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ジーナ  作者: 伊藤 克
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十 魔術師の塔・ビルと魔法陣(三)

 町の破落戸を雇って失敗したジョンは、いつも行く港町の居酒屋の裏口でトッシュと合っていた。その居酒屋の客で明るい時間にうろつく者は誰もおらず、この手の話をするには好都合だった。

「ジョン、諦めたらどうだ。別の女でも良いだろう?」

「トッシュ、今魔術師の塔に恩を売っておけばいつか何倍にもなって帰ってくるからな。ここが踏ん張りどころさ。上手くすればルロワの弱味を握る事が出来るかも知れないしな。」

「この前、町の破落戸を使ったんじゃないのか?」

「前金を持ち逃げされただけで終わった。間抜けすぎて声も出ない。それでトッシュに頼む気になったんだ。」

「俺も前金だぞ。」

「ダミアンに内緒で小遣い稼ぎをやろうと言う訳か。」

「俺の兄貴分のダミアンはこんなケチな仕事には口をださないさ。」

「数人いた方が良いぞ。」

「任しておけ、ジョン。」


 朝、ジーナが日課の鍛錬から帰ると再びエマに誘われた。

「お願い、また港町ギロへつきあってくれない?」

 一度部屋へ戻り、小さな鉄の羽をつけた投げ矢を外套に仕込む。ダンが作ってくれた、ジャンビーヤに似たダガーをベルトにつるした。

「バウ、ビルと留守番していてくれる?」

 バウは尻尾でジーナに了解の挨拶をしてから南のダンの鍛冶屋へ向かった。ジーナの飼い犬で決して吠える事がなく、大きな割におとなしいこの犬は、ガサの町でも知り合いが多いのか、道行く人がバウに一声掛けてくれる。バウも声を掛けられる度にその人の顔を見て嬉しそうに尻尾を振っている。


 ジーナとエマは港町ギロへの坂を下っていく。

「このまえロンを助けてくれてありがとう。相手は二人だし、ジーナが魚を投げつけなかったらどうなっていたか分からないわ。ロンは漁師だから力はあるけど町でケンカする様な人ではないし。」

「でも、ロンもなかなか強いじゃないの、エマ。」

「あの人、調子に乗って、自分が強いと勘違いしなければ良いのだけれど。」

 確かにそうかも知れない。ケリーランス公国でローゼンの部下だった若い男達も自惚れの強い者とお調子者が多かった。扱い易いが戦いで飛び出して討ち死にする事もあった。


 港の検問所の警備兵はこの前より増えていたが、幸いな事にこの前と同じ警備兵のクライドが立っている。

「エマ、今日も二人連れかい?」

「そうなの。」

「何日か前、港のほうでいざこざがあったらしいぞ、ウイップのゼルダとかいう女盗賊が暴れたらしい。もっぱらの噂だ。最近この辺も物騒だから気をつけな。」 

「クライドありがとう、気をつけるわ。」

 ロンと自分の名が出なくてジーナはほっとした。

 今日もガサの町と違って港町ギロは活気にあふれていた。

 町の中心には魔術師の館が建っている。横幅が数十メートル近くもありそうな、三階建ての石造りの建物で、奥に五~六階建ての塔が付属している。

 正面に鉄の扉とその手前に鉄の落とし格子があるが、今は開いており、商人とおぼしき人たちが頻繁に出入りしている。

 しばらく歩くとロンが声をかけてきた。

「やあ、エマ、まっていたよ。行こうか。」

 三人はこの前の様に町中を歩く。

 ロンが説明してくれた。

「この港町は元々小さな漁村だったから祠祭館はなかったんだ。海沿いの道をいけばガサの町の祠祭館にいけるし、この辺にあまり人がいなかったからそれでも不自由は感じなかったな。この魔術師の館は王家の魔術師会がガサの町にある、石造りの祠祭館を壊して建てたものだよ。酷いことをする。」

「何故新しい石で館を作らなかったのかしら。」

「ガエフの地の石を掘り尽くしてしまったからさ。ガサの町にあった祠祭館はその昔ガエフで掘り出された石を使ったものだという事だよ。」

「エレナの家にいった時、十数年前にランプリング家が潰されたってニコラさんが言っていたわ。」

「ルロワも悪い人じゃなかったのに、魔術師の塔に行ってからすっかり人が変わってしまった。二年前まではガサの町でよく見かけたけど最近は町で見かける事も無くなったわ。」

「エマ、ルロワを知っているの?」

「ルロワが住んでいた祠祭館と、エレナの家と私の家は近くにあったの。私より五歳位上かしら。家に籠もって勉強ばかりする子だったわ。私たちとはあまり会話がなかったけど、町の大人の人たちとはよく話をしているのを見たわね。でも、魔術師の塔へいってからは町の人とは殆ど話をしなくなった。」

「家を失うなんて可哀想だね。俺たち漁師はそれほど影響を受けなかったけど。」

 ジーナはエマの後をついていく。


 途中、剣を抜いた三人連れの男が道をふさいだ。三人とも破落戸がよく着ている革のベスト姿だった。二人はありふれたショートソードを腰にぶら下げ、他の一人はブロードソードを右手に持っていた。真ん中に立つ、ブロードソードの男がリーダーらしく口を開いた。

「女を貰うぞ。」

 この前と違う男達だが、なぜ続けてエマを狙うのだろうか、タリナの宿での仕返しならジーナを襲えばいいのに。ジーナには理解できなかった。

 自然体で剣を持ちその男は軍隊で経験を積んだ事が有るのだろうか。他の連れも数日前のならず者よりは剣の扱いにたけていそうだ。特に右端の男は腕力もありそうだ。杖を持ってくるべきだったのかも知れない。軍隊の経験がない漁師のロンでは負けてしまうだろう。

 ジーナが前に出る。

「子供に用はない。」

 がっしりした男はショートソードを正面、中段に両手で構えて前にでた。後ろの二人は最初からなめてかかっているのか、剣を構えず笑いながら静観している。簡単にはいかないとジーナは思った。エマとロンが足手まといになりそうだし、一人と戦っている間に残りの男達に捕まって人質にされても困る。

「エマ、ロン、ここは私が引き受けるから逃げて。」

「大丈夫か、殺されるぞ。」

 ロンが心配してジーナに声をかける。

「ジーナは強いのよ。」

 エマがロンの袖を引っ張り、その場から離れた。

 それでもジーナの強さを知らないロンはナイフを握って前に出ようとする。ロンに参加されては戦いづらい。

 男三人を同時に相手する事だけは避けたい。

 ジーナは右手でダガーを抜いた。

「変わった形のダガーだな。父親のダガーを盗んだのか。だが子供にはつかえまい。」

 三人とも油断しきっている。機先を制するしかない。ジーナはダガーを大振りし、剣を構える男に斬りかかるふりをした。男の目がダガーの動きを追う。すかさず外套の裏から左手で投げ矢を抜き、その男の後ろに立っている左の男に撃った。投げ矢が当たった男は太ももから血を流し、悲鳴を上げながら倒れた。残り二人が倒れた男をみる。

「トッシュ、こいつ投げ矢を使うぞ。」

 その声に、トッシュと呼ばれた目の前の男は、声をかけた男の方を向いた。ジーナから目を離した隙に二本目の投げ矢をもう一人の男に放つ。その男が剣を構えて振り払おうとするがすでに遅く、太ももに命中した。致命傷にはならないが、足が動かなければ戦力は失われる。投げ矢といえども馬鹿にできない。

 これで敵は目の前の男一人になった。

 トッシュと呼ばれたブロードソードを構えた男は目を剥いてこちらの三人をにらむ。

「誰がやったんだ?」

 ジーナは相変わらず変わった形のダガーを右手に構えて立っているだけだ。素手の左手が投げ矢を放った事に男は気がつかなかったのだ。

 倒れた男達は足から矢を抜き立ち上がるが、片足には力がはいっていない。しかし、油断はできない。

「ロン、エマもっと下がって、あぶないわ。」

 ジーナは男から目を離さず、手探りで腰の鎖を一本外して左手に持った。右手のダガーは構えたままだ。

「このやろう、また目くらましか。」

 興奮した男は中段に構えたブロードソードを上段に振りかぶる。そのまま受けたのでは力で負ける。ジーナは鎖を男のソードに巻き付けて、力一杯に引く。

 男が上段に構えたソードをその腕力で引きつけるとジーナはその力に引きずられて前に出る。

「やはり子供だな。鎖を剣に絡めたのは良いが、力で俺に勝てるはずもあるまい。」

 さらに力をいれ、ジーナを引き寄せる。男の顔が笑っている。

 ジーナは鎖から手を離し、いきなり男の方に飛んだ。突然引き合う力の抜けた男は剣を自分の体にぶつけながら後ろによろける。ふらつくトッシュの右肩をジーナのダガーが深く切り裂くとトッシュは剣を落とした。肩から大量の血が流れている。素早くトッシュの後ろへ回り込み 飛びついてダガーをその首に当てる。さらにバランスを崩したトッシュがジーナと共に倒れ、もがく度にダガーが首の皮に傷を付け血が滲んできた。チャンから教わったナイフ術がここでも役に立った。残りの二人は男を人質に取られているので動けない。

「諦めてくれる。そうでないとこのまま首を切るわよ。それに早く治療をしないと出血多量で死ぬわ。」

二人の男はショートソードを手放した。

「ジョンの首に傷を付けたのはおまえか?」

 いいながらトッシュは左手で剣を拾い、片足で立ち上がった。

「貴方たち、このまま去ってくれたら嬉しいのだけれど。」

 トッシュは左手の剣を力任せに斬りつけてきた。考える余裕はない。ジーナはトッシュに向かって転がると今度は足に切りつけた。ブロードソードは懐に飛び込んで来る敵を扱うのを苦手としている。ジーナのダガーが足の骨に当たる手応えがあって、大量に血が流れる。 もう一度トッシュに話しかける。

「人を殺したくないの。でもこれ以上は手加減できないわ、終わりにしましょう。その傷は軍の兵士とケンカした事にでもするのね。女にやられたなんて恥ずかしくて言えないでしょう。ジョンには女が見つからなかった、と報告すると良いわ。私もあなた方の事は忘れてあげる。」

「やはりジョンを知っているじゃないか。」

「だって二回も襲われたのだもの。早く治療しないと出血多量で死ぬわよ。」

 倒れていたトッシュは残りの二人に抱えられて町の北へ去っていった。


 ジーナは落ちている投げ矢を拾った。周囲を見回したが人が見ていた様子はない。

 ロンが驚いている。

「ジーナ、お前盗賊だったのか。」

「違うわ、普通の人より一寸だけ武器の知識があるだけよ。エマ、戻りましょう。ロン、お願いだから今の事はお父さんにも内緒にしてね。この事が町の噂になるとエマも私も町のならず者達に付け狙われるわ。」

 二人はうなだれている。

 今回も奇襲で勝つことができた。奇襲は同じ相手には通用しないだろう。体力の無い自分がダガーだけで剣に立ち向かう事の限界をジーナは強く感じていた。

 ジーナとエマは魚の入った二つの篭を持ち、露店へ向かった。

 エマはロンの父親と二言三言会話をし、魚の代金を払った。先ほどの出来事を話題にする様子はない。


 トッシュは左肩を一人の男に預けながらブロードソードを杖代わりにして海岸沿いを路地づたいに北へ歩いていた。次第に町並みから外れていく。このまま町には帰れない。トッシュが小娘に負けた事をこの二人は言いふらすだろう。それにジョンの仕事を手伝う事はダミアンに止められていた。彼に事の次第を説明するのも面倒だし何よりウイップのゼルダが許さないだろう。俺が女を襲った事を知ると何をしてくるか分かったものじゃない。女盗賊のくせに妙に義侠心を出しやがる。

 トッシュは左側で肩を貸してくれている男に話しかけた。

「おい、向こうの路地にあの女がいるぞ!」

「なんだと?」

 その男が振り向いたところで腰にぶら下げていた小振りのナイフを抜き、脇腹をえぐった。血を吹き出して男が倒れる。

「向こうの路地だ、またあの女だ!」

 反対側を歩いていた男に逆の方向を指さす。何が起こったか把握していない男がトッシュの指さした方を向いている間にその男の枠腹も素早くえぐる。二人とも声も無く倒れた。

 トッシュは杖代わりにしていたブロードソードの剣先で二人の息の根を止め、死んだのを確認してから港町の医者の屋敷へと向かった。

 油断していたとはいえ、小娘のくせに良い腕をしていた。小娘一人が何の理由もなくこの辺りをうろついているとは思えない。きっと仲間もいるにちがいない。

 しばらくは付き合いがある女の所で身を隠そう。匿ってくれるだろう。それに疑われない尤もらしい嘘をつく必要がありそうだ。


 ガサの町に帰ったジーナは小間物屋へ寄った。

「あら、ジーナいらっしゃい、犬のブラシは大丈夫だったの?」

「ありがとう。丁度よかったわ。」

 店の中を見回し、直径数センチ程の銅でできた装飾具を手にした。表は花のモチーフが彫られているが、裏は平らになっている。数枚の装飾具と装飾用チェーンを購入する。

「ジーナもおしゃれをする気になったのね。」

「バウとおそろいでつけようかと思って。」

 エレナが沢山の竹篭や笊を持って店に入ってきた。

「ジーナこんにちは。」

「エレナは竹篭を作って売っているのね。」

「そう。タリナの店を休んでいる間に沢山作る事ができたから。ジーナ、これを見てくれる。」

 エレナは竹で出来た篭をジーナに渡した。篭の所々に文字や絵を焼き込んである。

「ジーナが作ってくれた文字や絵を焼きごてで竹細工に付けてみたの。これなら家事をしながら文字と親しむ事ができるわ。」

「エレナ、素晴らしい思いつきだわ。これで読み書きのできる人がガサの町に増えると良いわね。」

「エレナは働きものなの。篭の他にも色々な竹細工を作っているわ。」

 小間物屋の女性が付け加えた。


 タリナの居酒屋での食後は、ビルと言葉の勉強をするのが日課になっていて、ビルから学習の教材を分けて貰っている町の人達も暖かく見守ってくれていた。やる気が出てきたのか、最近は長い単語も覚え、簡単な文章を書ける用になってきた。

 ついこの前、文字の勉強を教え始めたばかりなのに、ビルの覚えるのが早いとジーナは思った。意味を理解していないとはいえ、古代語の魔方陣をこっそり練習していたのが役に立っているのかもしれないと思った。

 町の噂では町の文字を知らない人に自分で作った教材を使って教えてあげているようだ。ビルの食事マナーも随分良くなってきた。

「ビル、学習の教材を作るのは良いけど、文字はきれいに書かなくてはだめよ。知らない人が間違った覚え方をしてはいけないから。」

「うん。」

 買ってきた銅の装飾具をテーブルに置き、小声で話し込む。

「ビル、お願いがあるの、この前、板で作った魔法陣は燃えてしまったでしょ、銅板なら燃えないと思うの。この裏に簡単で良いから魔法陣を描いてくれないかしら。私が描いたのでは効果が無いみたいだし。」

 ビルは銅板を触ってみる。

「木の板と違って硬そうだね、彫れるかな。」

「ダンが持っている鏨で彫れば良いのだけど、鉄釘の先で傷を付ける程度でもいいわ。簡単な魔法陣で良いからね。」

「ダンにはなんて言えばいいの?」

「私から装飾具の加工を頼まれたと言えば良いわ。急がなくても良いわよ。」

「分かった。」


 今まで、他の人には秘密にするように母に言われ、役立てる事ができなかった魔方陣をジーナから作るように頼まれた事がビルにはうれしかった。

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