第十二話 光速乱舞
『魔の極致』第六席ランピーラ。
白と黒のマーブルの剣や槍でできた翼に同色の衣、無骨な鉄の棒を肩に担いだ極寒の大地を思わせる冷徹にして美しい女が宙で身を翻す。
無骨な鉄の棒がぐにゃりと溶ける。瞬間、両手を伸ばしても抱きかかえられないほどに幅の広い長大な剣と化す。
ゴッオオ!! と大剣が横薙ぎに飛ぶ。
十メートルを軽く越す大質量と化した一撃がミリファ=スカイブルーの胴体に突き刺さり──黄金と金色の少女の輪郭がブレる。
残像。
少女の輪郭が溶け、霧散したその時にはガッドン!! と回り込んでいたミリファ=スカイブルーの拳が頭部めがけて振り下ろされ、ランピーラを地面に叩きつけていた。
「が、ぶ!?」
「力にも様々なものがあるから一言に最強なんて決められないものかもしれない」
だけど、と。
その言葉を吹き散らすように大剣から小ぶりな槍へと溶け、変貌した一撃が突き上がり、先と同じように黄金と金色の少女が霧散する。
残像の消失と共に黄金の剣がランピーラの胸部へと突き刺さる。ズズン……ッ!! と地面がひび割れ、縫い付けとされる。
「速度を極めることで得られる強さこそ私は最強に近いと思うのよね。回避や防御する暇もなく攻撃を通し、反撃のことごとくを避けて無効化。一方的な蹂躙が可能なんだから、敵より速いってのは一種のアドバンテージだよねっ」
光速。
文字通り光と肩を並べたミリファ=スカイブルーにとって勝負とは棒立ちのマトを粉砕する作業でしかない。
速い、ただそれだけ。
先祖がカミサマと恋をしたことで授けられた祝福、先祖の血筋のみに受け継がれた黄金の力があれば敗北なんてあり得ない。
それこそ敵が魔族の最上位ランカー、六位の魔族であったとしても、だ。
「……、足りない」
それは呟きだった。
地面に縫い付けられたランピーラはギチギチギチッ!! と背中の人工的な色の強い翼を蠢かせ、笑う。
笑って、告げる。
「この程度で、ちょっと速い程度で最強、だって? そんなの足りない、全然足りないぃいいい!! だって私は生きている、まだまだ全然生きているものっ。最強なんかじゃない、魔王様じゃないものお!! ああっ、はふはぁっ、魔王様、最愛にして崇高なる我が君こそが最強なのだから!!」
そして。
そして。
そして。
魂を鷲掴みにされたような恐怖がミリファ=スカイブルーを蝕む。湧き上がる恐怖はランピーラから、ではなかった。
「……ッ!?」
何に対しての恐怖か、を精査するだけの余裕はなかったが、どこから迸る恐怖か、はある程度把握できた。感じるままにミリファ=スカイブルーが後方に飛び退いた、その時それは炸裂した。
すなわち、炎。
ほんの一瞬、瞬きする暇もなく後方に飛び退たミリファ=スカイブルーは目撃する。
降り注ぐ炎が先ほどまでミリファ=スカイブルーが立っていた場所を呑み込んだ。その火柱はランピーラの下半身を呑み込み──絶叫をこぼす暇もなく焼き尽くし、炭化したのを視認する前にチリと変えた。
「ぶ、がべばぶびばあ!?」
ボッッッ!!!! と思い出したように空気が膨張、暴風を撒き散らす。ランピーラの上半身が焼き爛れながら吹き飛んでいくが、そんなものに視線を向けている余裕なんてなかった。
黄金の剣を振るい、剣風に黄金と金色の光を乗せることで熱波を引き裂き安全圏を作るミリファ=スカイブルー。その目はじっと紅蓮の奥を見据えていた。すなわち火柱より歩み出てくる女を、だ。
ポニーテールや肌を赤黒く染めた異様な女。虚な瞳でミリファ=スカイブルーを見つめるは魔人エリス。彼女はこてんと首を傾げて、
「リーダー、じゃない。いっぱい、いる?」
「貴女がどの『ミリファ』を見ているのかは知らないけど、いい加減鬱陶しいよね。他の『ミリファ』が余計な横槍入れる前に撃破するとしますかっ!!」
「じゃない、じゃないじゃないじゃないっ。リーダーじゃない、は、いらないっ!!」
ゴッッッ!!!! と。
光速と紅蓮が真っ向から激突する。
ーーー☆ーーー
元アリシア国、東部。
かつては街並みが広がっていたその地はどこを見ても砂しか存在しない砂漠と化していた。
一人の少女とある仲良しグループのトップが出会い、そのトップを失った地でもあった。
ばさっ! と魔獣が翼を羽ばたかせる。
ニワトリの頭部、ドラゴンの翼、オロチの尻尾を持つ黄色い毛並みのコカトリスの足元では黒い靄で顔が識別できない男が血溜まりと化して潰えている。
『魔の極致』第四席アンノウンへと完全なる死を与えた魔獣が視力を強化、金色(……と、黄金?)を纏う小柄な少女を見据えて飛び立とうとした、その時だった。
だだんっ!! と立ち塞がるように降り立つ影が三つ。
「参りました。アリス=ピースセンスのスキルは可能性を増大して望む『結果』を導く、ただそれだけですのでその『過程』がどうなるかまで掌握できないとはいえ、厄介なものを押しつけてきたものです」
「ひああ……。おっきいなぁ」
「…………、」
第六師団師団長・シェルファ=バーニングフォトン、第四師団師団長・レンディナ=レッドサラマンダー、第五師団師団長・ブリュンヒルデ。
並ぶは三人の英傑。シンシヴィニア=セレリーンと同じ師団長にして背負う師団の数字が大きくなるほど上位と君臨する人類の希望である。
対してコカトリスは眼下に立つ三人の英傑を見据えて、翼の羽ばたきによる空気の振動でもって声のようなものを撒き散らす。
『ハッハァ! 何かと思えば負け犬共の上に立っていい気になってる売女どもじゃないかァ。人類の希望だなんだ周りの弱者どもに崇められて自慰に勤しむ惨めな女は俺様の好みじゃないんだァ。やることなくなった時にでも自慰じゃ得られない快楽叩き込んでぶっ壊してやっからァ、さっさと消え失せろってなァ』
「突然変異……いいえ、魔獣の中に異なる魂を詰め込んでいる、と。いくつの魂を踏みにじって得た力かは知りませんが、他人の力なしでは喧嘩もできない腰抜けがよくもまあほざくものです」
『あァ?』
第六師団師団長・シェルファ=バーニングフォトンが淡々と吐き捨てれば、第四師団師団長・レンディナ=レッドサラマンダーがじろじろと魔獣を見やり、
「おっきいけど、『お姉様』のような美しさは皆無ね。まあお仕事だから仕方なく吸い尽くしてやるけど」
『……、ハッハァ』
そして、最後に。
白鳥のような『傷』を右目の奥に刻む第五師団師団長・ブリュンヒルデがゴギリと首を鳴らし、一言。
「弱い奴に限って口だけは達者なのが相場。常識だとは思わない?」
『よし、ぶっ殺す』
ゴォッ!! と石化をもたらす光線の放射を合図に魔獣と三人の英傑が激突する。
ーーー☆ーーー
世界のどこかで。
女の呟きが一つ。
「さテ、ここまで人類を追い詰めれば『天上』が天使なり何なり派遣してくるものだと思ったケド、未だに動きはなしト。それとも『天上』が派遣した奴を見つけたならば捕縛あるいは報告するようにって私チャンの指示無視されているトカ? ……下位の魔族はともかク、『魔の極致』の大半は無視してそうよネェ」
ならバ、と。
その呟きと共に行動を開始する。
ーーー☆ーーー
「レベルアップ、レベルアップ、れっべぇええるあっぷううう!! きひ、きひひひひひ☆ あのポニーテール女ってば経験値の宝庫ねえっ。お陰で、きっひひ。どこに逃げようとも無駄ってね」
燃え盛る森の中、指示を無視どころか覚えてすらいない『魔の極致』第二席が赤髪を靡かせながらレベルアップにて新たに獲得した力を解放、ポニーテール女や黒髪黒目の小柄な少女を殺すことで更なる経験値を稼ごうとしていた。
だが、
「ん? ……チッ、どこに行ったのかと思えば、よもやそんなところに迷い込んでいたとは。今はまだあいつに挑む準備は整ってないし、ここは退くしかない、か。あーあ、せっかくの経験値だったんだけどねー」
世界をどうしようもなく追い詰めた魔族、その二位が退くほどの相手。敵である人類が劣勢なれば、その相手は味方の中にこそ。
つまり。
つまり。
つまり。
ーーー☆ーーー
『はいはいミリファ=スカイブルーちゃんですよーっと。セルフィー、なんで閉じこもっているのー? こんなに天気いいんだし、お外出ようよー』
それはいつの、どこでの記憶なのか。
記憶の視点が扉を叩けば、その奥から女の声が一つ。
『きょっ、今日は、その、駄目なのでございます。最近は大人しかったけど、これは流石に……』
『はいどーんっ!』
記憶の視点は躊躇なく扉を蹴り破った。
その奥、ベッドの上に蠢くのは黒く淀む触手と粘液の塊だった。
下半身は吸盤だらけの無数の触手と変貌しており、ぐぢゅぐぢゅと謎の粘液を分泌していた。上半身も無数の触手と化していて、胴体は巨大な獣のように灰色の毛に覆われており、その先端にはセルフィー=アリシア=ヴァーミリオンに『似た』少女の顔があった。
記憶の視点と目が合うと、その少女は手で顔を覆おうとして、無数の触手が蠢いている光景にくしゃりと顔を歪める。
『わたくしは、こんななのでございます。ミリファさまはいつだってわたくしのことを人間扱いしてくださいますが、その正体は時間が経つごとに外見が変貌するバケモノなのでございますっ。だから、だから!!』
『だから、私が今のセルフィー見たら態度変えるとでも? はっはっ、セルフィーってば馬鹿だなぁ。確かに今までのピチピチ色気たっぷりな人魚スタイルや元気に空を飛び回って楽しんでいるのが表情に出ていた天真爛漫な翼人スタイルなんかとは違って中々に迫力あるけど、だから何って感じだよね』
『ミリファ、さま?』
『私は聖剣を抜いたことで「勇者」と選ばれた。先祖がカミサマとやらと愛し合ったから、その子孫にも力を与えてやるぜーってだけの称号で、聖剣を抜く前と後で私の有り様は何も変わってないんだけど、周りの目ってのは確かに変わった。だから、まあ、セルフィーが恐れるのも無理はないかもだけど、さ』
だからこそ、と。
記憶の視点はセルフィーに歩み寄る。
『称号と同じように外見だなんだ色んなものが積み重なろうが、「中身」は変わったりしない。そのことをよおーく思い知っている私がちっとばかり外見が変わったくらいで態度変えるわけないじゃん。というか? こちとら外見が変わるからとバケモノ扱いされた上に処刑されそうなセルフィー助けるために国を敵に回したんだよ。今更この程度のつまらないことでごちゃごちゃ言うわけないって』
証明するように、記憶の視点はセルフィーを抱きしめる。その顔を抱き寄せ、蠢く触手が分泌する粘液で服や肌が汚れることなど気にせずに。
『みっ、ミリファさま、だめっ、駄目でございますっ』
『なんで?』
『なんでって、汚れるのでございますっ』
『汚れる? セルフィーが分泌する液体を浴びることができるのはご褒美なのに??? そう、そうよ、これはセルフィーから出ていて、は、はふっ、うっ、ふう……。もうだめ、我慢できない』
『え? ミリファ、さま???』
『やっばいぐぢゅぐぢゅだよナニコレ気持ちよすぎるはぁはぁ服がほとんど千切れて肌見え見えだようぷにぷにであったかで良い匂いしてセルフィーエッチすぎるよう誘っているの誘っているんだよねもう無理我慢できないちょうどベッドの上だもんこんなのやるしかないよね当たり前だよね自然な流れだよね誰だってやるよね私もやっちゃうもんさあセルフィー横になってハジメテが触手プレイでも私は一向に構わないからぁっ!!』
『ひゃうんっ。みっミリファさまちょっと待ってください落ち着いてくださいっ。せめてハジメテはもっと良い雰囲気でしたいというか、その前にデートとか告白とか色々あると思うのでございますがー!?』
……その後、やることやってから、すっごく怒られたのは言うまでもない。