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「大好きだった花売りのNPCを利用する事にした」

「今日は君にお願いがあるんだ」

「そうね、そろそろ言われると思っていたわ。で、何? と言っても私には花を売るくらいしかできないけど。色を売る意味で花は売れないから」


 僕はとうとう目の前の少女に言った。

 金髪に緑の目の少しそばかすの散ったかわいらしい子だ。

 そう、この女の子は花を売るしかできない。

 この子フローリアは花を売るのが職業だ。

 今もすぐ傍に花がいっぱい載った小さいワゴンを止めている。


「ダンジョンで花を売って欲しい」


 花売りの少女フローリアは僕の言葉に目をぱちくりさせる。


「え? どういう事? 私は戦闘職じゃないし、花売りだから花を売るしかできないけど」


「それでいいんだ。ダンジョンで怪我はさせない。僕についてきて花を売って欲しい」


 もう取れる手段はこれしかないんだ。

 大好きな君を利用してでも僕は僕の生活を守る!

 大好きだけれど。


 ---


 退屈で救いようのない話の始まりはこうだ。

 僕がこの世界に転生した時、転生して物心がついた時、前世の記憶を思い出した。

 前世はいつ死んだか、そこらへんは記憶が曖昧だ。

 もしかしたら、前世なんて妄想かもしれない。


 でも、その記憶を参照したら、この世界は僕が前世にやっていたネットゲームの世界だってことが分かった。

 記憶と現実に整合性があった。


 普通、そんな記憶があるなら、何かすごい能力とかすごい職業だったり、とか貴族だったりとかすると思う。

 前世にゲームの合間に読んでいたライトノベルではいつもそんな感じだったから。

 チート能力で異世界転生俺tueee的な展開を、僕にもあるのかと期待した。


 しかし、現実は思い通りにならなかった。


 3歳の時のもって生まれた能力を調べる鑑定の儀では、中途半端な結果になる。

 職業は平凡な「剣士」だった。

 よく居るやつだ。

 魔法も使えないし、剣をちょっと上手く扱う才能があるというだけの「剣士」。


「剣士か。残念だ」


 とはウチの親の言葉だ。


 ウチの職業は小さい町のパン屋で、僕は労働力代わりの4男だ。

 名前は「4」という意味で「クアト」という。ただのクアトだ。苗字とかに当たるものはない。 

 兄や姉たちに「商人」や「調理士」の才能があったので、僕にもそれ系の能力があるか期待していたのかなと思う。


 しかし、大事なことだから2回言うけど僕は「剣士」だった。

 剣士はこの剣と魔法の世界で結構ありふれた職業だ。


 多分、これは僕の推測だけれど、下手に前世の記憶があってゲームの中で「剣士」として前衛職をやっていたからだろう。でもそれだって前世のゲームの中では「剣士」を極めて「魔法騎士」まで育てたのだから、なんで最初の「剣士」からなんだって思う。


 ウチの親は「残念」宣言をしたけど、それでも僕の事はまあまあ育ててくれた。

 パン屋の力仕事を手伝わされて、学校にはほとんど行かせてもらえなかったけれど、飢えはしなかった。

 余りのパンをもらえて、力仕事をやってそれで全てだ。


 ゲームの世界だったからなのか、公用語が日本語だったので、学校へ行かなくても前世の記憶で読み書きができたけれど特に僕への関心はなかった。

 多分、兄弟から教わったとか思ってそうだ。


 僕は前世で中学生に当たる13歳の時に家を飛び出た。

 このままでは死ぬまで、パン屋の仕事を無賃で手伝わされる。


 ゲームの世界の記憶があるんだ。

 この町を出て、ダンジョンのある都市まで行けば剣士として活躍できそうな気がした。

 それで儲けたら家にお金を送ればいい。



 ………と、そういう風に思っていた時もありました。


「稼げない!!」


 僕はダンジョン都市近くの森で薬草を採取しながら、叫んだ。

 手は動かす。

 しかし、稼げない。


 敗因は何だろうか。


 ゲームの記憶のままに、ダンジョン都市の冒険者ギルドで「剣士」として登録して活動し始めたまでは良かった。

 スムーズだった。


 ゲームの記憶にあるように、ダンジョン都市の近くの森の木の下に埋まっている金を掘り出して、今後一年分位のの資金を手にしたのも、まあまあ良かった。


 特に木の下に埋まってる金は、

「何でこんなトコ掘る?」

 って位に意味不明な所に埋まってるから、ゲームの知識でチートしたと言えるだろう。

 まあ、ゲームの穴掘り動作のチュートリアルイベントなんだけど。

 金がないから手と木の棒で掘って、爪がボロボロになったのもまあ仕方ない。


 その金で、あんまり消費するわけにも行かないから最低限の装備を買って、ゲームの中で好きだったNPCを見に行ったのも良い思い出だ。

 花売りのNPCなんだけれど可愛かった。


 問題は多分、その先だ。


 最低限の装備で、ダンジョンに行ったら、最初のモンスターのスライムにも苦戦した。

 なかなかレベルも上がらない。

 結構苦戦して倒して、銅貨3枚分(日本円の価値だと30円位)の魔石しか取れない。

 宿に泊まるには最低限の雑魚寝の部屋で、銀貨1枚。

 銅貨100枚で銀貨1枚(日本円の価値で1000円位)だ。

 最低限の激せまい個室で銀貨6枚からだ。

 前世のビジネスホテルみたいだが、朝食はつかない。

 やばすぎる。


 ダンジョン都市の宿は高い。

 だからなのか、都市の防壁の外で野営している人が結構いる。

 しかし、野営道具も高い。

 ゲームの時には意識しなかった物価の高さだ。


 早々に外の土の上で寝ることにしたし、ご飯は銅貨5枚の固すぎる黒パンだ。

 実家のは余った白パンを時々もらえてたから良かった。

 まあ、労働力として力が必要だったというのもあると思うけれど。


 色々とくじけそうだ。


 1年分の資金は何か大けがを負った時のポーション代とか、色々の為に取っておきたい。

 だってスライムにも苦戦するんだ。


 ゲームと違って、ここは現実だからモンスターから攻撃受けたら痛い。

 ダンジョンの深層に向かうと、魔法を使うモンスターも出てくるから、考えなしに金を使うのは控えたい。


 ちなみに傷を治すポーションは大銀貨1枚(日本円で5000円位)からだ。

 銀貨5枚で大銀貨1枚。

 銅貨に直すと500枚必要だ。

 無理ゲー過ぎる。

 ゲームの時と若干物価も違う。

 ポーションの値段が高い。


 というか、結局木の下から手に入れたお金をじりじり使いながら、1か月過ぎた所で、


「やばい」


 と思った。


 残金は金貨150枚(日本円で150万円位)だ。


 銀貨10枚で金貨1枚(大体日本に直すと一万円札みたいなもの)だ。

 切り詰めればしばらくは暮らしていけるが、モンスター相手に苦戦してマイナスが続いている。

 下手したら、薬草を摘んでいる方がプラマイゼロになるくらいだ。


 ちなみに薬草つみにも落とし穴があって、プラマイゼロにはなるくらいだから皆やっている。

 栽培農業をしてるわけでもないのに、ダンジョン都市周辺には薬草がそこそこ生えてくる。

 皆、やるよねそれは。


 今は、僕の前世の記憶で薬草がいっぱい生えている所とか、これから生えてくるところを知ってるからプラマイゼロだけれど、他の冒険者にマークされそうで、つまり長い間はできない。


 さっきから薬草を摘んでいるけれど、これもここに来るまでダッシュでガチムチの男剣士を振り切ってきた。

 僕がそこそこ薬草を摘んでいるのに気づいたのだ。


 ちなみに恋人関係も迫られている。

 多分、僕の薬草の場所の記憶を狙っているのだろう。


「決めた!」


 僕は叫んで決意した。

 盛大に決意したのだ。


 前世の大事な大事な記憶を使おう。


 できるか分からないけれど、大事な思い出として取っておきたくて、大切にしていた思い出だ。

 ちゃんと自分の力で立派な冒険者になってからイベントを発動しようと思ったけれど、生活がやばい。

 このままじゃ、好みでもない男剣士の恋人になってしまうかもしれない。


 僕はそう決めると、袋に薬草を入れたまま、町の中心に急いだ。


 目的は花を売っているあの子。



 -----


「花は要りませんか? 摘みたてのキラキラなクリスタルフラワーです。良い匂いでキラキラ。運も小さくアップするアイテムです」


 ダンジョン都市の中央広場に行くと早速声が聞こえてくる。

 いつもダンジョン広場で花を売っているNPCノンプレイヤーキャラクターだ。


 名前はフローリアちゃんという。

 金髪をおさげにした緑の目の、前世ヨーロッパのチューリップ売ってる国の人形みたい。

 分かりづらいだろうか。美人というよりは可愛い系、売ってるクリスタルフラワーと同じくかわいさ爆発キラキラキャラだ。


「花は要りませんか? 一輪銅貨50枚です」


 しかし、花のお値段はちょっと可愛くない。

 一輪銅貨50枚。前世の価値で言ったら大体500円位だ。

 結構大きめの花になると銀貨1枚(1000円)する。雑魚寝の宿泊費と同じだ。

 まあ、運を小アップするマジックアイテムということでも高いのだが、このお値段には理由がある。


 だが、僕は買う。


 これからする最低な事に花が必要だ。

 というかこのチャレンジが成功しなかったら、もう金欠で冒険者はやめた方がいい。


「すみません、銀貨1枚の花をください」

「まあ、ありがとうございます!」


 僕の方を振り向いたフローリアちゃんはめっちゃ可愛かった。

 笑顔が職業通り花が咲くようで癒される。


 ああ、もっと冒険者として出世してから、かっこいいところを見せたかったけど仕方ない。


 死ぬまでパン屋の力仕事か、はたまた冒険者をやめてもスライムの反撃が痛いとか言っている僕が何の仕事に就けるやら。

 そして迫りくるガチムチ男。


 これは僕のエゴだ。


「ありがとうございました!」

「また来ます」

「お待ちしております」


 フローリアちゃんから花を受け取って、すぐさまその場を離れた。


 リボンがかけられてキラキラした可愛い花だ。

 このままだと、運が小アップするだけの花だ。


 しかし、虹色のリボンがかけられているのはいい。

 計画を進められそうだ。


 僕がなぜこんなことをするのか。

 それにはもっと僕の前世と、フローリアちゃんというNPCについて詳しく考えないとだめだろう。

 状況を整理したい。


 僕が前世でプレイしていたゲームはNPCと仲良くなれる要素があった。

 課金したエクストラモードでNPCを連れ歩ける要素がある。


 僕は花売りのNPCフローリアちゃんが好きだった。どこにでも連れていったものだ。

 人形みたいな可愛らしさも良いけれど、親しくなるまでの猫被りの愛想の良いキャラも良いし、親しくなってからのちょっとぶっきらぼうになる感じも可愛い。


 前世は、通勤カバンにフローリアちゃんのアクキー(アクリルキーホルダー)付けてた。


 もちろん課金したからといって、すぐに連れて行けるわけじゃない。

 挑戦権が得られるようなものだ。


 初めに課金メニューから一万円払って、フローリアちゃんに課金する。

 するとなんと、フローリアちゃんから花を買うと虹色のリボンをつけてくれるようになる。

 これが課金した証だ。


 さて、すぐにクリアさせないためなのかなんなのか。


 まず、1ヶ月銀貨1枚以上の花を毎日買い続ける必要があった。


 好感度が上がり始めると、デートに応じてくれるようになるのだが、結構こまめにダンジョン都市のカフェやら服屋やらに連れて行かないとすぐに好感度が落ちる。

 花を買うのを忘れたり、どこかに連れて行かないで好感度を落とすと一から好感度上げのやり直しだ。


 色々な事をくぐり抜けると、ワゴンを押してプレイヤーの後を着いてきてくれるようになる。


 どうしてそこまで面倒くさいキャラクターなのか。


 いや、まあ、僕はそこまで面倒くさくなかったけれど。飽くまで面倒くさいとはネット上の評価だ。


 僕はネットゲームにインしたら必ずフローリアちゃんに話しかけに行ってたし、ゲーム上でフローリアちゃんがコーヒー飲んだりケーキ食べたり、服を着替えてくれるのが嬉しかった。

 この話をすると長くなるので、一旦置いておく。


 本題はここからだ。


 色々コストをゲーム上でもリアルマネー(現金)でも払うフローリアちゃんだ。


 しかし、最終的にフローリアちゃんを自由に連れ歩けるようになるとメリットがある。

 そして、職業「花売り」のフローリアちゃんのユニークスキル「絶対花売り」という開発陣の厨二病大爆発のスキルが発動できるようになる。


 フローリアちゃんがダンジョンで「絶対花売り」を発動すると、画面上の雑魚モンスター(主人公のレベルから下のモンスターはもちろんプラス3レベルまでのモンスター)が停止する。


 なんで停止するのか?


 モンスターがお金で花を買わないからだ。


 画面上の雑魚モンスターの前には、


『花を購入してください』


 というウインドウが開き、最低でも銅貨50枚の花(フローリアちゃんのワゴンの中にその花がなかったら銀貨1枚の花)を買わないと動けない、という理不尽なスキルだ。

 まず、モンスターは魔石と経験値しか持っていない。

 だから、大抵の雑魚モンスターは停止する。


 例外としてボスモンスターは大抵知性を持っていて、自分を倒すと冒険者の前に出てくる宝箱の中にお金をたっぷり持っている。

 もし、ボスモンスターの前で発動すると、あっさり花を買われてモンスターの運が小アップしてしまう。


 まあ、モンスターに反撃されて痛い、レベルが上がらないとか言っている僕にはフローリアちゃんのスキルはうってつけだ。


 後、これはまあそうだろうな、と思っていたことではあるが……。


 チラッとフローリアちゃんを振り返る。

 広場を去っていく僕をフローリアちゃんは笑顔で見つめ続けていて、目が合った。

 ドキッとする。


 ネットゲームの中で魔王クリア後は、戦場になって一部壊れてしまうダンジョン都市広場ではなく、王都の花の広場にいる。

 前世では、このネットゲームを早くからやっていたので、一段階目の魔王はもうクリアした後だった。

(もちろん他の人のプレイ動画で見て、初期位置は知っていた)

 だから、ダンジョン都市の広場にいるフローリアちゃんは見た事がない。


 ドキドキする。


 魔王はいつから行動を開始するんだろう。

 下っ端の冒険者の僕にはまだ全然情報はない。


 フローリアちゃんがいるダンジョン都市広場、壊したくないな。

 もちろん、僕は僕の生活の為にフローリアちゃんを利用してるんだけれども。


 ーーー


 それから1ヶ月間、フローリアちゃんの元に1日1回は必ず通って銀貨一枚の花を買った。


 元の世界と大体カレンダーは同じで3月は31日まであった。銀貨は31枚かかった。

 つまり日本円で、大体31000円だ。金貨は3枚減り、その他にもフローリアちゃんを街デートに誘えるようになると、お茶代や服代でお金はがっつり使った。

 150枚あった金貨は残り120枚だ。

 そう、思ったよりも減ってない。

 何故か?


「フローリアちゃんありがとう」

「え、なぁに? いきなり」


 ある時、カフェでお茶している時、唐突に僕は言った。


「フローリアちゃんの花のおかげで最近、運が良いんだ」

「そうなの! 私の売るクリスタルフラワーは運がちょっとだけ良くなるのよ。家で手間暇かけて育ててるから」


 ふふっ、とフローリアちゃんが笑う。

 ああ、何気ない笑顔が可愛い。


 そう、フローリアちゃんの花のおかげで、そこそこ薬草摘みが収支プラスになる時もあったのだ。


 後、僕を追い回していた男のガチムチ冒険者は最近見ない。

 もっとも冒険者は入れ替わりが激しい商売だ。

 どこか稼げる別の所へ行ったのかも知れない。


 フローリアちゃんは最近、ぶっきらぼうながらも楽しそうにしている。

 これはいけるだろう。

 僕はフローリアちゃんのスキルを利用するために、冒頭のように、


「ダンジョンで花を売って欲しい」


 と告げたのだった。


 花売りの可憐な女の子をダンジョンに連れて行こうとするのだ。

 多分だけど内部好感度は下がっただろう。

 僕は最低だ。

 僕には力がない。

 好きな女の子を利用しようとしている。


 ーーー


 ダンジョンに入る前には、前世のゲームのように課金システム上のスキルが発動しなかった時のことも考えた。


「こんな高いもの買ってもらっちゃって良かったの?」

「うん、こんなお願いを聞いてもらうんだ。当然だよ。僕に力がないばかりに申し訳ない」

「ん……? そんな、うーん」


 何かフローリアちゃんはゴニョゴニョ言っている。


 金貨20枚(日本円で20万)で買った守護のローブを着たフローリアちゃんは鬼可愛かった。

 真っ白なローブの隙間から花売りのエプロンドレスが見えて可愛い。


 僕? 僕は普通の安い革鎧と鉄の普通の剣。


 フローリアちゃんのスキルが効くなら、雑魚狩りだから大層な装備はいらないし、効かないなら僕を囮に撤退だからやっぱりそんな大層な装備はいらない。


「それじゃ、フローリアちゃん。お願いします」

「はぁい、それにしてもこんなの初めて……」


 小さいワゴンを押したフローリアちゃんがダンジョンを進む。


「花は要りませんかー? 一輪銅貨50枚です」


 ひんやりしてほのかに光るレンガが積まれたダンジョンに、フローリアちゃんの高い声が響く。

 恐る恐るといった感じで、僕と一緒にダンジョンを進む。


 この都市のダンジョンは松明や光の魔法がなくても明るいし、そこそこの広さがあり、ほのかに光るレンガ積みだ。

 床も天井もレンガが積まれていて、よく気をつけないと、同じ風景が続くため結構迷う人がいる。


 他のダンジョンが皆そうではないが、明らかに人の手で整えられた感があり、清潔だ。

 なんと各階に男女別のトイレがある。

 何故かそこもいつも清潔だ。

 そんな不自然な所だ。

 昔、力を持った古代の神が魔王と戦う人間の力をつける為に用意した試練場だと言われている。


 後、ダンジョンに入ったが最後、前世のゲームと同じで組んでいる仲間以外とは会わないようになっている。

 まあ、だから今回の事も安心して試せるわけだけれども。

 入り口にいる冒険者ギルドから派遣された見張りにはちょっと二度見はされたけれども。

 冒険者は基本的に変人が多いから、最終的にはスルーされた。


 そうこうしている内に、早速スライムが現れた。


「あ、あっ、モンスター! クアトくん!」


 フローリアちゃんがわたわたする。

 かわいい。


「フローリアちゃん、言ってた通りにお願い!」

「え、あっそうか。花は要りませんか? 一輪銅貨50枚です」


 フローリアちゃんが意外にもしっかりした声で、スライムに花を売ろうとする。

 すると、僕の視界に、


『絶対花売り発動!!』


 という文字が何秒か表示された。


 おおー!

 スキルの発動を初めて見た!


 文字の向こうでは、スライムが固まっている。

 僕は透けて見えるスライムの魔石に向かって、剣を突き立てた。

 スライムは、いつものようにプルプルピョコピョコ動かない。

 剣があっさり刺さって、魔石を残してスライムが消えた。


 後、遅れて光と共にいつもは落とさないスライムゼリーの塊を落とした。

 レアドロップ品だ。

 いくらフローリアちゃんを連れていると言っても、クリスタルフラワーの運上昇効果は重ねがけはできない。


 なんでドロップしたんだろう……、不思議だ。


 スライムゼリーは、雑魚のドロップ品にしては価値が高く、銀貨一枚で冒険者ギルドが買い取ってくれる。

 ポーションの材料になるらしい。

 ポーションの値段が最低限銀貨5枚からなのが、理由がわかる。


「この調子でじゃんじゃんやっていこう。成功報酬はもちろんフローリアちゃんに相談の上で分けるから、今日はフローリアちゃんに協力してもらいたい。だめかな?」


 そう、ゲームではレベルが『プレイヤー』の下かもしくは上3レベルまでのモンスターが、フローリアちゃんの技で止まった。

 このプレイヤーとはもちろんパーティーで一番レベルが上のプレイヤーの事だ。


 今、スキル発動のアナウンスはあったけれど、僕は今自分が何レベルでどのくらいの強さか分からない。

 ステータス画面が開いたりもしない。


 多分、ゲームではそんな日常的にステータス画面が開いてなかったからだと思う。

 スキル発動の時は設定によってだけれど、スキル発動のアナウンスが画面上に流れるように設定できた。


 それはともかく、フローリアちゃんにある程度成長してから会いたかったのもこの事情もあったからだ。


 パーティーのレベルが高ければ高いほど、雑魚敵を止められるフローリアちゃんの技は輝く。

 だから、自分がこのスキルを発動できると分かったら、即刻僕から離れるかもしれない、と思ったのだ。


 でも、一応僕にもずるい勝算はあった。


「あのね、そんな首傾げながら「だめかな?」とか言ってこないでよ。私のこのスキルはあなたが知ってるから発動したんでしょ。という事はあなたは私の恩人と言っても言い過ぎじゃない。それに色々な人に知られるとまずそうなスキルだなってのは自分でも分かるわ」


 フローリアちゃんが頬を膨らませながら腰に手を当てる。


 そう、フローリアちゃんはぶっきらぼうだけど義理堅く優しい人だ。

 ゲームでもそんなキャラだった。

 現実がそうという風に決まったわけではないが、ここ一ヶ月フローリアちゃんと居てある程度こうなるかもしれない、とそのやさしさに甘える気でいた。


 フローリアちゃんを利用しまくろう、としている僕は本当にダメな奴だ。


「ありがとう。絶対フローリアちゃんの取り分多くするし、僕がモンスターを倒すから」


 僕がそう頭を下げると、またフローリアちゃんがその緑の目をぱちくりさせる。


「クアトくんって、面白い人ね。良い意味で」


 そして笑ったフローリアちゃんはめちゃめちゃ可愛かった。


 その後は、順調にスライムなどの雑魚狩りをした。

 レアドロップ品がバンバン落ちるし、多分レベルがガンガンあがった。


 レベルが上がったのが分かったのは、剣士の初めのスキル「二段切り」を覚えたからだ。

 ちなみに「二段切り」が「剣士」の何レベルで覚えたかは、ゲームプレイ当時は超初期の事なので覚えていない。

 それでも何故か「二段切り」ができるようになったのはすぐ分かったし、真剣に「二段切り」をしよう! と決意しただけで「二段切り」は発動した。

 確かにゲームでもゲームキャラは別にスキル名を叫んだりしていなかった。


 そうそう、フローリアちゃんが提案してくれた。

 ギルドには雑魚キャラのレアドロップアイテムは少しずつ分けて売り、徐々に売る数を増やしていこうとの事だ。

 急に売ったら目立つし、怪しまれると言われた。


 ゲームには出てこなかった設定として、花売りのワゴンはスーパーレアアイテム「マジックボックス」(※出し入れ可能で状態保存もできる異次元の箱)になっていた。

 結構アイテムを入れられるらしい。

 そこに保存して売る量を調節してくれるそうだ。


 ありがたい。

 ありがた過ぎて食い気味に賛成したら、


「クアトくん。警戒心もってね」


 と微妙な表情で言われた。


「ごめんなさい」


 僕はすぐに謝った。

 警戒心がないのは前世からだ。

 よく言われた。


「理由が分からないのに謝らないで。私が盗るかもとか考えないの?」

「え?」


 意味が分からない。

 完全に考えてなかった。

 フローリアちゃんはそんなことしない。


 それに、


「こうしてダメな僕の生活が一歩踏み出せたのはフローリアちゃんのおかげだよ。なんでもしていい。でも、盗るかもとは考えなかった。フローリアちゃんに対してはともかく、僕には確かに警戒心がない。ごめんなさい。フローリアちゃんの言う通り警戒心、しっかり身に着けていくね」


 フローリアちゃんは何でもして良いし、僕は警戒心が必要だ。

 肝に銘じた。

 後、長文のよさげな事を言ってやったぜ僕的な台詞がキモいな、と我ながら思う。


 ---


「えっ、フローリアちゃん。それって短剣?」

「そうよ?」


 翌日、フローリアちゃんと冒険者ギルド前で待ち合わせしたら、フローリアちゃんは短剣を腰にぶら下げていた。


 今日は昨日仮登録していたパーティーを正式登録しに来たのだ。

 パーティー名とメンバーの職業、成果配分など細かいことを登録するためだ。


「今のままじゃ、職業『花売り』で手に何も持ってないのは不自然でしょ? 後、雑魚狩りを効率的に進めたいから」

「なるほど。僕、何も考えてなかった」

「しっかりして。クアトくんてば何故か『花売り』なんてマイナーな職業のスキルに詳しいのに、なんか世間知らずだよ」

「ごめん……」


 前世の推しキャラに何故かちっとも良い所を見せられない。

 僕はカリカリと頭をかいた。


 ちなみに日本語の読み書きはしっかりできる僕が、正式登録の書類を華麗に書いて活躍できるかと思ったら、フローリアちゃんが小さい頃から商売をやっていたおかげでテキパキと書いてくれた。

 ちなみにゲームと同じでプレイヤーキャラと同い年の設定のフローリアちゃんは、僕と同じ13歳だった。


 決まって登録したこととしては、


 パーティー名

「クリスタルフラワー」(フローリアちゃんが決めた)


 メンバーの職業

 剣士「クアト」:武器は片手剣

 花売り「フローリア」武器は短剣


 成果配分

 クアト4

 フローリア4

 パーティー共通財産に2


 と大まかな事は決まった。後の細かいことは、フローリアちゃんがてきぱきと受付と相談して書いてしまった。


「ごめん。本当にごめん。ありがとう」

「クアトくん、本当に警戒心持ちなよ。私だから良いけれど、なんかそのうち騙されそうだよ」

「うん。自分でもなんかそう思う」

「何かあったらすぐに私に相談する事だよ。分かった?」

「分かった」

「んもう。そういうとこだよ」


 色々話しながら、ダンジョンへの道を歩いた。

 フローリアちゃんがワゴンを押しながら、目をちょっと釣り上げて、頬を膨らませる。


 いつの間にかフローリアちゃんが先頭を歩いていて、僕が叱られて若干よろよろしながら後に続く。


 ゲ、ゲームとはちょっと性格が違ってきたかもしれない、フローリアちゃん……。


 ダンジョンに着いて、まだモンスターが出ない浅いところでフローリアちゃんが、


「はい、止まって!」


 と号令を出す。

 僕は即座に止まった。


 なんだろう。


「今日から、サクサクと私のスキルを利用して雑魚狩りするわ。私のスキルはパーティーのレベルプラス3までの敵を止めることができるのよね?」

「うん、そう」


 フローリアちゃんが指を3本立てて、僕の前にかざす。


「という事は昨日みたいに闇雲に浅い層で雑魚狩りしてちゃ非効率だわ。上限ギリギリで狩ったほうがいいわね」

「ん? ああ、なるほど。そうだね、気づかなかった」


 本当に気づかなかった。

 前世のネットゲームの時は、フローリアちゃんを連れ歩けることが嬉しくて、あまり雑魚狩りしていなかったし。

 万が一、止まらない敵に遭遇したら紙装甲のフローリアちゃん傷ついたら嫌だったしな。


「かと言って、私のスキルで止まらない敵に遭遇したら、この2人で逃げ出すのもリスクがあるわね」

「うん」


 僕は同意しかない。コクコクと頷く。

 あれ? 僕ってもしかしてだいぶ前からフローリアちゃんに同意しかしてない?


「それでね、このダンジョンってちょっと進んでもいきなりレベルが跳ね上がったりしないみたいなのよ。昨日の内に銀貨3枚のダンジョン指南の本を買って読んだけど」

「読んだんだ」

「うん。基本でしょ。花の世話だってちゃんと色々調べて研究しないとうまくいかないんだから。でね、昨日行った所は最短距離で通り抜けて、先に進みましょう。ゆっくり進んでって、止まってる状態で攻撃が通りにくくなった辺りで狩って、さくっと倒せるようになったら、また先に進んでを繰り返すのよ」

「なるほどなるほど。レベルが同じレベル辺りだと、そこまでさくっと倒せないしね」

「そうね。それで、武器はそこまで攻撃力のあるものに変えないで、今のグレードのものぐらいにしときましょう。お互い。防御力はどんどん上げて良いけど」


 フローリアちゃんの言葉に僕は首を傾げた。


「首を傾げちゃう? 攻撃力ある装備に変えたら、レベル差が分かりづらいでしょうが」

「あっ、ごめん」


 ネットゲームやってた前世ではガンガン装備を上げてたものだから分からなかった。


「後、お金が貯まったら武器の予備はどんどん買った方がいいわね。止まってる敵を倒すにしても切れづらくなったら困るし」

「そうだね」


 僕はフローリアちゃんに同意しかなかった。


「では、レッツゴー!」

「ごぉー?」


 フローリアちゃんの元気な号令に僕はゆっくりと拳を突き上げた。

 何かがおかしい。

 しかし、フローリアちゃんはかわいい。


「あっ、敵発見! 花は要りませんか? 一輪銅貨50枚です!」

「ま、待って! フローリアちゃん!」


 フローリアちゃんはワゴンを爆速で押して、モンスターの横に急ブレーキで止め、短剣を横なぎにする。

 僕はそれに走ってついていく。時々フローリアちゃんが仕留めそこなう敵にとどめを刺す。


 やばい、フローリアちゃんの速度。

 おさげが真横に浮くほどだった。


 その日から、フローリアちゃんの快進撃が始まった。

 まず、どんどんレベルが上がっていくのか、どんどん敵を倒し、ダンジョンを下っていく。


『絶対花売り』のスキル範囲がめちゃめちゃ広がり、


「うぉりゃー!! 花は要りませんかぁー?!! 一輪銅貨50枚でぇす!!!!」


 その人形みたいな外見を裏切って恐ろしい掛け声を上げて、多数のモンスターに突進していく。


 フローリアちゃんは何日か経つと、荒稼ぎしたお金でもって片手剣を買った。

 片手剣で止まっているモンスターを薙ぎ払っていく。

 スパーン! って音が切られたモンスターからしていた。

 金髪に緑の目の可憐な子が、ワゴンで突っ込んでくのが、実は………怖い!


 僕はフローリアちゃんが仕留め損なったやつを倒しているだけなのに、がんがんレベルが上がった。

 スキルを次々覚えていくからレベルが上がっていくのが分かった。

 広大なダンジョンを僕たちは二人だけでどんどん下って行った。


 ーーー


 そして、ようやく初心者がここを超えたら、中堅になれる地下10階のボスの扉の前まで来た。

 ここまで早かった。3週間ぐらいしか経ってない。

 ダンジョンは縦だけでもなく横にも広いから、探索に時間がかかるものだ。


 けど、僕たちが相手にするモンスターは基本止まっているからこんな早いのだろう。

 後理由として忘れちゃいけないのは、フローリアちゃんの爆速突進だ。

 レベルも十分に上がりすぎるほど上がった。


「銀貨6枚のダンジョン10階のボス攻略の本読んだけど」


 扉の前でフローリアちゃんが振り返る。

 手に分厚い本を持っている。

 フローリアちゃんは勉強家だなぁ、と思う。


「うん、木のボスだよね?」

「そう、クアトくん。事前に何か調べている感じしないのに、本当によく知ってるよね」

「いや、それほどでも。というか、フローリアちゃんのスキルは効かないけど。大丈夫かな」


 今更だけれど、片手剣をいつものように構えるフローリアちゃんに尋ねる。


「大丈夫よ。本によると、初めてのボスらしく火と斬撃に弱いんだって」

「うん。まあ、でもフローリアちゃん、動いているモンスターを倒すのって初めてだよね?」

「そうね、でも動いている植物は初めてじゃないわ。私、花売りだもの」


 フローリアちゃんが腰に手を当てて胸を張った。


「分かった。まあ、回復アイテムも僕が結構持ってきたし、ボスに当てる火炎瓶もたくさん買ってきたし、多分大丈夫だね。後、モンスターに買われてもいいから、フローリアちゃんはいつものように花を売ってくれないかな?」

「え、なんで?」

「ボスを購入確認ウィンドウが出て買うまでの時間、動きを止められるから。運が小アップするくらいボスなら誤差の範囲内だ」


 十分にレベルが上がれば最初のボスは全然苦じゃない。

 いける。


「分かったわ! 花は要りませんか? 一輪銀貨9枚です!」


 打ち合わせ通りに、フローリアちゃんがワゴンの中を微妙な価格のものだけを残している。

 開け放った両開きのドアの向こうに、でかい木のモンスターがいた。

 木のモンスターは表情はわからないけれど、動きを止めて、手のような枝を自分の後ろにある宝箱に伸ばした。

 僕はフローリアちゃんのお客さんに向かって、思いっきり火炎瓶を投げつけたのだった。


 ……。

 ………。


 結論から言うと、結構楽勝で木のボスモンスターには勝った。

 前世のゲームよりもフローリアちゃんのレベルが上がっていたからなのか、在庫の花を微妙な価格に設定したからなのか、まあまあ、『絶対花売り』にて止まっている時間が長かった。

 花を買ってから動けるようになった後の反撃は、こちらのレベルが上がったからなのかそんなに痛くなかった。


 ちなみにボスモンスターの名前は覚えていない。

 前世のネットゲームでは序盤のボスモンスターだ。

 木のモンスターで、火と斬撃に弱いというのを覚えていただけでも良かった。


 ボスモンスターのドロップは、ボスの持っている宝箱に金貨が49枚と銀貨が1枚(銀貨9枚の花を買ったため、中途半端な残金)、レアドロップの『生命の片手剣』(持っていると、HPが微量ずつ回復する剣。攻撃力はまあまあ)、木の魔石大サイズだった。

 2人で山分けしてもそこそこの収入だ。


 というか、山分けしてもいいのかという……。

 フローリアちゃんがいつものようにワゴンにアイテムを全部しまってくれた。

 任せ切りだけれど、また良い感じで管理してくれるのだろう。


「はーい、クアトくん。一旦、ギルドに帰るよー」


 ボスモンスターを倒した後に出てくるセーブ兼帰還の魔法陣の前で、フローリアちゃんが手を振る。


「うん、分かった。って、え?」


 魔法陣に乗る前に、フローリアちゃんが僕の手をキュッと握った。

 柔らかくて、でも所々少しカサカサしてる手に驚く。

 今まで、僕とフローリアちゃんにこういう接触はなかった。


 というか、前世ではなおさらそうだけれど、ネットゲームの中のNPCと触れ合うことはできない。

 当たり前だけれど。

 驚いたまま、フローリアちゃんの顔を見ると、エメラルドみたいな目が真剣にこちらを見ている。


「どこ見ているの。私は目の前にいるし、クアトくんと付き合ってるつもりだけれど」

「ど、どこって?」


 驚いて手を引こうとすると、更にキツく手を握り込まれた。


 当たり前だけれど、ゲームの中のキャラとは手を握れないものだ。

 僕はずっとそう思っていた。

 それがいきなりフローリアちゃんに手を握られたのだ。

 心臓がひっくり返りそうなほどドコドコ鳴っている。


「クアトくん……」

「は、はいっ」

「今日、私のうちで一晩中、ボスクリアのお祝いしよ、2人っきりで……」

「ひゃ、ひゃいっ」


 口がうまく回らない。

 フ、フローリアちゃんの家って訪問できるものなんだ?


 僕、どうなるんだろう。

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