉があった。奥に気配を感じるのか、バウが低く唸る。

「バウ、静かにしていてね。」

 鉄の扉越しに腕輪の力を借りて中の音を拾う。鎖が床を擦る微かな音とモグラの鳴き声が聞こえている。他には誰もいないようだ。例の男とモグラは仲良くなったのかも知れない。

 扉の鍵はジーナの部屋の簡単な物と違い、てこづりそうだ。チャンから教わった解錠術を駆使する。ややあって、鉄扉内部で金具が外れる音がした。時間はかかったが錠を外す事ができた。チャンの解錠術を本格的に使ったのはこれが初めてかも知れない。

 扉の隙間から異臭を伴ったなま暖かい空気が漏れ、同時に鎖を引きずる音が聞こえてくる。この部屋に間違いない。

 扉の隙間から気配を伺う。扉が開いた事に気がついたのか、モグラは鳴き止んだ。静寂が訪れる。ジーナは異臭のする、淀んだ空気の中に入った。


 一方、闇の中の石床に座る男の膝でモグラが戯れている。外から連絡をしてきた魔術師の使い魔だ。牢獄の入口のドアの方で音がした。モグラが静まる。ルロワか、男は身構えた。

 ドアが静かに開き、侵入してきた者が手にしたランプが牢内を照らした。黒っぽい外套を着た男が扉の隙間から布で覆った顔を覗かせ、全身を表すと後ろ手に扉をしめた。小柄な男で、両方の腰にダガーを吊し、右手には戦斧を持っている。剣士の風体である。剣技を巧みにこなす魔術師は殆どいないが、斧を持った右手首には光るメタルがぶら下がっている。これがランプの正体だった様だ。この小柄な男が例の魔術師なのにちがいない。膝の上のモグラが小柄な男の方へ近づいていく。驚いた事に男の後ろに黒い犬がついている。この犬も魔術師の使い魔なのだろうか。犬が動くと、かさかさと音がする事から鎖帷子を着せているようだ。軍用犬なのかも知れないがじつに良くならされていて、男を見ても吠える事なく飼い主のそばにピタリと寄り添っている。

 鉄格子の扉は開かないように鎖が絡められ、錠がかけられており、男の両手両足は鎖で繋がれている。この頑丈そうな鎖を、非力に見える小柄な男が戦斧で断ち切る事が出来るだろうか。


 ジーナの手首の銅板の光が囚われの男の全身を照らす。想像通りの痩せた男が両手両足を鎖に繋がれて座っていた。男のそばには鉄格子と鎖で繋がれた鉄の食器があり、男は上半身裸の上、両腕には赤黒く変色した包帯が巻かれている。ズボンもただの布きれとなり果てた状態だ。

 薄暗い中、二人は無言で見つめ合う。ジーナは寄ってきて肩にはい上がったモグラの頭を撫でてやる。

 話す事ができないのか、或いは耳が聞こえないのか、その男は見つめるばかりで話しかけてこない。鉄格子の扉には錠が鎖にぶら下がっている。鉄の扉の錠よりは単純そうだ。これなら戦斧で切らなくても開けられる。ジーナは太い鎖を見て、非力な自分では断ち切れそうにないと挫けたところだった。

 簡単に錠を開けるジーナに男は驚いているようだ。盗賊の技を知らないのだろうか。ジーナは鉄格子の中に入り、男の両手、両足首に繋がっている鎖の鍵も同様の手口で外した。男の両手には、金具の跡が傷となってついている。

 背中から男物の衣類をおろしてその男の側に置いた。


 目の前に立つ小柄な魔術師は、戦斧で断ち切るかと思っていた扉の鎖の錠をいとも簡単に解錠して絡まった鎖を解き、両手両足の石床に繋がれた鎖についている錠をも外してしまった。見事な手並みとした言いようがない。それに衣服まで用意しているとは気が利いている。

 何十日ぶりか、何ヶ月ぶりか分からないが、これで自由の身となれそうだ。自由になったら、ルロワの、塔の魔法陣を使った悪さだけは止めさせなければならない。

 しかし、牢獄に入ってきたのは小柄な男一人、仲間はいないようだ。ルロワが魔法陣で生み出している魔族達に立ち向かえるだろうか。

 それまで身にまとっていたボロ服を脱ぎ捨て、目の前に置かれた新しい服を身につけると、ようやくまともな人間に戻ったという実感がわいてきた。

 小柄な魔術師は腰からダガーを抜いて手渡してくれる。一度王都ハダルで見た事のある東洋の湾刀に似た、反りの強い変わったダガーだが意外と軽く切れ味はよさそうだ。これで戦えという事か。

 ルロワのかけた魔法陣の力によって言葉を奪われていた男はジーナの肩を触り振り返らせてから苔むした石壁にダガーの先で自分の名前を書いた。『レグルス・アヴァロン』

 ジーナが先頭となり、鉄の扉を開けて石段を登る。レグルスが鉄扉を閉める大きな音が通路に響いた。銅板の効果が薄れたのか、光が弱くなる。ジーナは石段の途中で立ち止まり、魔石の粉末を振りかける。

 間近で見ていたレグルスは初めて見る技に驚いた。メタルに書かれた魔法陣の効果を、古代文字を唱える事なく発揮させている白い粉末。長年にわたって魔法陣を研究してきたがその様な術は聞いた事がなかった。そんなレグルスに構う事なく小柄な魔術師と黒い犬は上って行く。


 犬に一切指示を出している様子はないが魔術師の心を察しているのか、魔術師に忠実に従っている。

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