「大好きだった花売りのNPCとドキドキ馬車旅するけど何もない」
「うーん、色々あって結構出発が遅くなったね」
僕は馬車の中で伸びをした。
もちろん学術都市ミンデガルデに向かう馬車の中だ。
「リリスを出るのは久しぶりだしね」
出発までに3日はかかった。
ギルドへの連絡、クリスタルフラワーの世話の代行、フローリアちゃんの家の留守の間の管理、ミンデガルデに向かう大きめの馬車の手配などだ。
大体の手配はフローリアちゃんが所属している商業ギルドに頼めば解決した。フローリアちゃんは安定的に商売管理費の支払いが良いから、商業ギルドも格安で引き受けてくれたらしい。
問題はフローリアちゃんの花売りのワゴンを運ぶことだと思われたが、これもあっさりと解決した。
都市リリスに宝石苺を売りに来ていた業者が、帰りの馬車の空いているスペースに乗せてミンデガルデに寄ってってくれるらしいのだ。
馬車の隙間に僕とフローリアちゃんを乗せてくれる。
ミンデガルデまで一週間で片道金貨10枚(日本円で10万)で、商業ギルドにはまあまあ安いと言われた。
なので、今僕たちは荷物と一緒に馬車に乗っている。
獣の皮でできた屋根もあるし、フローリアちゃんが買ってきたクッションが柔らかいし、馬車旅は結構快適だ。
馬車の車輪には弾力のある獣の革をを巻いているらしくそこまで揺れない。
ゴムタイヤじゃないのに驚きだ。
それと、空いてる隙間に座ってるから結構フローリアちゃんとの距離が近くてドキドキするのは内緒だ。
「ところで、そろそろ「遊び人のリゾッタ」について詳しいこと教えてよ、クアトくん」
「フローリアちゃんはある程度遊び人については知ってるのかな? あ、別に答えたく無いなら大丈夫だよ」
「そう、うーん。知ってるっていうか。そういう職業の人がいるのは知ってるみたいな?」
何故かフローリアちゃんは遊び人の話になるとテンションダウンする。
やっぱり何か嫌なことがあったんんだろう。
僕は荷物から買っておいた宝石苺の砂糖漬けをだしてフローリアちゃんに渡した。
「ありがと」
フローリアちゃんが宝石苺を口に入れたのを見てから話を始める。
甘いものを食べながらなら嫌な話も聞けるだろう。
といっても僕にはゲームの中の知識しかないのだけれど。
「まず、遊び人は周りのフィールドを変えられる。ダンジョンでもボスがいる部屋のフィールドは変えられないけど、通常のダンジョンをリゾート地の砂浜に変えられる」
「へぇー、よく知ってるのね。リゾート地なら蒸し暑さはないでしょうね。私もたまにリゾート地行くわ。貴族に呼ばれて。主に広場にしかいないけどね」
「うん」
自信満々に言ってるけど、多分大丈夫だよな?
今回は暑さが原因で遊び人を連れて行きたいという事だけど、ゲームには暑さみたいな仕様はなかった。
ほら、RPGとかでも溶岩とかのダンジョンとか普通に主人公てくてく歩いてるよね。
あんな感じ。
だけど、今回現実の異世界では暑さがあるなら、砂浜でアスファルトの照り返しとかも無くなると思うんだよね。
後、キャラの髪とか服とかそよそよしてるモーションが追加されるし。そよ風が吹いてるって事だよね?
あれ?ちょっと不安になって……いや、うん、大丈夫。
そうだ言っておかなきゃいけない事があった。
これは騙し討ちみたいになっても嫌だし。
「ちなみに遊び人がフィールドを変えてる間、皆ゆったりしたリゾート着になったり……」
「なったり?」
言いづらい。
「僕とフローリアちゃんは、その、……水着になる」
「えぇー!!!」
ヒヒーン!
フローリアちゃんの大きな叫び声に馬車の馬がびっくりして鳴いた。
馬車が大きく揺れて、フローリアちゃんがこちらに倒れ込んで来るのを手を広げて受け止める。
「あの下着みたいな服……着た事ないわ」
フローリアちゃんは口を抑えつつも、真っ赤になって僕を見る。僕の腕の中で。
僕もつられて顔が熱くなってきた。
「ごめん、いきなり驚かせてもだめだし、言っておこうかと……」
ちなみに服装は変わっても防御力とかは変わらない。
ゲームのあるあるだ。
「後はね、遊び人の武器は投げナイフだけど、あまり投げない。それと、パーティーの動きが止まってるとジャグリングとか風船膨らまして犬作ったりする……」
僕は慌てて他の遊び人の性能を伝えるけど、フローリアちゃんは赤くなって固まったまんまだった。
一応、水着が適切な温度になっているという事も重要かな、と思ったんだけど。
ほら、前世では学校のプールって35度超えて暑すぎると中止になったりしたし、水着きてリゾートってことは28度~30度前後で蒸し暑くはないかなって。
そういや僕の生まれた異世界の国「デーモニウム」はプールの授業とかもちろんないし、熱さ指数とかもないし、酷暑とか猛暑とか言ったりしない。
うーん、僕がちょっと深読みして先走りし過ぎたかな………。
もちろん、フィールドを変えて先に進めるようになるのが最優先だ。
まあ、でもでもだって僕も前世で男だったし、好きなキャラの水着は見たい。
もう一度言おうフローリアちゃんの水着が見たい!
よこしまな思いがないわけじゃないものな……。
フローリアちゃんに謝った方が良いんだろうか。
いや、謝るとそれだけが目的な感じにならないか?
ところで、男の邪な思いを叶える今回のNPCの連れ歩き方だけれど、実に面倒くさい。
前世でやっていた「リリスゲート」のゲームでは「遊び人」を連れ歩くには、まず前世で一万円の課金をした。
都市を回っている「遊び人」に付き合って一緒に都市を移動して1ヶ月、遊び人の目の前の箱に銀貨を毎日一枚ずつ入れる必要がある。
そして最後に「遊び人」とダンジョンでタイムアタック対決する。
勝ったら晴れて仲間だ。
フローリアちゃんを仲間にするのと同じくらいめんどくさい事をやってのけたのは、やっぱりフローリアちゃんのリゾート着が見たかったからというのもある。
ネットとかのネタばれ無しで「遊び人」のスキルを使ったら感動した。
フローリアちゃんの水着は白のレースパレオが付いた可愛いセパレートタイプだった。
僕はそれだけで満足だったが、本当にそれだけだった。
「遊び人」の能力はそれだけだった。
要するにお気に入りのキャラ達のリゾート姿を見るために一万円払いましょう、というそれだけのキャラだった。
そういえば、NPC「踊り子」はもともと水着みたいな衣装を着ているので水着になってもあんまり感動はなかったなぁ。
その他スキルの能力は、辺りが時々キラキラした貝殻が落ちてカニが横歩きしている砂浜になるだけだった。
使えないキャラなので、時々フローリアちゃんの水着姿を見て満足してほとんどパーティーに入れてなかった。パーティー人数がほとんど何もしないキャラでつぶされるのは嫌だった。
「クアトくーん。また何考えてるの? そろそろ馬車止まってキャンプの用意してくれるよ?」
「え………? あっ………ごめんごめん」
気が付くと目の前にフローリアちゃんの呆れた顔があった。
ちなみにずっとフローリアちゃんを抱きとめていたみたいで慌てて離した。
まもなくして馬車が止まって、商人達が慌ただしく御者台を降りてあっちこっちへと動いている。
「え、僕手伝った方がいい?」
「旦那達は邪魔にならないとこに座っててくだせぇ」
「そうそう、貰った金にサービス込みだ」
僕が声をかけると商人たちは手を動かしながら答える。
フローリアちゃんに手を引かれて近くの切り株に腰を下ろす。
何もない草原の中で開けた場所だ。
固い土で固められている。
あっという間に「手洗い場」「炊事場」「トイレ」、まさかの「風呂場」と書かれている場所が出来上がっている。
ついでに座ってる僕たちの上に商人が天幕を張ってくれた。
「クアトくんって何でも珍しそうに見るね」
「うん、僕実家ではずっと外出てなかったから。馬車旅ってこれが普通なの?」
フローリアちゃんと眺めていると、光の魔石で暗闇に次々と光がともされる。
しかし、何でかは分からないけれど、虫も魔物も寄ってこなかった。
さっきから何か周りにキラキラ光る粉を撒いているからそのせいかもしれない。
こんな仕様はゲームになかったなぁ。
ギルドメンバーと楽しめるキャンプセットもあったけど、雰囲気を楽しむだけだったし。
「私の少ない経験からするとこんな感じ。あれだよね、後お金がない人は短距離の辻馬車を乗り継ぐよね」
「あ、そうそう。僕がリリスに来たときはそんな感じ。でもこれってあれだよね。魔物と虫は寄ってこないかもしれないけれど………」
「おい! 金を出せ! 声を出したら殺す!」
「うわっ」
ふいに暗闇から声をかけられて、驚いて飛び上がる。
こ、殺す?
すると、施設の陰で作業していた商人が素早く近寄ってきて笛を吹いた。笛は金色で光り輝いている。
ピュー!!!
辺りに笛の音が響き渡る。
僕とフローリアちゃんは刃物を突き付けられている。
フードを被っている男が何人か暗闇に見え隠れしている。
だけど、商人たちが手馴れているのであまり恐怖感はない。
「うわ、馬鹿! 商人が居たのか!」
「世間知らずなカップル達だけじゃなかったのか!」
フードを被っている男たちがそう騒いで走って散ろうとすると、辺りに羽音がバッサバッサと響いた。
「バインド! サイレント!」
気づくと周りには刃物をもった男たちの代わりに、白い羽根の天馬に乗った騎士達が居た。
キャンプ地に結構ぎゅうぎゅうに馬と騎士が居る。
「バインド」(捕縛)と「サイレント」(沈黙)の呪文が騎士達によって唱えられると、男たちが次々と地面に倒れていく。
「お、これは」
僕は興奮して思わず独り言を言った。
この白い羽根の天馬に乗った騎士は知ってる!
知っているというか、フルアーマーのこの騎士たちは。
「詳しくは牢獄にて聞こう! テレポート!」
そうそう、真っ白な檻の空間のエンジェリア牢獄に転移させられるやつ。
騎士がマナーやルール違反のプレイヤーをエンジェリア牢獄に転移させるんだよね。
資格を持った人に笛が渡されて通報できるんだった。
なるほどねー。そこはゲームと同じなんだ。
「感激だなぁ……」
僕はエンジェリア牢獄に連れていかれたことはないけれど、ネットの動画とかで見ていちいち騎士とのやり取りが面白かったんだよね。
取り調べに違反の言葉ばかりで一言も喋れてないやつとか。
エンジェリア牢獄でプレイヤーの奥さんであろう人がネットゲームの卒業を宣言して動かなくなったりとか。
「え、クアトくん。なんで天馬騎士団見て目をキラッキラさせてるの? 怖いよ。悪い奴とかどんどん捕まえるのは良いけれど、大抵皆二度と帰ってこないんだよ。怖くない? まあ、助かるし、今回も助かったけれど、クアトくん怖がらないんだ……」
「捕まえられるのはよっぽどの違反者だけだし」
「ん? 違反者? ああ、罪人ね。うーん。そうね、私の時は天馬騎士団に捕まるんじゃなくて普通に裁判所で裁いて欲しいかな。何もしないけど」
フローリアちゃんが首を傾げている。
この世界には普通の裁判所もあるらしい。当然か。
「旦那方。ちょっと油断しててすみませんでした! 今度こそ私らが見張っているから、飯の前に風呂どうぞ! 狭いですが」
「フローリアさんからどうぞ! 任せてください、こっちの旦那が何かおかしな動きを見せたら笛を吹くから大丈夫でっせ」
商人達がフローリアちゃんにバスタオルを手渡す。
そうそう、フローリアちゃんがお風呂(!)入ってる間に何かしたら、この商人たちが金の笛を吹いてさっきの憧れの天馬騎士団に連れてかれ………ってそんな馬鹿な!
「ははっ、僕はもちろん何もしないから、フローリアちゃんゆっくりお風呂入ってきて」
僕は内面の邪心を少しも表に出さないように、意識して顔を引き締める。
「うんっ、大丈夫よ。私、クアトくんの事信じてるし!」
さっきの水着の話の時とは違って、フローリアちゃんは澄んだ目で僕を見ると、風呂場に着替えを持って消えていった。
僕は商人からポンポンといたわるように肩を叩かれたのだった。
もちろん、僕は大好きなフローリアちゃんには何もしない。
しかし、考えることは自由だ、と思いたいのだった。