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ジーナ  作者: 伊藤 克
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十一 魔術師の塔・ルロワの秘密(一)

 ガサの町では平穏な日が続いた。最近はウイップのゼルダを見かける事もなかった。冬に向かって風が冷たくなってくる。

 魔術師の塔を見ておこう。ジーナは一度宿に帰り新しいダガーと杖を置いてからバウを連れて裏山へ向かった。最近では腰に巻いた鎖の上から、細く切った布を巻き、無骨に見える鉄製の鎖を目立たなくしていた。これはエレナから言われた事だった。ジーナは衣装に無頓着だったのだが、エレナが『もっと女の子らしくしなさい』とそう言ってその布をジーナに渡したのだ。

 魔術師の塔へ向かう途中で何人かの町の人に会った。みなジーナに微笑みながら声をかけてくれる。やがて魔術師の塔への分かれ道が近づいてきた。

 ここ数日ガサの町で見かけなかったジョンが麦藁を山積みにした荷車を引いて道の向こうからやってきた。麦藁にしては重そうに引いている。行き先に興味を引かれたジーナはその後を付ける事にした。

 ジョンはダンの鍛錬の場よりも北側の道を山へ向かって曲がった。魔術師の塔へと続く道だ。一本道なので離れていても見失う事はない。登り道が続く。

 途中で轍に車輪をとられて傾いた。荷台の藁束が落ちて隠されていた荷物が見える。シーツに包まれた荷が動いている。

 バウが行こうとするのを手で止める。

「静かにしているのよ。」

 中で縛られているのか、もがいているようにも見える。

 ジョンはあわてて麦藁を積み直し、再び荷車を引き始めた。

 荷車の両側に1個づつ着いている、大きめの車輪は木で出来ていて、輪の外側を鉄の板が巻いている。小ぶりとはいえこの様な荷車は、普通であれば馬に曳かせるものなのだが、馬を借りる金がなかったのか、荷の事を秘密にしたかったのか、人間であるジョンが一人で引いている。相当無理をしているのだろう。

 車軸も木でできているので重たい荷物を載せて轍にはまると折れてしまう事がある。今度は慎重になっている。

 川の手前で止まった。川向こうに塔が立っている。

 正面に港町ギロの魔術師の館と同じ様な鉄でできた両開きの鉄の扉とその手前に鉄の落とし格子がある。

 塔は幅二十~三十メートル、高さ十数メートル程の石造りで、各階の窓だろうか、入り口扉の上に細長い穴が縦一列に三個ついている。四階建てのようだ。倉庫だろうか?あるいは宿舎なのか、党の両側には石造りの平屋がつながっていた。最上階の角には張り出した窓がある。内側から板で塞いであるのか、どの窓も暗く、中を見ることはできない。

 屋根は村の建物と同じ様に藁葺となっている。塔の右側は林に隠れてみえない。左側は竹林になっていて水音がすることから滝がそばにあるに違いない。

 塔の前で魔族が二体警備をしている。ジョンは手を振って合図をした。魔族の兵が答える。

 ジョンは橋を渡った。これ以上近づくと見つかりそうだ。ジーナとバウは木の陰に隠れた。腕輪の力を借りて会話を盗み聞きする。

 塔から魔術師が出てきてジョンと立ち話を始めた。あの男は居酒屋で警備兵の魔族が噂をしていたルロワに違いない。そしてジョンはその手先という事になる。

 荷物の中身は動物か、人間なのか。生きた人間だとすると運び方が粗雑すぎる。とすれば動物、それもオオトカゲを運んできた可能性が高い。また魔族が一体生まれると言う事になる。

 しかし、ジョンは魔族の兵士二体を人間と思っている様だ。知らずに手伝わされているのかも知れない。


「ルロワさん運んできましたよ。」

「遅かったではないか。」

「すみません、手違いがあって一日遅れました。」

「どうしたのだ。」

「新しい仲間を雇ったら段取りが悪くて手間取りました。」

「作業は極秘に行えと行ったではないか。」

「そういってもこれを一人で捕まえるのは無理ですよ。」

「この前までのお前の仲間はどうしたのだ?」

「逃げられちまって。」

「大丈夫だろうな、あちこちで喋っていないだろうな。」

「問題ありませんよ。」

 ジョンは大げさに頷いた。

 見せかけの藁をすっかりおろし、シーツもとって荷物がルロワに見える様にした。

 口と四本の両足を縛られているオオトカゲは逃げようと必死にもがいている。

「なんだ、小さいではないか。傷は無いだろうな。」

「見ての通りですよ。」

 ルロワが金を渡す。

 警備をしていた魔族兵二体がもがいているオオトカゲを抱えて塔に消える。

「銀貨五枚じゃ割に合いませんよ。オオトカゲも最近捕れなくなってきているし。人目を避けて運ぶのも大変なんですぜ。」

「今日のオオトカゲは小柄じゃないか。それに約束の日を違えたし。その金で満足だと思うがな。」

「このオオトカゲ、何に使うんです? 食用ではなさそうだし、ペットじゃないでしょう。」

「俺は知らん、レグルス魔術師長様のご命令だからな。用があったらまた呼ぶから今日は帰りな。無用の詮索をしていると命を落とすぞ。」

 荷物を運び終えた魔族が二体とも戻ってきて魔術師を守るようにジョンの前に立ちはだかる。

「わかりました。じゃあまた呼んで下さいよ。」

 ジョンは空の荷車を引き、来た道を戻っていく。

「そろそろジョンも始末をしなければならぬか。」

 ルロワは誰にともなくつぶやいた。

 一体の魔族が大剣を抜いてジョンを追いかけようとする。

「まて、早まるな。もう少し様子を見てからだ。まったくこいつらは短気でいかん。」ルロワは呟きながら塔へ戻った。


 ジョンが軽くなった荷車を曳いて、隠れているジーナの前を通る。

 ルロワが塔に入ると入り口に立っていた魔族も塔に入って扉が閉まった。塔の内部はどうなっているのだろうか。町の人にきいてみたい所だが、それで無くても噂になっているジーナは迂闊な動きはできない。

 ジョンもこの先は荷車を返しにいくだけに違いない。魔族が塔から出てこない事を確認し、ジーナは戻る事にした。


 一時間後、ルロワは真っ暗な牢獄の鉄格子の前に立っていた。苔むした石壁に囲まれた部屋は数メートル程度の広さしかなく、空気はよどんでおり異様な臭気が周囲に満ちていた。ときおりカチャカチャと金属のこすれる音がする。

 大きな一枚岩で作られている床に、長さ二メートル弱の太い鎖四本の端が埋め込まれていて、痩せた男の両手両足が繋がれている。武器に利用されるのを防止するためだろうか、細い鎖で鉄格子につながれた鉄の食器と、ネズミだろうか、動物の骨がその男のそばに転がっている。男はルロワが手に持つランプに気がつくと、散乱している食器を鉄格子に投げつけてきた。金属音が響く。

 投げた男の両腕は傷だらけで包帯が無造作に巻かれている。しかしどの包帯も血が乾いて固まったままで、交換された様子はない。

 ルロワはランプの光を男の顔にあて、のぞき込む。その男が何か話しているがうなり声になるばかりで言葉としてききとれない。

 ルロワは食器をたぐり寄せ、水、食べ物を入れて鉄格子の手前に置いた。鎖のついた手が鉄格子からのび、食器を掴もうとする。ルロワはその手を紐で鉄格子に縛り付けてからナイフでその男の腕を切りつけた。血がしたたる。素早く通路に転がっていた柄杓でその血をうけた。

「死なんでくれ。お前の血がまだまだ必要なんでな。」

 血がたまったところで包帯を巻き、血止めをした。ひしゃくに溜まった血を腰の水筒にうつしたルロワは、食器を男の手の届く所に移動し、手を鉄格子から外してやる。

 ルロワはランプを持って牢獄から出た。牢の闇の中で、その男が食べ物をすする音だけが響いている。


 明け方、ルロワは魔術師の塔にある、日の入らない隠し部屋にいた。壁の四隅にランプがかけてあり、薄暗く部屋を照らしている。座っている椅子もかつてルロワの父親が座っていたものだ。壁には子供の頃住んでいた祠祭師の館にあった絵がかけてある。この塔で最も落ち着く部屋となっている。

 子供の頃住んでいた祠祭館は町で最も大きな館で、家の前には墓地が広がっていた。


 父親であるアルファルド・ランプリングは代々続く祠祭師の家の末裔で、家には他の町の人が持っていない家具・調度品がそろっていた。

 年に二度の祭り、結婚式、葬儀等、様々な行事の度に町の人々が父親であるアルファルド・ランプリングへ頭を下げにくる。父親が町で一番偉いのだと思うと、子供であるルロワは鼻が高かったし、父親も『お前は他の子供達とはちがうのだからしっかり勉強して町の役にたつ人になれよ』といって、家のある様々な本を読ませてくれた。特に祠祭に必要な魔法陣については熱心に教えてくれた。

 父は事有る毎に『魔法陣は先祖代々引き継ぐ特殊なものだ。町の人にその秘密をいうなよ。」といっていたが、ルロワには、父がいうような傷を癒したり身を守ったり等といった効果が有るわけでもない魔法陣は『祭りや行事等に欠かせない複雑な文様』であり、無知な町の人向きに『祠祭館の有り難みを増すための小道具』程度の認識しかなかった。


 町の人々の尊敬をあつめ、魔法陣という特殊な知識を持ち、先代までは使用人もいたランプリング家の子である自分は、いつも汚れた服を着て野良仕事をしていて字も読めないエマやエレナ達とは違う存在である、と思っていた。

 早く父親の様な立派な存在になりたくて、入室を禁じられている父の書斎に入っては大きな椅子に座り、壁にかかった絵を見ては父から習ったばかりの魔法陣を復習していた。

 母の名はマリスといって町の職人の娘で、家の中の家事一切を一人でこなしていた。暇な時には広間に置いてある粗末な椅子に腰掛けて編み物をしていて、ルロワが何をしても怒る事のない静かな人だった。マリスが嫁いできて使用人を辞めさせたらしいとルロワが知った時は、ランプリング家の家風を母が下げてしまったのか、と悲しくなった。使用人がいるのは他の家より偉い事の証だと思っていたからだ。

 ルロワが十五歳になったある日の深夜、家のざわめきに目がさめた。

 町の人々が家の広間に数人いて、マリスの陣頭指揮のもと、家具や調度品を持ち出して居る。

「マリス、どの荷を運び出すんだ?」

「あちらの書斎にまとめてあるわ。絵は傷を付けないように気をつけてね。それと椅子は重たいわよ。」

「わかった。」

「そこの人、椅子を運ぶのを手伝ってあげて。」

 おとなしく物静かで、いつも父に従うだけの母がきびきびと町の人たちに指示を出して玄関の荷車に荷物を運んでいる。

 町の行事の時、祠祭館で見かけた男が、大好きな父の書斎から荷物を運び出していく。職人の娘のマリスが町の人を使って家の調度品を盗んでいるに違いない。ルロワはドアの陰で盗み見をしながらその男の顔をにらみつけ、絵画を運び出したこの男だけは決して忘れまい、必ず復讐をしてやる、と心に誓った。

 家が荒らされる事を悲しく思ったルロワは自分のベッドに潜り、一晩中泣いていた。

 朝、ルロワが広間にいくと、高価な丁度品がもちさられ、母がいつも座っていた粗末な椅子に父が腰掛けていた。


 父親がルロワに話しかける。

「お前、今年でいくつになった?」

「十五歳。」

「祠祭師としての才能はそのぐらいの年齢できまる。お前に魔法陣をむりやり教えようとしたのは無理があったのかも知れない。」

「でもお父さん、教わった魔法陣は殆ど覚えたし、どの祠祭行事で何を使うかも頭の中に入っていますよ。」

 アルファルドは一人っ子のルロワが可愛くてたまらなかったが、魔法陣に対して才能が開花しなかったこの子を、マリスが前から言っていた様に、子供のうちに手に職をつけさせ、町の中で生きる道を与えるのが良かったのかも知れない。しかし、コリアード王家の魔術師達がすぐ目の前に迫っているいま、成せる事はなにもない。去るか、市井に埋もれて生きるか、選択肢は二つに一つだがルロワはその事を理解していない。

 十五歳にもなって世間の事に疎い子にしたのは親の責任だ。こうなっては何も知らずにいるほうが生き延びる率は高そうだ。自分達の様な古くからいる祠祭師は、王家の魔術師会に粛清される可能性が高い。


「お前は町の中で普通の人として生きろ。町の世話役のマルコブさんにはたのんである。」

 父が汚らしい町の人と暮らせだなんて、ルロワは父が何を言っているのか理解できなかった。

 父が小箱から一枚のレース編みの布きれをだした。

「これは俺と母さんからの最後の贈り物だ。きっとお前を守ってくれる。大切に持っていてくれ。」

 ルロワは小箱に入ったレース編みを広げた。ハンドチーフ程度の大きさのレース編みで手の込んでいるのは分かるが、女子供の持ち物としか思えないし、裏切り者の母が編んでいたレース編みだ。お父さんもお母さんに騙されているにちがいない。


 いつか母への復讐に使えるかも知れないと思い、そのレース編みの布を無造作にポシェットにしまった。

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