第六話 邂逅
早速だが、上空に放り出された。
「いや、いやいやっ、あの野郎ふざけないでよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ミリファルナの叫びも虚しく肉体は下へ下へと落ちていく。叫ぶ猶予があり、しかもまだまだ地面は遥か下方にある、ということは、それだけ高い位置から地面へと叩きつけられるということだ。
五百メートル、千メートル、あるいはもっと上、なのか? とにかく喉が干上がり、胃が不気味に痙攣し、涙が凍りかけるほどに『高い』ということだけは確かである。
一人だったら恐怖に縮こまっていた。
だけど、一人ではなかった。
「きゃああああ!?」
セルフィー=アリシア=ヴァーミリオン。
彼女もまたミリファルナの下で縦に横にと回りながら落下していたのだ。
他には、誰もいない。
自称大天使や喋るコカトリス。翼持つ者は誰もおらず、いかにセルフィーに治癒能力があるとはいえこれだけの高所から落下すれば治癒能力を使うまでもなく即死するのは目に見えている。
「ああもうっ。本当この世界はどうしようもなく追い詰められているよねえっ!!」
ゴッ!! と金色を足裏から噴射したミリファルナがセルフィーに向かって加速する。その華奢な身体を力の限り抱きしめる。
「きゃっ、きゃうっ、ミリファさま!?」
「ミリファルナだよ、いい加減覚えてほしいなぁっ! それより、この状況どうにかできる力とか持ってない!?」
「わっわたくしは無能の第七王女ですよっ。何やら治癒能力が使えるようになりましたが、それ以外を期待されても困りますっ!!」
「そっかっ。それじゃ、あっはっはっ! 金色パワーに賭けるしかないかぁっ。あは、あははははは!! うまくいくかな、いけばいいけどなぁっ!!」
そして、浮遊能力なんて持ち合わせていない二人は一直線に地面に向かって落下した。金色の光を纏うミリファルナがセルフィーを庇う形で地面に激突、そして──
ーーー☆ーーー
凄まじい轟音と粉塵、そして激震があった。
深く穿たれたクレーターの中心でもぞりと動く影が二つ。
「あ、あはは。生きてる……。金色パワーすごいなぁ」
「金色の光があればあれだけ高くからの落下の衝撃も防ぐことができる、ということは、金色の光の防御を貫いてダメージを与えていた赤髪の女やポニーテール女はどれだけ化け物だったんですか?」
クレーターができるほどの高度からの落下であったが、幸運なことにミリファルナもセルフィーも無傷であった。どうやらあのコカトリスが転移のスキルを使ったらしく、近くに赤髪の女やポニーテール女、自称大天使にコカトリスの姿はなかった。
……魔獣は基本としてスキルは使えないはずだが、喋ることといい赤髪の女やポニーテール女と対等にやり合っていたことといい、あのコカトリスには未知の部分が多い。
何はともあれ、ひとまずの脅威は去った……はずだった。
「ゼリシアの遺言通りですわね」
女の声が響く。唐突にドレスの縦ロール女がその手に握る剣をミリファルナの首筋に突きつけていたのだ。
「え……?」
「ミリ──」
「双方、少しでも動けばその時点で殺処分ですわよ」
彼女だけではなかった。アリシア国の騎士だと示す青のレザーアーマーを着崩した少女や漆黒のマントの下に同色のビキニアーマーを着た灼熱のごとき赤き髪の女などのいつの間にかクレーターの外周を囲むように無数の人影が立っており、剣や槍、魔法を放つための陣など思い思いの『力』をミリファルナへと向けていた。
縦ロールの女は豪勢な、それでいて動きやすいようにと改造したドレスを靡かせ、じっと殺意をもってミリファルナを睨みつけていた。
──金色の光は弱々しく点滅している。赤髪の女やポニーテール女とやり合い、高所からの落下を経て吸収した分の魔力を使い果たしつつあるのだ。
ドレスの縦ロール女だけならなんとかなったかもしれない。だが、周囲を囲む者たちは数十、あるいは百に届かんとしていた。包囲網が突破できる前に力尽きるのは目に見えていた。
殺意が噴き出す。
またも会ったこともない誰かはミリファルナが知りもしない『何か』を前提に殺意を紡ぐ。
「魔王ミーナと並ぶ終末へ続く破滅の因子に一つ聞きたいことがあるんですわよ。どうして貴女たちはこんなにも残酷なことができるんですわよ?」
「な、にを……」
「とぼけるんじゃないですわよっ!!」
ギヂリッ!! と柄が軋むほどに握り締め、ドレスの縦ロール女は叫ぶ。
「貴女は魔王と同じかそれ以上の破滅を撒き散らすんですわよっ! ゼリシアを殺したように、大勢を殺すんですわよっ!! なんで、どうして、そんなことができるんですわよ、ミリファっ!!!!」
「私はミリファルナだよう!!!!」
…………。
…………。
…………。
「へ???」
「だーかーらー! 私はミリファルナっ。ミリファなんて知らないんだよっ。なんだよみんなしてわけわかんないこと言ってっ。終末へ続く破滅の因子? ぐーたら一生終えられればそれでいい平凡な女の子捕まえて何を物騒な称号押しつけているんだよ、ばーかばーかっ!!」
「み、ミリファさま、落ち着いてくださいっ」
「ミリファルナっ。もうっ、お姫様はちょっと黙ってて!! 話がややこしくなるじゃんっ!!」
しばらくドレスの縦ロール女は呆気に取られたようにミリファルナを見つめていた。やがて彼女のそばに先ほどまでクレーターの外周に位置していた無数の人影の一人、青のレザーアーマーの少女が歩み寄り、
「シンシヴィニアちゃーん、そろそろらしくないことはやめたらどうっすか? 踏ん切りがつかないからこそ問答無用で殺すんじゃなく、相手を見極めるために言葉を投げかけたんすし。少なくとも今すぐ脅威となる可能性はないと分かったんすし、とりあえず殺害は保留としておくっす。アリス=ピースセンスも現時点で脅威となりそうにないなら利用するために連れてこい、なんて言ってたっすしね。まあその辺は私は認めていないっすけど」
「ノワーズ……。で、でもっ、ゼリシアはミリファこそ魔王ミーナと並ぶ脅威だと言っていたですわよっ」
「ゼリシアの能力は確かに強力っすけど、決して絶対じゃないっす。だからこそ魔王に殺されたっす。だったら、ゼリシアの能力による予知が外れることだってあると考えるべきっすよ。もちろん外れたと決まったわけではないにしても、『とりあえず』で殺すか生かすか、シンシヴィニアちゃんらしいほうを選ぶっす。どうしようもなく追い詰められたこの世界、最善を選び続けたってハッピーエンドを掴めない可能性のほうが高いんすし、せめて後悔しないほうを選んだほうがいいっすよ」
「む、むう」
「とりあえず、っす。尻尾を出せばその時対処すればいいんすよ」
「…………、そうですわね。とりあえず、ええ、とりあえず様子を見るとするですわよ」
というわけで、と。
無数の人影の中の一人、漆黒のマントにビキニアーマーの女が『略奪なしですか。つまらないです』とこぼす中、ドレスの縦ロール女はこう言った。
「ミリファルナとやらにはわらわたちと共に行動してもらうですわよ。断ればその時点で脅威と判断、撃滅するので大人しくついてくることですわね」
ーーー☆ーーー
ばっさばっさと翼を羽ばたかせた魔獣が砂漠の一角に降り立つ。見渡す限り砂しかない空間。その中に一つの異物あり。
「困るんですよ、余計なことされては」
声からして男だろうか。無精髭より上が靄がかかったように識別不能となっているため性別すら不確かな何かであった。
コカトリス、あるいは肉の器を揺蕩う『少年』は舌打ちをこぼし、
『「魔の極致」第四席アンノウン、かァ。転移に横槍を入れて出現座標をバラバラにするなんて面倒なことせず、「魔の極致」第二席キアラと共闘していれば俺様たちを仕留めることもできただろうに。俺様とお前、弱者はどちらかは明確だァ。余計なもん取り除いてしまえばァ、死ぬのはお前だぞ』
「エラーコード、表層にて見てる程度のバクを取り除いたところで『アンノウン』を完全消去は不可能です。ま、貴方様がエラーコードの全てを完全に殺してくれるというなら、こうして金色が羽化するまで懇切丁寧に導く必要はなくなるんですが」
『あァ? 何言ってんだァ???』
「喧嘩を売っている、とそう解釈してくれて構いませんよ」
顔が識別できない誰かの言葉にコカトリスは一つ息を吐き──ゴォゥアッ!! と石化の効果を宿す光線をアンノウンへと放った。
『そうかァ。なら死ね』
「ええまあ、力の差から考えてもそれが予定調和ですしね」
ーーー☆ーーー
その頃の自称大天使さん。
赤髪の女やポニーテール女と遭遇した森よりも小規模な林にて、木の枝に羽が絡まってぷらんぷらんしていた。
「あれ、これっ、とれなっ、痛い痛い!? こ、こうなればエンジェルビームで枝を撃ち抜いて……うわあんエネルギー切れでビーム出ないよおーっ!!」