第八話 巨大なる者
「『剣術技術』──『爆裂気剣』っす!!」
例えば、それは斬撃より迸る不可視のエネルギー波。直撃と共に爆風を撒き散らす飛ぶ刃は数十もの魔獣を纏めて薙ぎ払うだけの力を持つ。
「『水の書』第六章第九節──純水防壁ですわよ!!」
例えば、それは水の障壁。衝撃を吸収、軽減する『柔軟にして強靭』な性質を付加された水の障壁はあらゆる攻撃に対して耐性を持つ。
ノワーズ=サイドワームにシンシヴィニア=セレリーン、二人の師団長の他にも十二の魔導馬車に搭乗する戦士たちの攻撃が雨あられのように放たれる。
横殴りの濁流にも似た猛攻を、しかし土をすくうように振るわれる剛腕が埃のように吹き散らした。
──単純にサイズが違いすぎた。
あくまで二メートルにも満たない生物が放つ攻撃は全長四十メートルもの体躯から繰り出される剛腕にとってはあまりにもちっぽけなのだ。
ゴッゴゴゴドゴォッ!!!! と真横から迫る剛腕。運がいいのか悪いのか、位置としては自称大天使を守るように十二の魔導馬車が立ち塞がる形だった。
「ふぐう!? なんかでっかいのいるうーっ!?」
……今更気づいた自称大天使が何事か叫んでいたが、本当今更すぎる。剛腕、その一撃。折れて砕けた木々を根っこからほじくり返す剛腕が地形を変えながら襲いかかる。
「シンシヴィニアちゃん、後は任せたっす」
「ッ!? 待っ……!!」
師団長の一人、青のレザーアーマーを纏うノワーズ=サイドワームが剣を片手に魔導馬車から飛び降りる。
全長四十メートル、それだけの体躯に見合う剛腕へと真っ直ぐに突っ込む。
「全力全開っす!!」
ブォッバアアッッッ!!!! と。
剣先より不可視のエネルギーが伸びる。
伸びて、伸びて、伸びて、その長さが巨人の剛腕と並ぶ。不可視のエネルギー、その特性は付加したものに依存する。つまり剣に付加したならば、
「ぶっっった斬るっすう!!!!」
激突、そして拮坑。
瞬間、激突地点を中心に竜巻にも似た衝撃波と轟音が炸裂した。
バキバキバギッ!! とノワーズの足元の地面がクレーターのように沈むほどであった。それでも、受け止めた。地底を変えるほどの剛腕を二メートルにも満たない体躯で、だ。
だから。
しかし。
「くそっ、たれっす。やっぱり相性が悪いっすね」
不可視のエネルギーは剣の性質を底上げしている。すなわち、斬撃能力。斬るという一性質を底上げして、それでも、巨人の剛腕の薄皮を裂くのが精一杯だった。
「…………、」
巨人から見れば目についた女を殺そうとしたら、何やら無数の攻撃が飛んできて、新たな女が出現、突撃してきたようなものだろう。
それでも、特に表情を変えず。
そこにいるならとりあえず叩き潰す、そんな軽い気持ちが透けて見えるほどにぞんざいな動きがあった。
ただし、その動きは全長四十メートル級。逆の剛腕は容赦なくノワーズ=サイドワームへと叩きつけられた。
一の剛腕を受け止めるだけで全力を振り絞っていたのだ。二の剛腕に対処などできるわけもなく、真上から降り注いだ剛腕はノワーズ=サイドワームを虫のように呆気なく潰した。
師団長、その一人。
生き残った人類でも猛者に分類される女の命が簡単に潰える。
「だからどうした、です」
響くその声はノワーズ=サイドワームを潰した剛腕、その手首から。
漆黒のマントにビキニアーマー。師団長が一人、アリアが地面に接した腕を足場に疾走していたのだ。
同じ師団長が目の前で殺された直後だというのにアリアは先と変わらず獰猛に笑っていた。
対して巨人は腕の上を走る二メートル以下の人間に対して逆の拳を振り上げる。身体を這う虫を潰すように。
「シッ──!」
腰の剣を抜剣、刃が舞う。
ザンゾンザザンッ!! と足場でもある腕に斬撃を叩きつけ、薄皮を裂き、噴き出す血を剣を振り回すことで生み出した余波で飛沫のように周囲に撒き散らす。
まるで赤黒いカーテンでその姿を隠すように。
直後に剛腕が振り下ろされた。
ほんの数メートル、さりとて目測を外し、アリアを逃す。
赤黒い飛沫でもって姿を隠し、また速度を変動させることで予測移動地点をズラすことで直撃だけは回避。しかし四十メートルと二メートル未満とでは生み出す結果は異なる。
剛腕が振り下ろされた、その余波。
撒き散らされた余波はそれ自体が風系統の魔法のように暴風を放ち──その余波に乗るようにアリアが加速する。
ビキビキビキッ!! と全身の骨が軋む音を響かせ、口の端から血が漏れていたが、それでもアリアは前に進む。直撃さえしなければ、死ななければそれでいい。
「フッ──!!」
目指すは巨人の顔、そこに収まる目玉。
まずは視界を奪う、なんて話ではない。皮膚であれば筋肉に阻まれて薄皮裂くのが限界だが、目玉であれば貫けるかもしれない。そこから巨人の『内』に突入すれば、外からは太刀打ちできない怪物を崩すことができる可能性も出てくる。
暴論かもしれない。
成功の可能性は低いだろう。
それでも屈するのは性に合わないし、副産物としてノワーズ=サイドワームが果たそうとしたことを──時間稼ぎを果たせるなら、
びっぢゅうっっっ!!!! と。
アリアの胴体が吹き飛んだ。
「ぶ……ぅッ!?」
巨人は動いてすらいない。
ただ一言『スキル衝撃伝送発動』と呟いただけだ。たったそれだけで何かが起き、そして師団長の一人は上半身と下半身とが二つにわけられ、地面に叩きつけられた。
「…………、」
巨人は表情を変えない。変えるだけのことではない。ただただ目の前の命を奪うのみ。
その目は度重なる余波で空気の膜が剥げ、姿を晒した魔導馬車、そこに集まる命に向いていた。
ーーー☆ーーー
それを彼は上空より見下ろしていた。
『三魔将』が一角、かつては大陸中のスラム街に根を張っていた犯罪組織『ガンデゾルト』がボスである。
彼のスキルは自分よりも格下か同等程度の他者のスキルを奪う『強奪席巻』というものであった。そのスキルでもって過去にシンシヴィニア=セレリーンが持っていた転移のスキルを奪っていた。
その転移のスキルでもってヘグリア国、すなわちここら一帯を徘徊していた巨人を転移したのだ。
……何やらこの場にはいない残り三人の師団長が遠距離攻撃でもって巨人にちょっかいを出し、時間稼ぎしているのが気になって調べてみればコソコソと裏でシンシヴィニアたちが動いていた。だから邪魔した、それだけだ。
風系統の魔法で上空に滞空しているボスはくつくつと肩を鳴らす。
「ははっ。何やら企んでいたようだが、結果はこの通りっ。惨めに駆逐されるしかない負け犬ども、これだけの戦力差を覆せるわけがないだろうがっ。はははははは!!」
早々に立ち向かうことを諦め、魔族に屈した人間の中では強いだけの男は、しかしそのことを誇ってすらいた。
無意味に足掻いたところで殺されるだけだ。それならさっさと寝返り、手柄を立てて、魔族側に気に入られるように動くべきだ。
これぞ、世渡り。
魔族には屈しないなんてくだらないプライドや同じ人間を殺すことに忌避感を覚えることさえなければ、どうしようもなく追い詰められたこの世界であっても生存の可能性は掴むことができる。
というか、魔族が攻めてくる前から他者から奪うのが当然だった犯罪組織のボスが現状に不満など持つものか。
魔族という絶対的強者の威を借りて好き勝手できるなど最高だ。だからこそ、早々に人類に見切りをつけて魔族へと寝返ったのだから。
だから。
だから。
だから。
「リーダー……じゃない」
「な、ん……がぶべぶばあ!?」
背後から女の声がしたかと思ったその瞬間、彼の意識は炎に呑まれ、焼き尽くされた。
……彼は気づくべきだった。いかに魔族の威を借りようとも、彼自身は単なる人間でしかなく、絶対的強者と遭遇したら最後だということを。
魔族が利用価値があるからと好きにさせているだけの彼を守るわけがないのだから。
ーーー☆ーーー
ノワーズ=サイドワーム、そしてアリア。二人の師団長が魔導馬車から飛び降り、巨人に立ち向かった時のことだ。
第一師団師団長・シンシヴィニア=セレリーンはその決断の早さに歯噛みしながらも、力を貸すなんて考えもしなかった。
「撤退ですわよっ!!」
ゴッ!! と十二の魔導馬車が走る。時間辺り六十キロ突き進む速度でもって巨人から出来るだけ距離をとるために。
ミリファルナは慌てて、
「えっ、あ、あの人たち置いていくの!?」
「……、そうですわよ」
「でっでも! あんな大きい奴に勝てるわけないって!!」
「そうですわね」
「そうですわねって、わかっているなら早く連れ戻さないとっ! そ、そうだよ、魔力さえくれれば私だって連れ戻すの手伝──」
「うるっさいですわよ!!」
ゴドン!! と鈍い音が鳴る。
シンシヴィニア=セレリーンがミリファルナの胸ぐらを掴み、床に叩きつけたのだ。
息を詰まらせ、痛みに喘ぐミリファルナへとシンシヴィニアは言う。ギヂギヂと憎悪に全身を軋ませながら。
「ノワーズもアリアもわかって突っ込んだんですわよ。そうしないと全滅すると理解していたからこそ! 命をかけて!! その想いを無駄になんてできないですわよ。だから、くそ、だから言ったんですわよ。危険な外に出るのはわらわだけでいい、ミリファという破滅はわらわだけで殺しに行くと!! それなのに、アリス=ピースセンスめっ。何が当面敵とならないと判断できれば連れ帰れ、ですわよ!! そのせいで、こんなガキ一人のためにっ、無駄に人員を割り振ったせいでわらわ一人でよかった犠牲が、くそ、くそくそくそお!!」
ドッオンッッッ!!!! と轟音が炸裂した。
十二の魔導馬車を飛び越え、進行を阻止するように巨人が立ち塞がったのだ。
たった一度の跳躍、それだけで。
サイズが違うだけでできることの幅はこんなにも広くなる。
ノワーズ=サイドワームとアリア。二人が命を捨てて稼いだ時間を、しかし巨人はゼロと潰す。後はその暴虐を振るい、目の前の命を消し飛ばすだけである。
「……、全部隊に告げるですわよ。今すぐバラバラに逃げるですわよ! せめて少しでも多く生き残るために!!」
蹴りがあった。子供が砂の山を壊すようなぞんざいな一撃は、しかし十もの魔導馬車を巻き込み、木っ端と砕き、百もの命を粉砕した。
「……ッッッ!?」
それだけではない。地面を抉り、地形を変えるほどの蹴りが粉塵と共に撒き散らした余波は竜巻のごとき暴風となって残った二つの魔導馬車へと襲いかかった。
枯れ葉が舞うように、吹き飛ぶ。
壁も天井もない魔導馬車からシンシヴィニアやミリファルナを含む二十弱の命が投げ出された。