日々こまごま、オムニバス。Case.1 金のなる木
昔々のお話です。
ある国の、とある町の公園に、1本の木が生えておりました。夏には緑を茂らせ、秋には紅葉に染まる、何の変哲もない1本の木です。ある日、この1本の木の下で、お昼休みのサラリーマンが物思いに耽っていました。会社ではうだつが上がらず、妻子にも逃げられ、養育費を工面する為に、大好きだったお酒にもギャンブルにも、女遊びにも手が出せない。
あーあ、たまには可愛い姉ちゃん連れて、ビールの一杯でも飲みたいなあ…。
サラリーマンが、そう思い、溜息をついた瞬間。
チャリーン。
おや、音がした?
サラリーマンが足元を見ると、1枚の500円玉が落ちていました。
何処かで貰ったお釣りのお金が、ポケットから零れ落ちたかな?
落ちた500円玉を拾いながら、不思議に思うサラリーマン。今度は、明後日までに振り込まなければいけない、元妻への養育費について頭を悩ませます。すると…。
チャリーン、チャリーン。チャリチャリチャリーン。ザーッ!
痛い痛い、あいたたたた!
サラリーマンの頭の上から、パチンコ玉の様な無数のつぶてが、息つく間もなく襲って来ました。
いたたた。…おや、これは!
つぶてが収まり、サラリーマンが目を開くと、彼の足元には、踏み場がないほどの大量の500円玉が溢れていました。ピッチャーマウンドを思わせる、膝下くらいのなだらかな山。ひい、ふう、み、よ、いつ、む、なな、や。その数、ざっと1500枚。
サラリーマンは、小銭の山を踏み鳴らしながら大はしゃぎ!自分のためにお金を落としてくれた目の前の木を、愛おしそうに抱きしめながら、涙を流して喜びました。
良かった。これで妻に養育費を払う事が出来る。のたれ死なずに済みそうだ。首を括らずに済みそうだ。ありがとう。名も知らぬ、金のなる木さん。
意気揚々と会社に戻ったサラリーマンは、早速会社の人達に、この出来事を自慢げに伝えました。まるで、自分の手柄であるかのように。始めの内は、サラリーマンの言葉を一笑に付した同僚達ですが、サラリーマンのバッグやポケットの中に、はち切れんばかりに詰め込まれた500円玉。そして、上司の頭をグーで殴り、口汚い罵倒を浴びせ、辞表を出して出て行くサラリーマンの姿とを交互に見つめている内に、同僚達の視線にも、少しずつ興味の色が湧いて来ました。
数日後。サラリーマンの話に惹かれた会社の人たちが、公園にやって来ました。手始めに禿げ頭のおじさんが、金のなる木を見上げながらお題目を唱えます。
カミさんや近所のガキ共に、この禿げ頭を馬鹿にされるのが辛抱ならん。どうか、金のなる木さま。育毛剤を1箱分、合計5万5000円。哀れな私にお与えくださいな。
すると、その願いに応える様に、木の枝が風にざわめき始め、木の葉と木の葉の隙間から500円玉が110枚、おじさんの禿げ頭に向かってザラザラと落ちて来ました。その様子をみた人達は、狂喜乱舞のお祭り騒ぎ。サラリーマンが言っていた事が本当だったと分かると、我先に自分の願い事を喋り出しました。
私はコスメ。俺は車。僕はマイホーム…。
皆の願いに応じて、必要なお金が好きなだけ、金のなる木から降ってきます。大喜びする会社の人達。彼らは家に帰ると、家族に。知り合いに。友人に。さも自分の手柄であるかの様に自慢しながら、この出来事を広めていくのでした。
1人のサラリーマンが会社に広めた、公園に生えている、金のなる木の話。この話は、やがて町へと広まり。市に広まり。県に広まり。いよいよ全国のニュースになり。しまいには、日本中の人々が公園に押し寄せ、金のなる木を取り囲んでしまいました。
彼氏と式を挙げたいの!500万ちょうだい!
そんな事より、この前ギャンブルですっちまった1000万円。さっさとよこせ!
総理へのお気持ちとして、とりあえず5000万ほどいただければ…。
こら、君たちどきなさい!押すな馬鹿者!私は医者だぞ!弁護士だぞ!
金持ちは引っ込めー!
そうだそうだ、俺達が先だ!てめえが持ってる免許やバッジが、世間で通用すると思うなよ!
頼むー…1円でもいいから。お恵みをー…。
潰されるー…。苦しいー…。ムサいー…。死ぬー…。
公園はさながら、阿鼻叫喚と化していました。老いも若きも、男性も女性も、浮浪者から身なりの良い政治家に至るまで、億とも万とも取れる人の群れが、まるで蟻のように金のなる木に密集し、手を払いのけ、人を足蹴にしながら、己の欲望を吐き出しているのです。すると、この地獄の底のような人集りをくぐり抜け、1人の男の子が、金のなる木にしがみついてこう言いました。
ここに集まっている、日本中の皆を裕福にしてあげてください。
男の子がそう言うと…。チャリン。チャリン。チャリチャリチャリーン。1枚。2枚。3枚と、金のなる木が500円玉を吐き出し始めました。チャリチャリチャリン。チャリチャリン。チャリチャリ…、バリバリっ、メキメキっ…。ざああああああああああっ!!まるで堤防が堰を切った様に、金のなる木の幹が口を開けると、500円玉が雪崩の如く溢れだしました。突然の出来事に、木に群がっていた全ての人々が、歓喜の声も恐怖の雄叫びも上げる事無く、他人を踏みにじり、必死にお金に手を伸ばしたままの姿勢で、ニッケルの雪崩に呑み込まれて行きました。さあ。1度溢れだした500円玉の雪崩は、もう止まりません。まずは公園を埋め尽くし、町を呑み込み、市を平らげ、小一時間経った頃には、ついに日本全土が標高数万メートルのニッケルの塊と化していました。それから、数分後。日本列島は、積もりに積もったお金の重みに耐えきれず、地盤沈下を起こしてついに沈没。ここに、世界地図の極東から一つの国が姿を消したのです。
現在、かつて存在した極東の島国・日本は、第二のアトランティスとして様々な分野で調査が進められており、世界平和の負のシンボルとして、今なお語り継がれています。めでたし、めでたし。